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九章 リンゴール武闘大会Ⅰ

 その日は、快晴だった。

 もっとも、砂漠に隣接するリンゴールでは、雨の降る確率は極端に低い。

 本来であれば、町を維持する水源すら確保の難しい地域のはずであった。

 しかし、北方に連なる山脈の雪解け水がくぼ地に溜まり、湖を為し、森を育て、川となって人の町を潤していた。

 長年の開墾により、少しずつ農地は広がってゆき、現在では何とか、市民が自給できるだけの作物が収穫できているとのことである。

 そんなリンゴールに、春が来た。

 暦の上では初春という頃合だが、リンゴールへ至る道のりは未だに雪深く、峠越えの定期便は、まだまだ滞りがちだ。

 雪道に慣れた商人たちでさえも、なかなかに通行に難儀する状況で、決して雪道に強いとは言えない討伐団一行が峠越えの危険を冒すとは思えず、リンゴールは、薄氷の上の平和の内に、その日を迎えていた。

 リンゴールの冬は、他の地域の者から言わせれば常春だ・・・とは、良く言われることではあるが、それでも気温が上がり、森の雨量が増え、野生動物たちの活動が活発になってくると、人々の心も浮き立ってくる。

 そんな時期に、武闘大会の開催である。

 街を挙げての一大行事になるのは、もっともなことであった。

「すごーい!

 これがお祭りかぁ。」

 感嘆の声を挙げる、デラ。

「街全体が、飾り立てられているようだな。」

 同意を含みつつ、アルフが応える。

「あの・・・

 こんなところ、登っちゃって良かったんですかね?」

 高い場所が苦手のビエナが声をかけてくる。

 三人がいるのは、リンゴールでもっとも高い建物-教会-の、屋根の上だ。

「大丈夫。

 落ちそうになったら、俺が拾うよ。」

「アルフさんのことは信用してますけど・・・」

 恐る恐る屋根の下を覗き込むビエナ。

「落っこちても、ケガなんてするはずないのに、不思議だね。」

「理屈じゃないんですよ、怖いのは。」

 そう言った後、ビエナは思いついたように、

「デラには何か、怖いモノってある?」

「う~ん」

 腕を組んで、考え込むデラ。

「怖いってワケじゃないけど、一人ぼっちでいるのは、ちょっとイヤかな。」

「ふ~ん。

 アルフさんは?」

「怖いモノか・・・」

 その瞳が、自然とデラの方に向けられているのを、ビエナは見逃さなかった。

「え~っ!

 わたしが怖い?

