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六章 火龍リグザール

 ドラゴンとは、力の象徴である。

 圧倒的な体躯、圧倒的な生命力、そして圧倒的な魔力を持つ、至高の存在。

 だが、同族との交わりすら厭う彼らは、人も魔物も存在し難い辺境地域で、孤独に静かな生を送ることを常としていた。

 しかし、その一方でドラゴンは、その生命力の欠片を、世界のあちこちに産み落としていた。

 いわゆる、亜竜、龍族、準龍と呼ばれる、ドラゴンの劣化種たる存在。

 あるいは、龍人ドラゴニュートと呼ばれる、亜人たち。

 その数は決して多くはないが、彼らの持つ強大な力に触れた者は、その力の源泉たる原初のドラゴンの存在に、遠く想いを馳せるのだった。

「さて、質問。

 ドラゴンは、どうやって倒せば良いでしょう?」

 朗らかに尋ねるヨンネに、ビステテューが、早速手を挙げる。

「ドラゴンは、人には倒せません。」

「うんうん。

 その解答は、一般常識としては間違いではないわ。

 でも、正解とも言い切れないわね。」

「どうゆうこと?」

 デラの問いに、ヨンネは、アルフの方に顔を向け、

「アルフは、龍族には会ってるわよね?」

「はい。

 あ、そうか、龍族なら倒せるってことですか?」

「アルフは、龍族なら倒せると思う?」

「そうですねぇ・・・」

 考え込む、アルフ。

 その瞳がデラを見、ビステテューを見、ビエナを見、イルメラ、マーメラ姉妹を見、そして最後にヨンネを見つめた。

「一人では無理かもしれませんが、みんなで力を合わせれば、あるいは?」

「龍族なら、不可能ではないと思うわ。

 でも、今回は相手が悪い。

 たとえ全員が力を合わせたとしても、倒せるかどうかは分からない。

 いや、むしろ、誰か一人でも失う可能性があるのなら、戦っても意味がない。

 そんなことになるくらいなら、リンゴールを捨ててでも、逃げるべき。」

 ヨンネの言葉に、デラは、廻りの者たちの表情を窺っている。

「リンゴールを捨てるということは、つまり、リンゴールが襲われる可能性があると?」

 重くなったその場の空気を敢えて読まず、淡々とした口調で、アルフが尋ねる。

「火龍、リグザール。」

 ヨンネがその名を口にすると、さらに皆の表情が深刻度を増してゆく。

「リンゴールが襲われると言う、根拠は?」

 アルフの質問に、ヨンネは腕を組みつつ、

「王国の討伐隊が、ドラゴン退治にやってくるらしいわ。」

「王国が?」

 訝しげなアルフの表情に、

「まぁ、ドラゴン征伐は名目で、実際のところは、ドラゴンの存在そのものが目的みたいなんだけどね。」

「なるほど・・・

 つまるところ、私欲のために、ドラゴンを我が物にしたいと・・・」

「あわよくば生け捕りにして、王宮に住まわせようという意見もあるみたい。」

「そんなことが、できるんですか?」

「王都全域を焦土にする覚悟があればね。

 もっとも、ドラゴンにとって、王都が住みいい場所とは思えないけど。」

「討伐隊って、強い?」

 二人の話に、割って入るデラ。

「詳細はまだ不明だけど、恐らく一線級の騎士と魔法使いを揃えてくるわ。

 昔の話とは言え、かつてドラゴンと一戦交えた経験があるものね。」

「その頃生きてた人って、もういないんじゃないですか?」

「そうね。

 王都にはもう、いないと思うわ。

 ただ、古い文献を調べてみたり、他国でのドラゴン出現の事例の情報収集をしたりで、それなりの分析はしたみたい。」

「王国の筆頭騎士って、ドラゴンより強い?」

 またもや割り込むデラだが、その問いにはヨンネも腕を組み、難しい顔つきだ。

「多少、贔屓目に見ても、王宮騎士や王宮魔術士では無理ね。

 唯一対抗できるのは、王国最強の戦力、勇者のみ。」

「勇者、ですか?」

 懐疑的なアルフの言いように、

「勇者って、ヨンネよりも強い?」

 畳み込むデラの問いは、ヨンネをさらに悩ませる。

「代替わりしてなければ、今の勇者は、ユーゼン君だったかな?」

「校長は、ユーゼン卿ともお付き合いが?」

 ビステテューの質問に、ヨンネは苦笑いをして、

「何、彼がまだ幼い頃、少しの間、修行の手伝いをしただけよ。」

 それを聞いたアルフとビステテューが、自然とデラに目をやった。

「だから、今のユーゼン君が、本当にどれだけ強いかどうかは分からないけど、王宮騎士や王宮魔法使いとしっかり連携が取れたとすれば、何とか互角というところかな?」

「勇者を以ってしても、互角ですか・・・」

 落胆するビステテューだが、ヨンネはしかし、不敵な笑みを浮かべている。

「と、言うのはまぁ、王国側から見た場合の話ね。」

「どゆこと?」

 デラの反応に、ヨンネはデラの黄金色の髪をくしゃっと乱して、

「人の国は、人が守るべき。

 でも、リンゴールは、人だけの町じゃない。

 人も、亜人も、魔物だって共存している。

 種族の垣根を越えて、みんなが力を合わせることができたなら、ドラゴンだって、何とかなるとは思わない?」

