四章 デラ、入学する
彼女は、まるで光の粒をまとっているかのように、目前に現れた。
黄金の髪は、肩の辺りで切りそろえられ、深い空色の瞳は濁りなく、周囲を見渡している。
そして、その声は・・・
「ミストゾールから来ました、デラリアです。
みなさん、よろしく。」
声音は見かけ相応だが、その物腰は、ひどく落ち着いて見えた。
人前に出ると言葉が出なくなってしまうビエナは、それだけで羨ましく思えてしまう程なのだが、さらに、いかにも理想の少女然としたその容貌は、垂涎ものと言えた。
「何か質問があったら、どうぞ。」
担任のビステテューがそう言うと、すぐさま複数の手が挙がった。
「それじゃ、マーメラさん。」
ビステテューが指名したのは、クラスのまとめ役となっている少女で、年齢はデラより二つ上の十二歳だ。
幼い身ながら、大人顔負けの魔法の使い手で、魔法学の教師でもあるビステテューは、何かと頼りにしていた程だ。
「クラス委員の、マーメラですわ。
何かお困りのことがありましたら、相談されてもよろしくってよ。」
柔らかな口調ではあるが、明らかに上から見下ろした物言いであった。
「マーメラさんね、ありがとう。」
デラは、無邪気な笑顔で応えた。
「どういたしまして。」
恭順か、反発か。
普通なら、そのいずれかの反応を示すものだが、そのどちらでもないデラの対応に、マーメラは仄かに興味を覚えたようだった。
「他には、誰か?」
挙手もせずに、のそりと立ち上がったのは、獣人のリーズド。
先祖返りと言える程に色濃く獣の血が表に現れているリーズドは、それゆえ、圧倒的な戦闘力で、学園に君臨していた。
「オレはリーズド。
学園最強のオトコだ。
変なヤツが近づいてきたら、オレに言え。
ぶっとばして、追い払ってやるぞ。」
「まぁ、あなたが最強なのね?」
「そうだとも。
センコーだって、オレより強いヤツはいねぇ。」
ぐいっと腕を曲げると、もりもりと筋肉が盛り上がる。
「ふぅ。」
デラの隣に立つビステテューが、ため息をつきつつ、こめかみを手でおさえた。
教師としてのビステテューは、決して無能ではなかったが、何しろ問題児が多すぎた。
「はいはい、今日のところは、質問はここまでね。
えっと、ビエナの隣が空いてるわね。
とりあえず今日は、そこに座りなさい。」
「はぁい。」
デラは、躊躇なくビエナの隣の席につくと、
「あなたは、ビエナと言うのね。
わたしはデラ、よろしくね。」
差し出された手を、おずおずと握るビエナ。
ほんわりとした温もりが、ビエナの手を包み込む。
「こちらこそ、よろしく・・・」
消え入りそうなビエナの声に、デラはビエナの手を胸元に引き付ける。
「大丈夫?
具合でも悪い?」
「ううん。
わたし、人と話すの苦手だから・・・」
言ってしまってからビエナは、改めてデラの顔を窺った。
拒絶するような言いようだと、自分でも思ったからだ。
しかしデラは、ビエナの心配には無頓着に、
「苦手なら、無理しないでいいわ。
本当に言いたいことだけ、言えばいい。」
「・・・」
発言を無理強いされたり、無視されたりするのが常だったビエナにとって、それは初めての体験だった。
「はいはい、みんな騒がないで。
今日の午前中は、外で実習よ。」
「実習?」
「植物採集とか、自然観察とか・・・」
ため息がちな、ビエナの返事に、
「楽しくない?」
「男の子や、魔法の上手な子は好きみたいだけど・・・」
ビエナの目の動きで、先刻やり取りのあった、マーメラとリーズドのことだと分かった。
ビステテューの指示で、生徒たちは外に出た。
元々、動きやすい服装の生徒たちの中には、長剣を携えている者もちらほら見える。
植物採集や自然観察に、武装は必要ないだろうに・・・
もっとも、王国の都市群とは違い、未開の地域が近いリンゴールでは、市街地の中でさえ、危険な生き物に出会う可能性がないとは言えなかった。
デラとビエナは、生徒たちの列の、ほぼ最後尾にて、ゆっくりと歩いていく。
デラはともかく、ビエナはエルフの血を引いているため、細身の割には体力はあるはずだった。
しかし、しばらく歩を進めた後には、息を切らせてはいないものの、ひどく塞いでいる風に見えた。
(疲れてるわけじゃないし、病気でもない。
なんで元気ないんだろ?)