 なんで?」

「何にでも首を突っ込んで、かき回して、大事(おおごと)にしてしまう。

 今までは何とかなってきたけども、今度の今度は、もしかしたら・・・とかね。」

「それって・・・

 リザママのこと?」

「自分一人のことなら仕方ないし、俺や師匠たちがどうなろうと覚悟の上だ。

 でも、リンゴールに住んでいる人たちは、普通に暮らしたいだけなんだ。

 それなのに・・・」

「大丈夫だよ、アル。」

 デラが、アルフの手をとった。

 あえて魔法を使わない鍛錬をしているアルフの手には、剣ダコができている。

 弛まず鍛え続けてきた、剣士の手だ。

 確かに、魔力によって身体強化することはできる。

 魔力を体内に巡らせることにより、筋力、持久力、回復力を向上し、打撃や切断、摩擦などへの耐性が強化される。

 デラなどは、見かけは華奢な少女の姿ではあるものの、その戦闘力は、亜竜に準ずるということがすでに証明されている。

 そして、アルフもまた、デラに魔力を融通してもらうことにより、デラと同様に身体強化が可能だ。

 しかし、剣士たるもの、魔法に頼りきってしまうのはいかがなものかと、アルフは常々思っている。

 それに、魔法の土台とも言える肉体が強化されると、魔法による身体強化も底上げされ、効果が高まることが、経験上、分かっている。

 ちなみにデラの場合、魔力で肉体の強化をするのと同時に、筋肉にも負荷をかけているため、魔法による身体強化と肉体の鍛錬は同時進行だ。

 当初は、魔法による強化が勝ちすぎていたものの、最近は身体の成長がそれに追いついてきているようで、魔法なしでも戦闘能力は非常に高い。

 身体強化、身体負荷、代謝強化、全身治癒、それらを常時魔法行使しつつ、必要があれば、他者に魔力を供給することもある。

 常人から見れば無尽蔵にも思える程に潤沢な魔力の持ち主であるデラならではの鍛錬方法だ。

 ちなみに、アルフが自分自身の魔力で同じことををやろうとしても、そもそも複数魔法の同時展開は不可能であるし、身体強化だけに絞っても、半刻程度しか維持できない。

 もっとも、今のアルフであれば、ゼルムンド卿との一戦の折にしたように、デラから魔力を借りることはできたろうし、それを断るデラではないのだが、可能な限り自分の力だけで戦いたい、アルフだった。

「わたしたちで、この街を守ろう。」

「デラ・・・」

 デラの青い瞳が、強い輝きをまとって、アルフを見上げている。

 改めてアルフは、デラの瞳の深い色合いに魅せられていた。

(俺の守りたいものは・・・)

 初めて出会った時、目前の幼い少女を守ると誓った想いは、今も変わらずにアルフの中にあった。




「これより、第一回、リンゴール武闘大会を開催します!」

 武闘会場に響き渡る音声は、魔法具によって増幅されたものである。

 リンゴール郊外のくぼ地を利用した会場は、土魔法によって段々が付けられ、どの場所からも武闘台が見えるようになっている。

 野外会場ということもあり、入場料は無料だが、大会開始前から露店が周囲を取り囲み、賑やかな祭りの雰囲気を醸し出していた。

「武闘大会の日程は、以下の通りとなっております。

 一日目、拳闘の部、予選。

 二日目、剣術の部、予選。

 三日目、魔法の部、予選。

 四日目、拳闘の部、本選。

 五日目、剣術の部、本選。

 六日目、魔法の部、本選。

 七日目、拳闘の部、準決勝、決勝、及び表彰式。

 八日日、剣術の部・準決勝、決勝、及び表彰式。

 九日日、魔法の部・準決勝、決勝、及び表彰式。

 ・・・」

「結局、どちらも出ることにしたんだな。」

「だって、片方だけじゃ、面白くないもの。

 せっかくだから、どっちも出てみたいし。」

 ため息がちなアルフの言葉に応えるのは、軽装の防具に身を包んだデラだった。

 もちろん、本来であればデラに防具は必要ない筈であるし、むしろ本領発揮するには邪魔とさえ言える程だが、デラ曰く、

「初めての武闘大会だもの、格好良く闘いたい!」

 期待満々にそう言われてしまえば、アルフも、装備の準備をせざるを得ない。

 ちなみに、装備の手配にあたって、材料となる魔物を確保したのは、もちろんデラ本人だった。

「一応、対魔力防御術法付きだけど、あまり無茶すると壊れるからな。」

 一応・・・と、アルフは言うものの、実際のところ、デラ以外の者がこの装備を破壊することは困難を極める。

 素材自体は普通に使われる獣皮だが、二枚重ねの獣皮の間に、リグザールの鱗が多数、縫い込まれている。

 人の顔の大きさ程もある鱗は、そのままの形で使われているわけではなく、程よい大きさ、形に加工されてから使われることになるのだが、何しろ高熱に良く耐え、魔力耐性があり、衝撃にも強いという、防具には最高だが、加工が非常に困難という素材であった。

