八章 鍛錬の日々Ⅱ
鍛錬の日々が始まった。
先日、リンゴールに姿を現した火龍だが、学園の生徒達と交流する姿を見て、あるいは生徒達が親や親戚、近所の人に話したことにより、意外の呆気なさで収束し、大した騒動にはならなかった。
その一方で、学園は一丸となってリンゴールを守るための鍛錬を開始することとなり、学校のカリキュラムは、鍛錬主体のものに切り替わった。
とは言え、そういった変化についていけない、あるいはついていきたくない勢力も幾ばくか存在したものの、全体から見れば少数派であり、ヨンネは学長として、個々の判断や考えを尊重したため、目だって対立することもなかった。
「フン、面白くねぇな。」
「まったくですぜ、オヤブン。」
獣人のリーズドのぼやきに、すぐさま頷いたのは、ホビットのバイバイス。
「いい天気だなぁ。」
リーズドの隣で空を見上げているのは、リザードマンのズーズーだ。
学園で一番高い場所にある見晴らし台の手すりに腰掛けている、リーズドとバイバイス。
ズーズーは、その巨体を手すりの内側に預けて座っている。
リグザールが出現した後、学園は原則すべての授業を取りやめ、自習となった。
もちろん、期間限定の処置ではあるものの、授業がないとなると、リーズド達には、やることがない。
ビステテューの退屈な座学でさえ、懐かしく思えるリーズドである。
「まったく・・・クサるぜ。」
やり場のない苛立ちをぶつける対象も見出せぬまま、リーズドはポンと宙に飛び上がり、そのまま学園の裏山に降り立った。
「オヤブ~ん、待ってくださいよ~」
慌てて手すりを乗り越えようとしてくる手下どもに、
「悪いな、しばらく一人にしといてくれよ。」
そう、声をかけると、リーズドは森に向かって走り出した。
たちまち、リーズドの姿は、森の木の葉に紛れて見えなくなってしまっていた。
森に入ったのは、特に何か目的があったわけではなく、とにかく一人になりたかったからだ。
しばらく走り続けると、青い湖面が目に入り、自然とリーズドは、そちらに向かっていた。
透き通る水の底には、自由に泳ぐ魚達の姿がある。
普段なら気晴らしに魚を獲ったりもするのだが、今はそんな気分にもならない。
「面白くねぇな。」
そんな言葉を吐き捨てるものの、何がそんなに面白くないのか、そして、自分は何をするべきなのか、考えても良く分からなかった。
少し前までは、何でも思う通りにできた。
いや、そうでもなかったかもしれない。
少なくとも、イルメラ、マーメラ姉妹が相手だと、思うようにはいかなかったことが多い。
もっとも、血気盛んなリーズドに対し、常に冷静沈着な姉妹たちは、暖簾に腕押しの如く、つっかかろうとするリーズドは、うまくあしらわれていたような気がする。
マーメラとは同じ学級だが、魔法組と武闘組ということで、真っ向勝負したことはないものの、そこそこいい勝負ができると踏んでいる。
しかし、クラスが違うイルメラとはほとんど接点はなく、何度か遠目に姿を見た記憶しかない。
異性に対しても、腕っ節の強さが好みの第一基準となっているリーズドにしてみれば、イルメラたちは特に興味の対象ではなかった。
「うん?」
当てもなく湖の周囲を廻っていたリーズドの鼻腔が、魚の焼ける、いい匂いを捉えていた。
魚の身から潤沢に滲み出る油が焦げる、食欲をそそる、素敵な匂いだ。
(誰かいるのか?)
匂いに釣られるようにして、リーズドは歩みを進める。
即席ながら、しっかりとした造りの竈に、木のクシが刺さった魚が十尾ほど立て掛けられている。
(まるで、ついさっきまで誰かがいたような・・・ッ!)