気にはなるが、デラは口には出さない。
付かず離れず、足並みを揃えて歩くだけだ。
「はぁい。
みなさん、集まって~」
広場のように開けた丘で、ビステテューが手を叩く。
ダラダラとした足取りで、集まる生徒たち。
その中で、傍目でも丸分かりな程にはりきっているのは、マーメラとリーズドの一行だ。
どこから持ち出したものか、マーメラは魔力を帯びた杖を持ち、リーズドは手甲を装着している。
二人とも、それなりに堂の入った立ち姿である。
「先週話していた通り、今日は武闘班と魔法班に分かれて、模擬戦を行います。
魔法班はわたしの方に、武闘班はマフーラ先生の方に集まってくださいね~。」
そう言えば、ビステテューの他にもう一人、男の先生がついてきていた。
武闘班のとりまとめ役だけに、筋肉質で上背もある。
デラは、しばし二つの班を見比べるようにしていたが、
「ビエナは、どっちに参加するの?」
「わたしは、魔法で・・・」
消え入りそうなビエナの返事を確認すると、デラはビエナの腕をとり、ビステテューの方に向かった。
「はいはい、みなさん。
今日は新しい仲間が増えたので、自己紹介がてら、自分の得意の魔法で標的を攻撃してください。」
「はぁ~い。」
生徒たちの返事が揃う。
ほとんどが女の子なので、少数派の男の子たちは端の方で小さくなっている。
一方、武闘班は、ほぼ全員が男の子のようだ。
「それでは、端の人から模擬戦を始めるわね。
ビエナさん、あなたが一番最初よ。」
そう言うとビステテューは、落ち着いた声で魔法詠唱を始める。
程なく詠唱が終わると、地面がむくむくと盛り上がり、子供の大きさと同じくらいのゴーレムが一体、創成された。
「ゴーレムには、体のどこかに星の印が付いているわ。
そこにある程度以上の魔力が加わると、星が光って合格よ。
合格するまで、何度でも挑戦できるから、慌てないで、魔法を使うのよ。」
ゴーレムは、ゆっくりとビエナに近づいていく。
ビエナとデラ以外の者は、すでに距離をとって待機している。
「あ、そうそう。
ゴーレムに捕まえられたら、そこでいったん終了よ。
みんなが終わった後で、時間があったら再挑戦してもいいわ。」
「ふぅん。
なるほどなるほど。」
デラは一人頷くと、ポンとビエナの背中を叩いて、
「応援してるから、がんばってね。」
「う、うん・・・」
デラは、ビステテューのいる方に向かうと、
「名前を早く覚えたいので、わたしは最後でいいですか?」
「ええ、構わないわよ。
それじゃ、はじめッ!」
模擬戦の、一戦目が始まった。
しかし、ビエナにとって、敵は目前のゴレームではなく、周囲を取り囲む級友たちの視線である。
みんなに見られてると思うと、心臓がバクバクする。
頭に血が上って、何も考えられなくなる。
簡単な詠唱でさえも、ひどくつっかえ、滑らかに言葉が出ない。
苦心惨憺の上、ようやく出現したのは、赤ん坊くらいの大きさの、小さく、不恰好な骸骨戦士。
よろよろとゴーレムに向かってゆくスケルトンだが、ゴーレムの一踏みで、あっけなく、ぺしゃんこに潰れてしまう。
「あぁあ・・・」
がっくりと腰を落とすビエナを、ゴーレムの腕が捕まえる。
「そこまでッ!」
退場するビエナを、級友たちは嘲りの眼差しで見つめている。
(何あれ、みっともない。)
(学園の恥さらしよね。)
(何が楽しくて生きてるのかしら?)