 もっとも、むしろそれ故に、アルフの武具製造者としての創作意欲が、大いに掻き立てられることになったのだが。

 元々アルフは、肌着の上に着用する帷子(かたびら)を想定していたのだが、デラの思いつきで、皮鎧への縫い込みということになった。

 デラ曰く、

「見た目と中身が違ってた方が面白い。」

 とのことだったが、アルフとしても、一風変わった依頼の方が鍛冶屋魂が刺激されるということもあり、一瞬の思案の後に、快諾したのだった。

 ちなみにこの装備に使われている鱗は、デラとリグザールの一戦で傷つき、剥がれ落ちたものを回収したものだ。

「う~ん。」

 肩から腰までを覆う鎧と額当て、そして脚絆(きゃはん)を装着した姿は、それなりに様になっているデラだ。

 そんなデラの姿を、あくまでも武具屋としての目線で見つめるアルフは、自分の仕事に満足感を覚えていた。

「防具っていうものは、使い込んで、修繕して、不具合を直していって、ようやく使う人と一体になっていくものなんだ。

 まぁ、壊すなと言っても無理だろうが、あまり無茶はするんじゃないぞ。」

「はぁ~い。」

 そう言いつつ、デラは準備体操を始めている。

 身体を動かしつつ、防具の当たりを確かめる。

 アルフの見立てでは、大きな問題はないようで、デラの動作に滞りはない。

「それでは、第一日目、拳闘の部、予選の一組目を開始します。

 一番札をお持ちの方は、武闘台にお集まりください・・・」

「あ、呼んでるみたい。

 それじゃ、行ってくるね!」

 普段通りに見えるデラの言動だが、頷くアルフには、デラの口元に浮かぶ、わずかな微笑に気が付いていた。

(あいつ、やりすぎなきゃいいが・・・)

 それはもちろん、杞憂ではない。




 拳闘の部とは、つまるところ、得物を持たず、己の拳一つにすべてを込めて戦う、熱い漢たちの集いということになる。

 筋骨隆々たる漢たちの中にあって、デラの小さな身体は、ひときわ矮小だ。

 もっとも、リンゴールに住む者であれば、その小さな存在を知らぬ者はいない。

 今大会では、拳闘、剣術、魔法の三分野に分かれて戦うのだが、もっとも参加者が多いのが、拳闘の部であった。

 武闘大会の全参加者約二千名のうち、半数以上の千名余が拳闘の部、残りの八割ほどが剣術の部、さらにその残りが魔法の部ということになる。

 もちろん、千名が一度に武闘台で戦うことはできないので、全体を十六の集団に分け、それぞれの集団が一度に武闘台に上がって乱戦をし、最後まで武闘台の上に立っていられた者たちを勝者とするのが、一日目の予選だ。

 四日目は勝ち抜きで四名まで絞る本選、七日目が準決勝、及び決勝という日程だ。

 デラの場合は、三日目の魔法の部の予選と、四日目の拳闘の部の本選が連続することになるが、そもそもデラは不眠不休で数日戦うだけの体力、魔力を備えているため、問題はないはずだ。

「それでは、拳闘の部、一組目の予選を開始します。

 お持ちの札を両袖の受け付けに渡して、武闘台にお上りください。」

 一組目の参加者、約百名が、指示にしたがって、続々と武闘台に上っていく。

 当たり前のことだが、やはりデラが最年少で最小のようだ。

「う~ん。」

 周囲を見回しつつ、デラは腕を組んで何やら考え込んでいる。

「あいつ、何をやらかすつもりだ?」

 選手控えから武闘台を窺うアルフは、不審なデラの動作に、イヤな予感を覚えていた。

「魔法による身体強化は可能としますが、魔法による相手への直接攻撃は禁止とさせていただきます。

 また、毒物については一切使用禁止です。

 なお、武闘台から落とされた場合、自力でもう一度武闘台に上ることができれば、失格にはなりません。

 最後に武闘台に残った一名が、本予選の勝者となり、三日後の本選に進めます。

 鍛え上げられた己の肉体の力を、十全に発揮することを期待しております。

 それでは、試合開始!」

 ズドーンと、不意に物凄い音がするのと同時に、舞い上がった細かな粉塵が武闘台を包み込む。

 静まり返った会場をよそに、なぜか粉塵の中から出場選手が次々と飛び出してきて、武闘台の外に落ちてゆく。

 程なく、粉塵が消え去った武闘台の上に、ただ一人残っていたのはデラだった。

 ざわめく会場に、頭を抱えるアルフである。

「あいつ、遊んでやがる。」

 すると武闘台上のデラが、人差し指を天に突き上げ、

「挑戦者、求む!

