目覚め
「……」
目を覚ますと、視界に入ってきたのは、見慣れた黄ばんだ天井だった。
戻って来た。夢から目覚めたではなく、その表現が適切な様な気がした。
体を起こし、辺りを見回す。
カーテンからは眩しい程の太陽の光が差し込み、脱ぎ散らかしたスーツを照らしている。
アルコールの為か、まるで大冒険をしてきた様な体の疲れを感じたまま、のそのそとベッドから這い出し、リビングに向かう。
テーブルには飲み散らかした空き缶が散乱しており、放り投げてあった携帯が光っている。
ディスプレイのデジタル時計は『06:25』と表情されていた。
ロックを解除してホーム画面を開くと『着信1件』の文字が。発信元は、優香だった。
拓摩は敢えてかけ直しはせず、電話帳からある人物を探し出し、電話をかける。しばらくコール音が続き、不機嫌そうな男の声がした。
『なんだよ……朝っぱらから』
「まだ寝ていたのか?友也」
相手は弟の友也だ。友也は暫し無言の末『あぁ……』と呟く。
『もうこんな時間か。で、何か用?』
「お前、今夜空いてるか?どうだ、たまには飲みにでも行かないか」
『はぁ?兄ちゃんと?なんだよそれ』
受話器の奥で、友也が少しだけ笑った。
無理もない。今まで一度も飲みになど誘った事はなかったのだから。
友也は急に気味の悪いことを言うなと苦笑い混じりで言っていたが、最後に『昼休みくらいにまた連絡する』と言って電話を切った。
「先にシャワーを浴びないとな」
声を出すと、自分でもわかる程のアルコール臭がした。
無理もない。何せ昨夜は殆ど自棄酒の様な形で、浴びる程飲んだのだから。
リビングに散乱している空き缶もそれを物語っている。
よほど寝汗をかいたのか、髪はベタついており、肌も冷えていた。
クローゼットから下着を取り出すと、床に転がった空き缶に躓きそうになりながらも浴室へ向かう。
熱いシャワーを頭から浴びると、徐々に頭が覚醒してきた。
そのまま暫く、鏡に映る自分を見つめる。
夢というのは、基本的に目覚めて暫くすると、徐々に記憶から消えていってしまう。
一説では、人間の記憶というものは、視覚・聴覚・嗅覚・味覚に加え、体の筋肉を動かして行動する事により、より鮮明に深く記憶に刻み込まれる。
夢とは脳の中のみで生成されたバーチャルなものであり、それに肉体的な行動は伴わない。
その為、覚醒して時間が経つにつれ、記憶から抹消されてしまうのだという。
あの長い過去の旅も、肉体的な行動は一切伴っていない。にも関わらず、まるで実際に経験した過去を思い出したかの様に、始まりから終わりまで、全てをしっかりと覚えているのだ。
もしかしたらまだ今は、脳が夢の記憶を消去している過程なのかもしれない。
会社に行って仕事に追われれば、いつの間にか夢を見たことすら忘れてしまうのかもしれない。
だが、そうであっても、この数時間のうちに経験した『夢の世界』が、拓磨のある事に対しての意識変えたのは事実だった。