「質問、よろしいですかしら?」

 イルメラが、手を挙げる。

 その顔は、ヨンネに向けられている。

「先ほど校長は、アルフさんには、ドラゴンは倒せないと答えました。」

「ふむふむ。

 それで?」

「リンゴールの住人が力を合わせれば、何とかなるとも言いました。

 実際、それで何とかなるものでしょうか?」

「ふむふむ。

 それから?」

「だから・・・」

「そっか、別に、倒す必要はないってこと?」

 またもやデラが口を出す。

 だが、その言葉の意味することに、イルメラはすぐに気が付いた。

「倒さないなら、王国に利用されることもない・・・か。

 でも、どうやって?」

「一番いいのは、仲間になること。」

「ドラゴンを、仲間に?」

「二番目は、敵対しつつも、どこか遠くに行ってもらうこと。」

「・・・」

「三番目は、リンゴールを捨てること。

 とりあえず、今は、それ以外の選択肢はないかな。」

「倒してしまえば、王国に利用される。

 倒せなければ、こちらが滅ぼされる・・・か。

 確かに、まともに戦うべきじゃないな。」

 アルフの言いようを、デラはウンウンと、頷きながら聞いている。

 強さにこだわる脳筋かと思いきや、戦闘狂とも言い切れないデラであった。

「戦わずに勝つ、か・・・」

「あんまり悩む必要はないわよ。

 今すぐドラゴンが攻めてくるのなら、リンゴールから脱出するしかないし、王国の連中がすぐに来るなら、逃げ支度しながら見守るしかないわ。

 ただ、今のところドラゴンの動きはないし、王国が征伐隊を出すまでには時間がかかるだろうから、ドラゴンが動き出すとすれば、討伐隊がリンゴールの近隣までたどり着いた時ね。」

「それは、いつごろになると予測してます?」

「王国には、これから冬が来る。

 冬の最中に、国外に進軍するのは自殺行為ね。

 恐らく、雪解けと同時に先発隊が出て、本隊がやってくるのは、春の半ばから夏の始まりの間のどこかになると思う。」

「猶予は半年未満か。

 それまでに、何ができるか・・・」

 アルフは、一人一人の顔を眺めていく。

 相変わらず、思考の底が見えないヨンネ。

 やる気まんまんのデラ。

 途方に暮れているビステテュー。

 他の面々の顔色を窺っているビエナ。

 イルメラ、マーメラ姉妹は、傍観という態だ。

「オレ達に、半年未満で何かできると思ってますか?」

 アルフは、まっすぐな眼差しで、ヨンネに尋ねる。

「わたしはできると思っているし、アルフもできるだけのことをしたいと思ってるんでしょ?」

「オレにやれることなら。」

「ドラゴンとは、仲良くできない?」

「う~ん・・・

 ドラゴンは、プライド高いからねぇ。

 それに、繁殖期のドラゴンに近づくのは、同族でも厄介だよ。」

「繁殖期?

 そういうことだったのか・・・」

 アルフが、独りごちる。

「王国の目的は、ドラゴンの幼生ってことか。

 それなら、無茶を承知で遠征を計画するのも頷ける。」

「ドラゴンの幼生体なら、王都で飼い殺しにするのも可能・・・とでも、思ってるんでしょうね。」

 ため息がちな、ヨンネの言葉に、

「幼生でも、やっぱりドラゴンはドラゴン。

 相当、強いんでしょうね?」

「強いと言うか・・・子供を守るドラゴンは見境がないわ。

 何とか倒せたとしても、リンゴールは地上から消えることになるわね。」

「ドラゴンを倒せたとして、残ったドラゴンの子って、どうなっちゃうんでしょうか?」

 今まで会話に加わってなかったビエナが尋ねる。

「それは・・・

 分からないわね。

 でも、親を失った子供が幸せなワケはないわ。」

 悲しみを帯びた声音で語るヨンネだったが、不意に顔を上げ、周囲を見回す。

「デラが、いない?

 まさか・・・」

「あいつ、ドラゴンのところに・・・」

 強大な魔力を発する気配が、とてつもない速さで離れていくのを、その場にいた全員

が感じていた。

「なんて、魔力・・・」

 イルメラが、思わず声を漏らす。

「仕方ない、アルフ、いくわよ!」

「はいっ!」

 二人の体が、瞬時に掻き消える。

 つむじ風が一陣、食堂を駆け抜けた。

「な、なんなの?」

 思わず声を上げる、マーメラ。

 先ほど感じた魔力とほぼ同等の魔力と、小ぶりながら同じ速さを持つ魔力が、あっという間に遠ざかる。

 その行き先を、イルメラは食い入るように見つめていたのだった。




 おおよそ、生きとし生けるものの頂点たる存在が、ドラゴンである。

 ドラゴンは、人も魔物も住まぬ極限の地に生を受け、やがて、その地に眠る。

 それ故、人や魔物との接点はほとんどなく、人も魔物も、真のドラゴンが何たるかを知らない。

 とは言え、人の世界の伝承には、ドラゴンという存在の痕跡がある。

 今はなき魔導王国にて創成されたと言われる古魔導書から、まだ建国から百年ほどの歴史しか持っていない王国の歴史書まで、数千年の時の流れの中で、ドラゴンと思しき者との接触の記録が、幾ばくかは残されている。