瞬間、誰かの気配を感じて、飛び退るリーズド。
しかし・・・
「ふむ。
反射速度はまぁまぁか・・・」
牙を剥いたリーズドの喉元に、冷たい刃の感触がある。
その声は、女のものだった。
呼吸も忘れて立ちすくむリーズドの視界の裡に、逞しい体躯のオーガの女が現れる。
獣人としても大人以上の体格のリーズドと比較しても、一層の巨躯であり、凄みをまとった姿である。
「悪い、悪い。
子供相手に、大人気なかったな。
ちょうどいい感じに焼けたところだ。
一緒に喰うかい?」
「・・・」
返答に困っているリーズドの腹が、返事の代わりにグゥと鳴いた。
「うん、いい返事だ。
あたしゃ、マーバ。
お前さんの名前は?」
「リーズド、です。」
「ほぅ。
いい名前じゃないか。
まぁ、その辺に適当に座りなよ。」
誘われるままにリーズドは、竈の近くに腰を下ろす。
鼻唄混じりに魚の焼き具合を確かめるマーバの姿を眺めていると、世間一般で言うところのオーガの姿とはかけ離れているように、リーズドには思えた。
「さて、そろそろいい頃合かね。
まぁ、適当につまんでおくれよ。」
そう言うとマーバは、一串リーズドに差し出した。
「あ、ありがとう、ございます。」
礼の言葉など、言いなれないリーズドである。
そんな少年の姿を見守るマーバの眼差しは、ひどく穏やかだ。
競争するようにすべての魚を平らげたところで、マーバは茶の入った椀を、リーズドに手渡す。
塩味の利いた汁が、口の中に残っている魚の油を、喉の奥へと流し込んでくれる。
「ふぅ。
うまかった、です。」
「そいつぁ良かった。
さて、少し腹ごなしに付き合ってもらうか。」
「えっ?」
「お前さんみたいなヤツの悩みってのは、頭で考えて結論が出るもんじゃないだろ。
身体を動かして汗をかいてみれば、そのうちいい考えも浮かんでくるさ。」
「あ、あぁ・・・」
マーバに促され、リーズドは彼女の背中を追いかける。
確かに、リーズドに思い悩む姿は似合わない。
そう、自分でも思った。
「・・・ふむ。
年齢的にはまだ子供だが、身体はすでに並みの大人以上。
仲間うちでは、腕力にモノを言わせてお山の大将気取り・・・てなところかね?」
マーバの容赦ない言いように、咄嗟にリーズドは言葉が出ない。
「まぁ、あたしとしちゃぁ、自身過剰なヤツは嫌いじゃない。
ただ、こと立ち回りとなると、自分の身の丈を量れないヤツってのは命取りだ。
まぁ、四の五の言ってもややこしいだけだから、とりあえず、かかってきな。」
そう言ってマーバは、クイクイっと手の平を自分に向けて、リーズドを挑発する。
リーズドから見ると、マーバの構えは隙だらけだ。
と言うより、構えてはいないと言っていい。
そのくせ、どこを攻めても通用しないような気がしている。
(まぁ、考えても仕方ねぇ。)
逡巡も一瞬で、リーズドは優れた身体能力を生かして、瞬時にマーバの目前に肉薄する。
「しゅッ!」
鋭い呼気とともに突き出された爪が、マーバの顔面をえぐり・・・
「何ッ!」
気が付いた時には、リーズドの身体は宙を舞っていた。
何をされたのか分からなかったが、それでも空中で身体を捻り、何とか足から地面に降り立つ。
(どこに・・・くッ!!)
不意に背後に殺気を感じ、前方に身を投げるようにして、自ら地面に転がる。
しかし、相変わらず視界の中にマーバの姿はない。
(上?)
気配を感じるのと、頭頂部に重量を感じたのが、ほぼ同時。
「くそッ!」
リーズドは両手でマーバの足首を掴んだ。
その体勢のまま、勢い良く後ろに倒れる。
ズン・・・と、衝撃が伝わってくる。
(やったか?)
見上げると、上体を捻り、片腕で二人分の体重を支えているマーバの姿が見える。
いや、見えたと思ったのとほぼ同時に、視界がグルンと廻った。
弾かれたように吹き飛ばされたリーズドは、回転を相殺しきれずに、地面に転がった。
「あいてて・・・」
うめきつつ、素早く立ち上がろうとすると、目の前にマーバの手の平があった。
「まぁ、こんなところかな。」
ニヤリと、お世辞にも品のいいとは言えない笑みを浮かべたマーバに、リーズドは反撃の気勢も削がれて、素直にその手を取った。
存外に女性らしい、柔らかな手の感触だった。
リーズドを立ち上がらせると、マーバはリーズドの頭の天辺からつま先までを舐めるように視線を動かしつつ、
「今のやり取りで、何か感じたかい?」
しかし、返事はなく、なぜかリーズドはプルプルと身体を震わせている。
「?」
不意にリーズドは、地面に両膝をつき、マーバに向かって頭を垂れた。
「お、俺に、戦い方を教えてください!」
「戦い方を知って、どうするんだい?」
「えっ?」
思わず顔を上げるリーズドの目に、穏やかな表情のマーバの姿が映った。
「今よりも力を得て、お前さんは何をしようとするんだい?
