五章 アルフ、入学する
イルイリア魔闘学園には、年少組と年長組の、二つの教室がある。
年少組は、おおむね十二歳まで。
年長組は、それ以上の年齢の者で構成されているものの、家庭の事情で働きながら通っている者や、幼い頃から出入りしている者などがいるため、年齢は厳密な区分ではなかった。
今まで学校というものに通っていなかったデラとアルフではあるが、魔法はヨンネ、戦闘術はマーバという、ともに実戦重視の教師に鍛えられ、知識や戦闘力については、改めて学ぶ必要はなかった。
今回の入園でヨンネとマーバが期待しているのは、別なところにある。
「今日から我々と同じ教室で学ぶことになった、アルフ君だ。
自己紹介をしてくれるかね?」
教壇から、教室の入り口近くに立っていたアルフに声をかけてきたのは、ダダンという名の、初老の教師だ。
ただ、その物腰が年齢の割りに隙がないのは、長らく騎士として過ごしてきた経歴のためだろう。
温厚な見た目に相反して、相当の剣技の持ち主であろうと、アルフは推察している。
「騎士見習いのアルフです。
学校に通うのは初めてなので、色々教えていただけると、嬉しいです。」
ペコリと頭を下げるアルフの姿は、同じ年頃の少年たちの間にあっても、特段目立つようなところはない。
それはダダン先生にしても同様で、田舎から出てきた朴訥な少年が、何らかの伝手を得て、学園に編入してきたとしか思っていない。
見た目にも明らかに際立った存在であるデラとは正反対だ。
しかし一見、無害そうに見える(実際にもそうなのだけれども)アルフに対しても、町の外から来たという理由だけで厭う者がいることも事実であった。
「それじゃ、アルフ君、空いている席につきたまえ。」
「はい、分かりました。」
ざっと教室内を見渡したアルフは、教室の真ん中付近の席に座った。
机や椅子は、丈夫さ第一で作られたもののようで、すわり心地は今一つだったが、アルフは特に気にしていない。
座学が始まり、しばらくすると、アルフはおおむねクラスの内情を把握していた。
教室の後方の席に固まっているのは、武闘系の男子生徒たちで、身体も声も態度も大きく、教師も扱いあぐねているようだ。
もっとも、ダダン先生の場合、それで困っているというよりも、敢えてまともに相手をしない戦術らしく、勉強熱心な生徒には丁寧に対応する一方で、そうでない生徒は放置という状況だ。
教室の窓側で、いくつかの小さなグループを作っているのは、魔法系の女子生徒たちで、横暴な武闘系の生徒を毛嫌いしているらしい。
そして、武闘系にも魔法系にも属さない生徒は、2~3人の小さなグループをつくっているものの、そんな小世帯では大した力もなく、常に強者の顔色を窺っているような状況だ。
(ふぅ。
想像してたより、殺伐としてるんだな。)
町の中にある学校なので、もっと和気あいあいとした雰囲気なんだろうなと思っていたアルフだが、かと言って、どうということもない。
たとえ、どんな境遇に置かれたとしても、アルフはアルフだ。
相手や環境に応じて、器用にふるまえるような性質ではなかった。
温厚な性格とは裏腹に、理不尽なものに対しては、恐ろしく頑ななところがあるということを、アルフ本人はまだ、気づいていない。
初めて受ける学校の授業は、アルフにとっては興味深いものだった。
内容は、魔法学から生物学、政治学まで多岐に渡っており、アルフは未知の知識を吸収していった。
そうこうしているうちに、午前の部は終了した。
生徒の半数ほどは、この時点で帰宅する。
年少、年長に関わらず、家業の手伝いをしたり、商売のようなことをしている者がいるからだ。
午後の部は、残った生徒の自主性に任せているとのこと。
(そう言えば、いつまでここにいるのか、聞いてなかったな・・・)
五人と一頭で過ごしてきた旅も、この町でいったん終了し、デラとアルフは学園に編入、ザラス、マーバ、ヨンネ、ウルガは、それぞれ別行動をしているようだ。
(ヨンネの言い草だと、当面はここに腰を落ち着けることになりそうだよな。)
鍛錬をしながらの、浪々の旅も嫌いではなかったが、拠点を定めて、仲間以外の者と付き合ってみたりするのも、悪くはないと思い始めている。
(できれば自分専用の工房をこしらえて、腰を据えて武具製作に取り組みたいものだな。)
そんなことを考えていると、窓の外を年少組の生徒たちが歩いているのが目に入った。
なぜかみな、やたらに興奮したような表情をしている。
