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三章 鍛錬の日々

 デラとの再会から、はや二年。

 アルフは背も伸び、胸板も厚くなってきた。

 とはいえ、秘めたるその力を考慮すれば、存外に普通の見かけの少年ではある。

 短く刈った黒髪に黒い瞳が、唯一の特徴と言えるだろうか。

 一方デラは、外見から幼さがだいぶ薄れ、少女らしい伸びやかな成長を見せていた。

 ともすれば見とれてしまいがちになるアルフだが、デラの無頓着な瞳に見返されてしまうと、やたらに居心地の悪さを感じてしまうのだった。

「お年頃だねぇ。」

 冷やかし声のヨンネに、

「そうか、アルフももう、そんな歳か。」

 一人、納得顔のマーバ。

「なんの話?」

 無邪気に尋ねるデラは、ちょうどアルフの腕に猪と茸の汁を注いだところだった。

「アルフも、男の子なんだってこと。」

 ヨンネの、答えとも言えない返事に、

「修行を始めたのは、わたしの方が先立ったのに。

 やっぱり、体力では女の方が不利だわ。」

「いやいやいや、底なしの魔力の方が反則だろ。」

「それに、どんなにケガしてもすぐに直っちゃうんだもん。

 魔法属性の切り替えには、どうしても時間がかかるから・・・」

「時間がかかるって言っても、(まばた)きより、短い時間だろ?」

「アルフなら、瞬きする間に、何撃入れられる?」

「得物次第だけど・・・」

 片手で指折りつつ、折り返して七本目を数えて止まる。

「ほらぁ、やっぱりズルいよ。」

「ズルいって何だよ。」

 色気のまったくない会話を続ける二人を、ヨンネとマーバは苦笑いを交わしつつ見守っていたが、不意にマーバは、わずかに真面目な表情を帯びて、

「うむ、ぼちぼち頃合かな?」

「えっ?何です?」

「いや、そろそろお前たちも人の世界に戻ってみる頃合かなと思ってな。」

 一瞬、意味が分からず、しかし、すぐにその言葉の意図を理解すると、アルフはデラをみやった。

「それって・・・」

「アルフもデラも、たいがいの魔物には負けないだけの力をつけてきた。

 だが、本当に恐ろしいのは魔物じゃない。

 あ、いや、ある意味では魔物以上に魔物らしい生き物なのかもな、人間ってヤツは。」

「?」

 不徳要領という態の二人に、

「まぁ、そんなに堅苦しく考えなくてもいいさ。

 しばらくの間、人の町に住んで、人の暮らしになじめるようにしようってね。

 いずれ、あんたたちは人の中に戻るかもしれないし。」

「えっ?」

 泣きそうな顔をするデラだが、

「そもそもあんたたちが強くなったのは、何のためだと思う?」

「自分の身を、守るため?」

「それもあるけど、一番大事なことは、あんたが大切に思っているものを、ちゃんと守れるようになることなんじゃないかな?」

「大切なもの?」

 我知らず、デラとアルフは互いの顔をみやった。

 そんな二人の姿を見守りつつ、マーバは語り続ける。

「人間てのは欲深いもんさ。

 一つの欲が満たされても、すぐにもっと大きな欲を求めるようになる。

 一人ひとりの小さな欲が集まって、とんでもなく大きな化け物に育ったりもする。

 魔力とか腕力がどんなに強くても、果てしない人の欲望に、呆気なく飲み込まれてしまうことすらある。」

「それじゃ、オレたちが今までやってきたことの意味は?」

「意味があるかどうかは、自分自身で決めることさ。

 まぁ、少なくとも、相手が魔法や暴力にモノを言わせようとしても、そうそう負けはしないぐらいにはなっているはずだがね。」

「あ、でも、あたしらも含めて、魔法も剣も当面は慎重に使うこと。

 もちろん、他に選択の余地がなければ、自重する意味はないけど。」

「オレは、どうすればいい?」

 口を挟んできたのは、ウルガだ。

 もともと魔狼としても突出した能力を持ち合わせていたウルガだったが、数年の鍛錬を経て、格段に錬度を上げており、近隣の森林地帯では、まともに戦える生き物など見当たらない程だった。

