4.小倉百人一首殺人事件
まゆゆ
「さあ、いよいよ第四作目の『小倉百人一首殺人事件』となりました。名女優『まゆゆ』こと、このわたくしめが、初めてシリーズに登場した、記念すべき傑作です!」
リーサ
「本作も、タイトルを『百人一首殺人事件』としなかったのは、日本のミステリー女王、山村美沙が書いた同名小説がすでにあった、というわけですよね」
まゆゆ
「仕方ありませんよ。簡単に思い付く言葉だけでタイトルを作って、うっかりメジャー作品とかぶってしまうと、検索される効率が一気に激減してしまいますからね」
リーサ
「素人作家の悲しいサガですね」
まゆゆ
「無意識下における自己防衛本能といっても過言ではないでしょう」
リーサ
「ところで、本作のテーマってなんですか?」
まゆゆ
「ずばり、『ダイイングメッセージ』です!」
リーサ
「おお……。瀕死の被害者が、残された全神経を集中して、犯人を暗示する手掛かりを残すという、ミステリーの魅力的題材の一つですね」
まゆゆ
「今回の被害者は全部で二人おりまして、二人ともが閉ざされた密室の中で死んでいました。そして、手には一枚の百人一首の札を握りしめていたのです!」
リーサ
「いかにも挑戦意欲をそそられる設定ですね。密室殺人とダイイングメッセージの二本立てと来ましたか?
それでは、まず密室殺人からうかがいましょうか。さっそくですが、犯行現場の状況説明をお願いします」
まゆゆ
「被害者はかるた大会に出場していた選手ですが、二人とも、ホテルの宿泊室の中で、内側からドアに鍵が掛けられた状態で死んでいるのが見つかりました。ドアの反対側は、窓になっていましたが、こちらも内側からしっかりとクレセント錠が下ろされていたのです。そして、それ以外に部屋を出入りできる通路はありません」
リーサ
「なるほど、秘密の通路がなければ、そこは完璧なる密室ですね」
まゆゆ
「さらに、ここで作者が使用したのは、アルセーヌ・ルパンを創作したモーリス・ルブランの短編『海水浴場の殺人』で用いられた、古典的に有名なあのトリックです。作者はこのトリックを、密室トリックの中でも、もっとも素敵なトリックの一つだと思っています」
リーサ
「ちょっと待ってくださいよ。いいんですか? 軽々にトリックのネタ晴らしなんかしちゃって……」
まゆゆ
「本作は、密室のトリックが判明しても、それだけでは犯人は特定できません。もし読者が犯人を当てようと思ったら、どうしても、被害者たちの残したダイイングメッセージを解読しなければならないのです」
リーサ
「そうなんですか。ならば、いよいよ本題ですね。
被害者が握りしめていたダイイングメッセージとなるべく百人一首の札とは、いったい、いかなる札だったのでしょう?」
まゆゆ
「第一の被害者が右手に握りしめていたのは、
『なかくもかなと おもひけるかな』
と書かれた一枚の字札です」
リーサ
「字札ってなんですか?」
まゆゆ
「百人一首の札には、絵札と字札の二種類があって、それぞれが百枚ずつあります」
リーサ
「百人が詠んだ和歌だからですよね」
まゆゆ
「そうです。絵札には詠み人の姿絵が描かれていて、和歌も、上の句と下の句のすべての文字が書かれています。
かるたで遊ぶ時には、絵札は読み札として使われますね。ほかにも、坊主めくりで遊ぶ時に使うのも絵札の方ですよ」
リーサ
「ふむふむ。ところで、上の句と下の句とは、いったい、なんのことでしょうか?」
まゆゆ
「そこからですか……? ええと、和歌とは、三十一文字で構成された詩のことで、最初の五、七、五の文字のことを上の句、後半の七、七の文字を下の句、と呼んでいるのですよ」
リーサ
「例えば、持統天皇の歌なら、『春過ぎて 夏来にけらし 白妙の』が上の句で、『衣干すてふ 天の香具山』が下の句ということですね」
まゆゆ
「ちゃんと知っているんじゃないですか? ふっ――、どうやら、おちょくられたみたいですね。まあいいでしょう」
リーサ
「話をまた戻しますが、第一の被害者が握りしめていた『なかくもかなと おもひけるかな』とは、どんな意味の和歌ですか?」
まゆゆ
「はい。これはですねえ、
『君がため 惜しからざりし 命さへ
長くもがなと 思ひけるかな』
という歌の下の句です。
詠んだ人は藤原義孝という人物で、双子兄弟の弟の方でした。兄弟ともども美男で有名でしたが、二人そろって、二十一歳の若さで天然痘にかかって、同じ日に命を落としています」
リーサ
「ひいぇーーえ。超グロ過ぎなんですけど……」
まゆゆ
「たしか恭助さんも、おんなじ感想を漏らしていましたね」
リーサ
「それで、札が暗示せし、まことの犯人は?」
まゆゆ
「そいつは、ご自分でお考えください」
リーサ
「ちぇっ、残念ですね。もう少しだったのに……。
それでは、第二の被害者が握っていた札についても、説明をお願いします」
まゆゆ
「第二の被害者が手にしていた札は、
『いまひとたひの みゆきまたなむ』
と書かれた字札でした」
リーサ
「ちょっと待ってください。絵札じゃなくて字札だったことに、なにか特別な意味があるのですか?」
まゆゆ
「さあ、それも含めての謎ってことですよね」
リーサ
「ふむふむ。では、その歌の意味は?」
まゆゆ
「詠み人は藤原忠平という人物で、別名、貞心公とも呼ばれています。そして、
