7.人狼ゲーム殺人事件
リーサ
「さあ、満を持して、『人狼ゲーム殺人事件』の登場です。個性的な面々で繰り広げられるクローズド・サークル型ミステリーですよね」
まゆゆ
「前作『七首村連続殺人事件』が、これまで手掛けた全作品の最高傑作、あくまで作者の自己評に過ぎませんが、でしたので、それに続く本作の執筆には、これまでになかった気合とプレッシャーが、作者に重くのしかかったそうですね」
リーサ
「超作『白夜行』のあとで『幻夜』の執筆を手掛けている、東野圭吾の境地でしょうか?」
まゆゆ
「レベルとしては雲泥の差があるものの、意気込みとしては、ほぼ同じだったのではないか、と想像されます」
リーサ
「今回の舞台は、閉ざされし謎の洋館。そこで血なまぐさい連続殺人事件が繰り広げられます」
まゆゆ
「『八つ墓村』の次は、『悪魔が来りて笛を吹く』という展開ですね。これもミステリー業界の、定番中の定番です」
リーサ
「前作に引き続き、主役はリンザブロウさんですね」
まゆゆ
「なにしろ、とても使い勝手が良いキャラみたいですからね。あくまでも、作者談ですけど」
リーサ
「そしてリンザブロウさんといえば、なんといっても語り手の名手。本作もリンザブロウ節が、随所に炸裂していますよね」
まゆゆ
「でもちょっと待ってください。
この作品、一見、一人称形式で書かれていますけど、なんか変じゃないですか?」
リーサ
「はて、どこか変ですかね?」
まゆゆ
「変ですよ。だって、話が進んでいくと、語り手が次々と入れ変わっていくじゃないですか?」
リーサ
「おや、気付かれましたか。そうです。本作は『マルチ一人称形式』で、物語が進行していきます。作者ご自慢の、斬新なる趣向といえましょう」
まゆゆ
「ご自慢かどうかはともかく、なんでそんな七面倒くさいことをするのですか。それだったら、いっそのこと、三人称にしてしまえば良いじゃないですか?」
リーサ
「いえいえ、それでは、リンザブロウさんが登場する意義がなくなってしまいます。彼が登場する以上、作品が一人称となるのは、必然なのですよ」
まゆゆ
「だったら、堂林氏ひとりによる、一人称でいいじゃないですか?」
リーサ
「それがですねえ……。本作を手掛けて、第三章辺りを執筆しているときの出来事なのですが、作者は突如、はっと気付いたらしいのですよ」
まゆゆ
「なにを気付いたのですか?」
リーサ
「リンザブロウさんの一人称のままで進めていくと、本作が破綻することに……」
まゆゆ
「ええっ? なにをいいたいのか、状況がよく呑み込めませんけど、いったいなにがまずいのですか?」
リーサ
「ネタバレとなってしまうので、詳しくはいえませんが、ぶっちゃけ、リンザブロウさんが立ち会わない場面で、事件の真相を究明するための重要な出来事が勃発するので、リンザブロウさん視点の一人称記述では困ってしまう、というわけです」
まゆゆ
「とどのつまりは、作者の先読みの甘さから生じた、トラブルということですね」
リーサ
「すでに一部の章を公開している手前、いまさら、書き直すわけにもいかず、苦し紛れにひらめいたのが、マルチ一人称なんです!」
まゆゆ
「まさに、怪我の功名といったところでしょうか」
リーサ
「ところで、気付かれたでしょうか? 文中で、『わたし』と『私』の二つの言葉が、わざと使い分けられていることを」
まゆゆ
「ある語り手は、自分を『わたし』と呼び、別な語り手は『私』と呼んでいることですね。でもそれになにか意味があるのですか?」
リーサ
「ちょっとしたトリックに利用されています。十一章『会議』では、自称が『わたし』であるのに、十二章『狂気』では、自称が『私』となっています。軽いお遊びといってしまえば、それまでですが、作者の些細ないたずらに、即座に気付かれた鋭い読者もお見えになりましたよ」
まゆゆ
「ところどころに挿入されている、屋敷図やパピルスがなかなか良い味が出ていますよね」
リーサ
「屋敷図は、読み進めるにつれて少しずつ完成されていきますから、おかげで、読者は緊迫感を保ちつつ、人狼館の情報を得ていけるというわけです」
まゆゆ
「作者はパソコン音痴なのに、なかなかどうして、上手に描けているじゃないですか」
リーサ
「『せっけい倶楽部』というフリーソフトを使いました。とても使いやすいソフトですよ」
まゆゆ
「パピルスも、クローズド・サークル特有の異様な雰囲気を醸し出すのに、一役買っていますね」
リーサ
「かなり行き過ぎた表現もありますけど、大目に見ていただければ幸いです。でも、謎解きをより面白くしてくれていますよね」
まゆゆ
「ところで、本作の登場人物って、前作『七首村連続殺人事件』と酷似していませんか? 堂林氏は両方で登場するから良いとして、本作の『川本誠二』は、前作の『西淵庸平』に対応しているし、『藤ヶ谷隼』は、『平川猛成』ですよね」