生徒の列の最後尾付近に、アルフは馴染みの顔を見つけていた。
思わず声をかけようとしたアルフだったが、肌の浅黒い、長身の少女と楽しそうに語らっている姿を見て、開きかけた口を閉じた。
だが、次の瞬間には、デラは目ざとくアルフに気が付き、先刻の少女と一緒に走りよってきた。
「お腹すいた~、ご飯にしよう!」
「って言ってもなぁ。
学園の敷地内で、勝手に煮炊きができるのかな?」
「それは大丈夫。
厨房は自由に使っていいって、先生が言ってた。」
「食材のあてはあるのかい?」
「それも大丈夫。
野外授業の帰りに、マガンを二十羽ばかり仕留めてきたわ。」
そう言ってデラは、背負っていた麻袋をアルフに見せる。
「それじゃあ、厨房で落ち合おう。」
そう言って、いったん二人は離れた。
身の回りのものを片付けていると、女生徒たちが近づいてきた。
窓際の席に固まっていた生徒たちだ。
「ねぇ、あなた、アルフレンドとか言ったかしら?」
女生徒の中でも、際立った美貌の少女が、鷹揚に尋ねた。
名前は・・・
「はい。
あなたは、イルメラさんでしたっけ?」
「あら、名前を覚えていただいてましたのね。」
「ええ、まぁ・・・」
アルフとて、多感な年頃の少年だ。
少女の美貌に惹かれるところがないと言えば嘘になる。
しかし、そんな少女が、自分に、いったい何を・・・
「先ほどお話していた方は、デラリアさんで、よろしかったかしら?」
「ええ、まぁ。」
言葉を濁しつつ、アルフは、またもやデラが、何かやらかしたのではないかと思っている。
寝食を共にするようになって数年経過しているが、いまだに何を考えているのか分からない時がある。
そんな思考も一瞬で、
「これからデラたちと昼食の仕込みに入るんで、聞きたいことがあるなら、本人に聞いてみたらどうです?」
一瞬、虚を突かれた表情をするイルメラだが、すぐに艶然たる笑みを取り戻し、
「そうね。
それも、悪くはないわね。」
イルメラに厨房の在り処を聞き、アルフとイルメラは二人並んで廊下を歩いている。
イルメラが見知らぬ少年と並んで歩いているのを見て、みな、遠巻きに様子を窺っている様子だ。
(迂闊だったかなぁ・・・
こんなに目立つとは。)
イルメラの年齢は十七で、アルフより三つ年上だ。
アルフはまだ知らないが、マーメラは彼女の妹である。
学園内のみならず、イルイリアの双つ星と称されている姉妹であった。
人並み外れた美貌に加えて、二人とも非凡の魔法の才能があり、婿候補には事欠かないと言う話である。
もちろん、アルフはそんな事情には無頓着に、あまり縁のない年上の美少女と並び歩くことに、わずかに息苦しささえ感じているところだ。
程なく厨房に到着したアルフは、鮮血に両手を染めたデラに出迎えられた。
「遅かったじゃない、アルフ。
血抜きと羽むしりはおわっちゃったわよ。」
「ありがとう。
後は任せて、手を洗ってきなよ。」
「はぁい。」
兄妹のような二人のやりとりの一方で、本当の姉妹であるイルメラとマーメラはと言うと、
「あら、お姉さまがこんな場所に来るなんて、どういう風の吹き回しかしら?」
「そういうあなたこそ、野外学習では、ずいぶんと活躍なさったようで、見逃したのは残念でしたわ。」
「いずれ、圧倒的なまでの魔力を見せられると思いますわ、お姉さま。」
「あら、それは素敵。
正直な話、あなたはもっとできる人間だと、常々思っていましてよ。」
「お姉さまからそんな言葉をいただけるとは、ついぞ期待してもおりませんでしわ。」
姉妹なのに、イルメラとマーメラのひどく余所余所しいやりとりを、アルフとデラは不思議そうに眺めている。
「お姉ちゃんと仲が悪いのかな?
マーメラって。」
「う~ん、険悪と言う程ではないけど、仲良しではないみたいだな。」
話しながらも、アルフの手は止まることなく、小さく切った鴨肉を串に刺し、塩を振った上で次々と炭火で焼いてゆく。
もちろん、魔法で焼く方が早いのだけれども、師匠たちとの旅で培われたこだわりが、安易な魔法の使用を許さなかった。
炭火焼き特有の、香ばしい匂いが濃厚に感じられるに従い、いつしかイルメラ、マーメラ姉妹の言葉の応酬も絶え、デラなどは陶然とした眼差しで、肉汁をしたたらせつつ、じゅうじゅうと音をたてている串刺し肉を見つめている。
手早く肉を皿の上に並べ、アルフはそれをデラに手渡す。
無言のまま肉を目で追っている姉妹に、
「デラと二人では食べきれないので、お二方もいかがですか?