 ただし、一人ずつだよ!」

 会場のざわめきが大きくなる。

 魔力を乗せたデラの言葉は、恐らく、会場にいるすべての者の耳に届いただろう。

「子供をいたぶる趣味はないが、悪ふざけする娘っ子には、大人がおしおきしてやらんとな。」

 そう言って、恐らく参加者の中で、もっとも巨大な体躯の者が武闘台に足をかけた。

「トロールさんか。」

 人型の魔物の中ではもっとも巨大な種族だが、その分知性に欠け、人間族との交流はほとんどないと聞く。

 人と魔物が混じり暮らすリンゴールであっても、滅多に見ない一族だ。

 デラの目前にそびえる巨体は、身長で五倍ほど、体重に至っては確実に一桁は違っていると思われた。

「許しを請うならば、見逃してやろう。

 敢えて闘うとなれば、この拳が、お主の鮮血に染まることになる。」

「分かった!」

 デラの返事は、簡単明瞭。

 見上げる巨躯を目前に、スッと片手を差し伸べ、クイクイッと、挑発の仕草をする。

「そっちから、かかって来なよ!」

「あたら若い命を散らすのも、世の非情か。

 身の程を(わきま)えぬ愚か者には、それ相応の罰を与えねばなるまいな。」

 トロールの、その巨躯に似合わぬ速度で繰り出す突きが、ズンと、音をたてて武闘台に突き刺さる。

 会場のあちこちから、悲鳴が上がる。

 だが・・・

「う~ん、威力はまぁまぁなんだけど、相手の動きをちゃんと見ないと・・・」

 トロールの懐に潜り込むようにして、ペタペタとトロールの丈夫な体表を触ってゆく、デラ。

「なんと?」

「それじゃ、歯を食いしばっていてねッ!」

 おもむろにトロールの拳を持ち上げたデラが、そのまま肩に拳をかつぐようにして、投げを打つ。

 トロールの巨体が重力から開放されたように宙を舞い、ふたたび武闘台の外に放り出された。

「大丈夫~?

 怪我はない~?」

 のんびりとした口調で、声をかけるデラ。

 投げられたトロールに怪我はなく、そして言葉もない。

「大きい人は、懐に入られると不利だよね~。

 近接戦で、小回りの効く相手にどう対応するかが、今後の課題だと思うよ~。」

 武闘台の端にしゃがみ込んで、トロールに語りかける、デラ。

「かような幼子(おさなご)に敗北するなど・・・」

「大丈夫。

 がんばれば、もっと強くなれるよ!」

「ふむ。

 力も速さも、そこそこのものはお持ちのようですね。」

 武闘台の反対側から台の上に上がって来たのは、いわゆる鳥人(とりびと)と呼ばれる一族の者だ。

 普段は人に近い姿をしているが、腕が羽根に変化し、自在に空を飛べると言う。

 デラが振り向くのと同時に、鳥人は変化しながら空に飛び上がった。

「如何にそなたが腕力、速度に優れていても、手が届かねば、意味はあるまい。」

「すご~い!

