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泥の春  作者: シンジュクリョウ
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4 (最期の知りたくない結末)

 N薬局に移り、T病院の薬局時代とはだいぶ雰囲気が異なった。T病院にいた頃と比べると少人数での業務となり、任される仕事の裁量も増え責任も重くなり調べることも増えた。その分、薬剤師としての自覚が芽生えたと言えるのかもしれない。N薬局という店舗を構え、方々からいらっしゃる患者もいて、緊張感もあり、逆に馴染みの患者もできて親近感も湧いたりする。

 そういう意味では、患者との距離もより近くなり、さまざまなことを見聞きする機会も増えていった。仕事のこと、生活のこと、家族や子どものことなど、薬を介してその人の周囲が見えてくると、患者に寄り添いたい人情が湧き、病気になったときの不安や将来の心配などの痛みが分かってきた。本当にこの薬であの患者を救えるのだろうか。いや、何とかして健康に戻して差し上げたい。まだ、あの患者は老け込むには若すぎる。あなたの経験を必要とする世代は、その気力と働きを欲してますよ。急ぐ必要はないから、元気になって世の中に戻って下さいね。家族も社会もそれを待っているんですよ。そんな風に何度も声にならない台詞をテレパシーのようなもので念じ、送り続けていた。単純に笑顔で笑いかけているだけに見えていたとしても。幼い子どもを連れた主婦などの後ろ姿を見送るときなど、苦労を思うと目元がウルウルして涙がこぼれそうなときもあった。また、患者側の立場からすれば、私という存在はどのように映っていたのか。安心感があるのか、話し掛けられたり、世間話を少ししてから帰られる方もいて、改めて社会人としての常識や良識が問われていたのかもしれない。独身のやどかり女でも、ニュースや新聞で情報を得ることはやめなかったし、Sというベテラン上司とのやり取りで、芸能や流行などへの目配りと総括の仕方を鍛えてもらった。言い過ぎたら怒られたりもしたが。日々の新薬などへの対処より、年相応の女性として見られること、その道のプロであること、薬から健康まで長く見ている伴走者であることなど、いろいろな場面での演技が要求され、それは舞台やドラマで演技をする女優のような気がしていた。いや、そこまで言うと美化しすぎで少し恥ずかしくなる。

 N薬局の時分、上司Sは絶対的な存在だった。プライベートの話や社会のことなど、なんでも聞きやすい方ではあった。が、こと仕事に関しては彼女は厳しく私を指導した。

「いいこと? 疑問が少しでもあればなんでも調べなさい。それから確認も大事です」

 自主性を促すように持って行くSは、些細なことでも自分で考えて決めなさい、と私たちに言っていた。いざとなったら、たった一人でも決断できることを重んじた。夜一人きりになっても、おっかない患者に対しても、きちんとした応対ができ、素早く的確な措置を行う。それができてこそ一人前の薬剤師だ。そうみんなに言い聞かせた。

 あるとき、私がうっかり新薬の薬効を訊ねたら、

「それぐらい自分で調べなさい」

 と突き放された。それもそうだ。どうしてSに甘えてしまうのか。私は己の甘さに落胆した。

 彼女は私以外にも、上に聞かず自分から進んで調べる姿勢を求めていた。自発的、能動的に仕事に取り組まないといい加減になってしまう。患者の健康や命に関わる我々にそんな態度は許されない。Sの丸くて小さな背中に、その強い意思が滲み出ている気がした。私が、同僚のKにそれを話すと、「なるほど。Sと唐獅子牡丹。背中にネコの刺青があったりして」といって茶化したが、「でもその話はいい話ですね。私も鑑にしなきゃ」とKは真顔に戻った。ちなみにSは大の猫好きで、キティちゃんがお気に入りだった。私のコアラ好きは実際の動物よりアニメキャラやイラスト等で癒やされる方で、二次元でも三次元でもOKという彼女の方は堂に入っている。実際、事務用パソコンの待ち受け画面にもキティちゃんのイラストを使っている。四十を回った主婦ながら、そういう趣味にも興味を示すSだった。そう言えば、薬局前を野良猫が横切ったとき、彼女はいつになく笑顔を見せていた。本人は至って生真面目であり、猫のような気紛れさはかけらもない。それでも疲れたときに時折みせる邪心のない表情は、優しい母の顔で、仕事と無縁の世界でノンビリと寝そべっていそうな猫好きの顔立ちのようでもあった。

