第2話 俺はニート、だけど連行
二日後、何事も無く検診を終えタカシと母は家に向かってイチョウ並木を歩いていた。
季節は夏、空に上る太陽が強い光を満遍なく地に降らせて気温を上げていた。
「暑いんだお……クーラーの利いた部屋でコーラ飲みたいお」
汗をぶよついた頬に流しながら前を歩く母に呟く。
しかし前を行く母は聞こえないの聞いていないのか反応がない。
「やれやれ全く……マッスルマッスラーって何なんだお。意味わかんないお。やれやれだぜ。やれやれ……」
二日前に母の口から出たあんたのお父さんは能力者、そしてあんたも同じ力を持っている。そんな絵空事の様な事を告げられ、その能力の名はマッスルマッスラー。意味わかんない。
何ですか? 腹筋スレを開いてしまってIDの数だけ腹筋していたら能力が開花しちゃったんですか?
俺は腹筋スレを開いても腹筋はした事が無いから違うかもな。
頭の中でマッスルマッスラーの能力について考察するが答えは出てこない。
「それにしても暑いんだお……やれやれ……熱射病不可避」
空の太陽の光を遮るように手をかざすがそれでも太陽の攻撃は防げない。
「能力マッスルマッスラーなんかよりももっと使い道のいい能力がほしいんだお」
マッスルマッスラーの全部が明らかになっていなかったが名前からして明らかに身体強化系だ。お外に出たくないニートには無用の産物である。
「カーチャン~。マッスルマッスラーって何なんだお~」
あの後詳細を尋ねたが母はそれ以降、能力を口にしなくなったので聞かなかったがやはり気になり再度尋ねる。
「J( 'ー`)し タカシ……その力は名前のとうり身体強化の能力。だけどその能力は扱いが難しいよ……だからこれから使いこなせるように特訓するのよ。辛いと思うけど頑張るのよ」
「特訓!? 嫌だお! 何でそんな事しないといけないんだお! 俺はクーラーの利いた部屋に戻るお!」
声を上げて特訓に反対するタカシだったが母はそれを許さない。
「J( 'ー`)し ごめんね、タカシ。でもこれはあんたの為なの……これから起こる事に私は何もできない。自分を守れるのは、この世界を守れるのは……タカシ。あんただけなんだよ」
泣きそうになりながら話終えたその時、白い大型のバンが前方に停まっているのに気づく。
その白い大型バンに身長が二メートルはある黒スーツを着た体躯の細い男が煙草をふかしながら車にもたれかかっていた。
「J( 'ー`)し お久しぶりです。ミスターK」
旧来の友人のように話しかける母。母の眼には懐かしいと言った感情が映っていた。
「お久しぶりです。それにしても、予想はしていましたが息子さんにも能力が……それもアイツと同じ……」
チラと俺の姿を見やる。
「……本当にアイツの息子ですか?」
疑問の眼を向けてくる。
失礼だお! こいつ今、俺の腹見て言ったお!!
心のうちで憤慨した。
そんなミスターKの投げかける疑問に何の迷いも無く応える母。
「J( 'ー`)し この子は……タカシは確かにあの人の息子です」
「カーチャン……」
迷いなく応える母の姿は誰よりも気高く凛々しく映った。
さすがは俺の唯一の味方! 俺の家族はカーチャンだけなんだお!!
唯一無二の存在の母に感謝する。
しかし唯一無二の味方は最愛の息子、タカシを地獄に落とす。
「J( 'ー`)し じゃあ、タカシ。頑張るんだよ。特訓して能力を使いこなしてヒーローになるのよ。影ながらだけれどお母さん応援してるから」
「ファ!? どういうことだってばよ……」
母の言葉に戸惑いを隠せないタカシ。
「来い。別れはこれまでだ」
状況が理解できずおろおろするタカシの首襟を掴み強引に白い大型バンに詰めむミスターK。
細い体躯のわりに力は強くニートで運動不足のタカシは振りほどけない。
「やめるんだおおおおっ! カーチャン! 助けてぇぇえええ!!」
無精ひげを生やしたビール腹の中年を二メートルはある黒スーツの男が大型バンに押し込む様は犯罪臭を匂わせたが誰一人として警察を呼ぼうとするものはいなかった。
ブロロロォォンッ。
タカシを強引に乗せたバンはエンジン音を上げて走り出し母との距離を開く。
「カーチャーン!!」
後部窓に見える小さくなってゆく母の姿を何もできず見る事しかできないタカシはやがて消える母の姿から目を離せなかった。
今のタカシは親離れのできない子供だった。
「全く……本当にアイツの息子か? なよなよしいじゃねぇかこれだからパソコンにばかり食いついているガキは……」
「は? おまい、何なんだお!? 誰なんだお!」
運転席に座り前を見据える男、ミスターKに食らいつく。
「さっき聞いてただろ? 俺の名前はミスターK。お前の親父の親友だ」
「ミスターK? 本名は?」
「ミスターKだ」
ミスターKと名乗る男に本名を尋ねるが漂々とはぐらかされる。
ミスターKってなんだお。ミスターK(クソ野郎)って意味?
ミスタークソ野郎! いい響きだお。
フンと鼻を鳴らし小馬鹿にするタカシにミスターK。いやミスタークソ野郎は運転しながら話し始める。
「お前の能力のマッスルマッスラーはアイツ……お前の親父の能力でもあった。その力はどんな鋼よりも固くどんな陸上選手よりも早くどんな格闘家よりも俊敏で筋力は人外レベルのとんでもヒーローパワーだ。だがその力を扱うのには時間がかかる。それで俺は旧友の一人、お前の母親から特訓を頼まれたのさ」
「マッスル、マッスル言うけどそんな力感じないお」
「当たり前だ、お前自分の腹を見てマッスルなんて言えるのか?」
「(#^ω^)」
やっぱりこいつ、いけ好かないんだお!
もう一言もこいつとは話さないお!
ふんっとそっぽを向きパワーウィンドウの外の自由を眺める。
そこには営業で歩き回るサラリーマン。営業車の中で寝るサラリーマン。上司と仲良く昼食を摂りに行くサラリーマン。
様々なサラリーマンが外を闊歩していた。
(やっぱり働くとか冗談じゃないお。やってられませんよ)
外の世界のサラリーマンを見下して憐れむ。
されど彼らは働かず家でニートしていたタカシよりもずっと立派だ。
自分で稼いで自分で生きる。これが正しい人間の生活であるが、ただのニートのタカシにはその生き方を理解できない。
(そろそろお昼寝の時間だお)
昼夜逆転生活を送るニートにとって今の時間は丁度、就寝時刻。狂った生活リズムはタカシを眠りに誘った。