 タカよりも速い?」

「蒼穹こそが、我が住処なり。

 魔力制御により、鳥類よりも遥かに高速で飛行が可能である。」

 そう言いつつ、自在に宙を舞ってみせる。

「さて、それでは参る!」

 不意に鳥人は反転し、真っ逆さまに急降下、デラに迫る。

 二人の身体が交錯した後、武闘台の上には、デラの姿はなかった。

「何ッ!」

 再び空に舞い上がった鳥人が、思わず叫ぶ。

「ふぅん・・・

 これが鳥人の見る景色かぁ。」

 鳥人の背中に乗ったデラが、感嘆を込めてつぶやく。

「な、何と!」

 鳥人の狼狽は、デラの重さを感じることがなかったから。

 いや、むしろなぜか、いつもより身体が軽いような・・・

「やっぱり、身体強化で飛行姿勢が安定すると、飛翔魔法の効きがずっと良くなるみたいだね。」

「これは、お主の力か?」

「いいえ。

 これは、間違いなくあなたの力よ。

 ただ、今までは飛ぶことだけに集中しすぎて、飛行姿勢の制御が、完全にはできていなかっただけ。

 元々魔力の高い種族なんだから、飛行時の姿勢制御をしっかりすれば、もっと速く、正確に飛ぶことができると思うわ。」

「なるほど、制御の集中による正確性か。

 生まれつき空を飛ぶことができるが故に、飛行術をさらに磨くことを疎かにしていたと言うわけか・・・」

「トロールさんもそうだったけど、みんな、もっと強くなれると思う。

 わたしだって、もっと強くなりたいもん。」

「うむ。

 そなたなら、どこまでも強くなれるのかも知れぬな。」

 そう語る鳥人に、すでに戦意はない。

「じゃ、先に下りてるね。」

 まるですぐ下に地面があるように何気ない言いようで、デラは鳥人の背中から飛び降りた。

「なんと!」

 慌てて追いかける鳥人だが、自由落下のはずのデラに追いつけない。

(加速しているのか!)

 地面が間近に迫った瞬間、デラの両手が閃いた・・・ように見えた。

(魔力の流れが見える?)

 どうやら、風魔法で落下の衝撃を緩和したらしい。

 少し遅れて鳥人は、デラの傍らに降り立った。

「ふむ。

 どうやら、わたしにはまだ、ここに立つ資格はないらしい。」

 鳥人は、その場でデラに向かって(ひざまず)くと、

「新たに目覚めた力を研ぎ澄ました後、改めて再戦をお願いしよう。」

「うん、分かった。」

 その後、デラと戦おうとする者は現れず、一戦目の予選の勝者は、デラとなった。




 十六戦目の予選まで、初日から大いに盛り上がった武闘会だった。

 その帰り道、デラはアルフと並んで家路を歩んでいる。

「正直、もっと無茶苦茶になるかと思ったが、平穏無事でなにより。」

「無茶苦茶って、どういうこと?」

 拗ねるデラだが、もちろん本気で怒っているわけではない。

「そういえば、明日の剣術の部って、十五戦目までしかないけど、残りの一人はどうするのかな?」

「ヨンネが言うには、特別参加が一名いるらしいな。」

「特別参加?」

「俺たちにも内緒だって。」

「ふぅん。」

「ゼルムンドさんも出るらしいし、新しい剣の慣らしには、ちょうど良かったかな。」

 そう言って、アルフは腰に下げた剣の柄を撫でた。

「今のゼルムンドさんに、勝てそう?」

「どうかな?