「そうだねぇ。」

 思案顔のヨンネが、ウルガの首の後ろを撫でる。

 ゴロゴロと、喉を鳴らすウルガ。

 ちなみに、ヨンネは魔法を介在しない、単純な体力勝負でも、ウルガに勝る。

 遠距離攻撃中心で、本来であれば近接戦が不得手のエルフがここまでに至る鍛錬とはどのようなものかと考えただけで、ウルガはヨンネに畏敬の念を覚えるのだった。

「戦闘能力という意味では、すでにオヤジ様より上だと思うけど、ウルガの力は、もっともっと高みを目指せると思うんだよねぇ。」

 ヨンネは、ウルガの顔を両手で挟んで俯かせ、おでこ同士をくっつけるようにする。

「!」

 ヨンネの体から滲み出した光が、ウルガの体全体を包み込んでいく。

 程なく、光が消えた後には、見慣れたウルガの姿は、そこにはなかった。

 いや、ヨンネの腕の中に、子犬程のサイズに小さくなった、ウルガの姿があった。

「か、かわいい・・・」

 デラが手を伸ばし、ヨンネの腕から小ウルガをひったくる。

「これは・・・」

 つぶやくウルガの声は、子犬のように愛らしい。

「アヴェナの呪いに、少し手を加えてみたわ。

 身体が大きいと、どうしてもそれに頼った闘い方をしてしまうし、何より、自分よりずっと大きな相手とどう戦っていくか、それが身につけられれば、今よりずっと強くなれると思う。」

