十一章 リンゴール武闘大会Ⅲ
それは、リーズドにとって、初めての体験だった。
自分より小さくて素早く、何より腕力に勝る相手との、初めての闘い。
今持てる全力を持ってしてさえも、勝てるかどうか分からない。
生まれて初めて、リーズドは己の『生』を体感していた。
一方、デラにとってそれは、いつものことだった。
圧倒的体格差から繰り出される、様々な攻撃。
それを予測しつつ、回避し、反撃する。
いつもと違うのは、相手が自分を侮ってはいないこと。
リーズドとデラの間に交わされる拳に、手刀に、蹴りに、二人の想いが重ねられていって・・・
「くっ!」
デラの踵落としを回避したリーズドが、思わず膝を付いた。
獣化の限界が近づいていた。
気力は途切れてはいないが、発展途上の身体は、限界が近いことを訴えていた。
(俺の負けか・・・)
切ないほどの悔しみは、充分な鍛錬を積みきれなかった自分自身に向けられていたものだ。
だが、負けの瞬間は、まだ訪れなかった。
かろうじて立ち上がると、デラはそれを待っていたかのように、再び構えた。
自分より幼い少女が、ここまでに至るための鍛錬。
それを想像した時、リーズドは『負けている』と思った。
それと同じくらい、『負けたくない』とも、思った。
自分を見つめるデラの碧い瞳は、そんな自分の心の移ろいさえも、すべて見通しているようで・・・
デラの片手が上がり、手の平を上に向け、クイクイっと、リーズドを誘う。
(待っててくれるんだな。
なら・・・)
今、自分が持てる力のすべてを込めた、一撃を放とう。
呼気を整え、気力を体内に巡らせる。
同様に、魔力を循環させ、更なる身体強化を図る。
肉体の限界を超えた負担に、全身が悲鳴を上げる。
(行くぜッ!)
飛び退る、リーズド。
その足が武闘台の縁にかかった瞬間に反転、つま先を武闘台に突きたてながら、デラに迫る。
デラの身体が沈み、武闘台を蹴る。
縦回転しながら、デラの脳天めがけてリーズドの踵が叩きつけられる。
横回転したデラは、リーズド目掛けて、真っ直ぐに片足を突き出す。
「とりゃッ!」
「ぐぅッ!」
開脚して片足を武闘台に突き立てたデラの、もう一方の足が、リーズドの腹を打つ。
リーズドの踵は、デラの肩で弾かれている。
崩れるリーズドと、さすがにふらつきながらも立つデラと。
ワッと歓声の上がる会場をよそに、デラはリーズドの身体を支えつつ、武闘台に横たえた。
普通の人間なら、いや、並みの獣人族でも、瀕死の重傷確実な衝撃を受けてなお、リーズドは意識を保っていた。
起き上がろうとするリーズドに、
「動かないで!
気の流れを整えるから!」
デラの小さな手の平が、リーズドの鳩尾にあてがわれている。
触れた肌の熱さが、リーズドの腹に染み込んでゆく。
「熱ちぃ・・・」
骨の髄まで突き抜けるようなデラの蹴りにより、暴走状態となっていたリーズドの体内の気の流れが、徐々に普段の状態に戻ってゆく。
「少しの間、我慢して!
もうちょっとで、落ち着くから!」
程なくデラが手を離すのと同時に、リーズドは起き上がった。
その表情は、今まで他人に見せたことがないものだった。
いや、もしかすると、自分自身も知らなかった顔かもしれない。
「完敗だったな。」
「そうでもないよ。」
デラはそう言って、ポンとリーズドの胸板を叩いた。
その時になって初めて、武闘会会場全体が、拍手と歓声に包まれていることに気が付いたリーズドだった。
「いい勝負だったよ!」
フン!と、鼻から息を漏らすデラに、
「そうか?