『小倉山 峰のもみぢ葉 心あらば
今ひとたびの みゆき待たなむ』
という歌の下の句が、被害者の手に握りしめられていたことになります。
小倉山の峰の紅葉に向かって、お前に人の心を理解する力があるのならば、後に行われる醍醐天皇の行幸(天皇が観光するときにできる行列のこと)が通り過ぎるまでは、散らずにこのままでいておくれ、と呼びかけた歌だそうですよ」
リーサ
「うーん、その歌が犯人を暗示するダイイングメッセージとなるのですか。こいつはかなり手ごわそうですね」
まゆゆ
「本作の文字数は、シリーズ初の十万字超えで、いよいよ長編作品としても円熟してきましたよね……」
リーサ
「ちょっと待ってください。本作って本格推理小説であるとうかがっていますけど、よくよく読んでみると、本来語られるべきミステリーより、百人一首の解説の方に、記述の焦点が置かれていませんか?」
まゆゆ
「ええっ、そうなんですか? ちっとも気付きませんでした……」
リーサ
「なにをしらばっくれているんですか? ぶっちゃけ、小倉百人一首の歌の全部が、文中でさりげなく解説されちゃっているから、文字数が思い切り稼げているんですよ!」
まゆゆ
「前作の『秘境駅』だけでは飽き足らず、本作では『百人一首』と、作者が最近はまった個人的な趣味・娯楽を、こっそり紹介しちゃっているわけですね。表向きにはミステリー小説ですよ、とうたっておいて……」
リーサ
「しかしながら、如月シリーズといえば、読者の期待は謎解きミステリーですし、そんなところで百人一首の解説を延々とされたところで、読者が興ざめしてしまうのが落ちではないでしょうか?」
まゆゆ
「でも、その解説こそが、最後の謎解きのために必要なものだとしたら……」
リーサ
「えっ、どういうことですか? 百人一首についての知識がなければ、謎は解けないということですか?」
まゆゆ
「そこまではいいませんけど、知っていることで推理を有利に進められることは、確かです」
リーサ
「そういえば、今回は難易度が五つ星となっていますが、それって最高に難しい作品ってことですよね?」
まゆゆ
「そうですね。ダイイングメッセージなんて、いいかえれば暗号解読ですからね。難易度が上がってしまうのは必然といえましょう」
リーサ
「他人が作った暗号なんて、所詮は解く気など起こりませんよね。もっとも、解いたら財宝がゲットできるというのなら、話は別ですけど」
まゆゆ
「本作のダイイングメッセージのトリックですが、ふと耳にした情報によれば、作者はこのトリックに関して絶対の自信を持っているそうですよ」
リーサ
「なんですか、その絶対の自信って? 暗号解読のトリックに良いも悪いもないじゃないですか?」
まゆゆ
「うーん、そのあたりはどう説明したらいいですかねえ。そうだ。
突然ですが、狸さんが出題したなぞなぞを一つ、
『たあけたま たしてたおめた でたとうた』
さあて、この文章はどんな意味を持っているでしょうか?」
リーサ
「あけましておめでとう、でしょう?」
まゆゆ
「あれれ、どうして分かったんですか?」
リーサ
「どうしても、こうしても、そんなの誰でも分かりますよ。瞬殺です」
まゆゆ
「と、このように簡単過ぎる暗号では、読者の感動を射止めることなどできませんよね?」
リーサ
「この期に応じて、なにを開き直っているんですか? 当たり前ですよ」
まゆゆ
「それでは、お次はどうですか?
今度は逆立ちをしている人からの出題です。
『かたせまやらせくあにごえせもす』
さあ、どんな意味でしょう?」
リーサ
「うぐぐっ……、困りました。かたせま……、といわれてもねえ。今度はちんぷんかんぷんです」
まゆゆ
「ええっ? こんな簡単な暗号も分からないのですか?」
リーサ
「ムカつきますねえ。そんなことをいわれたって、分からないものは分からないですよ」
まゆゆ
「答えは、今年もよろしくお願いします、です」
リーサ
「どうして、そんな意味になるんですか?」
まゆゆ
「逆立ちしている人、というのがヒントです。日本語には『アイウエオ』がありますが、この暗号文は、ア行とオ行を入れ替えて、イ行とエ行を入れ替えて、言葉を読んでいったのです。
つまりは、『かたせま』は、『ことしも』となり、『やらせく』は、『よろしく』となります」
リーサ
「そんな取って付けたような勝手気ままな暗号、解けるわけないじゃないですか!
答えを教えてもらったところで、ちっとも面白くないし……」
まゆゆ
「と、このように暗号が複雑過ぎても、読者を感動させることなど、とうてい不可能といえましょう」
リーサ
「あらら、またまた開き直っちゃっていますね……」
まゆゆ
「本作のダイイングメッセージは、当てること自体は難しいけど、騙された時に、なるほど、作者に一杯食わされたな、と読者が素直に納得してもらえそうなトリックとなっています。それこそが、作者の根拠のない自信につながっているというわけです」
リーサ
「よく分かりませんけど、面白い作品であることには、どうやら間違いなさそうです。
シリーズ屈指の難事件たる『小倉百人一首殺人事件』。みなさん、どうぞお気軽にチャレンジしてみてください」
まゆゆ
「私と青葉先輩が繰り広げる、かるたの真剣勝負のシーンも必見です。どうぞお見逃しなく」