「なるほど・・・

 それに、随分と力も制限されているようだ。」

「つまり、今の大きさで強くなれれば、元の大きさに戻った時には、もっと強くなれると。」

 アルフが言うのに、ヨンネは頷いた。

「まぁ、折角なんで、ウルガにも、人の世界を見てもらいたいかなと思ってね。

 ウルガが狼の世界に戻っても、むやみやたらに人間と敵対するようになるとは思えないけど、知らないが故の無用の争いは避けたいしね。」

 いつの間にかウルガを取り返したヨンネは、グリグリとウルガの頭に頬ずりしている。

 最初はそれなりに抵抗する素振りを見せていたウルガだが、今はもう、なすがままだ。

「元の大きさに戻りたい時には、どうしたらいい?」

 ヨンネの腕の中で、尋ねるウルガ。

「必要な時には戻れるし、大きくなった時にも、意識を集中すれば小さくなれるようにしてあるわ。

 ただし、魔力はそれなりに消費するから、あまり無茶な使い方はしないでね。」

「ふむ、なるほど。」

 子犬然とした姿なだけに、妙に賢しげに感じられるウルガの言葉であった。

「あたしたちは、何もしなくていいの?」

 デラが尋ねる。

 ヨンネの膝の上で毛づくろいされているウルガの尻尾を弄んでいる。

「それも考えたんだが、むしろお前たちには、自分の意思での力の制御を、しっかりやってもらいたいと思ってな。」

 いつの間にか忍び寄っていたのか、マーバが流れるような動作でウルガを強奪する。

「小さな力を、思うままに動かすことは難しくはない。

 心に余裕があるからな。

 しかし、大きな力を行使している時に、うまく使いこなすのは難しい。

 力を出すことだけに集中してしまうと、制御が疎かになるからだ。

 意識が分散すると、本来、さほど難しくはないことですら、うまくできなくなったりする。

 これは、魔法でも剣術でも、同様だ。」

「もっとも、今のあんたたちが本気で全力出すと、町の一つや二つは消し飛んじまうからね。

 だから、あんたたちの場合、いかに余計な被害を出さずに目的を達することができるかってことになるのかな?」

「必要以上の力を出さないように、うまく加減ができるようにってことか。」

「できれば、あまり血を流すことのないようにと願っているが、考えに考え抜いた結果、他に選択できる手段がないと言うなら、全力で自分の身だけは守っておくれ。

 なに、命がありさえすれば、やり直しは何度でもできるんだから。」

 せっかく真面目な顔をしているマーバだが、その手はウルガの腹の毛を嬲っている。

「それで、つまるところ、どこに向かうの?」

「南方の砂漠地帯のオアシスに、リンゴールという街がある。

 王国からは少し遠いが、魔物と人が、入り混じって暮らしてるんだ。」

「魔物と人が?」

「大きな街じゃ、ないみたいだな。」

「ご明察。

 まぁ、辺境のさらに外れの方だからね。」

「そこで、オレたちは何をすればいい?」

「う~ん、それなんだけど、行ってみないと何とも言えないんだよねぇ。」

 苦笑いのヨンネに、

「行き当たりばったりということか。」

「あ、その言い方、傷つくなぁ。」

「とりあえずは、魔物退治の依頼を受けたりして、後はなるようになるかなと。」

「やっぱり、行き当たりばったりなのね。」

「リンゴールは砂漠の交易拠点だが、それ故に隣接の大国の干渉も受けることがある。

 もしかすると、きな臭い争いに巻き込まれる可能性もあるかもな。」

「どっちの味方もしたくないなぁ。」

「まぁ、最悪、逃げ出す手もあるしな。

 で、出発はいつですか?」

「何か気になることとかあるなら日延べしてもいいが、何もないなら明日出発して、あとはゆるりと南に向かおうと思っている。」

「あたしは別に、いつでもいいけど、あんたたちは?」

「オレは大丈夫です。」

「右にならえ。」

「みなが良ければ、オレはいつでも。」

 こうして、四名と一頭は、砂漠の街へと出発することになった。




 ヨンネの、デラに対する指導は、手本を見せ、真似させることに尽きる。

 ヨンネを姉のように慕うデラにとっては、それは苦しかったり辛かったりすることではなく、むしろ、何の束縛もなく、自由に野外を走り回れることを楽しんですらいた。

 一方、マーバの指導は、とにかく実践重視である。

 剣技の修練も程ほどに、魔物を見つけては戦う、戦う、戦う、戦う、戦う・・・

 剣が折れれば素手で、あるいは魔法で、倒しきってもよし、撃退してもよし、最悪、逃げて生き延びれればよしということで、毎日疲労で倒れるまで、鍛錬は続いた。

 デラが四年、アルフが二年の鍛錬を経た時点で、アルフはすでに、王国騎士以上の強さに至っていた。

 特に、ここ半年程は、まともに闘える魔物もいなくなってしまったため、他の三人と一頭を相手にして、模擬戦で一日が明け暮れるような毎日を過ごしていた。

 一方デラは、そこそこ体力がついた時点で、魔法主体の鍛錬に移行している。

 長寿のエルフ故に長らく蓄積され続けてきた魔法の知識を、ヨンネは惜しむことなくデラに伝授していった。

 片やマーバも、オーガにしては長い年月を過ごしてきた身である。

 剣技、弓技に加え、戦斧ハルバードや弩、短剣に槍など、個人が携帯できる武器には一通り通じており、アルフはそれらへの対処を創意工夫し、マーバ自身も、それらの武具の新しい、効果的な使い方などを模索していた。

 砂漠への旅の途上にある現在は、鍛錬ではなく、散策がてらにゆるゆるとした道行きとなっていたものの、夕方ともなると、皆がその日集めてきた食材を持ち寄ってのお茶会が恒例となっていた。