独り言にしては声が大きく、明らかに本人に聞こえるようにしているようだ。
その中にあって一人、デラだけは、ひどく真剣な表情で、ビエナの戦いぶりを見つめていた。
そんなデラの眼差しさえも恐ろしく、ビエナは、そそくさとビステテューの後ろに隠れてしまう。
「さてさて、次は・・・」
「無様ね。
仕方ないわ、わたくしが模範をお見せしてさしあげますわ。」
特徴的な口調で前に出たのは、マーメラ。
「ゴーレム一体では、すぐに終わってしまいますもの。
少なくとも、あと三体は、召喚なすってくださいな。」
「それじゃ、マーメラさん、お怪我のないように。」
ビステテューが早口で詠唱を唱えると、三体のゴーレムが創成された。
ただ、魔力の練りが充分ではないらしく、細身で動きもぎこちない。
それでも、最初の一体と合わせて合計四体が、一斉にマーメラに詰め寄ってゆく姿からは、それなりに威圧感を覚えてしまう。
ゆらゆらと身体を揺らしつつ、詰め寄るゴーレムに対し、マーメラは短く詠唱、後ろに飛んで距離を置く。
後退して稼いだ僅かな時間の間に、四種類の魔法詠唱を終え、四属性の魔法を放つ。
一つ目は火炎魔法、二つ目は水流魔法、三つ目は電撃魔法、そして四つ目は光魔法だ。
それらがほぼ同時に放たれ、的確にゴーレムの印に的中する。
四つ、すべての星が輝いた。
「さすがです!
マーメラ様!」
腰ぎんちゃくのミシュミが叫ぶ。
ミシュミの隣では、ルルがパチパチと手を叩いている。
「この程度のこと、造作もありませんわ。」
マーメラは、豊かな赤褐色の髪をかきあげる。
ビエナは、諦めとも羨望とも言い切れない、複雑な表情でマーメラを見つめていた。
ルルが拍手をするのを見て、デラも同じように手を叩く。
そんなデラの姿を見て、マーメラは満足そうに頷いた。
「さて、せっかくだから、貴方の魔法も見せていただいてよろしいかしら?」
「うん、分かったわ。」
デラは即答し、ゴーレムに対峙した。
と、何か思い出したように振り替えると、
「ビステテュー先生!
先生は、いくつまでゴレームを出せるんですか?」
少し考え込んだ、ビステテューが、
「うんと調子のいい時で、十体までは出したことはあるけど、普通は五、六体までね。」
するとデラは、ビステテューの目前に歩み寄ると、
「先生の魔力量なら、二十体は余裕で出せるはずだわ。」
「えっ?」
びっくり顔のビステテューには構わず、デラはビステテューの豊かな胸元に、ポンと軽く掌底を当てた。
「できるだけ多く、追加のゴレームを召喚してくれませんか?」
「え、ええ・・・」
言われるままに、ビステテューが詠唱を始めると、明らかに先刻の召喚の時よりも強い魔力の流れを感じていた。
先に存在していたゴーレム四体に加え、新たに召喚したゴーレムが十五体で、合計十九体。
しかも、新しいゴーレムの方が、体格、ディテールともに優れている。
「うんうん。
まぁまぁの出来ね。」
デラが、並び立つゴーレムたちの一つに近づき、表面をペタペタと叩いている。
「わたしに、こんな力があるなんて・・・」
信じられぬという面持ちのビステテューに、
「先生は、小さい頃に、胸にケガか病気を?」
尋ねるデラに、ビステテューは少し考え込むと、
「わたしは覚えていないのだけど、小さい頃、肺病で死にかけたらしいわ。」
「先生に記憶はなくても、先生の身体には、その時の痛みとか苦しみが刻まれていて、何か胸に負担がかかるようなことをしようとすると、無意識に力を抑えようとしてたんだと思うわ。」
「それを、あなたが直してくれたの?」
「ううん。
先生の胸の辺りに魔力の流れを阻害してるものが見えたから、わたしはそこに、ちょっと刺激を与えてみただけ。
ゴーレムを二十体近く召喚できたのは、本来の先生の力よ。」
デラは、改めてゴーレムに向き直って、
「それじゃ、わたしの順番ね。」
言うなり、デラは大地を踏みしめ、魔力を高めてゆく。
「デラさん、あなたは・・・」
「せいやッ!」
おおよそ、魔法使いの発するものとは思えぬ、鋭い、気迫の乗った掛け声一閃、デラの拳が大地に打ち込まれると、地表を光の粒子が放射状に広がり奔る。
次の瞬間には、すべてのゴーレムの印が眩く輝いていた。
「そんな・・・」
声を失う、マーメラ。
するとデラが、
「さっき見てて思ったんだけど、あなたもまだ、実力の半分も出し切れていないわね。」
「えっ?」
「本気のあなたなら、ゴーレム四体どころか、二十体でも、余裕であしらえるはず。」
「二十体も?
