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十章 リンゴール武闘大会Ⅱ

 二日目、剣術の部の予選は、アルフ、ゼルムンド卿が手堅く予選を通過した。

 ちなみにゼルムンド卿は、ウルガやリグザールと同様、縮身の術を使えるようになったため、甲冑さえ(まと)えば、普通の騎士と見た目は変わりない。

 ちなみに、十六番目の本選出場者については、この日も発表はなかった。

 さて、三日目は・・・

「それでは魔法の部、一戦目の予選を開始します。

 お持ちの札を両袖の受け付けに渡して、武闘台にお上りください。」

 一戦目に参加する者、約十名ほど。

 指示にしたがって、武闘台に上っていく。

 拳闘の部と同じく、やはりデラが最年少で最小のようだ。

 もっとも、魔法の部と言うだけあって、筋骨隆々な、いわゆる戦士型の出場者は、一人もいない。

 出場する面々を眺めていたデラが、武闘台の中央にテクテクと歩いていくと、片手の人差し指で天を突いた。

「せっかく魔法士がこれだけ集まったんだもの、一人ずつ魔法が見たいわ!

 そこの人!

 わたしに攻撃してみせてよ!」

「ふむ。

 この場に立つと言うことは、覚悟ありということであろうな。」

 もったいぶったように進み出たのは、いかにも魔法使いという風体の初老の男であった。

 裾を引きずるような長い外套を身にまとい、いかにも使い込まれていそうな長い杖を持っている。

「我が名は、雷撃のウルムリード。

 久方ぶりに下界に下りてみれば、あまたの魔術士もどきが湧いておる。

 まったく、嘆かわしいことよの。」

「わたしはデラ。

 ウルムリードさんは、どんな魔法が得意?」

「雷撃の二つ名にて想像しうる通り、電撃魔法を極めておる。」

「ふぅん。」

 期待に満ちたデラの表情に、自尊心をくすぐられたか、

「されば、我が奥義の一端を知るがよい!」

 そう言うとウルムリードは、杖をかかげ、低い声で詠唱を始める。

 程なくウルムリードの周囲には火花が巻き、パチパチと()ぜる音がしている。

 腕組みしつつ、興味深げにその様子を眺めるデラ。

 しばらくして、徐々に声が大きくなってゆくウルムリードの杖が、不意に翻ると、デラの頭上に向かって突き上げられる。

 同時に、デラの頭上に出現した雷雲から武闘台に向かって、雷の柱が出現した。

 バリバリと大気が震え、武闘台が揺れる。

「ふぅ。」

 疲労困憊という体で、ウルムリードが息をつく。

「うむ?

 いかん、幼な子を吹き飛ばしたかッ?」

 デラの姿が見えないのに気づき、慌てて駆け寄ろうとするウルムリードの身体を、いつの間にか懐に滑り込んでいたデラが止める。

「う~ん。

 魔力量は少なくないはずなのに、無駄が多くて効率が悪い。」

 さわさわとウルムリードの胴体に手を這わせると、不意に人差し指を鳩尾(みぞおち)に突き刺した。

「うぐッ!」

 あまりの痛みに、ウルムリードが悶絶する。

 ちなみに、魔法の部は、武器の使用や魔物の召喚も許可されているのだが、世間一般の認識としては、近接武器の届かない遠距離攻撃こそが、魔法と言うものの醍醐味であろう。

 したがって、ウルムリードがデラの攻撃を避け切れなかったのは、無理からぬことと言えた。

「うぐぐぐ・・・うぬ?」

 不意に痛みが和らぐと同時に、デラが突いた場所を中心に発した熱気が、身体の隅々にまで行き渡ってゆく。

「こ、これは?」

「う~ん。

 なんて言うか、運動不足?」

「なんじゃと?」

 確かに、先刻とは打って変わって、体内に活力が満ち満ちている。

「今なら、詠唱なしでも結構イけると思うよ。」

 その言葉に誘われるように、ウルムリードが杖を振ると、先刻よりもはるかに巨大な稲光が降り注ぐ。

「な、なんと!」

 唖然として逃げることすらできず固まっているウルムリードの杖をひったくると、デラは囁くように、

「武具強化、魔法術強化、雷撃吸収!

