9.平山明神山殺人事件
リーサ
「平山明神山殺人事件――。如月シリーズもついに第九弾となってしまいましたねえ」
まゆゆ
「ということは、私たち凸凹漫才コンビも、とうとう九回目ということですか」
リーサ
「ほー、ほっほ……。そういえば、麻祐さま。あなた、知らない間に、弓削忠一郎巡査部長とこっそり結婚をされていて、お名前が、弓削麻祐さまに変わられただけでは飽き足らず、いまや、あろうことか、二児の母にもおなりだそうで、あらまあ、たいそうなご出世ですこと」
まゆゆ
「いったい何処で聞いたのですか。そのような、超丸秘個人情報を……」
リーサ
「リーサの思考回路はネットワークと直接つながっていますからね。世界中のあらゆる情報が、リーサには手に取るように分かってしまうのですよ」
まゆゆ
「ある意味、究極の最終兵器といえますね。あなたって人は……。
まあ、言い訳はしませんが、七首村事件からすでに五年もの長い歳月が経っているのです。私生活になにかと変化が起こってしまうのも致し方ないことでしょう。平山明神山殺人事件の文中にも、たしかそのような記述がありましたよね」
リーサ
「たしかに、七首村事件からは五年の歳月が経過していますけど、ヘイケボタル事件からは、まだ三年しか経っていないように、リーサは記憶しております。それにたしか、ヘイケボタル事件が解決した瞬間には、麻祐さまは弓削巡査部長にプロポーズすらもなさってはいらっしゃらなかったはずですから、このような衝撃の急展開は、誰しも想像できたはずもなく、まさに常軌を逸した未曽有の色恋沙汰、としかコメントできませんよねえ」
まゆゆ
「なんとでもいいなさい。別に隠すことじゃありませんから」
リーサ
「すると、麻祐さまは、戸籍謄本に記されたお名前と同じものに、ご結婚を機に、お名前が変わられた、ということになりますね」
まゆゆ
「ややこしいですけど、そういうことですよ。よく気付きましたねえ」
リーサ
「そして、それに見事に気付かれた読者が、もしも、いらっしゃれば、あなたはもはや、如月シリーズの立派なマニアと申せましょう。
ああ、麻祐さまの順調な恋愛人生に比べて、恭助さんと青葉さんの関係といったら、相変わらずの硬直状態みたいですね」
まゆゆ
「いまだにあの二人は、童貞と処女をしっかり守り続けているということでしょう」
リーサ
「ええっ、麻祐さまには、そんなことまで分かってしまうのですか?」
まゆゆ
「おおよそ見当が付きますよ。このまえ、久しぶりに青葉先輩にも会ってきましたから。
先輩の話によれば、二人の関係は、決裂するでもなし、だらだらとなんとなく続いている、とのことでした」
リーサ
「でも、そろそろあの二人にも三十路の大台がやっては来ませんかねえ」
まゆゆ
「現在、青葉先輩は研修医として修業中みたいですが、まわりにいるあまたの男子たちから、いろいろとお誘いがあって、いちいち断るのに苦労しているみたいですね」
リーサ
「まあ、青葉さんといえば、リーサの次に美人といっても過言ではありませんから、そのような馴れ初めが一つや二つあっても、決して不思議ではありませんからねえ」
まゆゆ
「一方で、恭助さんは、とっとと大学を卒業して、就職すればいい年ごろの分際で、いまだに大学に居残って、研究生だとかなんとか勝手なことをぬかしながら、天下御免のプー太郎生活……。
さらには、青葉先輩が晴れて女医さんになったときには、速攻で結婚をして、夢のヒモ生活で満ち足りた余生を送らんと、ひそかに計画を立てている、くそ野郎です」
リーサ
「まさに悪魔の設計図といえましょう。
そういえば、今回は恭助さんのおうちの場所が判明しました。如月シリーズのファンにとっては、たまらないお宝情報ですよね」
まゆゆ
「反面、そこの地区にお住みの住民のみなさまには、たぶんなる不快感とご迷惑をおかけしたかもしれません。作者に変わってお詫びを申し上げます」
リーサ
「こほん。それでは、話を内容に戻しましょう。
まず、気付かれたでしょうか。七首村連続殺人事件では、新郷署に勤務していた千田巡査部長でしたけど、平山明神山殺人事件では、新城署に勤務しているのです」
まゆゆ
「はっきり矛盾していますね」
リーサ
「実は、これにはわけがありまして、七首村連続殺人事件は、書いている内容があまりにも残酷極まりないものでしたから、実在の地名を使ってはしのびないと、作者の配慮で、少しずつ実際の地名とは異なる架空の地名を、小説内で用いてきました」
まゆゆ
「たとえば、新城市は、架空の新郷市に。七郷一色村を、架空の七首村に。それ以外にも、多数の架空の地名が使われていましたね。
それに対して、平山明神山殺人事件では、とことんリアリティを追求しようと、すべてを現実の地名で執筆したので、こうなってしまいましたと……」
リーサ
