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十二章 リンゴール武闘大会Ⅳ

「そうか、君もヨンネの弟子か。」

 穏やかに語るユーゼンに、

「わたしがって言うか、わたし達がって言うか・・・

 どしたの?」

 苦虫(にがむし)を噛み潰したような表情のアルフに、怪訝(けげん)げな表情のデラ。

「彼は、僕が嫌いみたいだよ。」

「そなの?」

「なんで、あなたがここにいるんですか?」

 市内の食堂はどこも混み合っているので、祭りの期間中は露店を巡るか、ビエナの家でゆったり過ごすかのどちらかだったアルフとデラである。

 今日の午後は決勝戦が控えているので、後者を選択した結果が、これだ。

「たまたまって言ったら、君は信じてくれるのかな?」

「返事が分かりきった質問は、時間の無駄だと思いますが。」

「そんなことはないと思うがね。」

 と、不意にユーゼンは表情を改め、デラの小さな手を取り、

「デラさん、僕と結婚してくれませんか?」

「な、何をいきなり?」

 狼狽(ろうばい)するアルフと対照に、言われた当人のデラは、きょとんとしている。

「それは・・・わたしに、貴方の子供を産んで欲しいと?」

「デラはまだ、十になったばかりですよ!」

「もちろん、いますぐ君と寝所を共にしたいというわけではないが・・・まぁ、それも悪くはないかな。」

「勇者の子供かぁ・・・」

 まんざらでもないというデラの表情に、ユーゼンは微笑を浮かべたまま、握ったデラの手の甲を撫でている。

「デラ、お前、本気なのか?」

「王国最強の勇者の子供って、どんだけ強い?」

「!?」

「ぷッ!」

 ユーゼンが、たまらず噴き出す。

 それだけにとどまらず、腹を抱えて笑い転げる。

 固まっていたアルフが、顔を真っ赤にしている。

「なんか、面白いこと言ったかな?」

「デラ・・・いや、なんでもないよ。」

 ぐったりして、テーブルに突っ伏すアルフに、

「アル、具合悪い?」

「いや、そうじゃないけど。」

 すると、一人ウケまくっていたユーゼンが、改めてデラの手を口元に引き付けると、そっと手の甲に口付けた。

「さっきまでは冗談だったが、今度は本当に君を奪いたくなってきた。」

「ん~

 でも、今は困るかな?」

「?」

「だってわたし、最初はアルって決めてるから。」

「げふッ!」

「なんと!」

 思わず噴き出すアルフと、大仰(おおぎょう)に驚いた顔をしてみせるユーゼン。

「お前、何を?」

「だって、アルフとは魔力の馴染みもいいし、わたしとアルフの子供だったら、鍛えがいがあると思うんだ。」

「いや、それは・・・」

「二番目でもいいなら、あなたが相手でもいいよ!」

 キラキラと瞳を輝かせて語るデラに、思わず、アルフとユーゼンは顔を見合わせる。

「二番手というのは少々(しゃく)な話だが、それでも、僕は構わないですよ。」

「いやいやいや、勝手に話を進めないでくださいよ!」

「アルは、わたしのこと嫌い?」

「そんなことは言ってないじゃないか!」

「女性にここまで言わせたのだから、君は責任を取るべきだな。」

「いったい、何の責任ですか?」

「大丈夫よ、アル。

 あと数年したら、わたしももっと成長して、きっと、アルを満足させてあげられると思う。」

「いや、そういう話じゃなくてだな・・・」