 詠唱とほぼ同時にデラの手から離れた杖に、渦を巻いて雷光が吸い込まれていった。

 呆然とするウルムリードに、まだ火花をまとっている杖を無造作に手渡し、

「ずっと大事に使ってきたんだね。

 魔法の馴染みが、すごくいいよ。」

 言われて改めてウルムリードが杖を振ると、あふれ出た魔力が、キラキラと光を放ちながら、大気に溶けてゆく。

「でっかい稲光(いなびかり)も綺麗だけど、ちっちゃい火花も綺麗だよね~」

 生まれては消える火花と戯れるように、クルクルと廻るデラ。

「お主は・・・

 いや、お前様は、いったい・・・」

「ただのデラだよ!」

 素っ気ない言いようだが、突き放す感じはない。

「わしは、いったい、今まで・・・」

 自分の杖に、目を落とすウルムリード。

「ウルムリードさんは、ウルムリードさんでしょ?」

「そうか・・・そうさな。」

 ウルムリードは胸を張って、武闘台から飛び降りた。

「お主の行く末、見届けさせてもらうぞ!」

 その声を合図に、ウルムリードを追いかけるように、ほとんどの者が武闘台から降りてゆく。

 ウルムリードが二回目に放った雷撃でさえ、圧倒的と言える魔力である上に、それを瞬時に吸収したデラの技を間近に見て、戦意を喪失しなかった者はほとんどいない。

「さて、残ってるのは・・・」

 武闘台の上には、誰もいない・・・ように見えた。

 ざわめく客席だが、デラは空中の一点を見つめていた。

隠行(おんぎょう)に空中浮遊、しかも姿勢制御もしっかりしてるし、体術も相当できると見た。」

 すると一瞬、空間が(ゆが)んだように見えると、漆黒軽装の防具に身を包んだ、覆面の男が現れた。

「我が隠行を見破るとは、見事。

 されば、空中に居る必要はあるまいな。」

 ふわりと武闘台に着地すると、瞬時に、その姿が掻き消える。

 同時に、デラは半眼で耳を澄ますような仕草をする。

 ざわめきに満たされた会場の空気にも関わらず、デラの集中力には、いささかの揺らぎもない。

(武闘台上を移動してるのなら・・・)

「火炎輪舞!」

 囁くような詠唱とともに、デラを中心に、円形に火炎が放射される。

「むっ!」

 デラの斜め後ろの火炎が、何かに遮られた。

「そこねッ!」

 無詠唱で、氷弾が放たれる。

「ふ、不覚・・・」

 まともに氷弾を食らった男が、武闘台上に崩れ落ちる。

「大丈夫~?」

 駆け寄るデラだが、男の意識はないようだ。

「さて、他に戦ってくれる人は?」

「うむ。

 お主とまともに戦える者は、恐らくこの場にはおらぬと思うがな。」

 ウルムリード老のその一言で、第一戦目はデラが勝者となったのだった。

 ウルムリード老と肩を並べて戻ってくるデラに、声をかける者がいる。

「今回もマトモに戦わなかったな。」

「そちらの少年は?」

「アルフよ。」

「わしはウルムリード・ブリトーレ。

 見ての通り、老いぼれの魔法使いじゃ。」

「騎士見習いのアルフレンドです。

 デラとは腐れ縁で、長らくつるんでます。」

 まっすぐに差し出すアルフの手を、ウルムリードはしっかりと握り返した。

「騎士見習いということは、剣術の部に参加しておられるのかな?」

「ええ。

 何とか予選は通過できましたけど、ゼルムンドさんもいるし、これからどうなるかは分かりませんね。」

「ふ~ん。

 負ける気ないクセに。」

「人のことは言えないだろ?」

「ゼルムンドとは、不死剣鬼ゼルムンドのことかの?」

「不死剣鬼?