そうなのかな?」
褒められることに慣れてないリーズドが、ちょっと、居心地悪そうな顔をしている。
「大丈夫、胸張って帰ればいいんだよ!」
そう言うとデラは、ポンとリーズドの肩に飛び乗った。
「お、お前なぁ・・・」
肩に乗るデラの重みを感じつつ、リーズドは仕方なく、そのまま引き上げることにしたのだった。
「拳闘の部、準決勝の二回戦目を開始します。
本戦の勝者と、一回戦目の勝者が、午後の決勝に進み、その勝者が拳闘の部の優勝者となります。
それでは、両者、武闘台にお上りください。」
一回戦目で戦ったデラとリーズドが見守る中、その人は、あくまで優雅な物腰で武闘台への歩みを進めた。
「がんばれ~」
デラが声をかけると、すっと右手を上げて、それに応える。
「今度はどれだけもつかな。」
リーズドの言葉が意味しているのは、相手がどのくらいの時間、台上に立っていられるかということ。
準決勝まで勝ちあがってきた猛者とは言え、それはあくまでリンゴールという辺境の小さな街の中でという話であった。
予想通り、一瞬で戦いは終わった。
リーズドの従兄弟にあたる獣人の青年は、相手に一撃も当てることなく、武闘台に沈んだ。
戦った相手を肩に担ぎ、武闘台から引き上げてくるその人を、デラは両手を広げて出迎えた。
「う~ん、打撲だけのようだけど、念のため全身に治癒魔法をかけとくね。」
デラはそう言って、肩に担がれたままの青年のお尻をバチンと叩いた。
「えっと・・・
あれ?」
目を覚ました青年に、
「見事に負けやがったな、兄貴。」
「やっぱり、負けたのか・・・」
そう言う割りに悔しがっていないのは、
「しかし、どうやって負けたのかすら分からないとは、さすがだよな。」
「話ができるのであれば、自分の足で歩けよう。」
存外に優しげに、青年は地面に下ろされ、その時はじめて青年は、つい先刻戦った相手に担がれていたことに気が付いた。
「あれ?
そうすると、決勝はリザママとかぁ。」
「今回は小回りの効く身体ゆえ、あの時のようにはゆかんぞ。」
言葉遣いはあまり変わっていないものの、人族に近い表情を身に着けるに至ったリザの笑みは、リーズドと従兄弟の心臓を鷲掴みにしていた。
「そっか。
それにこの会場だと、あの戦法は使えないか。」
「腕力では負けるとは思わぬが、格闘術では、そちらに一日の長があるでな。
どのような結果になるかは、正直、わたしにも分からぬ。」
「そだね~
まぁ、とりあえず、ご飯食べようよ。」
「若者たちよ、お主らも、一緒にどうかの?」
「い、いいのかい?」
「ご飯は、大勢の方が楽しいよ!」
デラの呼びかけに異を唱える者など、そこには一人としていなかった。
「それでは、拳闘の部、決勝戦を開始します!
本戦の勝者が、拳闘の部の優勝者となります!
それでは両者、武闘台にお上りください。」
デラとリザが肩を並べて舞踏台上に上がると、会場は今までで一番の歓声に包まれた。
「さて、どっちが勝つと見るね?」
そう言ったのは、マーバ。
「腕力に勝るリザさんと、小回りの効くデラか・・・」
リザの言葉を反芻するアルフだが、
「まぁ、言う程の差はないと思うがね。」
「そうですね。」
武具が使えない状況を想定して、デラやリザに無手での組み手の相手もしてもらっているアルフである。
組み手の印象としては、圧倒的膂力で力押ししてくるリザと、変幻自在の上に手数の多いデラとでは、強さに甲乙付けがたいというところだ。
その上、二人とも人外級の魔法力の持ち主であり、何でもありの真っ向勝負となると、そもそもアルフには勝ち目はない。
アルフが考え込んでいる間にも、デラとリザの戦いは始まっていた。
予想と違い、デラとリザは、武闘台中央で、がっちりと両手を組んでいる。
所謂、力比べの状態だ。
一見すると動きはないが、武闘台への二人のつま先の食い込み具合から、恐ろしい程の力が拮抗している状況が見て取れた。
「力負けして、ないのか・・・」
上から押さえつける体勢の不利を考慮しても、岩をも砕くリザの剛力に対して、いかにも子供子供しているデラがそれに耐えうるなど、アルフにしても驚きだった。
「力が互角とすると、速さはどうかな?」
興味深げな、マーバの言葉に合わせたわけではないだろうに、パッと離れた二人が、ふたたび武闘台中央でぶつかり合う。
懐に潜り込みつつ放たれたデラの抜き手をすべてかわしたリザが蹴り上げた足が、空中で方向を転じてデラを襲う。
それを掻い潜ろうとするデラの脳天を、リザの蹴りが追う。
転がって避けるデラと、それを追う、リザ。
いつしか二人は、笑みを浮かべつつ、戦い続ける。
「マズいな・・・」
実質的に無限の体力を持つ二人が、ほぼ互角勝負のまま、時間ばかりが経過すると・・・
アルフの思念が通じたものか、不意に二人の動きが止まった。
「このままじゃ、埒が明かないわ!」
「うむ、もっともじゃな。」
「どうしよっかなぁ・・・」
周囲を見回したデラが、ふと、何かに気が付いたような表情をすると、
「そうだ!
