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舞踏会と疑い



すでに会場には人が揃っているようだった。

ざわめきが聞こえる扉の前で、3年ぶりに王城に帰っていらっしゃたクリスティーナ王妃が、エドワルド王にエスコートされる形で待っていた。


「お久しぶりでございます。クリスティーナ様」


「お久しぶりね。キルスティ。今日はあまり肩の力を入れずに、パーティを楽しんでね」


「ありがとうございます」


「もう女性をエスコートする年齢になったのだな。感慨深いものだ」


王の父親らしい発言に、リヒャルトは頭を少し下げただけで答えた。


ふと奥を見ると、暗がりの方で無表情にこちらを見つめるアロイス様がいた。

隣にいらっしゃるのは、王子達の従兄弟のルイーズ・アルマ・フォルトナー様だ。

つい先日、政治的バランスから難航していた第二王子の婚約者に決まったばかりだ。


彼女の性格を表すかのように真っ直ぐ伸びるブロンドの髪と青い瞳の美少女だ。


ルイーズが淑女の礼をとる。キルスティも遅れて礼をとった。

最近は同じ王族の婚約者として、親しくさせていただいている。

ダンスの授業などは、キルスティと一緒に受けることもあった。


重厚な扉が開く。


王と王太子妃の入場の後、恭しくリヒャルトは手を差し出した。


「行こうか」


「はい」


なんだか、貴族のご令嬢にでもなった気分だ。

…ご令嬢か。





パーティはつつがなく進行した。


きらめくシャンデリアに目頭が痛くなってくる自分は、前世の庶民感覚を受け継いでいるのだろう。


宣言通り、キルスティは生真面目にリヒャルトの隣を離れず…といいたいところだが、まだ王家の壇上には登れないので、会場の隅で密かに見守る。


国王陛下のご挨拶が終わると、一流の楽団の音楽が流れ出す。


「キルシー。行こうか」


すっと差し出したリヒャルトの腕に手をそえる。


まずはファーストダンス。

キルスティはとても運動神経がいいが、あまりリズム感は良くない。


踊りだしに緊張しながら、ふとルイーズを見た。

完成された笑顔。完成された立ち姿。その体がリズムに合わせて優雅に揺れるのを見て、キルスティは思わず顔を赤らめた。

色気がすごい。


「どこ見てるの」


ふと声をかけられて見上げると、リヒャルトの顔が思わぬほど近くにあった。

反射的に飛び退きそうになるのをなんとか抑えて、指先に力を入れた。


「そんなに緊張しないでよ。練習では何回かしたでしょ」


「子どものころに数回練習相手になっていただいただけでしたし…私のダンスの相手方はアルノーが多いので…」


アルノーは小柄で、あの体躯でなぜと不思議に思う怪力の持ち主だ。

キルスティは弟の顔が近くにあっても平気だし、ぶんぶん振り回すように踊るあの癖に付いていくのは嫌いではないが、ちょっと疲れる。


つまり、キルスティはあまりダンスが好きではなかった。


「ふうん」


「ひゃっ」


耳元で相槌をうたれて、肩が跳ねる。

が、そこは騎士の根性で耐えた。


「あの、もう少し体を離せませんか」


「なぜ?このほうが踊りやすいし、周りからみても美しいよ」


周囲からの見え方の話をされると、キルスティも強くは言えない。


なぜか若干指先が震えるのを感じながら、キルスティはなんとかファーストダンスを踊り終えた。





「どうぞ宜しくお願い致します」


挨拶回りの洗礼って、すごいのね。


キルスティは、かろうじて笑みを絶やさぬまま、リヒャルトの腕に手を添え、淑やかそうな笑みを絶やさなかった。


頑張った。

自分でも思う。


キルスティには逆立ちしても無理かもしれないことだが、リヒャルトの名誉のためにやり切ったといっていい


「キルシー?顔色が悪いけれど大丈夫?」


「もちろんですわ、リヒャルト様」


「……まだもう少し回らないといけないんだ。キルシーは、少し休憩していて」


そう言って、リヒャルトは給仕から受け取ったソーダ水を差し出した。


キルスティは限界だったので、ありがたくソーダ水を受け取って、リヒャルトと別れた。






「ごきげんよう。キルスティ様」


バルコニーに出ようとしていたキルスティを、麗しいかんばせに甘い甘い笑みを浮かべたルイーズが追いかけてきた。

風が涼しく、庭園を見ると心の元気を取り戻していける気がする。


キルスティはカーテシーをした。


「ごきげんよう。ルイーズ様」


「そのドレス、素敵ね。あまりないデザインだけど、宮廷のお抱え裁縫人に作っていただいたの?」


「ええ。多少希望は申しましたが、」


「レースが先進的だわ。それに、この布……」


「最近、ラーガ帝国との取引きで輸入されたものです。彼の国とは土地の形状の問題からあまり交易が盛んではありませんでしたが、最近になって山道が整備されたことで、このように美しい品を手に入れることが出来て光栄ですわ」