たとえば、街の悪党どもの親玉にでも、なろうっていうのかい?」
「それは・・・」
そんなことは望んじゃいないと答えたかったリーズドだが、確かに、言われてみれば、自分がそうなる可能性が皆無ではないことに気が付いた。
周囲に煽てられ、徒党を組んで街を歩き、気に食わなければ喧嘩を売り、やがては小悪党の頭目にでもなるのかもしれない。
いや、そんなことは自分では望んでいない。
でも・・・
「ふん。
まぁ、自分でも、少しは自覚があるようなら、まだマシか。」
そう言って、笑みを浮かべるマーバ。
「当分、ここにいる予定だったから、少ぅしばかり、鍛錬に付き合ってやってもいいかな。」
「ホントですか?」
「ああ。
でも、何回も死にそうな目に合うかもしれないけど、弱音は吐くなよ。」
「は、はいッ!」
いい返事をするリーズドだったが、マーバの言った、『死にそうな目に合う』という言葉が、決して冗談や比喩ではないということを、程なく思い知ることになる。
「それは、さすがに無茶というものですわ!」
と、マーメラ。
「う~ん。
大丈夫だと思うんだけどなぁ。」
と、これはデラ。
「わたしも、ちょっと無理だと思うんですけど・・・」
これはビエナ。
すると、それまで黙って皆のやり取りを眺めていたイルメラが、
「デラさんがやれると言うのであれば、試してみればいいでしょう。
わたくしも、正直、今の自分がどれだけの魔力を使えるのか、試してみたく思いますもの。」
「さっすがイル姉ちゃん、話が分かる。
では、さっそく・・・」
「ただし、無理そうなら、躊躇なく円陣から離脱すること。
まぁ、あなたなら何とかできるような気がしますけど。」
「わかったわ、イル姉ちゃん。
ヤバそうなら、すぐに白旗揚げるから。」
そう言うとデラは、トン、トンと数歩で円陣の真ん中にたどり着くと、周囲を見回す。
円陣を取り巻くのは、イルメラ、マーメラ、ビエナの他に、ある程度の攻撃系魔法を使える生徒たち数名という布陣だ。
「いつでも始めていいよッ!」
その言葉の直後、デラの周囲を、光の粒をまとった風が渦を巻く。
「いきますッ!」
先陣を切ったのは、イルメラ。
「やぁッ!」
続いて、マーメラ。
「えいッ!」
「とぅッ!」
遅れて残りの生徒たちも、それぞれ得意の攻撃魔法をデラに向けて放つ。
すると、ほぼ遅延なく、デラはすべての魔法を相殺する。
火炎には氷雪を、氷雪には火炎を、土には水を、水には土を、風には風、電撃には電撃、そして、闇魔法には光魔法で対抗する。
一瞬ですべての魔法を相殺し終えたデラには、しかし、消耗の気配はない。
「そっちから来ないなら、こちらから仕掛けるよッ!」
デラの両手から、光が奔る。
先ほど受けたのとほぼ同じ威力の魔法を、それぞれを放った術者にお返ししてやる。
「あっ!」
「うわッ!」
魔法を放つ練習を熱心にやる者は多いが、魔法を回避、あるいは相殺する方に熱心取り組む者は、多くない。
イルメラ姉妹以外の者はすべて、デラの反撃の餌食となってしまった。
戦線離脱する者を見守るデラだが、
「さっすがイル姉、マメ姉、攻撃魔法への対処も、しっかりやってるんだ。」
イルメラは氷雪に、マーメラは火炎に対して、それぞれ適切な属性と威力の魔法にて回避している。
するとイルメラが、
「マーメラ!
全方位攻撃!」
そう言い放つと、一瞬のうちにデラの視界を火炎が押し包む。
「はッ!」
火炎の間隙を縫って、イルメラの風魔法が大気を切り裂く。
「マーメラ!