「そうです。そして、この事実をすでにお気づきのあなたは、もはや、まごうことなき如月恭助シリーズマニアといえるでしょう」
まゆゆ
「ということは、ナイフリッジとか、西の覗きなんて場所が、実際に平山明神山にはあるのですか?」
リーサ
「ええ、あります!」
まゆゆ
「それでは、まさかのまさか、作者は実際に、ナイフリッジに行ったことがあるのですか? 闇情報では、作者は無類の運動音痴とうかがっておりますが……」
リーサ
「さあ、どうなんでしょうね。なにせ、ネットの時代ですから、実際にその場に行った経験がなくても、真実味を帯びた描写を書くことは、必ずしも不可能ではないように思われます」
まゆゆ
「でも、実際に現場にいないと撮れない写真もありましたよ」
リーサ
「おそらく、作者の身内に、かなり山マニアな人物がいるのではないかと想像されます」
まゆゆ
「なるほど。それで、臨場感のある細かい情景描写が可能となったのですね」
リーサ
「ところで、麻祐さま。さっそくですが、一つ質問をいたします。
『第二の容疑者』の章で、最後に配置された一枚の写真を、ご覧下さい。
そこにいくつかの山が写っていますよね。どの山が平山明神山なのか、麻祐さまにはお分かりでしょうか?」
まゆゆ
「『荒尾地区から見た平山明神山』、というタイトルが付けられた写真のことですね。
そうですねえ。まあ、構図からして、真ん中にでんと居座っている入道みたいな山が、おそらく平山明神山ということでしょうね」
リーサ
「真ん中の、どっちの山ですか?」
まゆゆ
「どっち?」
リーサ
「はい。ほら、真ん中の山をよくご覧ください。手前の堂々とした山と、背後霊のように、奥に角の形状をした山がありますね。そのどちらですか?」
まゆゆ
「まさか、奥の山が平山明神山?」
リーサ
「そうです。手前の大きく見える山は、実は、小明神と呼ばれる、偽山頂です」
まゆゆ
「偽山頂って、どうしてですか? 手前の山の方が大きいじゃないですか」
リーサ
「ちっちっち。山頂で大切なのは、大きさではなくて、高さです。
高さこそが正義――。後ろの山の方が、山頂の高さが高いので、そちらが、本山頂。手前は、偽山頂とされているのです。
そして、その偽山頂から、本山頂へ向かう途中に、かの危険な、馬の背が横たわっている、というわけです」
まゆゆ
「なるほど、たしかに写真で見るだけでも、なんとなくやばそうな雰囲気が、ひしひしと伝わってきますね」
リーサ
「それでは、事件の核心に入りましょう。
登場人物は、被害者となった、小和田桜子。そして、彼女とともに四人組で登山をした残りの三人が、高遠竜一、佐久間阿智夢、飯田千代子です。必然的に、小和田桜子を殺害した人物が、この三人の中にいなければなりません」
まゆゆ
「つまり、容疑者がたったの三人しかいないと……」
リーサ
「そうです。これなら、当てずっぽうでも当たっちゃいますよね」
まゆゆ
「これまでの如月シリーズで、数々の敗北を作者から喫した読者にとって、今回は史上最大のリベンジチャンスが訪れた、というわけですね」
リーサ
「その通りです。それでは、舞台となる平山明神山頂付近を説明いたしましょう。
まず、なにかと鍵になる場所が、『T字分岐』です。ここからは、『西の覗き』、『東の覗き』、『頂上』、『下山ルート』の四つの道が伸びています。さらには、被害者の遺体が見つかった、恐怖の『ナイフリッジ』は、その『下山ルート』を五分ほど進んだ先にあります。この際の五分という移動時間ですが、あくまで、通常のスピードで歩いた時間とさせていただきます」
まゆゆ
「それでは、体力に自信のある人物が、全力で走った場合には?」
リーサ
「おそらく、二分足らずくらいで、移動ができると思われます」
まゆゆ
「『第三の容疑者』の章の最後に、山頂のイメージ図が挿入されています。詳しくは、そちらをご覧ください」
リーサ
「さしずめ、閉ざされた謎の館に、招かれざる四人の客が居て、その中の一人が無残にも殺されてしまう。現場は、中央にT字廊下があって、さらにそこから、西の間、東の間、山頂の間、と呼ばれる三つの個室と、別に長い廊下が伸びていて、その向こうに馬の背別館がある、といった具合ですね」
まゆゆ
「それじゃあ、まさに、クローズドサークルミステリーではないですか!」
リーサ
「そうです。そして、容疑者三人の証言こそが、真相に到達するための手掛かりとなっているのです」
まゆゆ
「一見、三人の証言は、ことごとく内容が一致していますよね。普通のミステリ―なら、犯人は嘘を吐くはずだから、嘘を吐いている人物を見つけ出せば、犯人が判明するはずですが、本作では、特定の犯人を見つけ出すことなど、とうてい無理なのではないでしょうか?」
リーサ
「よおーーーく、彼ら三人の証言を読み比べてください。本当に、三人の証言に食い違いはないのでしょうか?