 もちろんそれは、真のドラゴンとの邂逅を表しているものではなく、ドラゴンの影とも呼ぶべきものと接触したというだけなのだが。

 それ故、人も魔物も、いまだにドラゴンの真の姿を知らない。

 いや、ごく少数の者たちを除いては・・・

 火龍リグザールは、亜竜のうちの一体である。

 この世にたった数体しかいないと言われている上に、伝承においてのみ存在が確認できる真のドラゴンは別格として、人が確認できている最強の存在が、亜竜であった。

「!」

 その魔力は、圧倒的だった。

 数少ない同族以外からは感じたことのない、強大な魔力だった。

 もっとも、その魔力は強大であるだけで、邪念がまったく含まれていなかった。

 それ故、リグザールも、静観以上の対応をしなかった。

 そして程なく、さらに二つの魔力が近づいてくる。

 一つは、最初の一つに匹敵する程に巨大な魔力、そしてもう一つは小粒ながら、同じ速さで近づいてくる魔力。

 そしてそのいずれにも、やはり邪念は含まれていなかった。

「ふむ。

 三つの力持つ者が、この地を目指すか・・・」

 身動(みじろ)ぎするリグザールの懐の中で、幼きものが、もぞもぞと動いている。

「おやおや、起こしてしもうたか。」

 火龍親子の元へ近づこうとするものなど、ついぞいなかったせいか、幼きものは、いつになく興味を覚えたようだ。

 幼きものは、リグザールの懐から、ぽとりと地面に落ちた。

 もっとも、地面と言っても、熱波が下から吹き上げる、溶岩(たぎ)る火口の底から少し上にある広い岩棚のことであり、炎を友とする火龍や、自らの能力で熱を打ち消し得る真のドラゴンたち以外に、たどり着ける者はほとんどいない。

 見上げる幼きもののその視線の向こう、ズズンと地を揺るがす音とともに、火口の縁が弾けた。

 何かがくるくる廻りながら、恐ろしい程の勢いで火龍親子の方へ向かってくる。

 邪気も殺気もない、しかし、とてつもない程の魔力を内包したそれが人の形をしていることに気が付いたリグザールは、ほとんど反射的に翼を広げ、そして自ら為した行為に驚いていた。

 無造作に広げた翼は衝撃を和らげるようにそれを包み込み、そしてそれは、ちょうど幼きものの目前に転げ落ちた。

「??」

「!!」

 幼きものは、スン・・・と、匂いをかぐ仕草をし、それは、幼きものが近づくのを待ち受けている。

 幼きものが、大きく口を開け、パクリとそれの頭部を咥えた。

 だが、それは痛がることもなく、嫌がる素振りも見せず、幼きものの思うがままにさせている。

 やがて、気が済んだものか、幼きものはそれを中心に胴体を巻きつけ、すやすやと寝息をたて始めていた。

(初めて会うた者に、こうまで気を許すとは・・・)

 その者は、黄金の髪を肩くらいの長さに切りそろえた、人間族の娘だった。

 目を瞑り、幼きものの体表を覆う産毛に顔を埋めている。

 その表情は完全に弛緩し切っていて、害意の欠片もないことは見て取れた。

(ドラゴンの一族に連なる我らを間近にして、恐慌に陥ることもなく平常心を保つとは・・・むしろ、警戒すべき者ではないのか?)

 そんなことを考えていると、後から来た二つの気配が、火口の縁にたどり着いた。

 その二つの気配から伝わってくるのは、目前の人間族の娘を心配する気持ちだけだった。

(人は奸計(かんけい)を巡らすものだが、ここまで心を開いている者たちが、(はかりごと)をするべくもあるまい。)

 何より、幼きものが目を覚ます気配はなく、それはつまり、後から来た者もまた、害意なき者たちであることの証明だった。

「二人とも、警戒無用である。

 降りてくるがよかろう。」

 返事の代わりに、人間族の少年と、エルフの女が、ほとんど音を立てずに目前に降り立った。

 幼きものの眠りを妨げないための気遣いに、リグザールは好意を抱いた。

「わたしはヨンネ、こちらはアルフ。

 親子水入らずのところ、お騒がせして申し訳ない。」

 跪く、ヨンネとアルフに、

「丁寧な口上、痛み入る。

 我が名は火龍、リグザール。

 そして、そこな幼な子は、我が娘なり。」

(産まれていたんだッ!)