 確かに、ゼルムンドさんは不死者ですが・・・」

「ううむ・・・

 まさか、今生(こんじょう)で、再びまみえるとは・・・」

 厳しい表情のウルムリードに、

「ゼルムンドさんに、何か縁が?」

「我が朋友(ほうゆう)の仇じゃ。」

 吐き捨てるような言いように、

「それは・・・」

仇討(あだう)ちねッ!」

 なぜか、キラキラと瞳を輝かせながら、デラが叫ぶ。

「デラ、お前・・・」

「でも、ゼルムンドさんは明後日の本選があるし、戦うとしたら、大会の後かなぁ。」

「何で仇討ちするのが前提なんだよ。」

 あきれたようなアルフのぼやき声には構わずに、

「それじゃ、このままビエナのところに寄って行こう!」

「仇討ち前の挨拶かよ。」

「ビエナと言うのは?」

「わたしの友達だよ。

 ゼルムンドさんの召喚主。」

「なんと!」

「ビエナは、ネクロエルフなんですよ。」

「なるほど。

 ということは、もはや、(うら)む筋はないということか。」

 召喚主が変わったということは、因縁の相手がすでに存在しないということだ。

 それが分かってしまったため、悔しげな感情を滲ませるウルムリードだが、

「気持ちに筋なんて関係ないよ!

 それにきっと、ゼルムンドさんは受けてくれるよ!」

「またそんな、勝手なことを・・・

 まぁ、ゼルムンドさんはそういう人だとは思うけどな。」

「ふむ。

 相対したことはなかったが、どうやら二つ名から受ける印象とは、違った人物のようじゃな。」

「魔物は召喚者の性格に影響されるって言うもの。

 あ、でも、それだと先代の召喚主って、とんでもなく人でなし・・・」

「まぁ、そうとも言い切れないだろうけどな。

 何か、特別な事情があったのかもしれないし。」

「どんな事情があろうとも、街一つを無残に滅ぼした者に、理があったとは思えんがの。」

 その言葉には、怒りよりも悲しみの色合いが勝っていた。

 無言になった三人が、肩を並べて街路を進んでゆく。




 祭りの余波は、街から少し離れたビエナの家まで押し寄せていた。

 庭一面に広げられたたくさんのテーブルには、この地域ではあまり見られない食材が用いられた様々な料理が並べられて、食客たちの舌を楽しませていた。

 農業も営むビエナの家は、万事広く大きい造りをしていることもあり、街で何か、大きな催し物がある時などは、主に街の外から来る客のため、食事と宿を格安で提供するのが常であった。

 日ごろは知り合い以外には愛想の悪いビエナも、小金(こがね)を落としてくれる客たちには、決して無理しているとも言えない笑顔で応対していた。

 デラの姿を認めると、ビエナは手近な席に一行を誘い、自分も席に付く。

 ちなみにビエナ自身は、魔法の部の、午後からの予選出場組だ。

「ちょっと時間は早いが、昼飯にするか。」

「賛成の、賛成~」

「午後のために、わたしも腹ごしらえしとこうかしら?