「アルは、わたしの子供が欲しくないの?」

「欲しいに決まってるじゃないか!」

 思わず怒鳴ってしまう、アルフ。

 一瞬、しまったいう顔をしたアルフの胸に、黄金の光が飛び込んでくる。

 胸の中に存在する、小さな温もり。

 それがデラであることに気がつくまでに、数瞬。

「うむ。

 夫二号としては、複雑な心境ではあるが、これはこれで悪い景色でもないな。」

 テーブルに片肘を付いて、ニヤニヤと笑っているユーゼンの声に、アルフは敢えてデラを抱きしめる腕に力を込め、

「あなたにデラはやりませんよ!」

「こんなにも素晴らしい宝物を独り占めとは、君も存外、強欲な男だな。」

「人をモノみたいに言うんじゃない!」

「君だって、彼女以外に素敵な女性がいれば、心惹かれるだろうに。」

「アルにも、そんな人がいるの?」

「いや、えっと・・・」

 アルフの視線が、虚空を彷徨(さまよ)う。

「喜びたまえ、デラさん。

 アルフ君は、ごくごく真っ当に、健全な男子であるようだ。

 これなら、僕が君と一つになる刻が訪れるのも、そう遠い未来ではなさそうだ。」

「アルフの子と、ユーゼンさんの子と、どっちが強い?」

「そうだねぇ、こればかりは、神のみぞ知るというところかな。

 結局のところ、教え方次第だと思うがね。」

「剣士になるなら、ゼルムンドさんに教わった方がいいのかな?」

「そう言えば、ゼルムンド殿は、あの後どちらに?」

「ビエナが再召喚したら、すぐに森に修行に出かけちゃったみたい。

 まだまだ修行が足りないって。」

「ビエナさんと言うのは?」

 ユーゼンが名前を呼ぶのに反応したかのように、彼女はユーゼンの背後に現れた。

「もう、ゼルムンドさんたら。

 家の手伝いを放り出して行ってしまうなんて・・・」

 そう言って、ビエナはお盆に載せた椀と急須をテーブルの上に置いて、お茶を注ぎ始めた。

「これはまた、素敵な女性だ・・・

 あぁ、僕はユーゼン。

 王国では、勇者などと呼ばれています。」

「ゆ、勇者さま?」

 思わず、お盆で顔を隠すようにするビエナに、

「なるほど、こんな素晴らしい女性と昵懇(じっこん)ならば、アルフ君が迷うのも無理はない。」

「な、何の話ですか?」

「そうか~

 アルは、ビエナも好きなんだ~」

「え?え?ええっ?」

 あたふたするビエナに、

「い、いや、なんて言うか・・・」

 この状況を、どう説明したらいいか、うまく思考が働かないアルフである。

「おや、客人が参られておるようじゃな。」

 高い場所から降ってくる声の持ち主は、リザだった。

「ジジは?」

「だぁ。」

 ようやくアルフの膝の上から降りたデラに、ジジがしがみ付く。

「焼きもちを焼いておるのか?ジジは。

 で、こちらは先ほど剣鬼を討ち取った、勇者殿と言うわけじゃな?」

「なんと!

 美しい方だ!」

「ふむ。

 さすがに、勇者と呼ばれるだけのことはあるか。

 力の底が見えぬ者が、何気(なにげ)に四名も揃うておるとはな。」

「リザさんも、どうぞ。」

 ビエナから渡されたお椀に、しばし、リザは目を落とす。

 すべての物を焼き尽くす炎を吐く火龍のクセに、人型になると熱いものは苦手らしい。

「ユーゼンさんは、リザママに会いに来たんだよね?」

 デラの言葉に一瞬、思考を巡らせたユーゼンが、ハッと表情を変えると、

「そうか!

