1.1 魔法で計算をやろう
話を終え、図書館から出た俺たちは、衣服屋に立ち寄った。生活に必要なものを買い揃える為だ。
色々なものを買い揃える必要があると思っていたら、最低限の服だけしか買わず、商店街を出てしまった。
「……本当に服だけでいいのか? 寝袋とか、歯ブラシとかは……」
「まだ野宿しないからいいわよ。歯ブラシとかその辺の小物も、家に来客用のがあるし」
「……家……?」
「ええ。私の家よ」
……ああ、若い女性だもんな。冒険者と聞いて、野宿か宿住まいかと思っていたが、そんなことは無いようだ。……って、異性が泊まっても大丈夫なのだろうか……?
変な気持ちのままエルに連れられ、郊外を歩いていると、大きな屋敷の前を通った。絵に描いたような大きなお屋敷だ。貴族か富豪でも住んでいるのだろうか。
「着いたわよ」
「……ひょっとして、このでかい屋敷が、エルの家か?」
「そうよ? 言ってなかったかしら、私、貴族の娘なの」
エルが、当たり前のようにそう言った。
「……貴族の娘が、冒険者? なんかイメージと違う気がするが、……そんなもんか?」
どこかの国のお姫様が世界を救う旅のメンバーに入っていたというゲームは複数知っている。さすがに現実ではそういうことは無いと思っていたが、このファンタジーな世界なら、あるのかもしれない。と思っていたら……
「まあ、隠してたんだけどね。普通は貴族の娘が冒険者になるなんて、ありえない話だし、危ない話だから。……でも、あなたは普通じゃなかったから、隠す必要も無かったわね」
この世界でも普通じゃなかった。まあ、それもそうか。
エルが冒険者になった理由が気になってしまう。俺が魔法の仕組みに興味があると聞いたときに、かなり食いついていたから、その辺が関係しているのかもしれない。
が、聞こうとする前に、屋敷からメイドさんのような人が出てきた。……なんだか屋敷の立派さとかメイドの存在とかに緊張してきたぞ……?
ガチガチになりながらも挨拶を済ませ、屋敷内へ入ると、そのまま部屋の一つへと案内された。部屋には大きな本棚がいくつもあり、部屋の真ん中には綺麗な机がいくつか並んでいた。書斎か勉強部屋なのだろう。
そして、部屋には先客がいた。女の子が机で、何か本を読んでいた。女の子はこちらに気付くと、エルに挨拶した。
「おかえり、エル…………って、……後ろの人は……?」
エルの妹なのだろうか。エルよりも背が頭一つ分は低く、顔もエル同様整っているが、幼さがある。髪はエルと違い、銀髪のロングだ。エルと同じ服を着ているが、姉妹でお揃いの服なのか、同じ学校の制服なのか……どちらにしても、机で本を読んでいる姿が絵になっているな。
「あー…………ごめん、ステラ、忘れていたわ……。でも魔法の勉強には丁度いいかもしれないから、許してね。
この人は、ハル。私の冒険者パーティーで、私と同じ15歳の、駆け出しの冒険者よ。それで、なんと魔法が作れるの。それで遠くの国から来たから、そこらへんの常識が無いから私たちのことを変に思うことは無いわ」
15歳の、駆け出しの冒険者……違和感を覚えるが、正確な年齢は自分でも分からないし、別にいいだろう。こちらの世界に来る前と比べて、15歳くらいに若返っているらしいし、15歳ということにしておこう。
遠くの国から来た……これもまあ、嘘ではないな。異世界の国を"遠くの国"って言ってるだけだ。
……でも、常識が無い、って……。いや、異世界人だし、分かってはいるが……
文句を言いそうになったが、俺が口を開く前に、ステラと呼ばれた女の子が口を開いた。
「魔法が……作れる……?」
女の子が、目をしかめて、こちらをじっくりと眺めていた。
「初めまして。俺はハル。魔法が作れる、って言っても、ちょっとできる……じゃなくて、魔法のコードを少し書けるくらいだけど……まあ、よろしく」
"チョットデキル"は物凄くできる人間が言う言葉なのを途中で思い出し、変な自己紹介になってしまった。『ワタシハリナックスチョットデキル』と書かれたTシャツを、Linuxの開発者が着ていたので、そんな認識がプログラマーやエンジニアの間にあるのだ。……が、別にこちらの世界では気にしなくていいことに、喋りおわってから気が付いた。
誤魔化すように笑いかけたが、ステラは、いきなり目をキラキラさせて、こう言った。
「本当にできる人は……ちょっとできる、って言う……。…………やっぱり……!」
こっちの世界でもその認識だったか! しまった!