 若手のKにとっては上に私がおり、さらにその上にSがいて、テキパキとこなす先輩たちに振り回されながら、必死に仕事を覚え、頑張っていた。会話も慣れないうちは聞き役に回り、S世代の話にも耳を傾け、分からないことを素直に訊ねては年上を立てる度量を持ち合わせていた。一方で、若いKの考えることや最新の流行にはこちらも驚かされたり、苦笑したりした。また、若者たちの選択に口を開けて?然としつつも、ただひたすらに過程を見守るだけしかできないこともあった。しかし、次代を担う社会人だからこそ、その成長を見つめてあげたい、たくさんの経験を積んでグングンと伸びていって欲しいという思いから、ニコニコして相づちを打ったものだった。Kの方も、同年代の話し相手が周囲にいないからといって嫌そうな素振りなど少しも見せなかった。愛くるしい笑顔を振りまき、きびきびした行動を常にとり、打てば響くし、まめで義理に厚い所のある女性だった。

 私は上にも下にも恵まれ、このままここに居たかった。結果として、四年という短い期間しか勤務することはできなかったが、出来ることならばN薬局に居続けたかった。自分以外の悩みは少なく、本当に心地がよかった。しかし、棚橋事件の影響は時が経つにつれて薄らぐどころか、ますます自分を苦しめていった。それは正体不明の透明な縄となり、掴みようのない浮遊物となって私を縛り上げ、忘れられない過去を幾重にも塗り替えては疑念の風紋を残した。私は一人、砂漠に取り残される思いを味わうこととなった。Tくんはなぜ死ななければならなかったのか。どうして自分はあんなことをしたのか。彼を救うことはできなかったのか。

 とある晩に見た夢は奇妙なものだった。私は夕陽が映える丘にいた。白い十字架がそこにあり、私はそこに張り付けにされている。それを見上げて祈っている者も私で、二人の私が涙を流しながら先ほどの自問自答を再現している。なんとも異様で不思議な光景で、夜中に大汗をかいてガバッと飛び起きた。そのまま台所に行き、蛇口をひねって水を出し、コップの水を一気に飲み干した。落ち着くと、夢に出てくるのが自分しかおらず、Tくんもユアーもジョーカーもいないことに気付いてより一層悲しくなり、半泣きしてバスルームへ向かった。パジャマを乱暴に脱ぎ捨て、意味もなくシャワーを浴び続けた。そして寝床に入った。湯の温もりでしか心を落ち着かせるものがなかった。

 仕事で多忙なときはそんな悪夢や不安感を払拭できたし、寝ても覚めても平凡で穏やかに暮らすことができた。しかし、静かで淡々とした毎日が続いていくと、心の中に小さな黒いシミが広がるようにして、青春の影が姿を現すことが幾度もあった。

 そうした様子を心配したのか、Sも相談にのってくれたり助言してくれた。それは本当にありがたかった。ただ、聞いてくれても、大変なことを経験したわね、という慰めで、忘れたらいいじゃないのとか、もう大丈夫だからとか言われても、深く刺さった心の傷は簡単には癒えなかった。

 そうした背景もあり、途中でパートを配置する計画とあいまって、私に転勤の話が回ってきた。いま所属している会社の登録をやめ、別会社に再登録し直した上で、Sの知り合いが勤める近郊の薬局に行かないかという話を頂いた。私はそのとき、四十手前だった。

 いろいろと考えた末、上司の勧めに従うことにした。

「お世話になりました。Sさん、今までありがとうございました。次の職場でも教えを守り、薬剤師としての務めを果たしていきます。Kさんもありがとう。みんなのお陰でここまで来られて、幸せでした。まだまだ先は長いけれど、ここの思い出をお守り代わりにして、残りの薬剤師人生も気を抜くことなく最後まで勤め上げたいです。今はそんな気持ちでいっぱいです」

 そう述べて、私の胸は一杯になった。いつも笑顔のKもこのときばかりは涙を押し殺していた。手にはカードと花束を抱え、彼女はそれらを渡すとき、こう言った。

「江畑さん。これからも頑張って下さい。江畑さんは……どこに行っても……必要とされる方……です」

 途切れ途切れの言葉の裏に、この子の謙虚さを感じ取り、Kの気持ちが嬉しくてまた泣き顔になる私だった。こうして感動的な別れがあり、ドーナツ薬局という新しい勤務先の扉を開ける一歩を私は踏み出した。N薬局時代で充分に磨き抜かれた基礎を元手に、ドーナツ薬局では何をとってもそつなくこなし、上司や後輩に大きな迷惑を掛けるようなことは、二、三を除いては起きなかった。起きたことの一つは人間関係で、それが大きなしこりとなって事件が起きた。私と相手の至らなさからだった。それは周囲の誰しもが認めるところだった。そうした心のもつれが学生時代の悪い記憶を呼び戻すきっかけになったと思う。自分の欠点を見つめ直し、それと正面から向き合うことを避けて通れなくなっていたのは否めない。