 貴女が、あの・・・」

「さよう、火龍リグザールが、真の姿である。」

「って、大っぴらにして大丈夫なんですか?」

 わずかに声を潜めるユーゼンに、

「わたしがリグザールであることは、この街では周知である故。

 そもそも、お主をわたしに引き合わせるために、ヨンネ殿が呼んだのであろう?」

「やっぱり、師匠の差し金だったんですね?」

 ふたたび、苦い顔をするアルフ。

 だが、それはユーゼンに対してのものではなく、その背後にある者達を脳裏に浮かべてのことのようだ。

「王国出身の騎士殿が、祖国を忌諱(きい)するか?」

 存外に真面目な口調のユーゼンの問いに、

「欲望にかられ、国土を無用な戦火で焼き尽くそうとする者がいるのなら、そいつ等こそが、王国に住まう人々にとっても敵なのでは?」

「ふむ。

 せっかくだから、僕の立ち位置を説明しておこうか。

 学園長から王国に正式な要請があり、単身リンゴールに赴いた・・・というのが、表向きの話。

 祭りの当初は、無用な騒ぎを引き起こさないため、身分は秘匿(ひとく)しておくという約束だった。

 まぁ、ゼルムンド卿のせいで、半日ほど予定は早まりはしたがね。」

 そう言われ、目を伏せるビエナだが、

「君が気に病む必要はないさ。

 わかる人には、その前に気付かれていただろうからね。」

 顔をあげるビエナに、ユーゼンは優しげな笑みを浮かべてみせる。

「王国としては、できればリンゴールと事を構えたくはないのさ。」

「そなの?」

「隣国のミザリス王国に、不穏な動きがあるらしい。

 背後に火種を抱えたまま、ミザリスと戦火を交えたくはないからね。」

「ミザリスが攻めてくるのなら、現時点での確度は?」

 アルフの問いに、ユーゼンは肩を(すく)めて見せ、

「それが分かれば、苦労はないさ。

 ただ、個人的な見立てでは、そう遠くない未来の話だと思っている。」

「ミザリスとイアンバルドは、決して敵対するような間柄ではなかったはず。

 イアンバルドから何か仕掛けたわけではないのなら、ミザリス側に、何らかの状況の変化が?」

「王位が継承されたという話は聞かないが、政治の実権は、もはや王の物ではないらしい。」

「?」

「数年前、ミザリスの王が、新たに魔導師を招聘したそうだ。

 その後、后が亡くなり、失意の王は隠居同然と聞く。

 今は、その魔導師が王国を支配しているということだ。」

「いったい、何者なんですか?」

「詳細は分からん。

 情報収集のため放った間者は、一人を除いて戻っては来なかった。

 そして、戻ってきた一人は、生ける(しかばね)同然となった。」

「良く、そんな状態で戻って来られましたね?」

 何気なく尋ねたアルフに、ユーゼンは感情の消えた瞳を向け、

「僕が迎えに行った時には、すでに虫の息だったよ。

 かろうじて命は繋がれたものの、深い眠りについたまま、目を覚ます兆しもない。」

「それは・・・」

「大事な人なんだね。」

 デラの、ぽつりとこぼした言葉に、ユーゼンは静かに頷いた。

「ここに来たのは、師匠なら、何とかしてくれると思ったから?」

「虫のいい話だとは思っている。

 半ば裏切るように別れた僕が、今さら師匠を頼ろうなんてな。」

「虫のいい話じゃないよ!」

「デラ・・・」

「きっと、師匠は力になってくれるよ!」

 確信に満ちたデラの言葉を否定できる者は、そこにはいなかった。

「そこまで期待されたら、断るワケにはいかないかな。」

「師匠!」

 いつの間に近づいていたのか、デラの肩に、ヨンネの手が置かれていた。

「とりあえず、一つ訂正しておく。

 君はわたしを裏切ったと思ってるようだけど、成長した弟子が自分の道を歩こうとしているのを、裏切りなんて思うわけがないじゃないか。」

「いや、しかし・・・」

「納得できないって言うんなら、それじゃ、君は破門だ。」

「し、師匠?」

 泣きそうな顔をするユーゼンに、ヨンネはニヤリと悪い笑みをして見せて、

「弟子でなくなったんなら、対等の立場の人間同士、改めて友人関係でも構築していこうか。

 それともいっそ、恋人にでもなってみるかい?」

「ダメだよ!