リーサ
「はい、他にも、『丸山文佳』は『戸塚真由子』だし、『相沢翔』は『六条道彦』、『西野摩耶』が『蓮見千桜』だし、『高木莉絵』は『古久根麻祐』であると推測されます」
まゆゆ
「ちょっと待ってくださいよ。わたしは本作には出演していませんけどね……。
まあ、それは置いといて、どうして作者は、このような設定にしたのでしょうか?」
リーサ
「登場人物が多い時に困るのは、一人一人のイメージ造りですよね。それがうまく行かないと、登場人物の一つ一つの発言が、誰によって発せられたものなのかがはっきりと読者に伝わらず、読み辛い文章となってしまうのです」
まゆゆ
「つまりはキャラ造りに関して、手抜きをしたかったというのが真相ですね。はいはい、よく分かりました。
さてと、遅ればせながら、本作の魅力ってなんですか?」
リーサ
「ずばり、エロティシズムとミステリーの融合です!」
まゆゆ
「あまり関連がなさそうなテーマですけどね。まあ、興味はそそられます」
リーサ
「官能的な文章に、本格ミステリーの謎解きがごっそりと隠されている。そんなミステリーを、作者は本作で目指したみたいですね。美女もいっぱい登場して、場を盛り上げていますよ」
まゆゆ
「たしか、被害者全員が素っ裸で殺されるんですよね? うーん、卑猥です……」
リーサ
「エラリー・クイーンの名作、『スペイン岬の謎』を彷彿させますね」
まゆゆ
「かの名作では、被害者が裸で殺された理由が、あざやかに解明されるわけですが、本作は大丈夫ですか? 単に読者受けを狙っただけの、意味がない演出というのならば、怒りますよ」
リーサ
「その辺は大丈夫です。まあいつもの、根拠なき自信に過ぎませんが」
まゆゆ
「一方で、舞台が孤立したお屋敷ということで、身勝手な、いえ、スペシャルな環境条件が設定されていますよね」
リーサ
「おっしゃる通りです」
まゆゆ
「具体的には、各部屋固有の鍵が一つずつあり、さらには、屋敷内のすべての鍵の開け閉めができるマスターキーが、たった一つだけあること。さらには、地下室に設置された処刑用の電気椅子が使用可能なのが、一日の中で一回だけ。それも午後九時から午後十時のたったの一時間だけという、極めて限定的な環境条件ですね」
リーサ
「そこで、人工知能のアオイの登場に意味が出てくるわけですよ。彼女が語る言葉は全てが真実であるから、それを信じて、読者は推理を進めて良いですよ、という」
まゆゆ
「そうですね。通常の場合だと、登場人物の誰かが、マスターキーは屋敷内に一つだけしかありません、と説明したところで、その発言を完全に信用することはできませんからね」
リーサ
「限定的な環境条件のおかげで、謎解きがよりクリアーとなるわけです。
そういうことで、本作のメイントリックは、如月恭助シリーズでも屈指の、大胆かつ壮大なトリックとなっています」
まゆゆ
「貴志祐介の『硝子のハンマー』を彷彿させる、特殊状況下ならではの不可能犯罪トリック。こいつは必見ですね」
リーサ
「まあ、その名作と比較するのはおこがましいですけども、きっと読者の皆さんをご満足させられるトリックだと思いますよ」
まゆゆ
「そのメイントリックも、たしか、とある古典的名作がベースとなっているのですよね」
リーサ
「はい。ディクスン・カーの、密室講義が論じられた、あの名作で用いられたトリックです。まあ、これ以上のコメントは控えておきましょう。あとは本作を読んでのお楽しみ、ということで」
まゆゆ
「さて、本作では美女がたくさん登場しますけど、中でも、西野摩耶という女性が、随所で事件のカギを握る人物として、活躍していますね」
リーサ
「彼女は『あざみ館の三姉妹』という、作者が初期に書いた長編に登場したキャラクターで、本作においても、絶対的な美少女として、抜擢された形での登場ですね」
まゆゆ
「彼女の特徴といえば、ずばりなんでしょうか?」
リーサ
「少なくとも、彼女は健康的な美少女ではありません。どちらかといえば、うつ病的な、なにか暗い過去を持っていそうな人物です」
まゆゆ
「東野圭吾の『白夜行』に登場する、唐沢雪穂のような女性ですね。
明るくて活発な女の子よりも、頭が良いけど奥手な女の子の方が、清楚なイメージを演出しやすいですからね」
リーサ
「素直で八方美人的な性格とは真逆で、気分屋で個人主義的なツンデレタイプですね。でも同時に、生真面目で聡明な女の子でもあるんですよ」
まゆゆ
「なるほどね。頭が良いことも、どうやら、小説で描かれる美少女の必須条件のようですね」
リーサ
「それでは、クローズド・サークル、密室殺人、アリバイ崩し、エロティシズム、サスペンス、不可能犯罪、なんでもござれの『人狼ゲーム殺人事件』を、どうぞ、心ゆくまでご堪能ください」