次弾!」
「はいッ!」
普段は何かと姉に対抗するマーメラだが、さすがに姉妹だけあって、息が合う。
第一弾の火炎の収束を待たず放たれた第二弾は、渦を巻いて天空に吹き上がる。
「氷柱呪縛!」
イルメラが両手を地面に叩きつけると、地面を突き破って飛び出した氷の柱が、火炎の渦を突き抜ける。
円陣を土台に、氷の造形ができあがる。
「閉じ込めた・・・の?」
つぶやくマーメラは、連続の全力攻撃で、息も絶え絶えというところ。
あくまで涼しげな表情のイルメラとは対照的だ。
「気を緩めてはダメよ!」
そう言いつつ、イルメラも、魔力枯渇の限界が近い。
学園の魔法演習では、行使可能な魔法の威力の増大と、精度の向上を主眼としており、泥臭い実戦向けの内容とは言いがたかった。
(やはり、もっと早くに、魔法戦の熟練者に師事を受けるべきだったか・・・)
そんな想いが脳裏を過ぎるが、すぐにその考えを打ち払うと、
(いや、むしろ今がその好機か?
婿取りの準備が本格化すれば、魔法に集中することも敵わなくなるし・・・)
家を継ぐという命題に縛られるイルメラにしてみれば、総領でないマーメラの立場が、いっそ羨ましい。
いわゆる冒険者や、王宮魔法士などを目指していたわけではないものの、家柄などには関係なく、自分の才覚と努力だけで世間から認められることこそ、何よりイルメラが望んでいたことだったから。
確かに、今のままのイルメラでも、優れた魔法使いの一人として認められはするだろう。
だが、それだけで満足し得る程、イルメラは自分を矮小な存在とは思いたくはなかった。
一瞬、思念に沈んだイルメラが、ビキッと、氷柱にヒビが入る音で我に返った。
「イルメラっ!」
マーメラの叫びと、目前で交錯する氷の塊を砕く火炎撃とが、ほぼ同時だ。
「くッ!」
地に伏せるイルメラの前髪が、火炎にあぶられて、チリチリと音をたてる。
さぞかしみっともない顔になっているだろうと思いつつ、さらにイルメラは地面を転がって、その勢いのまま立ち上がる。
嫌な気配を感じて上を見ると、イルメラが放った氷柱をふた周りほど大きくしたもの
が、頭上から落ちてくる。
「!」
「逃げてッ!」
マーメラがふたたび火炎を放ち、氷柱の落下する方向を逸らす。
イルメラは、マーメラのいる方向に向かって走る。
デラのいる円陣の方から、氷の欠片を盛大にばらまきながら、新たな火炎撃がマーメラたちを襲う。
(ダメか?)
炎に巻かれる自分自身を想像し、思わず目をつぶってしまう、イルメラ。
しかし・・・
炎は、イルメラを焼いてはいなかった。
確かに、膨大な熱量がイルメラの周囲を巡ってはいたが、それはイルメラに対して害を為さなかった。
瞼を開けると、すぐ目の前に、マーメラの顔があった。
「・・・?」
しかし、その瞳は、イルメラを見ているようで、見ていないようでもあった。
「イル姉は、自分の身を守ることだけ考えて!」
そう言うとマーメラは、イルメラに背を向け、デラに対峙する。
マーメラの周囲には火炎がゴンゴンと低い音をたてながら巡り、渦を巻いて上空に吹き上げる。
「やぁッ!」
気迫のこもった掛け声とともに、火炎の渦が方向を転じてデラに向かう。
「あちちッ!」
収束された熱波がデラの肌を掠め、慌ててデラは飛び退いた。
「それじゃ、こっちも・・・」
デラの周囲にも、火炎の渦が巻いてゆく。
二つの炎の渦がぶつかり合い、さらに勢いを増してゆく。
イルメラには、真っ赤な二頭のドラゴンが、たがいに絡み合い、喰らいあっているように見えた。
「烈火弾!」
「火閃撃!」
互いに、必殺の術を放つと同時に、溜まりに溜まった熱量が、一気に弾ける。
轟炎の中に、力を使い果たして倒れてゆくマーメラを、イルメラは見守ることしかできなくて・・・
力強い腕が、イルメラの腰を支えていることに気が付いたのは、ほんの数瞬の後。
もう一方の腕は、肩に背負ったマーメラの身体に廻されている。