さらには、容疑者以外の参考人たちの証言も重要となります。真相を解く手がかりが、きっとどこかに仕込まれているはずです」
まゆゆ
「参考人が嘘を吐いている可能性は考えられませんかねえ」
リーサ
「通りすがりの彼らに、被害者や犯人に対する特別な感情があるはずもないですから、彼らが、意図的に、犯人にとって都合の良い証言をすることは絶対にありません。もちろん、彼らが犯人の正体を知る由もないことも、作者が保障いたします。
それと、文中にも記されていますように、本作では、動機から犯人をしぼり込むことは、あまりお勧めできません。ホワイ・ダニットから思考を進めて、フー・ダニットを推理しようとしても、残念ながらうまく行かないのです」
まゆゆ
「じゃあ、どうすれば犯人が突き止められるのですか?」
リーサ
「三人の容疑者の中で、犯行を行うことが可能だった人物は誰でしょう。つまり、ハウ・ダニットを手掛かりに、真犯人、フー・ダニットを推測することが、本作では求められています」
まゆゆ
「犯行ができた人物という観点なら、三人の容疑者のいずれにも、チャンスがあったように思いますが?」
リーサ
「いえいえ、被害者を単純に殺すことはできたとしても、すべての物的証拠、客観的事実をきちんと説明できなければなりません。そうなると、三人すべてに今回の犯行が行えたチャンスが、本当にあったといえるでしょうか。
とにかく、はっきり断言できるのは、三人の容疑者の中に、必ず、小和田桜子を殺した犯人がいる、ということだけです」
まゆゆ
「となると、『捜査陣営会議』の章で、白板に書かれた事件のあらましが、にわかに重要となってきましたね。あそこには、事件で起こった出来事の時刻が、詳細に記されていましたし」
リーサ
「ただ、あれを書いたのが、千田警部補であったという事実には、くれぐれもお気をつけあそばせください。あくまでも、三人の容疑者の証言を総括して、彼の思考回路でまとめあげた内容ですから、もしかしたら、細部にミスがあるやもしれません」
まゆゆ
「なるほど。些細なことにも気を付けないと、真相になかなか到達できなさそうですね」
リーサ
「その通りです」
まゆゆ
「ほかに読者を助ける、何かヒントはありませんかねえ」
リーサ
「そうですねえ。あっ、ありましたよ、もう一つ。
本作の出題編では、ところどころに地図のイラストとか、現地で撮られた写真が挿入されています」
まゆゆ
「ええ、いっぱいありますね。全部で十を超える数の画像ファイルが……」
リーサ
「その画像ファイルの中に、事件の真相に到達するための丸秘重要ヒントが隠されているのです!
もし、その画像ファイルを公開しなければ、解決編を読み終えた読者の方から、アンフェアだぞ、と罵られても、言い訳できないほどの、とっても重要な鍵なんですよ」
まゆゆ
「それは貴重なヒントですねえ。まあ、写真画像の方は、単に現地の臨場感を盛り上げる効果を狙ったもので、事件の手掛かりが含まれているとは、とうてい思えませんから、必然的に、地図のイラスト画像の中に、手掛かりは隠されているとみて、まず間違いありませんね」
リーサ
「さあ、そこまでは補償いたしかねますけど、いずれにせよ、画像ファイルには十分に注意を払ってください」
まゆゆ
「それでは、読者の皆さん。本格謎解きミステリー『平山明神山殺人事件』を、心ゆくまでご堪能くださいませ」




