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納得出来ないこと

とにかく拓摩は平凡な男だった。


幼稚園・小学校・中学・高校・大学・社会人と、良い意味でも悪い意味でも変わった事のない人生を送ってきた。恋人もいる28歳。


彼女とは入社式で顔を合わせ、そこから順調に交際が進み、今年で早5年。


来年には、結婚も決まっていた。だからこそ、今ぶち当たっている壁は下らなくもあり、難しい問題でもあった。


「私、あなたとは結婚できない」


夕方、仕事帰りに突然恋人から言われた婚約破棄。初めはその意味が全くわからなかった。


特に何をしたわけでもない。社内恋愛は禁止でもないし、女は結婚したらさっさと辞めろという会社でもない。


現に同僚2人は昨年結婚し、どちらも独身の時と変わらずに仕事をしている。


「なんで急にそんな事言い出すんだ」


結婚式の日取りこそは決まっていなかったが、来週有給を使って両親に挨拶しにいく予定だった。


「とにかくダメなの。今のままだと、絶対に」


しかし彼女――優香は頑に自分との婚約を無かった事にしてくれと言い続ける。


「わけがわからない」


自宅のマンションに帰り、酒を飲みながら譫言の様に呟く。


もちろん婚約を破棄された事のショックもあったが、何より理由が分からない為釈然としない。


(俺が一体何をしたって言うんだ?昨日は普通にうちで飯を作っていたのに)


酒を煽り、その流れに任せて煙草に火をつける。


気付いた時には、冷蔵庫に入っていた5本の缶ビールと、開けたばかりの煙草が1箱無くなっていた。


「そろそろ寝るか」


酔いが回ってきた為、良い感じに思考が停止してきた。


とにかく今は、1人で考えていても仕方がない。明日辺り、もう一度優香と話をするか、共通の友人にでも頼み、探りを入れてもらおう。


ふらふらと覚束ない足取りで立ち上がり、すっかり皺になってしまったスーツを脱ぎ捨てると、下着姿のままベッドへと潜り込んだ。


(一体どうしたって言うんだ。両親にも話してあるって言うのに。まさか、他に男ができたのか?いや、まさか……)


酒を飲んだのだから早く眠れると思っていた。


しかし、元々酒豪な為か、泥酔には足りなかったらしい。睡魔が襲う所か、逆に冴えてきた。


加えて、苛立ち・焦りなどが一気に押し寄せ、何度も寝返りを打つ。


「くそっ!」


眠れない時に眠ろうとする行為は、ただでさえ余計な事まで考えてしまう。


そのせいで、意図せずに不機嫌になりつつあった。そんな時だった。


「オギャー!オギャー!」


まるですぐ真横で泣いている様な赤ん坊の泣き声に、大きく舌打ちをする。


「またアイツ等か!」


赤ん坊の声は、先日隣りに越して来た若夫婦の子供だ。


時刻を見ると、午前1時半を指している。


最近、その赤ん坊の『夜泣き』が日課になりつつあるが、やはり子供の金切り声は耳に障る。


(確か昨日もだったな)


昨日、優香が来ていた時もやはり赤ん坊が夜泣きを始め、せっかくの良い雰囲気が台無しとなってしまった。


「あぁ、もう!うるせぇな!」


いつもの様に抗議の意味で、夫婦の寝室に繋がっているであろう壁をガツンと蹴飛ばす。すると声は少し小さくなったが、やはり相変わらずだった。


(全く、毎日毎日!)


拓摩は俗に言う、『子供嫌い』な男だった。それは大人の男として自然な流れかもしれないし、もしかしたら隣りに住んでいる若夫婦のせいかもしれない。


しかし、その理由を深く考えた事はなかったので、どちらかは定かではない。


夫婦が越して来てからというもの、自分の静寂は奪われつつある。寝室の壁はただでさえ薄い。


夫婦達の寝室も、間取りの自然な流れで隣接しているらしく、日夜とわず赤ん坊の泣き声が響いてくるのだ。


初めは我慢していたが、さすがに3日3晩も続くと限界になる。


そのため、拓摩と隣人の夫婦は仲が悪かった。


いや、仲が悪いと言うより拓摩が一方的に嫌悪しているに過ぎないのかもしれない。


それでもやはり、いつもうるさいと怒鳴り散らしてくる拓摩に、あまり良い印象は持っていないのは確かだろう。


(早く泣きやめクソガキ!)


今日はなんとか我慢しなければ。ただですら機嫌が悪いのだ。


文句を言いに行けば、何を言ってしまうかわからない。


さすがに、20代半ばのおとなしそうな夫婦に罵倒は浴せたくは無い。


「オギャー!オギャー!オギャー!」


我慢を嘲笑うかの様に、赤ん坊の声はさらにダイナミックに癇に届いてくる。


「くそっ……!」


30分程続き、ついに我慢の限界に達した。そのままの格好で外に出ると、勢い良くチャイムを鳴らす。


「おい!毎晩毎晩いい加減にしろよ!こっちは仕事してんだよ。わかってんのか!?」


中から出て来た夫はいつもの様に、申し訳なさそうに頭を下げる。


「すみません。どうにも泣きやまなくて」


「ふざけんなよ!?それをどうにかするのが親の仕事じゃねぇのか?アンタは自分の子供だからいいかもしれないけどな、こっちはいい迷惑なんだよ!いっその事、山奥にでも越したらどうなんだ!?」


自分はさぞかし嫌な隣人だろう。


怒鳴り散らした後、いつもの様にわずかに後悔する。


しかし仕方なかった。赤ん坊の声を聞くと、どうにも我慢できない。


ガキなんかいなくなればいい。


しばらくし、静かになった空間にゴロリと横になる。


怒鳴ったおかげで少し酒が回ってきたらしい。


そのまま拓摩は、2度目の夜泣きを聞く事なく眠りに就く事ができた。

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