でも、どうやって・・・」
「う~ん、すぐに何とかなるものじゃないけど、とりあえずはコレね。」
言って、デラはマーメラの身体をぎゅっと抱きしめる。
デラの方が年下で小柄なので、長身のマーメラの胸に顔をうずめている感じになる。
「あら、マーメラさんって、意外に着やせする方なのね。」
ちょっと羨ましげなデラの発言に、マーメラはわずかに頬を紅く染めた。
「あなた、いったい何を?・・・」
「偉ぶってる人かと思ったけど、あなた、意外に苦労性。」
「えっ?ええっ?」
褒められているのか、けなされているのか、あるいはその両方なのか、判断に苦しむ言葉ではあるものの、デラの体の温もりと、包み込む腕の優しさに偽りはない。
いつしか、素直に身をゆだねている自分に気が付いたマーメラだった。
「整体術式で骨格の歪みを矯正して、ついでに魔力の流れも微調整してみたわ。」
デラの声に我に返ったマーメラは、先刻までと明らかに違う体の感覚に、驚愕を覚えていた。
そう言えば以前、聞いたことがある。
数百年前、エルフの治める王国で、王位を巡る争いがあったと言う。
その時、争いで荒廃した王国を立て直したのが、唯一生き残った王族である王女で、彼女は別名、癒しの王女と呼ばれていた。
彼女の癒しの力は世界に比類なく、朽ちた遺体さえ、存命時の姿を取り戻したという・・・
(いや、あれは伝説だし、そもそもこの子は、正真正銘の人間だわ。
でも、なぜ?)
そんなおとぎ話を、不意に思い出したものか。
まっすぐに瞳を見つめるデラの眼差しに、心の奥底まで覗かれているようで、マーメラは首を振って、改めてデラに向き直った。
「あなた、いったい、どういうお積もり?」
「?」
不思議そうに、首を傾げるデラ。
彼女には邪心も他意もなく、単に事実を指摘し、あるべき姿に戻しただけなのだろう。
自分自身が、理不尽な憤りを覚えているということを嫌と言う程に思い知らされ、マーメラは、続ける言葉が思いつかなかった。
「イヤなの。」
「えっ?」
「せっかく、大きな力を持っているのに、それをうまく使えてないのは。」
つい先のマーメラなら、あるいはその言葉を、酷い侮辱と受け取ったかもしれないのだが、マーメラはその言葉に、すとんと納得していた。
(この子には、他人と自分の区別はないのだわ。)
それに比べると、自分はなんと矮小なのだろう。
だが、そんなマーメラの想いには無頓着に、デラは、ポンとマーメラの背中を叩いて、
「あなたの一番得意な魔法で、一気に印を貫くのよ!」
「え?
ええ・・・」
言われるがままに、マーメラは火炎魔法を放つ。
灼熱の炎が、まるで生きているように渦巻き、すべてのゴーレムを飲み込んだ。
炎が消えた後には、輝く印を身に付けた、十九体のゴーレムが残されている。
「思ってたより、威力があったわね。」
「これが、わたしの力?」
「先生もそうだけど、本当の力は、もっともっと大きいわ。
わたしが今、手伝える範囲はここまでね、残念だけど。」
悔しそうなデラの言いように、マーメラは、もはや声もない。
「デラさん、あなたって人は・・・」
声をかけてくるビステテューの懐に潜り込むようにしたデラが、そっとデステテューの背後を窺うと、地面にしゃがみこんでいるビエナの姿が目に入った。
「デラさん?」
ビステテューの肉付きの良い腰を抱きしめたまま、デラは首だけ出してビエナを見下ろしている。
「わたし、ちょっと怒ってるんだけど。」
デラの、予想外の言いように、ビエナが思わず顔を上げる。
「せっかく、ものすごい才能を持っているのに、全然それを生かせていない人がいるわ。」