腕相撲にしよう!」
「腕相撲とな?」
「えっと、腹ばいになってね・・・」
武闘台上にうつ伏せになる、デラとリザ。
魅惑的なリザの足がほとんど丸見えになるが、本人は、まったく気にする素振りもない。
二人の手が組み合わせられ、
「肘を付けたまま、腕を倒すの。
先に手の甲が下に付いた方が、負けだよ。
じゃ、少し練習しようか。」
「片手以外は、使うてはいかんのじゃな?」
「直接干渉しなければ、どういう体勢でも大丈夫だよ。」
組んだ二人の手が、ミシリと鈍い音をたてた。
「ふむ、なるほど。
極めて限られた動作の中で、勝ち負けを決めるということなのだな。」
「身体の大きい人は腕も長いから、普通は不利になるんだけど、リザママの場合は関係ないよね?」
互いの指が、相手の手の甲に食い込んでゆく。
デラは、両方のつま先を武闘台に突き立てた。
リザの空いている方の手の指が、武闘台にめり込んでゆく。
「むん!」
「ううううううう~」
二人の周囲を、ゴウと、音を立てて風が巻く。
目の前で組まれた拳に意識を集中するリザの瞳が、紅く燃える。
デラの聴覚から、武闘会場の喧騒が消えてゆく。
それは、リザも同様のようだ。
互いに、聞こえるのは自分自身と相手の息遣いのみだ。
見詰め合う、蒼と紅の瞳。
拳に込められた力が、さらに高まる。
二人の体の周囲の空気が朧に揺らめき、パチパチと音を立てて雷光が爆ぜる。
「こりゃマズイな・・・」
誰にともなく、アルフはつぶやいた。
「魔法障壁を強化するわ。」
両手を組み、まぶたを閉じて集中するヨンネ。
かすかに、地鳴りのような音が聞こえてくる。
「武闘台が、もたないか?」
うめくようなマーバの声に、アルフは改めてデラとリザの周囲を見やる。
一瞬後、武闘台に亀裂が奔った。
「いかん!」
アルフが飛び出すのと、武闘台が真っ二つに砕けるのと、どちらが早かったろうか?
「デラっ!