 ビエナの魔力は以前と比較すると格段に上がってるし、ゼルムンドさんは、何しろ歴戦の勇士だ。

 そう簡単には勝たせてはくれないだろうし、たとえ武闘大会で勝てたとしても、それは、あくまで大会のルールに則っての勝利判定ということだから・・・」

「負けるとは思ってないでしょ?」

「勝ち負けって言うのは、絶対的な尺度があるわけじゃない。

 剣術の勝負で負けたとしても、自分の力を充分に発揮できて、いい試合ができれば、俺としては充分だよ。」

「アルフ君は、欲がないよねぇ。」

「そういうデラだって、勝つことにはこだわってないだろ。」

「まぁね~。」

「ヨンネは、王国に対する示威行為だとは言うけども、どうもそれだけじゃないような気が・・・」

「なぁ~に、人のウワサをしているのかなぁ?」

 ウワサをすれば、何とやら。

 気が付けば、ヨンネが二人と肩を並べて歩いている。

「ねぇ師匠、剣術の特別参加って、誰?」

 いきなり核心を突くデラに、ヨンネは悪い笑みを浮かべつつ、

「それは・・・

 本選に入ってからのお楽しみかな?」

「俺たちが知っている人ではないとすると・・・

 他国の方ですかね?」

「秘密秘密。」

「その人って、強い?」

「さぁ、どうかしらね?」

「何にも教えてくれないんだ。」

「先に分かってしまったら、面白くないじゃない。」

「そだね。」

「武闘大会の、本当の目的って何です?」

 何気ない言いようで、アルフが尋ねる。

 ヨンネの方を、見てもいない。

「それを知って、どうするの?」

 笑みを浮かべたまま、ヨンネは答える。

「どうしましょうかね。

 まぁ、剣士として自分がどこまでやれるか確認する、いい機会だとは思ってますが。」

「公平な目で見て、リンゴールの戦力って、どの程度のものだと思う?」

「それは、王国と比較して・・・ということですか?」

「まぁ、そういうことになるわね。」

「そうですね・・・」

 アルフは、腕組みして考える。

 王宮騎士団を筆頭に、王国直属の騎士団、そして各領地の主だった貴族たちは、それぞれ騎士団を持っている。

 辺境領地の広い王国は、人口の割には騎士の数は多い方ではあるが、その総数は、万をわずかに超える程度に過ぎなかった。

 そして、戦が始まれば、王国国民の男子が徴用される。

 通常、一般兵の数は騎士の五倍程度と言うから、王国全体の兵力は、最大六万人前後ということになる。

 一方、リンゴールは、人口こそ数万を数えるものの、常設の兵を持っていない。

 治安維持のため、必要な時だけ組織される自警団がある程度で、もちろん、技量も装備も、王国騎士団とは比べるべくもない。

 だが、その一方で、リンゴールの市民の平均的な戦闘能力は高い。

 武闘大会予選に出場した顔ぶれを見て分かるように、全人口のうち、亜人種の占める割合が大きいからだ。

 もちろん、すべての亜人種が騎士級の戦闘能力を備えているというわけではないものの、男女問わず戦力として考えられるのは、明らかに王国よりは有利な点である。

 とは言え、絶対的な物量差は個々の戦闘能力の差異程度ではくつがえらない・・・はずであった。

 だが、今は?

「圧倒的な個の力は、圧倒的な数の力に打ち負かされる。

 それは、過去の事例が証明するところです。」

「そうよね。

 そうでなければ、魔物討伐なんてできない。」

「しかし、圧倒的な個がうまく連携できれば、戦力差は(くつがえ)る可能性がある。」

「連携の鍵を握るものは、何?」

「そうか、そういうことか!」

 思わずアルフは、デラを見た。

 デラは、二人の間に交わされている会話には興味はないようで、機嫌よく、少し先を歩いている。

(デラと繋がりのある者は、思念を共有できる。

 俺と、デラのように・・・)

(わたしとデラ、そして、わたしとアルフのように・・・)

 思念を交わし、アルフとヨンネの視線がぶつかり合う。

「普段、意識しないで使ってたので、つい、失念してました。」

 ふたたびデラに視線を戻す、アルフ。

「本来なら、相当高位の魔術使い同士でないと使えない、高度な技であるのにね。」

 デラの能力の最も恐ろしいのは、あるいはこの、魔法術階位の引き上げ能力なのかもしれない。

(もしもデラが、リンゴール市民の全員の魔力、体力の引き上げができるのであれば・・・)

 数万を擁する王国軍と互角、いや、遥かに凌駕する戦力になりえるのかもしれぬ。

(もっとも、この子がそれをよしとするのなら、だけど。)

(リンゴールを害しようとする者が現れたなら、デラは、先頭に立ってそれを止めようとする。

 しかも、敵すらも傷つけない方法を模索するだろうな。

 たとえ、自分が酷く傷ついたとしても、痛みを堪えて、すべての命を救おうとする。)

(指導方針を、間違っちゃったかもね。

 もう少し、自分本位でも良かったかも。)

(そんな器用なことができる師匠だったら、こんな悩みもないと思うけどな。)

(・・・)

 意外に、痛いところを突いたらしい。

 へこたれ顔を見せるヨンネに、それを擁護するアルフの言葉はない。

「それより師匠、せっかくだから、夜店とか見て廻りませんか?」

「そ、そうね。

 って・・・」

 不意に揺らいだデラの体が、ヨンネの胸元にのしかかる。

「ちょ、ちょっと・・・」

 慌ててヨンネが抱きかかえた時には、デラはすでに夢の世界の住人だ。

「朝からはしゃぎまわってたからなぁ。

 まぁ、すぐに復活すると思うんで、俺の背中に乗せといてくれますか?」

 しゃがみ込むアルフの背中に、デラの身体を持たれかけさせる。

 寝顔だけ見れば、とても昼間、トロールたちと戦った姿は想像できない。

 間近にあるデラの寝顔を見上げるアルフの表情は、幼馴染と言うよりは、保護者のようだ。

 今はまだ、二人の間には幼馴染以上の感情はないように見えるけれども、いずれは・・・

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