 メニューの選択肢は多くはないけど、お蔭様で、量だけはたっぷりあるし。」

 武闘大会の準備運動と称して、デラとアルフとビエナは、森の深い場所に入って、猪や鹿を十数頭、仕留めていた。

 魔物が跋扈(ばっこ)する森ではあるけれども、数で見れば魔力を持たない生き物の方が、はるかに多い。

 ビエナが席を立ったので、デラもそれに続いて露天の厨房に向かう。

「デラには、特製の鍋を用意しているわ。」

「ほんとに?」

 笑顔のビエナだが、実際のところ、大喰らいのデラのために、別途鍋を用意する必要があるという、切実な理由による。

 それを知ってか知らないでか、デラは嬉々として鍋ごと料理を受け取り、食台の上に無造作に置いた。

「う~ん、変わった香りがするね。

 クセがあるけど、悪くない。」

「昨日通りかかった行商人が置いていったの。

 この辺りじゃ見かけないけど、東方では良く使われる野菜だって言ってたわ。」

「ふぅ~ん。」

 どこまでビエナの話を聞いているのか、デラは手早く椀にとりわけ、一同に配ってゆく。

「ほいほいほいっと。」

 一通り行き渡ったことを確認すると、さっそくデラとアルフは食事を始める。

 いかにも美味しそうに椀を空にしてゆく二人を見守りつつ、ビエナは、改めてウルムリード老に向き直り、

「こんなあばら家にいらしていただいたということは、わたしに・・・

 いや、ゼルムンド卿に、何か御用がおありでしょうか?」

「わしは、ウルムリードと申す、一介の魔術士じゃ。

 故あって、果し合いを申し込みたい。」

「果し合い、ですか?」

「左様。

 かつて王宮騎士団に仕えた我が友、ダンツールを(しい)したゼルムンド殿に、仇討ちを申し込みたいのじゃ。」

「仇討ちですか?」

「うむ。

 無体は承知の上であるが・・・」

「我は構わんぞ!」

 二人の会話に割り込んだのは、黒鋼(くろがね)色の甲冑に身を包んだゼルムンド、その人だった。

「貴様は・・・」

 ゼルムンドは、兜を脱いだ。

 兜の下から現れた髑髏(どくろ)に一瞬、怯んだ様子のウルムリードだったが、すぐに立ち直り、

「我が永遠の友、ダンツールの無念、晴らさせてもらおうか。」

「うむ、それは構わんのだが・・・」

 表情のない筈の骸骨の筈なのに、困惑の表情を見て取って、

「ゼルムンド卿は、ダンツールと言う方のことは、覚えていませんか?」

 我ながら、矛盾しているようなことを尋ねていると思うアルフである。

 通常、召喚された魔物は記憶を持たない。

 そもそも、召喚された魔物は、その本能の赴くままに殺戮の限りを尽くすものであり、ゼルムンドのように人格を備え、記憶を持つ存在は稀有と言えた。

「我の記憶は、リグザールに焼かれ、果てた時にいったん途切れ、この地にて召喚された時より再開しておる。

 したがって、先代の召喚士に従っておった時の記憶は残っておらんのじゃ。」

「なるほど~

 記憶が再現されるのは、生きていた時の間だけなんだ。」

 腕を組み、うんうんと頷く仕草をする、デラ。

「先代の召喚者って、ビエナのお爺ちゃんだっけ?」

「ええ。

 でも、召喚したゼルムンドさんの魔法で倒れて、それでわたしが召喚の契約を引き継いだの。

 まだ小さかった頃のことだから、あまりよく覚えていないわ。」

 重い内容の割には、サバサバした言いようのビエナである。

「う~ん・・・

 そうなると、人でなしじゃなくて、能力不足?」

 デラの言葉に、ビエナは苦笑いを浮かべて、

「優しいお爺ちゃんだったから、ゼルムンドさんを召喚して、廻りの人を怖がらせたくなかったのかもしれないわ。」

「優しいお爺ちゃんが、可愛い孫に骸骨騎士を託す・・・か。」

「・・・」

 ビエナの祖父が、どういう気持ちでゼルムンドを孫娘に引き継いだのか、今となっては分からない。

 しかし、ゼルムンドの存在が、今のビエナにとって、かけがえのないものであることは、間違いない。