リザさんっ!」
アルフの叫びが、デラとリザの意識を貫いた。
飛び退る二人の足元で、武闘台が粉みじんに砕け散る。
「ありゃりゃりゃ・・・」
「済まぬな、アルフ。
少ぅしばかり、熱くなりすぎたようじゃな。」
「勝負はお預けかなぁ。」
「武闘台が、こんな状態じゃな。」
アルフが、ため息がちにぼやいた。
「ビス先生に、悪いことしちゃったかな。」
武闘台の建築には、ビステテューのゴーレム軍団が携わっていた。
「本試合について、審判団による協議の結果、引き分けといたします。
それでは、表彰式を開始しますので、決勝出場の両者とも、表彰台にお集まりください。」
熱気覚めやらぬ会場内に、司会の音声が鳴り響いた。
しばし、ざわめきが支配したものの、やがてそれは、パチパチという拍手に変わっていった。
「引き分けかぁ。
ま、しょうがないっかぁ。
お祭りだし。」
「うむ。
わたしとしては、この体に慣れてきたことが確認できて、良かったがな。」
「まったく、これから武闘台を修復する身になってみてよ。」
ぼやくヨンネに、
「うむ、済まぬな。」
「ごめんなさーい!」
「まぁ、それはさておき、試合は引き分けだったから、二人とも優勝ね。
賞金の方は・・・どうしようかしらね?」
「あ、そんなのがあったっけ。」
「貰えるものなら、遠慮はせぬぞ。」
するとヨンネは、不意にまじめな表情に変わると、
「拳闘の部、優勝者の栄誉を称え、優勝杯を授与します。」
握りこぶしの形が刻まれた優勝杯を、ヨンネはデラに差し出した。
「また、副賞として、純金のインゴット一本を授与する予定でしたが、試合は引き分けとなったため、一本ずつとなります。」
そう言って、ヨンネはリザに一本の金塊を手渡した。
「悪いけど、デラの分は後からね。」
「ほう、悪くはない輝きじゃな。」
「やっぱりドラゴンて、金銀財宝好き?」
デラの質問に、
「お主も、嫌いではなかろう?」
いい笑顔で、リザは応えた。
「金塊なんて、もらったはいいけど、どうしよっか?」
黄金色の輝きを指の上でクルクルと廻しながら、デラがつぶやいた。
「リザママは、どうするの?」
「放っておいても、腐るモノではないのでな。
いずれ、何かの役に立つこともあろう。」
そう言って、胸の谷間から金塊を取り出してみせる。
「使い道は、ちゃんと考えた方がいいな。」
「どゆこと?」
アルフの言葉に、デラが反応する。
「人の世では、財は力となる。
良きにつけ、悪きにつけてもな。」
「う~ん、面倒くさいんだ。」
「人の中で生きるってことは、そういうことだよ。」
「街の外の方が、何かと気楽で良かったよね。」
修行の旅では、原則、自給自足だった二人である。
辺境の村や集落では、物々交換の方が確実だった。
何とか食べるのがやっとというような村人にしてみれば、ひょっとすると一生使う機会のない金貨よりも、獲りたての大型獣の方が、ずっとありがたい。
「師匠たちが学べって言ってたことに、こういうことも、含まれるんじゃないのかな?」
「そうか・・・そだね。」
「急いで使う理由もないし、金貨に換金してもらって、二、三枚手元に残して、あとは商会にでも預けておけばいい。
大金をそのまま持ち歩くのは、あまりいいことじゃないしな。」
「なるほど~」
ほとんど買い物らしいことをしないデラとは対照に、アルフは、知り合いの工房に出入りして、金品のやり取りも日常的に経験していた。
「そう言えば、防具のお金って、どうしてたの?」
思い出したように尋ねるデラに、
「防具の値段を決めるのは、材料費と加工費だ。
材料は自己調達だし、加工も自分でやったからな。」
工房の手伝いをすることで、工房の設備を使わせてもらっているアルフである。
実家が鍛冶屋で、幼い頃から父親の仕事を手伝っていた。
生まれ育った村が魔物の襲撃を受け、天涯孤独の身となっていなければ、今頃は田舎の鍛冶屋で鋤や鍬を拵えていた筈だった。
「それじゃ、金塊はアルに預けとくよ。
アルだったら、いい使い道を考えてくれるだろうし。」
「面倒だからって、丸投げするなよな。」
「丸投げじゃないよ。
アルのこと、信頼してるからだよ。」
「モノは言いようだな。」
ぼやきつつも、アルフはデラが投げてよこした金塊を受け取った。
ちなみに、金塊一本で、おおむね小金貨一千枚相当の価値がある。
相当・・・というのは、金塊の重さが一本ごとに異なるためで、個別に秤で計測した上での貨幣への引き換えになる。
小金貨一枚が大銀貨十枚、あるいは小銀貨百枚、あるいは銅貨千枚に両替することができ、この四種類が、一般に流通している硬貨となる。
金塊と小金貨の間を埋めるように、小金貨十枚分の価値を持つ大金貨もあるのだが、それは主に褒賞や蓄財のためのものであって、庶民の生活には無縁の存在だ。
「まぁ、確かに、金塊一本じゃ、子供には余計すぎる小遣いだよな。
一家族が数年暮らせる金額だ。」
「ふぅん。」
手元から離れたモノには、デラはもはや興味をなくしているようだ。
確かに、今のデラなら、森の中で一人で暮らしていくことはできるだろう。
だが、師匠たちは、敢えて人の町に二人を放り込み、人の暮らしというものを学ばせようとしている。
生き延びること、身を守ることに加え、人と交わることを学習させて、その先に何を目指せというのだろう?