「えっ?」
「あなた、いったい、どういう積もり?」
「どういう積もり?って・・・」
「ネクロエルフなんて、貴重な少数部族の血を引いているだけで、すごい素質に恵まれている上に、あなた、『血族伝承術式』で、相当高位の方の魔力を受け継いでいるわね。」
「それは、どうして?」
「魔力は、いわば想いの力。
闇雲に押さえつけるだけでは、いつかは弾ける。
制御できない力は、ただの暴力だわ。」
ビエナの表情が、怯えているだけでない、何かを感じ取ったような気配をまとう。
「巨大な力を制御するのに必要なのは、強い意思と、諦めない心。
それだけの力を持っていて、今まで無事に過ごせてきたのなら、あなたには充分、その力を振るう資格があると思うわ。」
「ほんとに・・・
ほんとに、そう思う?」
「たとえ死人の力であっても、その根源は生きた人の力。
死は、忌むべきものではなく、死に至る時まで懸命に生き抜いたことを祝福されるべきもの。
死人に寄り添い、残された想いを受け止めるネクロエルフは、その存在そのものが、すでに崇高だわ。」
「死神だって、みんなが言うの。
忌み者の一族だって、町の中に住んではいけないの。
学校でも、友達は一人もできないし・・・」
「知らないものに対しては、誰でも怖いと思うわ。
でも、今なら、みんなあなたのことを知っている。
ちょっと怖いかも知れないけど、寂しがりで、内気な女の子なんだって・・・」
いつの間にか、二人の周囲を、みんなが取り囲んでいた。
「と、言うのは、とりあえず建前ね。」
しんみりした口調から一転、ざっくりした話し方に変わるデラ。
「恐らくみんな、あなたの本当の魔力がどんなものか、気になってると思うわ。
ま、実はわたしもその一人だけど。」
「え?ええっ?」
「もっとも、あなたの場合は、かなり根深い問題みたいだから、簡単に解決しそうにはないけど。」
ズンと音をたてて、デラはビエナの前であぐらをかいて座る。
お世辞にも、品のいい生活などしていなかったデラである。
もはや、級友たちの前では格好つけたりする気はないらしい。
ビエナも、つられて地面に膝を付く。
「今まで召喚した、一番強力な魔物って?」
「骸骨騎士・・・かな?」
「一体?
それとも、たくさん?」
「一体だけよ。
でも、とても強かった。」
ビエナはそう言って、自分の身体を抱きしめる。
「それって、相当昔の話よね?」
「ええ、五歳くらいだったと思う。」
「わたしが魔法を習い始めたのは、六歳になってからよ。
五歳で骸骨騎士を召喚できたんなら、今はどれだけ強い死人を召喚できるのかしらね?」
興味津々という態のデラに、
「怖く、ないの?」
「怖いわよ、もちろん。
でも、それ以上にワクワクしてる。」
「ワクワク?」
「だってわたし、色々魔法を覚えてきたけど、死霊魔法は全然なの。」
「気持ち、悪くない?」
「それは・・・ないかな。」
「ちょっと、御託はいいから、早く骸骨騎士とやらを召喚なさいな。」
じれたような、マーメラの言葉が割って入る。
「大丈夫。
きっと、うまくいくわ。」
デラは、ポンとビエナの肩を叩いた。
「分かった。
うん、やってみる。」
そう言うとビエナは、ささやくような口調で死人召喚の詠唱を開始した。
それは、死人に似つかわしい、重々しい言葉と節回しだ。
他の級友たちも、ビエナの声に、真剣に耳を傾けている。
程なく、ビエナの周囲の大気が変わった。
重量を帯びた空気が、一同の身体にのしかかる。
「あッ!」
誰かが、小さく叫んだ。
地鳴りとともに、少し離れた地面が、少しずつ盛り上がってゆく。