 エルフのヨンネは、蜂の巣からその一部を拝借したりするし、デラはハーブを収集していて、毎日違うブレンドを試している。

 マーバも、どこから調達してくるものか、珍しい木の実や果物を持ってきては、アルフに味見をさせている。

 小さくなったウルガは、その分感覚が鋭くなっているらしく、普通なら見つからないような場所に生えている木の実などを探知することができた。

 女性陣やウルガが進んで食材の準備をしてくれるお陰で、アルフとしては火を沸かすくらいしか仕事がないのだった。

 デラが言うには、「アルフがいるところに戻ってくるのがいいんだよ。」とのことなのだが、それなら目印でも立てておけばいい話じゃないかと思う、無粋なアルフである。

 程よく火勢が強まってきたので、火熾(ひおこ)しという、アルフの当面の唯一の仕事さえ終わってしまっていた。

 パチパチと爆ぜる音に耳を澄ませていると、視界いっぱいに炎が広がって、ほのかな熱に包まれているような気がしてくる。

 揺らいでゆく視界の先には、なぜか、ヒゲ面のおっさんの姿が・・・

「誰だッ!」

 ハッとしてアルフは、手近の枝を手に取って構える。

 だが、その時にはその者は、すでに焚き火の直前にまで至っていた。

「大丈夫、大丈夫。

 何も悪さはせんよ、お若いの。」

 (なだ)めるように、穏やかにそう語りつつ、焚き火を挟んでアルフの対面に腰を下ろしてあぐらをかく。

 両手を開いて見せ、武器を手にしていないことを明示するも、それでもなお、警戒の気配を解いていないアルフに、

「ドワーフを見るのは、初めてかね?」

 そう言いつつ、背嚢(はいのう)から鍋を取り出し、火にかける。

 腰に下げていた水筒の水を鍋に注ぎながら、

「お前さんを取って喰おうというなら、こんなまだるっこしい手は使わんさ。

 それに、そもそもワシには、お前さんと敵対しようという理由がない。」

 ドワーフの言葉に、まだ納得していないような顔のアルフではあったが、

「オレはアルフ。

 剣の修行中の身の上です。」

「ほう、先に名乗られたなら、こちらも礼を返さねばなるまい。

 ワシは・・・」

 続く言葉は、エルフの形をした閃光によって遮られた。

「ザラスのおっちゃん!」

 ドン!と音をたてて、ドワーフの胸に飛び込むヨンネ。

 ドワーフの象徴でもある豊かなひげに、顔を埋める。

「よくもまぁ、そんな不潔そうなヒゲに触れるもんだね。」

 憎まれ口を叩く、マーバの声が降ってくる。

 少し遅れて、デラとウルガもやってきた。

 あっけに取られるアルフに、

「見ての通りのドワーフだが、あたしらとは古い馴染みでね。

 ちなみにこのおっさん、ヴェナの旦那なんだ。」

「!」

 アルフとデラが、びっくり眼でザラスを見つめる。

「まさに、美女と野獣というところさの。」

 ザラスはそう言い、器用に片目を瞑って見せた。

「で、おっさんはこんなところで何をやってるんだい?」

「そうさの・・・そういう、お前さん方は?」

 持って生まれた性分なものか、ザラスは一行と長らく一緒に旅してきたかのように寛いだ雰囲気をまとっており、それに釣られて、アルフの警戒心も速やかに緩んでいった。

「わたしたち、砂漠の街に行くのよ!」

 人見知りなはずのデラが、予想外の気安さで応えた。

「砂漠か。

 それも悪くはないな。」

「悪くないって・・・だいたい、どこに行こうとしてたんだよ?」

 あきれたようなマーバの言いように、

「うむ。

 大地に騒がしい雰囲気が漂っていたものでな、その根源を辿って、ゆるりと旅をしておったところに、懐かしげな気配を感じたというわけだ。」

「てことは、要は退屈過ぎてヒマを持て余してるから、うちらの旅に付き合わせろと。」

「ついでに、お前らが今育てておる、弟子たちの按配はどうかと思ってな。」

「あぁ、それもいいか。

 せっかくだから、少し手合わせしてもらおうかね。

 まずは、誰からにするかな?」

「はいはぁ~い!」

 手を挙げて応えるデラに、

「ほぅ、お嬢ちゃんが最初かい?