 アルフは、心の中で叫んでいた。

(それじゃ、なおさらここを動けないか・・・)

 思考に沈むアルフを、リグザールは、興味深げに眺めている。

 アルフの思念の一部に、一族の片鱗を見て取って、

「ふむ。

 我が一族の者との接触があったようだの。」

不躾(ぶしつけ)を承知で、お尋ねする。

 リグザールさんは、いつまでこちらに滞在する予定でしょうか?」

 人間族同士の会話のように語り掛けてくるアルフに、仄かに驚きの念を抱きつつ、

「幼な子を連れておるが故、すぐには動かぬ。」

 寿命の長いドラゴンが、『すぐには無理』と言う。

 つまり、王国の討伐隊がやってくる頃までに、リグザール親子がこの地を離れることはない。

 つまり、何もせずに傍観していれば、やがて人とドラゴンが戦うことになる。

 どちらが勝ったにせよ、長く遺恨が残るであろうし、何より、リンゴールの街は甚大な被害を受けることになるだろう。

 恐らく、二度と人が住めなくなる程に。

 アルフの脳裏に、この数日でリンゴールで知り合った人たちの顔が、次々と浮かんでくる。

 彼らの悲しむ顔は見たくない。

 そして、目の前にたたずむ、リグザール親子が傷つけられることも・・・

「俺に、もっと力があれば・・・」

「いいえ、それは違うわ。」

 ヨンネが、いつになく厳しく答える。

「どんなに大きな力があったとしても、万能じゃない。

 討伐隊をすべて打ち倒しても、それは解決を先延ばしにしているだけ。

 いずれ、第二、第三の討伐隊がやってきて、いつかは攻め滅ぼされる。」

「それは・・・

 戦わない解決方法を考えろってことですか?」

「小さな子たちが悲しむ姿は見たくないわ。」

 そう言って、ヨンネは幼きものの産毛を撫ぜた。

 わずかに身動ぎしたものの、穏やかな眠りが妨げられることはない。

 慈しみに満ちたその表情と所作に、アルフはかける言葉が見つからない。

「なるほど。

 我らを欲す者たちがおるということか。」

「は、はい・・・」

「そち等が気に病むことではない。

 ドラゴンの一族に列する身なれば、人間族との軋轢(あつれき)は、珍しくもなし。」

 そう言いつつリグザールは、リンゴールのある方向を見やって、

「とは言え、我等に仇為す者達のために、近隣に住まう人間族や、亜人族の生存が危ぶまれるとなれば、我等としても不本意なこと。」

 その気になれば、ほぼ一瞬でリンゴールを滅する力を持ち、一族以外の存在に対しては、一欠けらの興味も持たないと思われている火龍が、人と亜人と魔物の住む町の行く末を案じてくれている事に、アルフは意外を覚えた。