黒いオーラのようなものを纏いつつ出現したのは、古風な甲冑に身を包んだ、巨大な骸骨騎士である。
その身長は、人間族の大人の五倍ほどもあるだろうか。
そして、その両手に握られているのは、骸骨騎士の身長とほぼ同じ長さの両刃剣が双振り。
暗黒に沈んだ眼窩の奥には、紅黒い、炎のような光が揺らめき、むき出しの歯の間からは、黒い妖気が溢れ、揺らめいている。
しばし、周囲の様子を眺めていた骸骨騎士は、やがてビエナへの向き直り、そして跪いた。
「死霊召喚の儀により、我、現出せり。」
「死霊召喚の儀により、我、そなたを召喚せり。
我が命、我が声に従わん。」
骸骨騎士は応えず、ビエナの目前で立ち上がった。
「ふむ。
久しぶりの現世故、勝手が分からぬが、婦女子ばかりとは、どういう状況であろうか?」
その場の一同が、目を剥く。
召喚した魔物が自分の意思で話すなど、予想外の事態であった。
いや、一人だけ、より一層、興味を掻き立てられている者がいた。
すなわち、
「銘付きの魔物が召喚されるとは予想してなかったけど・・・」
デラは一歩前に出て、骸骨騎士に正対した。
「わたしは、ミストゾール領主が三女、デラルナ。
騎士殿の、ご主君の御名を、お聞かせ願いたい!」
「ふむ。
ミストゾールと言えば、イアンバルドの小倅の出身であったかな?」
「ええ。
わたしの故郷、ミストゾールは、イアンバルド王国の領地です。」
「うむ。
小僧め、ようやく一国の頭首に成り上がりおおせたか・・・
作法に則った名乗りを受けたとあれば、こちらも相応の礼をとらねばなるまいな。」
そう言うと、骸骨騎士は姿勢を正し、
「我が主は、我、ただ独りなり。
孤高の剣鬼、ゼルムンドとは、我のことよ。」
「って、それ、失業中ってことじゃありませんの?
まさか、食い詰めて餓死したってわけじゃ・・・
いや、さすがにそれはないわね。」
「闘いの中、志半ばで倒れた者が、骸骨騎士となって蘇ると言われているわ。
でも、記憶を保って召喚されるだなんて・・・」
「前に召喚した時は、どうだったの?」
「小さい頃のことで、良く覚えていないの。」
「まぁ、仕方ないわね。
ところで・・・」
デラは、ゼルムンドの巨体を見上げた。
「うむ。
話は済んだようだな。
して、我が敵はどこぞ?」
「敵って言うか・・・
ゼルムンドさんには、ゴーレムを倒してもらいたいんですけど・・・」
おずおずと語るビエナに、
「うむ?
ゴーレムと言うのは、この土くれの人形どもか?」
「みんなに、あなたの力を見せてあげて欲しいの。
ねぇ、みんなも見たいでしょ?」
デラの問いかけに、皆は揃って頷いた。
「ふむ。
それでは、少し下がっておれ。」
ゼルムンドは特に気負いも感じさせず、自然体で十九体のゴーレムに対峙する。
「我が秘剣奥義の一つ、剛炎剣。
そして、今ひとつの奥義、烈氷剣を受けよ!」
双剣が翻り、その二つの太刀筋より、それぞれ光の刃が放たれる。
灼熱の紅い刃と、氷雪の蒼い刃と。
その光はすべてのゴーレムを両断し、その背後の大地に溝を刻んだ。
「あ、しまった。」
つぶやいたデラの視線は、泣き顔のビステテューに向けられていた。
「わ、わたしのゴーレムちゃん・・・」
「うむ?
倒すのではなかったか?」
「ゼルムンドさんは悪くはないわ。
ちょっと、説明が足りなかっただけ。
それより・・・」
デラが、ゴーレムの残骸たちを飛び越え、ゼルムンドに手招きをする。
「わたしと、組み手しない?」
「ふむ。
我は、手加減できるほど器用ではないが、構わぬかな?」
「そうね・・・
とりあえず、さっきの技を打ってみない?