 師匠はあげないよ!」

 それまで二人を見守っていたデラが、傍らに立つヨンネの腰に腕を廻し、ユーゼンを威嚇(いかく)する。

「さすがに相思相愛同士、君たちは二人とも欲張りなんだな。」

 普段の調子を取り戻したものか、軽口を叩きつつ、ユーゼンがデラとアルフを交互に見やる。

「相思相愛って・・・」

「そうそう、二人ともわたしの大事な人なんだから、誰にも渡さないよ!」

 片方の腕でヨンネの腰を抱きつつ、もう一方の腕をアフルの背中に廻すデラ。

 その直後、遠くからゴォーンと、鐘の音が聞こえてきた。

「おや、午後の鐘が鳴ったようだ。」

「そうか、そう言えば、午後は決勝戦か・・・」

 すっかり忘れていたかのように、アルフが言うと、

「恋敵が相手となれば、本気を出さないといけないようだな。」

「お手柔らかに。」




「お手柔らかにと、言ったんだがな。」

 神速の突きを何とかかわしつつ、アルフはぼやいた。

「本気を出すと、言ったはずだがな。」

 連撃になったユーゼンの突きをいなしつつ、アルフは気になっていたことを思い出す。

「そう言えば、ヨンネのことを師匠って呼んでましたよね。」

「それがどうかしたかね?」

 会話をしながらも、剣戟(けんげき)弛緩(しかん)はない。

 常人相手であれば、必殺の一手になりうる攻撃を次々と放ちつつも、交わされる言葉に緊張感は皆無である。

「剣の師匠なら、マーバなのでは?」

「あぁ、そういうことか。」

 ちょうど間合いをとったところだったので、互いに表情が良く見えた。

 試合中ということを忘れさせるような穏やかな笑みで、ユーゼンが剣を握る手を目の高さまで持ち上げる。

 大技の前兆に、アルフもまた剣を握る両手を体の斜め後方で構え、ユーゼンの次の動きを伺う。

「残念ながら、僕の剣技の素質は、魔法ほどではなくてね。」

「えっ?」

 ユーゼンの周囲を、緩やかに風が舞う。

「本格的に剣を学び始めたのは、君ぐらいの年になってからだった。」

 ユーゼンを巡る風の中に、火花が混じる。

 握る長剣の表面が、ほんのり紅く染まってゆく。

「しかし、午前中の試合では・・・」

「あれは、ゼルムンド卿に合わせただけだよ。」

「手を抜いた・・・わけではないですよね?」

「とんでもない。

 魔法を主体としなければ、僕の剣技では、あれで精一杯さ。

 たまさか、相性の問題で僕が勝ちを拾ったけれども、次に相手をしてもらう時には、本来の戦い方でないと、歯が立たないんじゃないかな?」

 そう言いつつ、真っ赤に燃え立つ剣の切っ先を、アルフに向ける。

「ゼルムンドさん級の剣技に、ヨンネ直伝の魔法付与か・・・

 今から降参って、許してくれます?」

「まぁまぁまぁ、せっかくだから、もう少し付き合ってくれたまえよ。

 こんなことを言うと、天狗になっているようでイヤなんだけども、最近は、本気で()りあえる相手がいなくてね。」

「それって・・・

 俺のこと、過大評価してませんか?」

「何を言ってるんだい、君は。

 仮にも僕の恋敵ならば、観念したまえよ。」

「こんな場所で、そんな話はやめてください!」

「僕は、いたって真剣なんだがなッ!」

 その言葉が終わる間際、ユーゼンは武闘台を蹴っていた。

 今までで最速の剣が、アルフに迫る。

「くッ!」

 何とか振り上げたアルフの剣が、ユーゼンの剣を弾き上げる。

「なにッ?」

 方向を転じ、振り下ろされた剣を受け止めようとしたユーゼン。

 アルフの剣をいなすのみで、後方に跳んだユーゼンは、己の剣を見つめている。

 魔法で強靭化(きょうじんか)されたはずの剣の刃が、欠けていた。

「剣技・・・いや、その剣の力か?」

「ええ。

 思ってた以上に、いい仕上がりみたいです。」

「見た目は、普通の剣にしか見えないが・・・」

「装飾までは、手が回らなくて。

 何しろ、今朝打ち上がったばかりなもので。」

「まさかそれは、君が打ったものなのか?」

「時間がなくて、ちょっと詰めきれなくて・・・

 魔法付与の効果を上げられるなら、硬度はもう少し下げてもいいかな?」

 自分の剣を見つめつつ、何やらぶつぶつとつぶやいていたアルフが、不意にユーゼンの方に歩み寄ると、自分の剣の柄を差し出した。

「剣を交換してみませんか?」

「えっ?

 何だって?」

「あなたの方が、この剣の素性を、うまく引き出せると思うんですよ。」

「分かった。

 しかし・・・」

「あぁ、そうか。

 試合中でしたよね。

 でも、武器を交換してはいけないという決まりはなかったはず・・・ですよね?」

「それはそうだが・・・」

 改めて交換した剣を構えなおしたユーゼンが、言葉を途切らす。

「あぁ、補足しときますが、その剣は、必要な時に、必要なだけ魔力を付加してくださいね。

 でないと、際限なく魔力を吸収してしまいます。」

「確かに。」

 素振りをしつつ、魔力を調整するユーゼンを眺めるアルフ。

「君の方は、その剣で問題ないのかな?」

「火と風に特化した魔法剣ですよね?