イルメラの視線に気が付いたデラが、照れたような笑みを浮かべて、
「あちゃぁ・・・
ちょっと、やりすぎちゃったかなぁ。」
あれ程の魔法を行使した後とは思えない、普段通りのデラである。
トンと、地面に下ろされた時、イルメラは、デラの肩越しに、双つの炎の柱が、遥か天空に昇っていくのを見つめていた。
「う~ん、あれだけの魔力を見せ付けられちゃうと、マメ姉の評価を改めないとなぁ。」
と、デラは、イルメラの方に顔を向けて、
「やっぱ、マメ姉とイル姉は、連携を強化してくのが、いいと思うな。」
「そんな・・・でも、わたくし如きの魔力では、マーメラの足を引っ張ることになるのではなくって?」
「そうかなぁ。
マメ姐の火力と、イル姐の多彩な技が組み合わされば、結構いいところまでいけそうなんだけど・・・」
「ッ!!」
気を失っていたマーメラが、ガバっと上体を起こした。
すごい勢いでデラを見、イルメラを見、そしてデラの背後に輝いている炎の残滓を見た。
「はぁ~」
盛大なため息をつくマーメラに、
「わたしは大丈夫よ。
まぁ、前髪は無事とはいいがたい状況だけど。」
そう言ってイルメラも、ふぅと、深いため息をついた。
そんな姉に、いつになく自信なさげな気配を感じたか、
「イル姉には、弱気な顔は似合わないわよ。」
「そうね。
そうよね。
でもね・・・」
「お腹すいてるから、良くないこと考えちゃうんだよ。
ご飯食べて、お風呂入って、ぐっすり寝よう!」
「確かに、お腹が空いたわ。」
「わたくしも・・・ですわね。」
「ビエナのことだから、先に戻って、何か用意してると思うよ。」
クンクンと、子犬のように鼻を鳴らしてデラが言う。
「こんなところまで匂うワケが・・・あらまぁ、確かに、香ばしい焼き菓子の匂いが・・・」
「それじゃ、急いで行かないと!」
「あら、抜け駆けはよろしくなくってよ!」
「ちょっと、待ちなさいよ!」
少女三名姦しく、先刻まで魔法勝負していたとは思えない程に、和やかなやり取りが続く・・・
「ふむ。
あんたの技、どう生かそうか・・・」
腕組みをするヨンネに、ビステテューは、あたふたと両手を動かしつつ、
「あ、あの、わたしは、戦力外ということで、よろしくしていただければ・・・」
「そうは言ってもねぇ、せっかくのゴーレム使いを遊ばしておくのは・・・」
ゴーレム使いは土系統の魔法に属するものの、複数系統の魔法が使える術者であれば、火炎や電撃をまとったゴレームを、剣術のたしなみがあれば、剣戟に特化したゴーレムを操ることが出来る。
意外にもビステテューは、ほぼ全ての魔法属性に適性があるのだが、逆に言うと、土魔法以外については特筆するところもないという状況だ。
「せっかくのお話ですが、やはり、土魔法は地味ですので・・・」
「火炎魔法使いにとっては、土魔法使いは宿敵ですわ。」
いつの間に近くにきていたのか、マーメラが、布巾を被せてある藤かごを、ビステテューとヨンネの間に置いた。
「氷雪魔法使いにとっても、土魔法は厄介な相手でしてよ。
もぐもぐ。」
上品に、焼き菓子を小分けにした欠片を味わうイルメラ。
「魔法障壁と組み合わせれば、一番防御力の高い属性だけど、もう一工夫欲しいんだよなぁ・・・むしゃむしゃ。」
デラの作法はイルメラとは対極だが、いかにもおいしそうに食べるので、文句を言う者もあまりいない。
「ふむ。
確かに、うまそうだね。」
ヨンネも一つ、手にとって香りを楽しむ。
「ビエナって、お菓子造りも上手なんだよ~。」
そう言って、お代わりをする、デラ。
イルメラが、二つ目の焼き菓子を見つめたまま、固まっている。
「イル姉さま、おいしいものを我慢するのは、恐るべき大罪ではなくって?」
マーメラが、意地悪そうな笑みを浮かべて、耳元で囁く。
「そういう貴方こそ、新調の衣装のために、食事制限をする予定ではなかったかしら?」
「そんなこと、言いましたかしら?