「ふむ。

 エルフの女よ、そなたには考えがあるようだが。」

「そうね。

 一番の難題は、誇り高いドラゴンの一族に連なるあなたが、エルフや人間の話をマトモに聞いてくれるかってことだったんだけど・・・」

 ヨンネが、リグザールに、酷く悪い顔をしてみせる。

「予想外に物分りが良くて助かったわ。」

「お主、何を考えて・・・」

「手荒なことをするつもりは全然ないけど、できれば少しの間、動かないでいて欲しいかな。」

 そう言うとヨンネは、すっとリグザールの懐に入り、その巨大な腹部に両手を広げて張り付いた。

「これは・・・」

 表情とは裏腹に、ヨンネの心中には悪意が微塵も含まれていないため、リグザールはヨンネの為すがまま、その身を委ねていた。

 一瞬、リグザールの巨体が光を放ち、そしてその輝きの輪郭が、徐々に収縮してゆく。

 程なく、光の中に現れたのは、大柄な人間族の女性の姿だった。

「ほう。

 これは・・・」

 人の姿に変わったリグザールは、感心したように自分の両腕を動かしている。

「あ、あの・・・

 何か服を着て、いただけませんか?」

 アルフの慌てたような声に、ヨンネは、

「確かに。

 同性から見ても、刺激的すぎる光景だわね。」

 大柄だが、出るべきところが充分以上に出ているリグザールの肢体は、思春期の少年には眩しすぎた。

「リグザールさん・・・って、この呼び名も何とかしなくちゃね。

 リザって呼んで、構わないかしら?」

「ふむ。

 悪くはない響きであるな。

 ところで、服というのは、そち等が(まと)うておる布切れのことよな?」

「こんな感じで、いかがでしょう?」

「ふむふむ。

 どれ・・・」

 ヨンネの送った思念を読み、リグザール改めリザが、その場でクルリと廻ると、真っ赤なドレスが彼女の身体を包み込んだ。

「予想してたより、いい感じになったわね。」

 ドラゴンの姿のリグザールも圧倒的な存在感があったものの、人型をとったリザもまた、明らかに普通の人間とは異なったオーラを纏っている。

「素敵ねぇ・・・」

 いつの間にか幼きものの戒めを抜け出したものか、デラが、リザの腰の辺りにまとわりつく。

「でも、このままでは正体がバレちゃうわね。」

 そう言いつつ、デラはリザの腰に手を廻した。

 ちょうど、リザの豊かな双つのふくらみを見上げる体勢になる。

 程なく、リザの全身からダダ漏れしていた魔力が、リザの体内に収束してゆく。

「ふむふむ。

 魔力制御は、デラの方が上手かぁ。」

 ため息がちのヨンネに、

「師匠って、意外とザックリだもんね。」

 リザの周囲をトコトコと走り回りつつ、デラは、魔力が漏れている箇所はないか、念のため確認してゆく。

「それじゃ、お嬢様の方の制御も、デラに任せるかな。」

「はぁ~い。」

 デラは一瞬、リザの表情を窺ったが、もはやデラたちを疑う気持ちは微塵(みじん)もないのか、人の形をとった自身の姿を興味深げに眺めているリザである。

 いつもは対象の人物に抱きつくようにするデラだったが、幼きものを起こさないようにとの配慮か、そっと両の手の平を胴体に添え、目をつぶって意識を集中する。

 一瞬、巨大な魔力が弾け、ついでそれが一気に収束し、ドラゴン幼生の輪郭が光の中に融けつつ、やがてそれは人間族の子供の姿に変わっていた。

「ふむふむ。

 完璧な出来だね。」

 そう言うとヨンネは、幼子をやさしく取り上げ、その顔を覗き込む。

 美貌のリザの娘に相応しく、幼いながらも気品のある、整った面差しだ。

 ドラゴン形態の時は、幼いということしか分からなかったが、人間族の姿になると、そろそろ歩いて乳離れしようかという年頃ということが分かった。

「こうして見ると、人もエルフも、ドラゴンも同じよね。

 どうして、仲良くできないのかしら・・・」

 ヨンネのつぶやきに、

「我等も、決して人を嫌うてはおらぬのだがな。」

 そう言って、リザは幼子をヨンネから受け取った。

「ふむ。

 人の姿も、悪くはないのう。」

「ねぇねぇ、この子、名前はなんて言うの?」

「幼きもの故、いまだ真名(まな)を得てはおらぬが、幼名として、ジヌザールと呼んでおる。」

「ジヌザール・・・ジヌザ・・・ジジ・・・ジジって、呼んでもいい?」

「我は構わぬが、本人が気に入るかの?」

 リザの腕の中で、幼きもの=改めジジは、朗らかな声をあげた。

「ほう・・・すっかり、気に入られたようであるな。」

 そう言うとリザは、ジジを足元に下ろした。

 しばしジジは、フラフラとバランスをとっていたが、やがて、しっかりと大地を踏みしめた。

「うわぁ・・・」

 思わず声をあげてしまう、デラ。

 すると、時折ふらつきながらも、ジジは何とかデラの足元にたどり着き、デラの膝にしがみつく。

 ジジを抱き上げるデラの仕草は、少し年の離れた姉のようだ。

「さて、どうしたものか・・・」

 リザとジジを交互に眺めつつ、ヨンネが呟く。

「木の葉を隠すなら、森の中に・・・か。」

 唄うような語りように、すぐにアルフは、ヨンネの言いたいことに気が付く。

「魔力を持つ者を隠すのなら、魔力に優れた者の多い、リンゴールの町に隠せと?」

「人の街に住むことを良しとするならね。」

「ビエナのところじゃダメかな?」

「そうか、ゼルムンド卿のところなら、魔力を持つ者が多いし、卿の存在が隠れ蓑にもなるか。

 それに・・・」

「町の中に入らなければ、拒絶されることもない。」

 アルフの言葉に、ヨンネが頷く。

「ビエナはともかく、他の連中が快く受け入れてくれるかどうかは分からないけど・・・

 まぁ、悩んでも仕方ないから、当たって砕けてみるわね。」

 砕けちゃダメだろと言いたくなる言葉を飲み込み、アルフは改めて火口を見やる。

「リザさんがここを離れれば、火山の活動も落ち着きますかね?」

 魔力の守りがなければ、たちまちアルフたちも火達磨になっているところだ。

 火口から放たれる熱は、ほぼ無効化されているにも関わらず、じりじりと肌を焦がされているような感覚がある。

「いったん活発化した火山が落ち着くには、少し時間がかかると思うわ。

 まぁ、力ずくで何とかする方法もなくはないけど、あまり急激に気候を変化させると、その反動が怖いしね。」

「ふむ。

 火口を大人しくさせれば良いのだな。」

 そう言うとリザは、火口の底に向かって、両手をかざす。

 先ほどまで身を焼くようだった熱気が、程よい温かみまで抑えられてゆく。

「さっすが、ジジのママだわ。

 でも、反動とかって、大丈夫?」

「本来の姿では、灼熱の環境が心地よいのでな。

 魔力を供給して、わざと活性化しておったのだ。

 魔力の供給が止まれば、溶岩の活動も落ち着くというものじゃな。」

「そうか!

 火山があるからここに来たわけじゃなくて、ここに来たから火山になったんだね!