 召喚者と被召喚者の関係という、単純な言葉に表現できない深い繋がりが、今のゼルムンドとビエナの間には存在していた。

 召喚者であるビエナの穏やかな性格を反映して、老成した雰囲気すら纏っていると言えるゼルムンドに、あるいは、今は亡き祖父の姿を重ね合わせているのかもしれない。

「でも、それはそれ、これはこれ。

 男の勝負に、余計な感情は必要ないわ。」

 なぜか、握り拳に力を込めて力説する、デラ。

「公平に見て、ゼルムンドさんが仇討ちを受けるべき理由は、もはやないとは思いますが、ゼルムンドさんが問題ないなら、大丈夫ですね。

 それじゃ、祭りの最終日の翌日の早朝ということで、いいですかね?」

 対照的に、淡々と処理を進める、アルフ。

「早朝と言うのは、不死者には不利ではないのかね?」

 尋ねるウルムリードに、

「仇討ちとは、必死の覚悟で(かたき)を討ち取りたいよいう意思が発端となるもの。

 それを受けるものの都合で、どうこうするものではなかろう。

 それに・・・」

 ゼルムンドは、まっすぐにウルムリードに身体ごと向き直り、

「友のために命をかけようとする男の想いには、応えなくばなるまいよ。」

 仇の筈のゼルムンドの言葉に、何か熱いものがこみ上げてくるウルムリードだった。




 仇討ちしようとする者と、されようとする者が一つ屋根の下に眠るのはいかがなものかと、当初、ビエナの家への滞在を固辞したウルムリードであったが、デラの熱烈な誘いもあって、祭りの期間中はデラ、アルフとともに、ビエナのところに厄介になることにした。

 そもそもゼルムンド卿は不死者なので、眠る必要はなく、ビエナの家の門の前で、夜を過ごすのが常であった。

 そんなゼルムンドに、

(仇討ちの相手に守られるとは、皮肉なことよの。)

 そう一人ごちるウルムリードには、もはやゼルムンドに対する恨みの念はない。

(そもそも、辺境の村に王宮騎士が赴くという状況が不明な上に、あのゼルムンド殿が、無闇に村人を殺めるなど、ありえようか?

 うむ、伝聞(でんぶん)を鵜呑みに、いらぬ恨みを募らせていたのは、わしの早合点だったかもしれぬ・・・)

 ゼルムンドは、記憶はないと言いつつも、仄かに思い至るところがあるようだ。

 だが、言い訳をすることもなく、ウルムリードの暗い恨みの熱を受け止めてくれようとしている。

 あるいは、ゼルムンドの方に理はあるのかもしれないのだが、それを飲み込んだ上で、ウルムリードと正面から向き合ってくれる。

 考えれば考えるほど、過ちを起こそうとしているのは自分の方ではないかと思う一方で、せっかく得た古強者と相対する機会に、高揚する気持ちを否定することはできなかった。

 デラとアルフの寝息を間近に聞きつつ、やけに目が冴えて何度も寝返りを打つうちに、いつの間にか空が明るくなっている。

「朝だ~!

 ご飯ご飯!」

 デラの陽気な声に、うつらうつらしていたウルムリードは、ハッとして周囲をみやった。

「これから準備するところですから、ゆっくり起きてきても構わないですよ。」

 そう、声をかけてくれたのはアルフだった。

 もっとも、上体を起こしたウルムリードの鼻腔を、卵の焼ける香ばしい香りがくすぐってくれている状況下では、立ち上がらずにはいられなかった。

 庭に出ると、例によって外の厨房では、鉄板の上でアルフが大量の卵を焼いているところだった。

 やはりその匂いに誘われてか、ウルムリード以外の客人も、ぞろぞろと外に出てきて、席についている。

「焼き卵に~、燻製肉に~、パンに~、ぶどう水に~」

 デラが、手際よく皿に食べ物を盛って、みんなに配って歩いている。

 ビエナはと言うと、匂いに釣られてやってきた者たちを、庭の中に誘導していた。

 長らく一人で暮らしてきたウルムリードにしてみれば、名前も知らないような人々に囲まれて食事をするなど、あまり好ましい状況ではなかったはずなのだが、不思議とこの場の居心地は悪くない。