常々抱いてきた疑問を、改めて考えさせられるアルフだった。
「ふぅ、こんなものかな。」
朝の鍛錬を終えたアルフが、ビエナの家に向かいかけた足を止めた。
「隠れてないで、出てきたらどうです?」
ガサリと草むらが揺れて、一人の青年が現れた。
年の頃は、二十代前半というところか。
旅装には不似合いな長剣を腰に差し、自然体の物腰には、不思議と隙らしいものがない。
「さすがは、マーバの仕込みだな。
今すぐにでも、王宮騎士団にスカウトしたいところだが・・・」
そう言って、無造作に腰の剣を抜く。
「まさか・・・」
アルフの言葉は、青年の剣によって両断された。
並みの剣士であれば、上半身と下半身が泣き分かれしていたところだ。
(殺気はないが、殺せる剣だ!)
アルフの頭の中で、カチリと何かが切り替わる音がした。
「ふむ。
状況判断の早さは、悪くはないか。」
先刻と変わらず、殺気をまとわず、微笑みに近いものを顔に貼り付けたまま、連続の突きが、アルフを襲う。
「あんた、タチが悪いな。」
不快感を露わにして、アルフは青年の剣を強く弾く。
剣を通して伝わってくる相手の感情が、ひどく無機質に感じられた。
「性格の悪さは自覚しているさ。」
後退し、距離をとった一瞬の後、青年の剣が光を帯びた。
「さて、どう対応するかね?」
穏やかな口調と裏腹に、一段速さを増した高速の突きが、アルフの喉元を目指す。
横移動で回避すると見せかけ、アルフは前方に足を踏み出した。
「そう来るかッ!」
肩口から体当たりをかませるアルフの勢いを、身を委ねることによって受け止めた青年。
二人の体は、一体となって地面を転がったが、すぐに離れた。
いつの間に取り出したものか、青年の両手には、それぞれ短刀が握られている。
「いててて・・・」
両の前腕部の外側に、決して浅くはない傷が刻まれている。
アルフの全身が仄かに輝き、程なく傷は修復された。
それを待っていたかのように、青年は口を開き、
「実は、ナイフを扱うことも嫌いではなくてね。」
いや、むしろ、そっちの方が本業じゃないのか・・・とアルフは内心思ったものの、言葉には出さず、
「目的は何です?」
「理屈で納得しないと、闘いはしたくないかな?」
「降りかかる火の粉ぐらいは払いますよ。」
すると青年は、ナイフを背中の鞘に格納した。
しかし、アルフはまだ、警戒を解いていない。
「まぁまぁまぁ。
今ここで、君をどうこうするつもりはないよ。」
「今じゃないなら、後でってことですよね?」
「そもそも、殺す気で来てるわけではないんだがね。
まぁ、結果的に相手が死んでしまう可能性は皆無とは言わないが。」
「モノは言いようですね。」
「嘘も方便と言うじゃないか。」
「初対面の相手に切りかかる相手には、何を言っても通じないようですね。」
「剣は嘘を付かない。
君は、そう教えられてはいないかね?」
青年の言葉に、アルフには返す言葉が見つからなかった。
確かに、青年は、アルフを殺すつもりはなかったようだ。
で、あるならば、始めて会った相手の力量を瞬時に見抜き、ギリギリ回避できるであろう攻撃を仕掛けてきたのだとすれば・・・
「程なく君とは、もう少し深く語り合うことになる。
時間はまだ、あるからね。」
そう言いつつ青年は、地面に落ちている双振りの剣の一方を、アルフに向かって放ってよこした。
「それじゃ、また。」
片手を挙げて離れてゆく背中を、無言のままアルフは見送っていた。
「ふぅ。」
