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深空の泡  作者: 星名
深空の泡
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風が吹いている。

強く吹きつけてくる。

雪は解けて久しく、花片が舞い踊っている。

 都の春もまた、美しい。整備された庭には、大ぶりの花をつける木がバランスよく並べられ、計算された絵画のようだった。散った花片は道を埋め尽くし、せわしなく過ぎ去っていく人々に踏みしだかれていく。すると、ふわりと浮き上がっていた花片が、哀しく沈んだ。それは花の理のようにも、豪奢な暮らしを当たり前のように消費しているようにも見え、どちらにしても物悲しくなる。しかしそれを活気溢れる人の声と食欲を刺激する屋台の匂いが、上塗りしていった。道の両脇を埋めるように、青い龍の飾りや絵をつけた出店が並んでいる。焼餅、春巻、とぐろを巻いた龍の焼菓子……どれもこれも美味しそうだ。つい欲望に押され、その匂いに引かれていく。それは大の大人の男であってもだ。

ぷんとよもぎの香りのする草餅を買い求めると、男は傍の少年に一つ渡した。

「どうだ、都の清明祭は」

少年は礼を言って、両手で大きな餅を受け取った。

「こんなに活気に溢れた祭りは初めてです」

そうだろう、と男は満足気に頷いた。冬は雪が深く、寒さから病になりやすい。また新鮮な食物を手に入れづらいことは、人を心細くさせる。そんな冬を乗り越え、春を迎えるのは、年が明けることよりも喜ばしい。その気持ちが、祭りの活気となって現れている。

青嵐(せいらん)、他に必要なものはないか」

 問われて少年は、はいと頷いた。

「こんなによくしていただいて、何とお礼を申し上げたらよいか……」

「はは、何を言うか。困っている者には手を差し伸べる、当然のことをしたまでよ」

 男は、恐縮した肩を叩く。軽く叩いたつもりだったのだろうが、いかにも豪放磊落、と言ったふうな大柄な男の〝軽く〟は、一般的な感覚とはずれていて、青嵐は軽くつんのめった。悪い悪い、と男は頭をかく。しかし青嵐は、どこか心ここにあらずといった様子で、散りゆく花を眺めていた。ちらりと落ちた花が、通行人の裾を滑る。

「お、これは珍しい」

 男の声に、青嵐ははっと前に視線を定めた。青嵐と同じ年頃の少年が、ゆるりと二人に会釈した。柔らかな髪がさらりと揺れる。

()氏の次男坊じゃないか」

「お久しぶりです、(えい)将軍。先の戦では、また大層ご活躍されたそうですね」

「なに、戦なんてものではない。ただの小競り合いだよ。これも龍の徳が及んでこそだ。それから、こいつの」

 英はまた青嵐の肩を叩く。少年の目が、きらきらと輝いた。

「噂は聞き及んでおります。なんでも、馬を御するのが巧みだとか」

「はは、さすがに都は広まるのが早いな。こいつは青嵐という。青嵐、こっちは(れい)だ」

 黎はまたぺこりと頭を下げた。つられて青嵐も首を傾ける。

「宮殿の外に出てくるなんて珍しいな。どうしたんだ」

 黎は目を細めた。

「しばらくはこの景色を見ることもなくなりましょうから。こっそり抜け出してまいりました」

 ああ、と英は納得したように頷いた。ちらりと青嵐を見る。その意図を探ろうと、青嵐はその目を覗き返した。

と、その時。

「猫だ! 白猫だ!」

 悲鳴に似た叫び声が、通りに響き渡る。

細波が立つように、ざわめきが辺りに広がる。英の眼光が瞬時に鋭くなった。射るような目で、辺りを見回す。ちらと目の端に、動くものを捉えるが早いか、かけだした。青嵐もそれを追う。少し遅れて黎もそれに従った。白色の猫は、しなやかに屋根や木を渡り、その度に周囲から悲鳴が上がった。


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