ただし、今度は見せ技ではなくて、実戦用のヤツね。」
「ほう、そこまで言うとなれば・・・」
デラを追って、ゼルムンドはゴーレムの屍たちを乗り越える。
「先生!」
「な、何?」
「先生はゴーレムをできるだけ召喚して、壁をつくっておいてください。
それから、防御障壁を構築できる人は、内側に多重展開お願いしますね。」
「で、でも、デラさんは?」
デラの返事は、ゼルムンドの放った火炎にかき消され、ついでその火炎をかき消すよ
うに氷の嵐が渦を巻いた。
慌ててビステテューたちはゴーレムを召喚、マーメラの指図で、防御障壁が構築される。
ゼルムンドの魔法剣の余波で、氷の塊がゴーレムたちに叩きつけられた。
「デラさん!」
「はぁ~い。」
悲痛なビエナの叫びへの返答は、間の抜けたデラの返事だった。
「ほほぅ、これを無傷で受けるか。」
「う~ん。
相殺仕切れなかったか~。」
腕を組み、考え込むデラに、ゼルムンドの横殴りの刃が迫る。
スッと、デラの姿が沈み、剣の下にもぐったかと思うと、いきなり剣が跳ね上がる。
同時に、デラの小さな体がゼルムンドに飛び掛る。
が、それを予期していたものか、ゼルムンドのもう一つの剣が上から振り下ろされ、
デラの身体を袈裟懸けに両断した・・・かのように見えた。
「なんと!」
いつの間にか、デラの姿はゼルムンドの懐に迫っている。
「でぇいッ!」
デラの拳が、ゼルムンドの鎧を穿つ。
「むんッ!」
胸を突き出すようにしたゼルムンドの鎧から、衝撃波が放たれる。
「とりゃあッ!」
両手を突き出して、相殺するデラ。
間髪入れず、回転したゼルムンドの裏拳がデラを襲う。
「やぁッ!」
デラはその拳に張り付き、親指の付け根を一蹴する。
「むむッ!」
たまらず剣を取り落とす、ゼルムンドだが、
「いや、しばし待たれよ!」
空手となった方の手の平をデラに向け、ゼルムンドが動作を止める。
「??」
ゼルムンドの意図が掴めないながらも、デラもまた、地面に降り立った。
「我らの本気の力の一端を見せるという意味では、すでに目的は達せられていよう。」
「あ、そう言えば授業中だったわ。」
デラは、ビエナの方に向き直った。
ビステテューを含め、目を丸くして自分を見つめる級友達の姿があった。
「それに、お主とはいずれ、全力を注いでの勝負がしたいものだ。」
落とした剣を拾いつつ、ゼルムンドが言うと、
「ゼルムンドさんが相手だったら、どっちか言うと、アルフに相手をしてもらった方がいいかも。」
「ほう。
それは、どのような御仁かな?」
「なんて言うか・・・幼馴染?
貴方と同じ、騎士よ。
魔法は全然だけど、武術なら、わたしよりもずっと強いわ。」
「ほう、お主よりも強いとな。
それは重畳、重畳。」
すっかり和やかなやり取りをしている二人に向かって、級友たちが、恐る恐るという態で近づいてくる。
先頭に立っているのは、ビエナ。
その体の陰に隠れるように付いてくるのが、マーメラとビステテューだ。
その他の級友たちは、ずっと後方から様子を窺っている。
どう声をかけたらいいか、逡巡しているビエナに、
「どう?
やればできるじゃない?」
一瞬、何のことか分からなかったビエナだが、
「本当に、これがわたしの力なのね?」
「間違いなく、そなたが我が召喚主である。」
ゼルムンドが、鷹揚に頷く。
「確かに。
ビエナさんからゼルムンドさんへと、魔力の流れを感じますね。」
「えっ?
それって、大丈夫なの?」
ビステテューの言葉に対するマーメラの問いは、魔力の枯渇に対する心配だった。
だが、ビステテューは、かぶりを振って、
「元々、ビエナさんの魔力量は学園で一番だったんです。
だから、ちゃんと実力を発揮しさえすれば、万事解決すると思ってたんですが。」
ビステテューはそこで、一つため息をついて、
「結局、わたしは何もできなかった。
教師失格ですね。」
「そんな・・・」
言いかけたビエナだが、続ける言葉が見つからなかった。
「それを言うなら、わたくしも、ビエナさんを侮ってましたわ。」
マーメラが、ビエナに向かって頭を下げる。
「少なくとも、今のわたくしでは、ゼルムンド卿に勝てはしないでしょう。
しかし、だからこそ魔法の鍛錬に打ち込む価値がある。
ありがとう、ビエナさん。
あなたのような方がいてくれれば、魔法の勉強もやりがいがあるというものよ。」
「そんな、わたしなんて・・・」
マーメラは、フッと、含みのある笑みを浮かべて、
「あまり自分を卑下しないで。
行き過ぎた謙譲は、他の者をミジメにするだけよ。
あんなに強力な魔物を召喚できるんだもの、もはや、クラスのみんなが貴方を認めているわ。」
「でも・・・」
いままでずっと教室の落ちこぼれ扱いされてきたのが、急に態度を変えられても、ビエナとしては戸惑うばかりだ。
するとビステテューが、ビエナの頭を優しくポンポンと叩いて、
「戸惑っているのはわたしも、教室の他の子たちも同じよ。
みんな、今までとは違う自分に気づいてしまった。
もう、今までと同じように振舞うことはできないわ。」
「えっ?