 ゼルムンドさんが相手の時には、光魔法を強制付加してたようですが。

 俺の魔法力の総量は、あなたに遠く及びませんけど、まぁ、何とか。」

 少し距離をとって、剣を構える二人。

「それでは・・・

 参る!」

 ユーゼンとほぼ同時に、アルフも地を蹴った。

 瞬時に赤熱した剣が、宙に残像を描きつつ、アルフに迫る。

「ていッ!」

 ユーゼンの剣を受け止めつつ、跳ね上げようとするアルフ。

 しかし・・・

「参った!」

 両手を挙げるアルフと、振り下ろした体勢のままのユーゼン。

 灼熱をまとうユーゼンの剣が、武闘台にめり込んでいる。

 アルフの頭上の剣は、刀身の半ばを失っていた。

「あ~参ったなぁ。」

 ポリポリと頭を掻くアルフに、

「これほどとは・・・」

 勇者が付加する魔力に耐えつつ、長らく相棒となっていた長剣を難なく砕き、その余力で武闘台に食い込んだアルフ作の長剣を、感嘆の面持ちで見つめるユーゼン。

「う~ん、まだまだ調整の余地ありですね。」

 余熱を放っている剣に指を滑らせつつ、アルフがつぶやく。

「アルフ君、この剣は・・・」

「やっぱり、あなたの方が相性がいいみたいですね。

 もう少し手を入れたいんで、それが終わったら、是非とも使ってやってください。」

「えっ?

 いいのかい?」

「いいも悪いも・・・

 武器って、使い手を選ぶんですよ。

 どんなにいい剣でも、使い手が凡庸じゃ、その真価は発揮しえない。」

「君の剣が凡庸だとは・・・」

「俺の剣技なんて、あなたと比べたらまだまだですよ。

 だからこそ、いい剣を打って、剣技の不足を補おうと思ってたんですがね。」

 そう言って、自分の手にあるユーゼンの剣の残骸に目を落とすアルフ。

「こっちの剣も、打ち直せばまだ使えますね。」

「それは、本当かい?」

「素性のいい剣なので、廃棄するのはもったいないでしょう。

 二本の剣を使い分け・・・

 いや、いっそ、二本とも使うって言うのはどうです?」

「双剣使いか・・・

 剣鬼殿の真似をしているようで癪だが、悪くない案だ。」

「あなたなら敢えて武装の軽量化の必要もないし、魔力の多重行使が可能なら、手数が増えた方がいいんじゃないですかね?」

「それは、今後のことを見据えてということかな?」

「相手が誰であろうとも、戦力が増えることに損はないと思いますが。」

「それは・・・

 もっともな話だ。」




「さて、どうしたものかな・・・」

 アルフの視線の先にあるのは、テーブルの上に並べられた金塊一本と大金貨五十枚だった。

 金塊はもちろん、デラの拳闘の部の優勝賞金で、大金貨の方は、アルフの剣術の部での準優勝賞金である。

 武闘大会が終わったら、然るべきところに預けておこうと思っていたのだが、その前に増えてしまっていた。

「あれ?

 もしかすると、もっと増える?」

 魔法の部では、すでに準決勝に進んでいるデラだから、大金貨十枚以上の上乗せが確定していた。

「最悪、金塊二本と大金貨五十枚になるわけか。

 ますます、使い道に困るな。」

 旅の生活に慣れたアルフにとって、金塊や貨幣など、荷物が重くなるだけの代物(しろもの)でしかない。

 食料は狩猟や採取で自己調達できたし、衣類など日用品を購入する程度の金銭は、村や町で鍋釜の修繕をすれば容易に手に入った。

 鎧や長剣などといった武具さえ自分の手で鍛えることのできるアルフにしてみれば、金銀財宝なぞ、無用の長物(ちょうぶつ)以外の何物でもない。

「誰かに譲るとしても、相手を選ぶだろうしなぁ。」

 身分不相応な金銭を渡して、身を持ち崩されるようなことがあれば厄介だし、アルフやデラの知り合いなら、そもそも理由のない大金の譲渡は受け付けないと思われる。

「どこかに寄付でもしてしまおうかな。」

 考えているうちに、面倒くさくなってきていた。

 自分で使い道が思い浮かばないのであれば、信頼できる人に託すというのも一つの選択だ。

「あら、みなさん、お出かけですか?」

 背後から声をかけられ、アルフは振り向く。

 ふんわりした雰囲気の女性の姿が、そこにはあった。

「デラとビエナは買い出しですね。

 先生は、どうしてここに?」

「気分転換に、ちょっと。

 何しろ、毎日のように武闘台を壊してくれる困った人たちがいるので。」

「あぁ、それは・・・

 申し訳ありません。」

 頭を下げるアルフだが、すぐに顔を上げると、

「つかぬ事を伺いますが、学園の経営って順調なんでしょうか?」

「経営っていうのは・・・

 お金の収支ってこと?」

「ええ。」

「そうねぇ。

 カツカツって言うか、いつも赤字ギリギリって感じかしら?