あまり上品な食事とは言いがたいですが・・・」
するとデラの背後から、恐る恐るという態で、
「デラに言われた通り、アーディのパン屋さんから、賄いのパンを貰ってきたわ。」
籠いっぱいのパンを抱えて現れたのは、ビエナだった。
「あらあらあら、なんだかいい匂いがしてると思ったら・・・」
「いっぱいあるから、先生も一緒に食べない?」
無邪気なデラの誘いに、ふわりとビステテューはテーブルについた。
見ると、他にも数人の年少の生徒たちが、厨房の中を窺っている。
「みんなも一緒に食べる?」
躊躇なく誘うデラに、アルフは苦笑を浮かべつつ、
「食事は大勢の方がおいしいものさ。
ここにいる人数分は充分ありそうだから、遠慮することはないよ。」
言葉をかける間にも、アルフの串焼きの手は止まらない。
一方デラは、厨房に用意されている皿を、一人ひとりに配って歩いている。
曲がりなりにも貴族上がりの出自となれば、配膳如きは使用人の仕事と言い放ってもおかしくはないのだろうが、そもそもデラは、幼い頃から老使用人との二人暮らしで、身の回りのことはすべて自分でやってきたし、ヨンネに連れられての旅の生活では、自分でできることは自分でやるというのが原則で、そこには師匠と弟子の区別さえなかった。
もっとも、力関係は自然に役割分担にも影響を及ぼすようで、火起こしはアルフ、調理はザラス、配膳はデラ、食器の片付けは自分の分は自分で・・・というのが定石となってはいたのだが。
今は師匠たちは不在なので、調理はアルフの役割となっており、恐らく片付けはアルフとデラの二人でやることになるのだろう。
(そうか、師匠たちはいないんだよな。)
改めていつもの顔ぶれの不在に、一抹の寂しさを感じなくもないアルフだが、今の時点ではむしろ、知らない街に来て、知らない人々と出会うことに、楽しみを見出していた。
(人付き合いは不得手だったんだが・・・な。)
長い間、少人数のみでの、代わり映えしない環境で暮らしてきたせいか、むしろ積極的に他人に関与したいアルフである。
「いっただきま~す!」
デラの声がひときわ高らかに響き渡ると、昼食会の始まりだ。
パンと焼いた肉だけの簡素な食事ではあったが、どこから調達したものか、ジャムやバターもたっぷり用意されている上に、年少組は野外演習の後ということもあり、年長組が驚く程の食欲だった。
欲求がひと心地付くと、デラはすかさずお茶の入った椀を配り始める。
乾燥地帯で好まれている、牛乳に茶葉と塩を入れて煮込んだものだ。
旅の間に飲んだ記憶はなかったから、どうやってそんな知識を得たものかと、アルフは訝しんだ。
「デラさん、あなたって、どういう人?」
何と応えたらいいか、悩ましげな質問をしてきたのはマーメラだ。
その隣で、しっかり食事を堪能したイルメラが、品良く口元を拭っている。
「えっと・・・先代の王様の従兄弟が、お爺様・・・だったかな?」
「えっ?ホントに?」
ギョッとするマーメラだが、デラはまったく無頓着に、
「でも、お爺様が財産を食いつぶして、お父様が立て直して・・・って言っても、わたしはもう、何年もお二人のお顔を見たことがないわ。」
地方領地の、さらに辺境に捨て置かれたようなデラよりもむしろ、騎士見習いとして、下級騎士の詰め所に出入りしていたアルフの方が、領主と対面する機会が多かった。
もっとも、騎士としては下級、さらに見習いの形容詞までオマケに付くアルフでは、対面と言っても、言葉を交わすこともなく、騎士団員の列に並んで立っているという以上の意味はなかったのだが。
「領主の娘が、何でまたこんなところに・・・」
お茶を口にしつつ、マーメラが尋ねる。
「う~ん・・・なんか、師匠に騙されて?」
「誰があんたを騙したって?」
いつの間にか、デラの背後に立っていたヨンネが、むんずとデラの両頬を掴んでムニムニした。
「にゃ~めて~ししょ~」
涙声で、訴えるデラ。
人外級まで身体強化しているデラの、数少ない弱点を、ヨンネは知悉していた。
「だぁめ。
反省するまで、当分あたしに弄ばれるの刑ね。」
デラを抱き上げつつ、デラの座っていた席に付く、ヨンネ。
ヨンネの腕が、素早くデラの身体をまさぐる。
くすぐったがりのデラが身もだえするが、身体に力の入らないデラには、ヨンネの腕から逃れる術はない。
「こ、校長?」
ヨンネの、いきなりの所業に固まっていた一同の中で、何とか声をあげたのはビステテューだった。
「校長?」
イルメラ、マーメラ姉妹が声を合わせる。
「そう言えば、長い間不在ということでしたわね。」
イルメラが、ため息がちにつぶやく。
「わたしが最後に会ったのは、十年くらい前だったかしら?」
「そうね~
ビスちゃんたら、まだ初々しい新米教師って感じだったわね~」
そう言って、遠い目をするヨンネ。
その腕の中には、ぐったりして息も絶え絶えという体のデラがいる。
いたいけな少女を、欲望の赴くままにいたぶるその姿には、学校の要職についている者が持つべき(?)威厳の欠片もない。
「で、十年ぶりに戻ってきた理由は?
おれたち二人を学校に編入させたのも、社会見学という理由だけではないんでしょう?」
「そうね。
まぁ、せっかくいいメンツが揃っていることだし、ざっくり話しておこうかな。」
「?」
互いに顔を見合わせる一同。
「つまるところ、ドラゴン退治よ。」