それって・・・」
周囲を見渡すと、明らかに以前よりも格段に魔力を向上させた級友たちが、自分自身の魔力を確かめるように魔法を放っている。
どうやらデラは、手当たり次第に魔法の指導を行っているらしい。
その中には、マーメラの腰ぎんちゃく二人の姿もあった。
その視線に気が付いたのか、マーメラは肩をすくめて見せて、
「『力』というものは、残酷なものよね。
正直わたしは、自分でも相当できる方だと思ってたけど、そんなちっぽけなプライドなんて、木っ端微塵に打ち砕かれたわ。」
「どうやって、あれだけの力を身に付けられたのかしら?」
独り言のようなビエナの呟きに、
「そう言えば、あの子が言っていたアルフって、もう一人の転入生の男の子のことだったかしら?」
同じように、一人ごちるビステテュー。
「デラは、自分よりずっと強いって言ってたわね。」
「あのデラよりも強いって・・・」
マーメラが、ふと、何かに気が付くと、
「ゼルムンド卿って、いつまでここにいるのかしら?」
「あっ!」
「って、どういうこと?」
「わたし、召還って、したことない・・・」
「えっ?」
「小さい頃に召喚した骸骨騎士は、きっと、仲間の誰かが召還してくれたのだと思う。
気がついた時には、いなくなっていたから・・・」
「あなた、あんな巨大な骸骨騎士、連れて帰ったりはできないわよ。」
「それは、問題ないと思う。
わたし、城壁の中に住んでないから。」
「とは言え、町の近くにあんなデカいのがいたら、大騒ぎになるわ。」
「どうしよう・・・」
困惑顔のビエナに向かって、頬を上気させたデラが近づいてきた。
「・・・ふぅ。
みんなの魔力に当てられたみたい。
こんな気分になるのは始めて。」
パタパタと、手の平で自分の顔を扇いでいる。
「あの、言いづらいことなんだけど・・・」
「なぁに?」
「ゼルムンドさんの召還の仕方が分からないの。」
「召還?何で?」
「だって、ねぇ・・・」
ビエナは、振り返りながらゼルムンドの巨体を仰ぎ見る。
いまだに自分がそれを召喚したことが信じられないビエナだが、確かにゼルムンドへの魔力の流れを感じている。
それに加えて、ゼルムンドの気配に、何か懐かしいものを感じてもいる。
恐らく、幼い頃のビエナが召喚したのも、ゼルムンドだったのだろう。
しかし、幼いが故に、ゼルムンドも本来の姿では召喚できていなかったと思われる。
当時なら、ある程度の力を持った魔法使いであれば倒せたかもしれないが、今のゼルムンドにかなう者は、デラをおいて他にない。
せっかく呼んだゼルムンドには悪いが、デラに頼んで倒してもらえれば・・・
「こちらの一方的な都合で呼び出しておいて、用が済んだらポイって言うのは、なんか、イヤだな。」
生粋の召喚師に対して、無慈悲な言葉を放つ、デラ。
「で、でも・・・」
「確かにあの巨体じゃ、色々と問題ではあるわね。」
しばし、デラは考え込む。
しかし、すぐに何かを思いついたらしく、
「とりあえず、ゼルムンド卿には、ビエナの家で待機してもらおう。
せっかく来てくれたんだもの、もうしばらくは、現世を味わってもらいたいわ。
ビエナも、その方がいいでしょう?」
デラのその言いように、改めてビエナは、デラの懐の深さに感嘆していた。
当の召喚師でさえ、召喚された魔物や聖獣を、便利な道具としか見ない者が多いと言うのに、デラは、ゼルムンドの立場に立って考えてくれている。
「いい考えがあるというのなら、それを教えて。
わたしにできることがあれば、何でもするわ。」
きっぱりと言い切ったビエナに、上品とは言いがたい笑みを浮かべたデラが、
「いい覚悟だわ。
わたしの考えって言うのは・・・」