 幸い、職員が食べるのに困ってるってことはないけど・・・」

 するとアルフは、金塊と大金貨をビステテューの方に押しやり、

「武闘会の賞金です。

 学園に寄付ってことで、お願いします。」

「えっ?

 でも、それは・・・」

「だいたい、俺たちは賞金目当てで参加してたわけじゃないんで、こんなもの、貰っても邪魔なだけなんですよ。」

「邪魔って、そんな・・・」

 困惑顔のビステテューに、アルフは傍らに立てかけてあった剣を手に取ると、

「この長剣、武器屋に持っていったら、いくらで引き取ってもらえると思います?」

「小金貨で十枚くらい、かしら?」

「それは銘無(なな)しの、数打ちの剣の値段ですね。

 この剣は十日程で仕上げたものなんですが、小金貨二百枚でも引き取ってくれると言われてます。」

「小金貨、二百枚ですって?」

「正直、そこまでの価値があるかって言うと、ちょっと微妙な気もするんですが、そこそこの(めい)付きなら、最低でも小金貨五十枚くらいで、さらに魔法付加可能であれば、その倍くらいが相場だそうです。」

「小金貨二百枚って、わたしのお給料の半年分・・・」

「まぁ、これは自分で使うために打った剣なんで、売り物ではないんですが。

 つまるところ、年に一本も剣を打てば、生活には困らないってことなんです。」

「でも、材料代とか、薪だって、安くないんじゃない?」

「工房を借りる時は、二本に一本はお礼に置いてくようにしてます。

 鉱石と薪の代金を差し引いても、そこそこ儲けは大きいらしいですね。」

「ちなみに、リンゴールに来てから何本の剣を作ったの?」

「そうですね・・・」

 指を折るアルフの仕草が、二十を数えて止まった。

「小金貨、四千枚分?

 いや、半分譲渡なら、二千枚分ですか・・・」

 絶句するビステテューに、

「全部が全部、魔法付加の剣ではないので、儲け分だけなら、ちょうどこの金塊一本分くらいですかね?」

 ビステテューはため息しつつ、

「君はもう、学校なんて行く必要ないんじゃない?

 って言うか、そもそもこんな短期間に、どうやってそんな時間を捻出(ねんしゅつ)したのよ?」

「夕食の後から朝まで、時間は十分にありますよね?」

「それじゃ、いつ寝るの?」

「いつって・・・

 適当な時間に、半刻(はんこく)も目を閉じてれば、事足りますよね?」

 太陽が沈んでいる時間いっぱい、寝床に入っていたいビステテューにとっては、信じられない話だった。

「もしかすると、デラさんもそんな感じ?」

「どうでしょうね?

 さすがに今は、寝床は一緒じゃないんで。」

「そうなのね。

 いつも一緒に過ごしてるんだと思ってたわ。」

 修行の旅の間はともかく、付き合う相手が増えれば、自然と二人で過ごす時間は少なくなる。

 とはいえ、それぞれやりたいことも多いので、これからも二人きりの時間は少なくなる一方なのかもしれない。

 考え込むアルフを見守りつつ、ビステテューは、テーブルの上の大金貨を一枚手に取り、

「寄付の件は、わたしの一存では決められないわ。

 少なくとも、学長には相談しとかないと。

 って言うか、生徒から大金を受け取るって、そもそも誤解を招くような行為じゃない?」

 そう言って、大金貨を元に戻す。

 日常やり取りされる貨幣ではないので、大振りで重量がある。

 年齢の割りに高給取りなビステテューにしても、現物を手にしたのは、何年ぶりの話だったろうか?