「え、ええと……まだこの国の魔法を少ししか見てないから、自信は無いんだけど……。って、その前に、君の名前はなんていうの?」
「……私の自己紹介、まだだった……。私、ステラ。ステラ・アルギュロス」
あれ……アルギュロス?
「ステラちゃんは、エルの妹じゃないの? 確かステラの苗字って、アルギュロスじゃなくて、クリューソスだったよね……?」
「……エルは、お姉ちゃんだけど、お姉ちゃんじゃないよ……」
……お姉ちゃんだけど、お姉ちゃんじゃない……? ひょっとして義理の姉妹なのだろうか? 事情を聞こうとしてエルをちらりと見ると、なぜか呆れた顔をしていた。
「そんな難しいものじゃないわよ。小さい頃から仲が良いから姉の代わりってだけで、姉妹じゃないわ」
俺の表情だけで、何を言おうとしていたか通じていたようだった。
「なるほど……いや、びっくりした……」
私たちのことを変に思うことは無い、と言っていたので、複雑な何かがあるのかと思ったが、安心した。いや、もしかしたら俺にとってどうでもいいことがあって、この世界の常識では大変なことが何かあるのかもしれないが。貴族絡みの問題とか、身分差とか。
「ハル……魔法、作るの……見せて……」
「あ、ああ……はいはい……って言っても、前にいた国と同じ魔法が作れるか分からないから、色々試させてね」
そう返事をした後に、俺はHelloWorldの魔石を取り出した。そして、何のコードを打とうか考えて……まず適当に四則演算を試すことにした。
public class Test {
public static void main(String[] args) {
int a = 2980;
int b = 3560;
int c = 5120;
int d = 2480;
int total = a + b + c + d;
System.out.println(total);
}
}
4つの数値の合計を表示させるだけのプログラムだ。ちなみにこの4つの数値は、先ほど買い物した服の値段だ。普段着の上下に、部屋着、それから下着のセット。改めて思ったが、ミニマリストかというくらい少ないな……
ちなみに、先ほどは数値をSystem.out.println()の括弧の中に書いていて、計算結果をそのまま表示させていた。この括弧の中の数字のことは"引数"と呼び、System.out.println()というコードは引数の値を画面に表示させるものだ。直接数値を入れても構わないが、今回は実験も兼ねて"変数"を使ってみた。
魔法を書き上げた後、「テスト」と唱える。すると、
[14140]
と表示された。服の合計金額は14140円……この世界の通貨だと141ゴルドと40セントだ。この世界の通貨はゴルドといい、前の世界のドルと同じような感覚で使われている。物価もそう変わらない。
しかし、ここまでやって気付いた。別に足し算をするだけの魔法、"魔法を作った"と言えるのだろうか。この世界にも電卓やそれに近いものがあるなら、微妙じゃないか……?
不安になりながら、エルとステラに聞いてみる。
「えーと……さっき買った物の値段の合計を計算しただけの魔法だけど……とりあえず、こんなもんでいいか?」
しかし、エルとステラは、俺の予想に反した反応を見せた。
「た、足し算を自動で……?」
「こんな魔法、見たこと無い…………凄い……!」
予想以上にウケが良かった。
エルの反応的に、この世界、電卓が無いのかもしれない。この世界はコーディングが非常に楽なので、今後、魔石を電卓代わりにしてもいいな。
さて、どうやって魔法について、教えていこうか……
コードの説明は次の回で。