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深空の泡  作者: 星名
深空の泡
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静かな夜の帳の中が、慌ただしく動き始める。宮殿の一角が、騒ぎを大きくせぬようにと気を使いながらも、それでも事の大きさに喧騒は大きくなる。

 一報を聞いた王は、跳ね起きた状態のまま、顔を般若のように歪めた。

「丹が逃げただと?」

 猛獣の吠えるような声だ。近衛兵はその気迫に気圧され、返事がか細くなる。

「追え! 全将軍を叩き起こせ! 弟子ともども、生死は問わぬ!」

 命を受けて、英も動き出す。夜明け前の空の中、馬を飛ばした。まだ湿った空気は冷たい。兵は足音を殺して辺りを窺って回る。しかし城壁内に丹と桂の姿はなかった。

「丹様……」

 英は密かにその身を案じた。

「見張りの話から察するに、まだ遠くへは行っていません。城周辺の森を探りましょう」

 部下の提案に、英は頷く。

「どこか、めぼしい場所はあるか」

「こちらです」

 部下は、馬で先導した。

 馬が数騎やってくるのを、丹は木の上から眺めた。

「英将軍だ」

 丹は衡を振り返る。衡は頷くと「後は手筈通りに」と言って姿を消した。

薄暗い中を、白い霞が薄く漂っている。部下に続いて、英は森の中を進んだ。

「英将軍」

 頭上から声がかかる。部下たちは武器を構え、上を向く。ざざ、と葉を揺らす音と共に、英の目の前に丹と桂が現れた。弦月魚が、後に続いてふわりと降りてくる。英はにじりよる部下たちを手で制した。

「丹様。此度の件はうかがっております。……が、お戻り願えませんか。あなたを失っては、瓏の損失です。私たちからも、陛下に今一度助命をお願いします」

 馬を降り、英は丹に歩み寄る。

「ありがとう、英将軍。あんたが手を尽くしてくれているのは聞いている」

 丹は柔らかく笑む。そっと、自身と桂の水球を手に取った。

「あんたを巻き込んですまないが、他に頼める当てがない。二つ、頼まれてくれないか」

「何でしょう」

 英は戸惑いを隠せない。丹は、水球をそっと英の方へ押した。水球はふわふわと漂うように英の元へとつく。そのまま英の傍らに浮かんだ。丹曦が、名残惜しそうな目で丹を見ている。が、丹はそれには応えず、きっぱりと言った。

「その子たちを、菫に渡してほしい。二匹ともだ。それからもう一つ。先日生贄にされた緑雨という男の家族が、臨にいる。無理を言って緑雨を連れてきてしまった。害が及ばないよう、力を貸してほしい」

 承知しました、と戸惑いながらも英は深く頷く。

「丹様は、どうなさるおつもりですか」

「俺は、もうこの国の限界を見た。龍の言葉を曲げる王では、龍と人は繋がれない。俺は自ら、龍の腹へと帰ろうと思う」

 覚悟を決めたような清々しい顔で、丹は言う。

「お止めください!」

 英は叫んで、丹の元へ駆け寄ろうとする。しかしその巨躯は、硬い結界に阻まれた。

「何をするおつもりですか!」

 大きな拳で、結界を叩く。桂が丹の後ろで懐から符を取り出して渡した。丹が何事か唱えると、符はまばゆく輝き、炎に包まれる。ゆらりと目の前が揺れる。英はあっと声を上げた。

「丹様! お止めください!」

 しかし、英の言葉もむなしく、炎はあっという間に燃え上がったかと思うと、二人を包み込んだ。結界の中は、ごうごうと燃え盛る炎で満ちる。

 英は、両の拳で全身の力を込めて叩いた。しかし、結界はびくともしない。部下たちも、めいめい手にした武器で何とか結界の破壊を試みる。しかし、結界はきしみもせず、無駄に時間だけが流れていく。英はついにその拳を止めた。燃える炎の揺らめきを、呆然と見つめる。

「こんなことが……あっていいのか?」

 なぜ、という掠れた声が零れる。

霞の向こうで、丹はその声を聞く。目で促され、桂と共に貔貅の背に乗った。音もなく、貔貅は空へ駆け上る。霞がするすると貔貅へ吸い寄せられていった。後には燃え跡の前に頽れる英と、途方に暮れた部下たちだけが残された。


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