まぁ、いずれにせよ、対火龍討伐隊戦を生き延びてからのことですもの、とにかく今は、体力を付けないと。」
「体力を付けるって言うんなら、武術の方の鍛錬も必要かなぁ。」
「う~ん、確かに。
とは言え、今からでは時間がなさ過ぎますわね。
やはり、魔力向上を優先しつつ、体力向上はできる範囲ということになりますかしら?」
「てか、体力向上は、魔法の鍛錬と同時進行でもできるよ。」
そう言うとデラは、マーメラの両手をとって、目を瞑る。
デラの魔力が、ふわりとマーメラの全身を包み込む。
同様の経験を一度しているマーメラは、力を抜いて、デラの魔力に身を委ねる。
「自分の魔力で身体を満たす感じ・・・分かる?」
「分かるわ。」
マーメラの中で、魔力が生き物のように蠢いている。
(くすぐったいような、痒いような、何だか不思議な感覚・・・)
しばらく放置していると、次第にそれはゆっくりとした動きに変わり、やがてマーメラの四肢の隅々に行き渡ってゆく。
「う~ん・・・まぁまぁ、かな?」
「いつまで、この状態を維持すればよろしいんですの?」
「えっ?ずっとだよ!」
「ずっとって、まさか・・・」
デラは返事をせず、フンと、お腹に力を入れた。
たちまち、デラの周囲に魔力が渦巻く。
「普段は外から見えなくしてるけど、体の中ではいつも、魔力が巡ってるの。
お風呂に入っている時も、寝てる時も、ずっとだよ!」
「寝てる時も?」
「だって、街の外にいる時には、いつ、魔物が出るかは分からないんだもん。
魔力を巡らせていれば、何かが近づけば、すぐに分かるし。」
「貴方は、何年もそうやって過ごしているのね?」
イルメラが口を挟むと、
「えっと、四年くらい・・・かな?」
「体内で、休みなく魔力を巡らせ続けて四年・・・
なるほど、貴方の尋常でない魔力の強さの一端を垣間見たわ。
でも、わたくし達にも、できるかしら?」
「う~ん、お姉ちゃんたちなら、大丈夫だと思うよ。」
そう言うとデラは、片方の手で、イルメラの手を取った。
「わたしの魔力と、マメ姉の魔力を感じて!」
ふわりと包み込むようなデラの魔力と、得意属性に相応しい、苛烈さをまとうマーメラの魔力に誘発され、イルメラの身体の裡から、魔力がこぼれ出す。
それまで不安定だったマーメラの魔力が、イルメラの魔力と接することにより、落ち着きを取り戻す。
「やっぱり、姉妹っていいな・・・」
思わず、つぶやいたデラに、
「不肖の妹でよければ、御献上してもよろしいが。」
「冷徹な姉だったら、お持ち帰りしても、よろしくってよ。」
するとデラは、二人の手を握る腕に、少し力を込めて、
「わたし、欲張りだから、二人ともお姉ちゃんにしちゃうわ!
イヤがっても、ダメよ!」
「不肖の妹が、二人に増えるか。」
「三人姉妹の真ん中か・・・それも、悪くないかな?」
すると、それまで明らかに区別できていた三人の魔力が、ゆるりとその境界を曖昧にした。
「ほぅ。」
思わず声をあげる、ヨンネ。
「属性違いの上に、血のつながりもないと言うのに、こうまでたやすく、魔力融合を果たすか・・・」
「魔力融合、ですか?」
怪訝げな表情のビステテューに、
「ひとたび魔力融合を果たせば、そのつながりは、余程のことがなければ途切れることはない。
加えて、相手の魔力を、自分のものとして使うことができる。」
「魔力を、融通できるんですか?」
羨ましいと言いたげな、ビステテューである。
(いつの間に、強固な信頼関係を結んだものか・・・
いや、恐るるべきは、デラの人垂らしの能力か?)
「むやみに濫用すれば、魔力の暴走に至る可能性もある。
能力以上の魔力を使えるようになっても、身の破滅を招くだけ。
まぁ、今のところ、デラに匹敵する魔力の持ち主は・・・
そうか、リザがいたか。」
亜竜形態時のリグザールの魔力は、デラよりずっと大きい上に、狂化することにより、その差は圧倒的になる。
一方デラは、他人の魔力を操作する技術に長け、他人の魔力を使って自分の魔力の底上げが可能だ。
自力に勝るリグザールと、他力を当てにでき、小回りの効くデラと。
狂化しない状態のリグザールは、デラにいいように振り回されたものの、自力に勝るために、何とか引き分けに持ち込めた。
魔力量において、未だ発展途上の、デラ。
強大な魔力に加え、さらにそれを効率的に使えるようになろうとしている、リグザール。
魔力不十分とは言え、リグザールと幾度も刃を交えているゼルムンドを下した、アルフ。
召喚者次第ではあるが、さらなる魔力強化が期待できる、ゼルムンド。
一騎当千の強者の四人に加え、学園に集う若者たちも、それぞれの能力を伸ばしつつある。
形ばかりとは言え、ヨンネはそんな彼等を率いる立場にある。
(国取りなど夢見たくなりそうな布陣だけど、まぁ、本人たちにはそんな気はカケラもないか。)
遠い昔、友と思い描いた世界は、あるいは目前にいるような若者達が、作り上げてゆくのかもしれない。