 名前は?」

「デラで~す。」

「デラお嬢ちゃんか。

 得意技は?」

「えっと・・・なんだろ?」

「得意技ねぇ。

 敢えて言うなら、とび蹴りかな。」

「うん、そうかな?」

「デラは、無手を前提に鍛えてるからね。」

「それだけの魔力がありながら、組み手を得手とするか・・・」

 自分の顎鬚を撫でながら、うんうんと頷く様子のザラス。

「そう言うおっちゃんは、何が得意?」

 ザラスの膝の上に居座るヨンネの様子で、すっかり気を許しているのか、デラは臆することなしに尋ねる。

「そうさの・・・

 まぁ、一番馴染んでいる得物はコイツかの。」

 ザラスは、背中に背負った戦斧を差し出す。

「うわぁ、すごい年季モノだぁ。」

 受け取ったデラは、その表面を撫ぜる。

 デラの手の動きに呼応するように、微かに光を帯びる様子に、

「火属性の攻撃力向上に、敵魔力吸収付きかぁ。

 確かに、ドワーフ向けの武具だよね。」

 そう言って、ザラスに返す。

「デラお嬢ちゃんなら、どう攻略するかね?」

「う~ん。

 魔力吸収は確かに厄介だけど、発動条件は?」

「所持者の魔力が減ってくると、自動発動する。」

「それなら、物理攻撃主体の方がいいのかなぁ。

 『魔気』にも反応するの?」

「もちろん。

 ただし、魔力吸収量については、コイツ自身の上限があってな。

 つまり、運用上のコツとしては、程よく魔力が溜まったら、適度に吐き出してやった方が、効率はいい。」

「そうか。

 先に水系の魔法で一撃受けさせといて、魔法の連撃で反撃させないという手もありか・・・」

 考え込むデラを、ザラスは孫のように優しく見守る。

「さて、そろそろいい頃合だ。」

 ザラスは鍋に黒い粉をざっと放り込み、その間に小ぶりの腕を人数分取り出す。

 ついで鍋を持ち上げ、濃し布を通して、少しずつ腕に注いでいった。

「ふむ。これはまた、変わった香りだ。」

「南方の孤島で取れたという豆を、幾ばくか、手に入れたのでな。

 ちょうど昨日、まとめて焙煎したところだ。

 苦味が不得手なら、乾燥した果物や、黒砂糖も用意してあるぞ。」

 マーバは一口飲むなり、黒砂糖をたっぷり腕に入れた。

 ヨンネは黒砂糖なしで、ちびちびと飲んでいる。

 アルフも最初は苦味に閉口したものの、少しすると慣れ、ほのかな酸味さえ味わうようになった。

 デラは、果物と苦味を交互に味わっているらしい。

「ふむ、香りは悪くないが、オレにはまだまだ熱いな。」

 ウルガは腕を前に、お預け状態だ。

「お前さんには、こちらの方が良かったか。」

 言って、差し出したのは、大振りな動物の骨だった。

「昨日しとめた火熊の骨だ。

 骨細工の得意な知り合いに渡そうと思っておったが、なに、本数は充分以上あるでな。」

「ふむ。

 厚みといい、長さといい、かなりの上物だ。」

 満足げに頷くと、ウルガは端の方からカリカリかじり始める。

 キバを剥いて骨をしゃぶっていても、野性味よりも可愛さが先行する姿だった。

「骨って、おいしいのかなぁ。」

 デラが、ウルガの背中を撫でつつ呟く。

「骨の髄の部分なら、面白い味がするぞ。

 まぁ、正直言って、好事家向けな風味ではあるがの。」

「ふぅん。」

 言いだしっぺの割には、デラは興味津々という程ではないようだ。

 ウルガはと言うと、無心に骨と戯れている。

 その本性が、種族随一の体躯と力に優れる魔狼の長候補とはとても思えない、愛らしい姿だった。

「さて、ぼちぼち始めようかね。」

 そう言って、最初に立ち上がったのはヨンネ。

「得物は・・・とりあえず無しで参ろうか。」

 すっかり緩んだ雰囲気のまま、ザラスが立つ。

「あ、そうだった。

 じゃ、行くね。」

 デラが、ザラスの後を追う。

「一応、審判は必要か。」

 呟き、マーバも続く。

「それじゃ、うちらは特等席で。」

 ヨンネは飛び上がって、手ごろな木の枝に腰を下ろす。

 アルフはその木の根元付近に立ち、ウルガはアルフの肩に飛び乗った。