 でも、それならなんで、ここに来たの?」

「火龍とて、生身の身体を持つとなれば、水は必要じゃ。

 ここの水は、我等の肌に合うのでな。」

「火龍も、水浴びなんてするんだぁ。

 じゃあ今度、一緒にお風呂入ろうね。」

 デラがジジのおでこにキスをすると、ジジは笑い声をあげて朗らかに応えた。




「と、言うわけで、こちらが火龍のリザさん。

 で、この子が娘のジジよ。」

 文字通り固まる一同の前で、ヨンネは亜竜の二人を紹介した。

「火龍って・・・」

 さすがは年の功と言うべきか、ビステテューが、何とか言葉を搾り出す。

「確かに、お二方からは、尋常でない魔力の気配を感じます。」

 イルメラの口調は普段と変わりないようだが、恐怖とも、羨望とも付かない瞳の色を

まとっている。

「イルメラ姐さんの魔力の遠距離感知はすごいねぇ。

 わたしじゃあ、触ってみないと分からないわ。」

 そう言ってデラは、リザの腰に抱きついてみせる。

 リザは鷹揚にデラの頭を撫でて見せつつ、

「ふむ。

 イルメラ姐さんとやらに尋ねよう。

 そなたは、どれ程の距離にて、我が魔力を感知しうるかの?」

「気配として感じる程度ですので、恐らく視覚できる範囲までかと。」

「つまり、身を隠せさえすれば、討伐隊には見つからずに済むと言うことか。」

 ヨンネの言葉に、イルメラはかむりを振って、

「わたし自身は、人並み以上の魔力感知能力を身につけているとは自負しておりますけど、王国の魔術師ともなれば、わたしなぞ足元にも及ばない程の能力を持っているのでは?」