山道を整備したのは、山を隔てて隣り合う領地を持つフロンツェル家である。


元々距離的には近いのだが、山道で馬車が通れない上に山賊なども出るため、長らく交易がしにくい地域だった。


ちなみに、山賊を返り討ちにしたのは父と兄である。


ちらりと辺りを見回してから、ルイーズがにやりと笑った。

社交辞令とかをなくした、友の笑みだ。


「キルシー、なんかいいかんじだったじゃない」


「え。あのロボットダンスみたいになっちゃったやつ?」


「ロボット?ちがうわよ。リヒャルト様よ。片時もキルシーを離さないで、あんなに優しい目をしてるなんて」


「あー、演技上手だから」


「もう!そんなこと言って。私がここに来たこと、感謝してよ?あなたを追って文句を言いたい令嬢やらお近づきになりたい紳士やらが押しかけてきそうなところを押しのけてここまで来たんだから」


よく見ると、確かに、何人かがちらちらとこちらを見ている。


キルスティは背筋を正して、ルイーズに向かって恭しく手を差し出した。


「美しいお嬢さん。どうぞ、お手を」


「まあ、キルシーったら」


ルイーズがくすりと上品に笑って、キルスティのエスコートの手に手を重ねた。





「リヒャルト様とはどうなのよ!あーあ。キルシーがうらやましい!」


バルコニーに出ると、ルイーズの淑女の仮面が完全に剥がれる。

もともとは活発で好奇心旺盛。なかなかにキルスティとは共通点があるのだが、いかんせん、第二王子の手前、あまり表立って親友然とするのも憚られた。


仲良くしすぎると、第二王子の機嫌が悪くなるらしく、その被害を被るのはルイーズだ。


「あーあ。私も、リヒャルト様くらいお優しい方が婚約者だったらなー」


「誰かに聞かれたら一大事よ」


「誰もいないわよ」


「壁に耳あり障子に目あり」


「障子?」


不思議そうにおうむ返しをしたルイーズが、下の庭園を見ようとバルコニーの欄干に手をかけた。

と、はしゃいだ声で「ね!ね!」とキルスティを手招きする。


「中庭に誰かいるわ」


「恋人同士とかじゃないの?あんまりのぞかない方が身のためよ。面倒だわ」


「えー」


不満そうなルイーズをさておき、結局キルスティも下を覗き込んだ。

貴族、金と情報はいくら持っていても困らない。


真っ赤なバラ園のなかに見える柔らかそうなストロベリーブロンド。

その髪色は、この国ではかなり珍しい。


キルスティは吸い寄せられるように身を乗り出した。


「キルシー?」


「しっ。ごめん。ルイーズ。ちょっとこのままここにいて。できれば、私と話しているかんじで」


ルイーズが頷いたのを見届けて、キルスティは足音を消して歩き出した。


ストロベリーブロンドの女性は、遠目に見てもとても整った顔立ちであることがわかる。


キルスティには、確信があった。

彼女は、この世界の主人公だ。

たしか初期設定での名前は…


「アメリア・エナ・シュレーゼマンです」


透き通った声が聞こえた。

そうだ。アメリア・エナ・シュレーゼマンだ。


この世界の、このゲームのヒロインの名前。


「美しいストロベリーブロンドだ」


「そうですね。…閣下の血が色濃く出ているかと」


「確かに、その通りだな。メイドに手をつけて子どもが出来たときは面倒だと思ったが、どんな物にも使い道はあるものだな。あのメイドが死んだと聞いて、どこかで使えるかとお前に引き取らせて正解というわけだ」


足音もなく階段を降り、キルスティは身をひるがえすと、大きな木の陰に隠れた。


2人の男と、暗闇でもなお鮮やかなストロベリーブロンドが目に入った。


男のうち1人は、見覚えがある。

白髪の混じったストロベリーブロンドの髪に、恰幅の良い体。

ファルマン侯爵だ。


もう1人は、くすんだ茶髪の男性だった。

面識はないが、アメリアの隣に立っていることを考えれば、この男性がシュレーゼマン子爵なのだろう。


「できれば今日にでも身染められてほしいものだが、あのフロンツェルの小娘が…忌々しいことだ。まあ、いい。必ず卒業までの3年以内にやりとげろ」


フェルマン侯爵の厳格な声が響く。


「自分の立場と使命を理解して、これからの学園生活を送ることだな。もし王子の心を得られなかった場合、お前の弟がどうなるか分かっているだろうな」


アメリアが頷く。






「ファルマン侯爵……」


セリーナ・エナ・ファルマンは、第二王子アロイス殿下の産みの母とみられている女性である。

彼女は王子を出産後すぐに亡くなっている。


現ファルマン侯爵は彼女の弟だ。

つまり、第二王子派。


今の話では、ヒロインのアメリアは、ファルマン侯爵の妾腹の子どもで、シュレーゼマン子爵に引き取られたように受け取れる。


ゲームの設定では、シュレーゼマン子爵の愛人の子で、母が亡くなった後に子爵に引き取られたはずだが…


しかも、どう見ても、アメリアに弟がいて、脅されているようにしか見えない。


「……ゲームのキルスティって、もしかして……」


ありえない話ではなかった。


ゲームの中で、あれほどリヒャルト第三王子殿下を敬愛し、小さな頃からずっと想い続け、さらに騎士として忠誠を誓っているキルスティ・アイリ・フロンツェルが、徹底的にヒロインをいじめ、王子との仲を邪魔し、学園から追い出そうとした理由。


ヒロイン、アメリアは、第ニ王子アロイス殿下の立太子を目論む黒幕、ファルマン侯爵の手の者だった。

辻褄は合う。

合うが……


「乙女ゲームの裏設定にしては、ハードすぎない?」


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