 デラやアルフは、悪く言えば自分本位であるものの、他人の振る舞いや表情も気にかけていて、なおかつ相手によって態度を変えない。

 一方、ビエナやゼルムンドは、もう少し他人に合わせる気持ちはあるようだ。

 元来厭世(えんせい)的な性質で、王宮魔術師時代ですらダンツールぐらいしか友人のいなかったウルムリードが、名前も知らぬ他人に囲まれて食事をするなど、自分自身が信じられないくらいだった。

 いつの間にか給仕も一段落し、デラたちもウルムリードと同じ卓について食事を始めている。

「今日は、拳闘の本戦かぁ。

 どんな相手と戦えるのかなぁ。」

 しまりのない笑みを浮かべながら、恐ろしい速度で食べ物を嚥下(えんか)してゆくデラに、

「今度はちゃんと試合をするんだぞ!」

 そう言い聞かせるアルフは、ゆっくりと咀嚼(そしゃく)しているように見えて、実は、食事が終わってみれば、デラと同じくらいの量を平らげているという大食漢である。

「今までだって、ちゃんと試合してるよ~」

 頬を膨らますデラだが、

「あれは試合じゃなくて、ただの傍若無人(ぼうじゃくぶじん)だよ。

 約束事に反しないからと言って、何をやってもいいわけじゃないだろう?」

「そういうもん?」

「そういうもの。」

 アルフの言葉を反芻(はんすう)した風なデラだったが、すぐに気を取り直して食事を再開していた。

 アルフもそれ以上追及することはなく、こちらも同様に淡々と食べ続ける。

 いつの間にか高さを増した陽光が、食卓に降り注ぐ。

 拳闘の本戦が開始されるのも、程なくのことである。




 結局、これと言って波乱もなく、デラは順調に勝ち上がっていった。

 準決勝に残った四名の中に、リーズドの名前があった。

 一見すると地味とも言えるリーズドの戦いを見守ったアルフとデラは、どちらも笑みを浮かべている。

「あれは・・・

 あれだな。」

「そうだね、あれだね。」

 余人(よじん)には意味不明な会話に、ビエナが疑問を顔に浮かべると、

「リーズドとは、いい勝負になりそうだな。」

「うん、そだね~」

「リーズドって・・・

 そんなに?」

 ビエナの疑問ももっともで、以前のリーズドであれば、少し強い獣人という以上のものは持っていなかったはずである。

 それが、しばらく見かけないと思っていたら、明らかに見違えた。

 元々、潜在能力の高さという意味では、武闘組の中でも抜きん出ていたのだが、逆にそれが、戦士としての成長を阻害していたようだ。

 しかし、今は・・・

「負けるとは思えないが、素直に勝たせてもくれなさそうだな。」

「そんなに?」

「うん、あいつはこれからもっともっと、強くなるよ!」

「元々、獣人族は百人力と言われてるからな。

 単純な力勝負じゃ、勝ち目はないか。」

「でも、魔力による身体強化があれば・・・それでも?」

「おそらく今のリーズドは、身体強化も可能だな。」

「魔力は感じなかったわ。」

「必要ない相手だったからだろ?」

「そういうことか。」

「攻撃力強化に加えて、相手の力量を推し測る目もある。

 大きすぎる相手なら、対格差を逆手に取っての目くらましも使えるが・・・」

「でも、アルフとはいつも、組み手とかしてるんでしょ?」

「アルフはたいがい武器持ちだから。」

「そうだな。

 無手の達人って言うと、ヨンネくらいかな。」

 そう言うアルフであるが、ヨンネがどれ程の達人なのか、実のところ、良く分かっていなかった。

 少なくとも、一つ言えることは、デラやアルフと組み手をする時、ヨンネは全力を出し切ってはいないということ。

 したがって、今の時点でヨンネの実力の底は見えていないということだ。

「いまさら付け焼刃してもしょうがないよ。

 リーズド君が、あたしより強ければ負けるし、弱ければ勝つし。」

「まぁ、そりゃそうだよな。」

 ひどく上機嫌のデラに、こちらもワクワクを隠せないアルフ。

(戦闘好きの気持ちって、永遠に理解できないかもしれない・・・)