「あ、そうか。

 気がつかなくて済みません。」

「そういうところは、年相応よね。

 正直、ホッとするわ。」

「そんなに、迷惑かけてますかね?」

「迷惑というのとは、少し違うと思うけど。

 君たち二人は、嵐みたいだよね。」

「嵐、ですか?」

「圧倒的な力で、常識やらしがらみやら、何もかも壊して進んでゆくけど、その後にはたくさんの新しい芽を生み出してゆく・・・」

「褒められてるのか、非難されているのか、微妙な感じですね。」

「あら、わたしは感謝してるわよ。

 ゴーレム使いとして、新しい可能性を見出すことができたし。

 何より・・・」

 ビステテューがアルフの背後に廻り込み、アルフの肩に両手を置いた。

「あなたと出会えたことが、わたしにとっては、一番の幸いだから・・・」

「えっ?」

 ビステテューの手が滑り、アルフの顔に柔らかな黒髪がかかる。

 熱い吐息が、アルフの頬をくすぐる。

 動けないアルフに、ビステテューは肩を抱きしめる腕に力を込めた。

「えと・・・」

「ご免ね、アルフ君。

 少しの間、このままで・・・」

「あ、いや、俺は別に構わないんですけど・・・」

「先生だけ、ずる~いッ!」

 黄金の弾丸が、アルフ目掛けて飛び込んでくる。

「デラさん?」

 ぷぅと頬を膨らませたデラが、アルフを抱くビステテューを、さらに上から抱きしめようとしている。

「さすがにそれは無理だろ。」

 デラを抱き上げたアルフが、隣の椅子に座らせる。

「先生も、ちょっと落ち着きましょう。」

 毒気(どくけ)を抜かれたビステテューもまた、誘われるままに椅子に腰掛ける。

「アルフったら、モテモテね。」

 テーブルを挟んで、向かいの椅子に腰を下ろす、ビエナ。

「それで、なんでそういう事に?」

 心なしか、ビエナの口調が冷たく感じられる。

「どういうことなんです?」

 悪意というものをほとんど持ったことのないアルフは、ビエナの冷ややかな目線には反応することもなく、ビステテューに尋ねる。

 (うつむ)くビステテューが、しばらくして、ようやく口を開く。

「わたし、男の人と付き合ったことがないのよ。」

「!?」

「父は早くに亡くなってしまってるし、母も体が弱くて、早く仕事ができるようになりたくて、焦ってたら、悪い人たちに騙されて、身売りされそうになっていたところを、校長に助けてもらって・・・

 だから、男の人って苦手で、でも、年下なら大丈夫かもしれないって・・・

 アルフくんは、他人の悪口を言わないし・・・

 勇者さんとの決勝で、あんなにすごい戦いをして、でも、試合の間も、試合が終わってからも、普段通りのアルフくんで・・・

 準優勝おめでとうって言おうと思って、でも、デラがいるなら無理かなって思ってたら、いなくて、そしたらなんか、気持ちが抑えられなくなって・・・」

 つっかえつつ、一気に語り終えたビステテューに、

「う~む。

 恋敵がまた増えたか~」

 腕を組み、苦い顔をしているデラ。

「恋敵って、わたしは、そんなつもりじゃ・・・」

「アルフのこと、嫌いじゃないんだよね?」

「嫌いだなんて。

 でも、わたしは先生だから・・・」

「先生が、生徒に恋しちゃいけないって決まりはないよね?」

「でも、でも・・・」

「アルは、先生のこと好き?」

「俺は、えっと・・・」

「こんなオバちゃんに想われても、気持ち悪いわよね。」

「オバちゃんって言うなら、俺たちの師匠の方が、ずっと・・・」

 そこで、アルフの言葉が途切れた。

「?」

「師匠が、なんだって?」

 アルフの背後から、ひどく優しげなヨンネの声が聞こえてきた。

 アルフの肩に置かれた手が、ミシリと音をたてる。

 どんな強敵と対峙してもほとんど揺らぐことのないアルフの心が、全力で命の危機を訴える。

「アルフを(いじ)めちゃダメだよ!」

 デラが言葉を放つと同時に、解かれる拘束。

 生命の危機は、訪れた時と同様、一瞬で消え去った。

「苛められてなんかないさ、デラ。」

 念のため、ダメ押しをしておくアルフ。

 ヨンネから放たれていた殺気は、もはや残滓(ざんし)もない。

 とはいえ、油断はできない。

 つまるところ、アルフにとってもっとも恐ろしいのは、本気で怒らせてしまった時の、二人の師匠だった。

 幸い、アルフ自身がその怒りの対象になったことはないのだが・・・

(武闘会の決勝まで行ったと言っても、師匠たちは参加してなかったからなぁ。)

 勇者と互角の闘いをしたアルフだが、相変わらず自己評価は限りなく低いままなのだった。

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