緊張の糸が途切れ、思わずその場にへたり込むアルフ。
(あいつは、おそらく・・・)
予想通り、程なくアルフは青年と再会することになる。
「剣術の部、準決勝の二回戦目を開始します。
本戦の勝者と、一回戦目の勝者が、午後の決勝に進み、その勝者が剣術の部の優勝者となります。
それでは両者とも、武闘台にお上りください。」
すっかり聞き慣れた口上と、それに合わせて盛り上がる武闘会場の観客たち。
だが今回、いつもと少し雰囲気が違うのは、武闘台に上った二人の剣士の風体の異様さに起因している。
片や、黒色の分厚い鎧で全身を包み込み、身長に匹敵する程に巨大な双剣を握る剣士。
「ゼルムンドと申す。」
もう一方は、頭頂からすっぽりとマントを被った剣士(?)。
「故あって、今まで正体を秘しておりましたが・・・
ユーゼン・ロワマイト。
かの王国においては、勇者などと呼ばれております。」
翻ったマントの下に現れたものは、鈍い白銀色の軽量鎧。
構える剣は細身だが、仄かに白熱光を帯びている。
「図らずも、因縁の対決となったわけじゃな。」
語り口は穏やかだが、ゼルムンドの佇まいには隙がない。
「十年ぶり・・・くらいになりますかね?
駆け出しの騎士には、いい経験になりました。」
対するユーゼンは構えらしい体勢を取ってはいないが、こちらもどんな攻撃も受け流してしまいそうだ。
「さて、ゆるりと参ろうか。」
言いざま、ゼルムンドの双剣が翻る。
放たれた蒼と紅の閃光が、ユーゼンを目指す。
さほど力が込められてもいないように見える剣の一閃で、その攻撃は弾かれてしまった。
「それじゃ、こちらも一手。」
トンと軽く地面を蹴っただけのようにしか見えなかったのに、武闘場のほとんどの観客には見えない速度でゼルムンドに迫ったユーゼンの剣が、次の瞬間には、武闘台に深い溝を刻んでいた。
無論、ゼルムンドの姿はそこにはなく、ユーゼンをやり過ごし、その背後に剣戟を浴びせる。
いや、浴びせようとした剣は振り返るユーゼンの剣と柄でいなされていた。
並みの人間であれば、瞬時に二人が移動したようにしか見えなかっただろう。
「やっぱり、イヤなヤツだな。」
ポツリとつぶやくアルフに、
「会ったことあるの?」
耳のいいデラが反応するが、
「しかし、剣の腕は本物だ。
問題は、どこまで本気を出すつもりなのかだが・・・」
二人の会話の間にも、闘いは続いていた。
双剣のゼルムンドの方が手数は多いが、変幻自在のユーゼンの剣にうまく捌かれ、威力は殺されているようだ。
息をも付かせぬような剣技の打ち合いの後、不意に二人の動きが停止した。
「さて、準備運動はこのくらいでいいでしょうかね?」
「常住戦陣たるが、騎士の心得。
我はいつでも構わぬ故。」
ゼルムンドの返答を最後まで待たず、ユーゼンは剣を背後に隠すように構えた。
対するゼルムンドは、左腕の蒼い剣を突き出し、右足を引いてユーゼンを待ち受ける。
「あの構えは・・・」
呻くようなアルフのつぶやきが消える前に、二つの光が交錯した。
地を這う軌跡から斜め上に切り上げる白い閃光と、それを真上から叩き落す蒼い閃光が弾け合う。
交錯した二つの鎧が武闘台上で静止し、ゆっくりと崩れ落ちていったのは、黒色の鎧の方だった。
「いい、勝負でした。」
そう言って、片手を挙げるユーゼン。
割れるような歓声が、武闘会場を包み込む。
「次の相手は勇者殿か・・・」
すでに決勝進出を決めていたアルフは、歓声に応えて手を振るユーゼンを、睨むように見つめていた。