 少しだけ、憂鬱な気分になるビエナだった。




「それでは、拳闘の部、準決勝の一戦目を開始します。

 両者、武闘台にお上りください。」

 すっかり馴染みになった音声が場内を駆け巡ると、ズンと会場全体を揺るがすような歓声がわきあがる。

「すんごい声だね~」

 台上に上り、周囲を見渡すデラには、もちろん緊張の色はない。

「あぁ、正直言って、ここまで来れるとは思わなかったぜ。」

 台上の反対側にいるのは、ウワサのリーズド君だった。

 圧倒的なまでの体力を持て余していた頃の粗暴さはどこへ収めてしまったものか、ひどく落ち着いた物腰だ。

「それじゃ、ぼちぼち始めようっか。」

「ああ、よろしく頼むぜ。」

 ほぼ同時に、二人は武闘台を蹴った。

 武闘台のほぼ中央で、片足を蹴り上げるデラと、それを肘で弾くリーズド。

 もう片方の足がリーズドの即頭部を狙うが、身体を沈めてそれをやり過ごす。

 クルクルと廻るデラに、手刀を放つリーズドだが、デラの体は回転したまま下に落ち、武闘台上に這い蹲(はいつくば)り、その手がリーズドの足を掴もうとする・・・が、一瞬速くリーズドは後ろに飛び退いていた。

 と、同時にデラの小さな身体が、リーズドを追う。

 しかし、リーズドは武闘台を蹴って、前方に飛び、そしてデラはそれを回避しなかった。

 ガツン!と、鈍い音がして、デラとリーズドの額が激突する。

「いったぁ~い!」

 真っ赤に腫れた額に、パタパタと手を扇いで風を送るデラと、

「お前、すげー石頭だな!」

 こちらも目の端に涙を滲ませているリーズドだった。

 ドッと、会場を笑い声が包み込んでいく。

「すごい音がしたけど、大丈夫だったかしら?」

 心配そうに尋ねるビエナだが、アルフの返事はない。

 見ると、ひどく真剣な顔つきのアルフの姿が、そこにはあった。

「ビエナ・・・

 二人の勝負、どう決着すると思う?」

「見た感じ、互角に見えるけど・・・」

「この勝負、分からないな。」

「どうして?」

 尋ねるビエナの背後に、不意に人の気配が湧いた。

「し、師匠?」

 反射的に腰の剣に手をかけようとしていたアルフが、剣の柄に指がかかる寸前で、動きを止めた。

「わりい、わりい。

 不肖の弟子同士の勝負に、つい見入っちまってな。」

 そう言いつつ、マーバの視線は、ずっと武闘台に向けられている。

「弟子同士って・・・

 やっぱりあれは、師匠の仕業だったんですね。」

「せっかくの才能を腐らせようとしてたんでな。

 まぁ、もっとも、ほとんどはあいつの努力の賜物(たまもの)さ。

 こっちはほんの少し、手伝っただけさな。」

 と、武闘台上のデラが、マーバに向けて手を振った。

 リーズドの方はと言うと、ペコリと頭を下げて見せた。

 それに応えるように、マーバが立ち上がると、

「準備運動は、それぐらいで充分だろ。

 ここのルールは、獣化もアリだ。

 お互い手加減なんか必要ないから、しっかり戦いな!」

「了解!師匠!」

 握りこぶしを突き上げて返答するデラに対して、リーズドは、うんと頷くと、腰を落として全身に力を込める。

 わさっと、髪が膨らみ、身体が二周りほど大きくなる。

 それと同時に、肌の色がぐっと深みを増す。

「かっこいい・・・」

 思わず見とれたデラに、

「そっちの準備はできてるかい?」

 満面の笑みを浮かべつつ、

「いつでも、大丈夫だよ!」

 と、デラは快活に応えた。

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