「その点については、恐らく大丈夫だとは思ってるわ。

 まぁ、敢えて言っちゃうけど、イルメラさん、貴方の魔力感知能力は、王国魔術師と同等か、それ以上よ。」

「それは・・・

 ご評価、ありがとうございます。」

「それに、恐らく討伐隊は、リザのことなど構っていられなくなるわ。」

「?」

 不思議な顔をする一同に、

「こんな辺境の街に、王宮騎士や、王宮魔術師以上の能力を持つ者が、複数集まっている。

 王国としては、面白くない状況だとは思わない?」

「まさか、王国相手に喧嘩でも売る気じゃないでしょうね?」

 ため息がちのアルフに、

「王国魔術師って、どのくらい強いのかなぁ。」

 あからさまに闘気を高めるデラ。

「やはり我等も、参加するべきかのう?」

 何故だかリザも、相当やる気のようだ。

「でも校長、そもそもわたし達はリザさんを守るために・・・」

「地面に穴を掘って立てこもるばかりが防御じゃないわ。

 故人曰く、攻撃こそ最大の防御なり・・・って言っても、正面からまともにやりあえば、こちらにもそれなりの被害が出てしまう。」

「ふむふむ。」

 いつの間にか、リザの肩に乗っているデラが、相槌を打つ。

「まともにやりあわない・・・そして、リザさんの魔力を感知させない・・・いや、敢えて感知させても良いのであれば・・・」

「ほうほう、ちゃんと考えてるね、アルフ君。

 まぁ、先に答えを言っちゃうと、町を挙げての武闘大会でもでっちあげようかと思ってね。」

「武闘大会?」

「なるほど、それなら魔力の強い者が、こんな辺鄙な町に集まってても不思議はないか・・・あ、いや、失礼。」

「まぁ、辺鄙なのは間違いないからねぇ。」

「武闘大会かぁ・・・なんか、面白そう。」

「体術系と魔法系で分けるか、あるいは武具で選別するか・・・

 異種格闘戦てのも、悪くはないかな。」

「あの・・・」

 おずおずと、手を挙げるビエナ。

「生徒も参加・・・」

「するわよね、もちろん。」

 (かげ)りのない笑顔を浮かべるヨンネに、ビエナは続ける言葉を失った。

「なるほど、ゼルムンド卿が相手となると、単純な魔法勝負とはいかないわけね。」

 意外に積極的な参加の気配を窺わせる、マーメラの発言。

「不死者ながら、日光に耐性があり、打撃は体術で相殺、魔力、剣技ともに一流で、術者の魔力が続く限り、疲れることもない。

 今のところ、互角以上に闘えるのは・・・」

 ヨンネの視線が、リザ、デラ、アルフと辿ってゆき、

「そして、わたしか。」

「師匠も出るの?」

「それも悪くないけど、どっちか言うと、今回はあんたたちの戦いぶりを見守っていたいかな。」

「ふむ。

 我も参加して良いのかの?」

「それは・・・」

 何と返事をしたら良いか、言葉に詰まるアルフに、

「そうね、人型だと勝手が違うと思うけど、体術と魔術と、どちらが得意?」

「我はどちらでも構わぬが・・・

 人型とは言え、筋力、魔力ともに、本来の形態とは、ほぼ遜色ない故。」

「ドラゴンの膂力と、魔力を持つ人間・・・って、そんな相手に、勝てるわけありませんよ。」

 ため息がちなビステテューだが、デラとヨンネ、アルフの期待に満ちた瞳の色に気が付き、顔色を失う。

「リザさん、剣士相手の場合、どう対応します?」

 至極冷静なアルフの問いに、リザは、アルフの顔をしばし見つめると、

「ふむ。

 確かに、お主が相手となれば、良い戦いができそうじゃ。

 膂力、速度ともに我と遜色なかろうが、問題は武具の耐久性かの。」

「あぁ、確かに。」

「お主であれば、高度な魔法武具も使いこなせようが・・・」

「う~ん、魔法剣か・・・」

「ねぇねぇ、リザママは、どの属性の魔法が得意なの?」

「ドラゴンには、本来不得手な属性はないものじゃ・・・が、好んで使う魔法はあるかのう。

 敢えて言うならば、土系の魔法は、火炎系の魔法とは、相性が悪いでな。」

「土魔法なら、先生が得意よね?」

「そ、そんな・・・ドラゴンさん相手に、恐れ多すぎますッ!」

「うむ。

 そなたの魔力量では、明らかに力不足ではあるが、魔力量が絶対的な強さではあるまい?

 土魔法は、防御に優れ、その攻撃は重く、存外に回避しづらい。」

「魔力をさらに底上げして、連撃速度を上げれば・・・イけるかな?」

「負けるとは思わぬが、好んで敵対しようとは思わぬな。

 それに、お主は一対一の戦いのみを想定しておるようじゃが、実戦ともなれば、味方との連携の可能性もある。

 ドラゴンが戦いを好まぬのは、群れを為すことがないのでな。

 連携に優れた集団を相手にするのは厄介じゃ。」

「土魔法・・・

 集団・・・ってことは、魔法で強化されたゴーレム軍団なら、何とかなるかも。」

 デラが、ビステテューを見やる。

「勝てるとは思いませんけど、がんばってみます。」

 存外の力強さで、ビステテューが応える。

「うむ。

 我としても、不得手な魔法を行使する相手への対処を考察するには、良い機会じゃ。」

「わたしは、どうしようかなぁ・・・」

 腕を組み、考え込む、デラ。

「う~ん、分かんない。

 出たトコ勝負かなぁ。」

「型に(はま)らぬところが、お主の持ち味であろう。

 しかも、お主の魔力には限界が見えぬ。

 まだ若い身の上で、これからさらに大きな成長もあり得ようの。」

「えへへ~」

「ところで・・・」

 リザは、黙って皆の会話を聞いていたヨンネに向き直り、まっすぐに瞳を見つめた。

「そなたは・・・

 今は、ヨンネ殿と呼ぶべきであろうか。

 我等と同様・・・

 いや、あるいは我等よりも古き一族の末裔(まつえい)と見受けるが、いかがかの?」

「そんな、改まることはないわ、リザ。

 少ぅしばかり、みんなより長く生きているだけよ。

 少なくとも、ここにいるわたしは、辺境の学園の校長でしかないわ。」

 ヨンネの言葉に、リザは何か言いたそうだったが、それは喉の奥に飲み込まれた。

「ところで、古き一族のよしみと言うわけではないけど、わたしと一緒に、この子たちの鍛錬に付き合っていただけないかしら?」

「ふむ。

 人型での動作にも、慣れておきたいと思っていたところじゃ。

 我は構わぬよ。」

「それと・・・

 できれば言葉遣いも、わたしたちに合わせてもらうとありがたいかな?」

「確かに。

 我・・・いや、わたしも、違和感を感じておったところじゃ。

 う、うむ。

 不慣れな語り口は難しいものよの。」

 不遜とも思える程に、いつも自信満々なリザの、少し困ったような表情が、妙に可愛らしい。

「うむむむむ・・・

 やっぱり、美人は得よね。」

 ため息がちのビステテューに、

「それであの魔力ですから、向かうところ敵なしですよね。」

 ビエナも、心底羨ましそうな声を出す。

「ふむ。

 敵なしか。

 実際、そうであったら、何の憂いもないのだがな。」

「リザママにも、怖いモノがあるの?」

「怖いというのとは少し違うが、わたしから見ても、圧倒的な存在というものがある。」

「つまり、リザさんよりも圧倒的に強いモノがいるってことですか?」

「うん・・・

 正確に言うと、ドラゴンの中のドラゴンと呼ぶべき存在がいるということね。」

 リザの代わりに、ヨンネが応えた。

「わたしも、実際に出会(でお)うことはないのだが、その存在は、この場にいてさえも感じる程じゃ。」

「どこにいるかは、分からないの?」

 デラの質問に、リザは冠りをふった。

「どこにいても感じられるということは、方角も距離も分からぬということじゃ。

 もちろん、間近に迫ってきておれば、気が付くであろうがな。」

「ドラゴンの中のドラゴンって、おっかない?」

「怖いかと?