 丘陵地帯の中、そこだけ広場のように開けた草むらの中央付近に、ドワーフと人間の子供が対峙する。

「二人とも、準備はいいかい?」

 尋ねるマーバだが、ザラスとデラの返事はない。

 互いに、どう最初の一撃を相手に与えるか、思案に集中しているようだ。

「それじゃ、好きに始めな。」

 投げやりなマーバの言葉が終わるか終わらないかのうちに、動いたのはデラ。

 ブンと、音をたててデラの蹴りが空を切る。

 トンと、デラの足首にザラスの手が添えられると、デラの小さな身体はキリキリ舞いをして蒼穹に飛んでゆく。

「ハッ!」

 デラは四肢を広げ、空中で踏ん張り、回転を止める。

 すかさず、ザラスの身体がデラに迫る。

 敢えてザラスの頭突きを、胸の前で受け止め、力を受け流す。

 クルクルと空中で廻りながら、ザラスの太い腕に抱きつき、両足でザラスの首を締め付ける。

(うわっ、エゲツない攻めをするなぁ。)

 体術を教えた当のヨンネが顔をしかめる、デラのやり口だ。

(ふむ、容赦ない、いい攻めだな。

 しかし・・・むんッ!)

 ザラスは首を膨らませると、難なく首を抜き、今度はデラの頭を、後ろから膝で挟みつける。

 ギリっと、デラの頭蓋が軋む音がする。

(負けるもんかッ!)

 フンッと、気合を入れると、デラの頭がわずかにふくらみ、ザラスの足をほんの少し、押し戻した。

 膝の戒めが緩んだ隙に、デラは頭を抜き、ザラスの両足に抱きつくようにする。

「なんとッ!」

 さしものザラスも身動きとれず、その間に二人の身体は大地に迫る。

「絶対、離さないッ!」

「むむッ!抜けんッ!」

 錐揉み状態のまま、ズドンッ!と鈍い音をたてて、二人の身体は草むらの中に落ちた。

「お~い、息してるかぁ?」

 のんびりと、声をかけるマーバ。

「は~い、息してまぁす。」

 右手を挙げて、応えるデラ。

「ふぅ。

 酷い目にあったのぅ。」

 頭から地面にめり込んでいたザラスが、何事もなかったかのように起き上がる。

 ふんッと、鼻に詰まっていた土を、勢い良く吹きとばす。

「しかし、確かにこれは掘り出しもんだ。」

 デラの方を見やって、ニヤリと笑う。

「ほりだしもの?」

 不思議そうな表情のデラに、

「大したモンだって言ってるんだよ。」

 マーバもまた、上品とは言いがたい笑みを浮かべていた。

「いやしかし、幼子の身で、ここまで技を極めているとは・・・」

 ザラスは真顔で、身体のあちこちに残る痣を確かめていた。

 自動発動する治癒魔法により、すでに行動に支障が出ない程度には回復しているものの、そもそも、人間の子供が、ザラスの頑強な肉体に、幾ばくかの損傷を与えられたことこそが、驚きであった。

「いつも一緒にいるあたしらとしては、普段通りという感じなんだけどね。」

 応えるマーバの視線の先では、アルフとウルガが、ザラス対策の案をデラと相談しているところだ。

「ふむ。

 あれ程の手練れとあれば、本来の姿に戻るべきであろうな。」

 ウルガが自分自身に語りかけるようにつぶやくと、次の瞬間には凛々しい狼の成獣の姿に戻っていた。

「ほう、その姿は・・・

 そうか、そう言えば、オルガ殿のセガレじゃったな。」

「父を、ご存知か?」

「ご存知も何も、ザラスはオルガの師匠だぜ。」

 マーバの返事に、ウルガは目を丸くする。

 長らく他種族と一緒に過ごしているせいか、あまり表情を表に出さない魔狼族にしては、ウルガの表情は豊かであった。

「まぁ、師匠というよりは、戦友と言うべきであろうかの。

 ワシが今使っている戦斧も、オルガとともに戦っていた頃から使っているものだ。」

「戦うって、誰と?」

 何気に尋ねたデラの問いに、しかし、ザラスは即答せずに、ヨンネの表情を窺った。

 わずかに憂いを帯びたヨンネが、少し間を置いて口を開く。

「昔の話さ。

 まぁ、いずれ話す機会もあるだろうさ。」

 結局、その話題は、それきりでお終いとなった。

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