 なるほど・・・

 人や魔物がわたしに対して抱く恐怖と、わたしがあの方たちに対して抱くものは、似たようなものなのかもしれぬな。」

「火龍さえ、恐怖する存在・・・」

 思わず声を漏らしたビエナを、リザが見つめる。

「あ・・・

 すみません。」

「いや、お主からはなぜか、不思議に懐かしいような気配を感じるのだが・・・

 と言うか、何故だか少々腹立たしいような・・・

 ところで、お主の得意な魔術は、どんなものかえ?」

「あ、はい。

 えっと、不死者召喚ですが・・・」

「不死者じゃと?」

 明らかに、剣呑な気配を纏いつつあるリザ

 魔力の高まりとともに、リザの体が光を纏い始め、ついには輪郭が朧になり・・・

「だぁめッ!」

 デラが、リザの身体にすがりつく。

 ジュッと、肉の焼ける音がして、リザは我にかえる。

「ぶぅ・・・」

 ジジが、ポカポカとリザの膝の辺りを叩いている。

「大丈夫よ、ジジ。

 このくらいの火傷なら、すぐに治るわ。」

 そう言うとデラは、両腕で自分の身体を包み込むようにして、囁くような詠唱を一節口ずさむ。

 デラの体表を光が奔り、たちまち傷が癒されてゆく。

「見事な治癒魔法ね。」

 感嘆とともに、ビステテューがつぶやく。

「すまぬな、デラ。

 つい、気が高ぶってしもうたようじゃ。」

「うん、それはとりあえず脇に置いといて、リザママは不死者に嫌な思い出でもあるの?」

 返事の代わりに、苦虫を噛み潰したような顔をする、リザ。

「数百年前の話になるが、騎士の男と、魔法使いの女の夫婦がおってな、両方倒すには倒したものの、男の方が外法(げほう)術をもって不死者になり、執念深く追いかけてきおったのじゃ。

 できれば二度と、あのような者たちには関わり合いたくはないのじゃが・・・」

 誰もが羨む程の美貌が歪み、呪詛(じゅそ)の如き言葉を吐く、リザ。

「う~ん、それって、もしかすると・・・」

 デラのその言葉は、ズンと、大地を揺るがす音で遮られた。

 すぐさま建物の外に出た一同が見たものは・・・

 陽光の元にありながら、漆黒の闇に包まれた存在。

 召喚主のビエナに影響されてか、忌まわしき存在と言うよりは、好々爺(こうこうや)的気配をまとうようになってはいたが、今やその偽りの仮面は剥ぎ取られ、おどろおどろしい邪念とともに、そこに在った。

「我こそは、悪龍、リグザールを討つべく、魔界より蘇りし者也。」

 ゼルムンドの巨大な剣が、真っ直ぐにリザを指し示す。

「やはり貴公か。

 我は、火の化身、リグザール也。

 古き因縁の鎖を、今ここで断ち切らん。」

 その言葉と同時に、リザの体が一瞬揺らぎ、その後には火龍リグザールの本来の姿を現した。

 ただ、そこにあるだけで放たれる熱波は、周囲にあるものすべてを焼き尽くす・・・その筈だった。

「ちょっと、待ってください!」

 その声は、ゼルムンドとリグザールの間から発せられた。

 熱波の揺らぎの中にあっても、平生と同じように緊迫感のない気配をまとっていたのは、アルフだった。

 同時に、不死者と火龍の間で、一瞬のうちに高まっていた緊迫が霧散した。

「アルフ殿には関係ないと言いたいところではあるが、我が(あるじ)のご学友故、不本意ながら、取り合えずは剣を収めよう。」

 すでにアルフとは幾度となく剣を交えているゼルムンドが、まずは折れた。

「そちらが剣を収めるというのならば、是非もない。

 わたしも、今は牙を収めよう。」

 確かに、双方ともに剣と牙を収めはしたものの、臨戦状態と呼べる程の緊迫感に変わりはない。

 すると、アルフは普段は決して見せないような悪い笑みを浮かべて、

「宿敵とも呼べるお二人ですが、直接対峙する前に、少しの間、俺たちに付き合ってくれませんかね?」

「うむ?

 それは、どういう意味であるか?」

「俺たちってことは、わたしの出番だよね。」

 デラが、アルフの元にトコトコと駆け寄ってくる。

 アルフの返事も待たずに、デラは準備運動を始めている。

「本気出せるのって、久しぶりだよねぇ。」

 そう言うとデラは、目をつぶり、囁き声で詠唱を始める。

 デラとアルフの周囲に、魔力が渦を巻き始める。

 チリチリと、後頭部を焼くような感覚が、久しぶりなアルフだった。

(この感覚って、何度体験しても好きになれないものだよな・・・)

 ポリポリと頭の後ろを掻きつつ、アルフはデラから受け取った魔力を、自分の魔力と馴染ませてゆく。

 やがて二人の魔力は体内に吸い込まれ、体内を巡りはじめる。

 森や平原に潜む魔物たちのほとんどを無手で瞬殺できる二人が、潤沢な魔力により、さらに身体能力を向上させる。

 つまり、それ程の準備を持って望む戦いがあるとすれば・・・

 二人の行動の意図を組んだリザとゼルムンドが、我知らず浮かべた表情は、()しくも同じ心境から浮かんだものだった。

 ヨンネは、複雑な心境をそのまま(おもて)に出しつつも、彼等の方に歩み寄る。

(戦闘バカが四人も・・・これって、収拾つくのかしら?)

 嘆息と同時に、心の裡に沸き起こる期待感も否定できない。

(まぁ、なるようになるか・・・)

 転がり始めた石は、元には戻らない。

 ヨンネは、腹を括っていた。

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