 それはひとまず横に置き、ドーナツ薬局に勤務する関係者は、年上の上司である島本に、私より少し年下の知念、その下にA、Bがいて、私がドーナツに勤めだして十五年してから角本という若い女性が入ってきた。聖マドレーヌ大と菓子の由縁ではないが、この薬局名が「ドーナツ薬局」になった経緯はこうだった。近くに小児科があり、子連れのお母さんがよく来る。お年寄りにも覚えやすくて分かりやすい名称がよいだろう。更には患者の未来が見通せるという縁起担ぎの意味合いも込めようとなり、その名称が支持を得たからだ。少しおかしくもあり、メルヘンでもある。最近は、カタカナや平仮名の名称を入れた薬局も増え、小さなお子さんの中にも、「ドーナツだ」と叫びながら元気よく入ってくる子もいる。嬉しくなった子らは踊り出したり、カウンターに置いてある飴を親にせがんだり、キャラクターが描かれたポスターを指差して興奮したりと、ちょっとしたお祭り騒ぎになることもあった。

「はい。ドーナツ薬局です」

「お菓子の会社ですか」

「いえ。薬局です。薬をお渡しする店です」

 こうした電話応対もしょっちゅうあり、そうしたものには慣れっこになった。相手もこちらも少し噴き出しそうになりながら、ユーモラスな感覚を電話口で共有できる瞬間だった。

 結局ドーナツ薬局には定年まで勤め、終盤には長にもなって薬局の責任者として統括する立場にまで上り詰めることになる。ここが薬剤師としての終着点になったとも言える。業務的には会社に申告したり注意勧告を受けるような失敗は少なかったが、小さな波風に晒されては、それが立ったり収まったりを繰り返した。

 ここで、風変わりな患者をたくさん見てきたし、癖のある老人に振り回されることもあった。

 老人に関して言うと、この方はどこまでを自覚し、どこからボケられているのかが判別できないケースをときどき経験させられた。

「お金が足らないんですが」

 私は患者の老婦人に告げた。

「ええ? いま何て言ったの?」

「五十円足りませんけど」

「ええ? 百円出したろが」

「お婆ちゃん。これ、五十円玉。五十円でしょ」

「はあ? おや。おかしいね。確かに出しましたよ。誰か取り違えて。あんたかい?」

「いいえ。私は何も。こちらは手を触れておりません。お婆さん、大丈夫ですか? 家の方に来てもらいましょうか? それとも、お巡りさんを……」

「いやいや、ごめんなさい。ちゃんと出しますから。それだけは勘弁してよ」

 お年寄りの気紛れか、話をしたいためのからかいか、本当に単純に間違えただけなのか。人生の黄昏には喜劇役者も顔負けの出来事が往々にして起きるものなのか。私は年老いた両親の顔を思い浮かべ、少しこの老婆とダブらせてみもした。お年寄りが悪いからといって、不親切に接するつもりはない。高齢化が進めば年配が多数派を占めるのは当然のことだ。若い世代の論理が通用しなくなり、多数派に嫌な顔をされぬようこちらが気を付け、工夫していかねばならない。

 それにしても、世の中の電子化、パソコンによる管理化が進みすぎてやしないか、と思うのは私だけなのか。機械に急かされたり、人的ミスをメッセージや音で毎回知らせてこなくてもいいのではないか。一日にそういうことが何回も起きる。私、そんなに失敗してないよ。無茶なことしてないでしょ。ピピピと音が鳴るたびにそういう愚痴もこぼしたくなる。昔のことを知る世代としては、人間が努力して経験を積み、一人前の職業人として仕事を行うことが優先されていた。素人でも電子情報を頼りに、簡単操作を行えるというのは、ある意味便利だが危険という諸刃の剣にもなっている。すぐに答を求めようとする風潮も、私にはどうなのかなと思う節がある。もう少し経験をしてから、自分で考えたことで答を出しなさい。Sに言われたことだ。とにかく、膨大なデータが積み上げられ、何もかもが大衆に晒される世では、人は慎重に判断し、失礼のない言動をすることが求められる。一歩間違うと、さまざまなクレームが来てしまうから、ハラハラすることも増えた。その分、年齢も重ね、言い返したり訂正したりと図太くなってはいるが。

 そんな中、ある年に、幾度も巡る泥の春の痛みが少し和らぐことが起きた。事故後二十五年たっていた。それは、ドーナツ薬局に勤めだして八年後であり、私が四十七のとき、Tくんの二十五周忌があったからである。健在である名古屋のご両親から、私の実家に連絡があり、母が私の自宅番号を教えたそうだ。

「もし、江畑さんがよろしければ、参列なさりますか」向こう様はそう問うてきた。

「はい。棚橋くんの思い出話など、差し支えがない範囲で伺いたくもありますし」私は答えた。名古屋へ行くのか、と私は思った。大阪で働くユアーに連絡を入れた。


 二


 泥の春も二十五回を数え、春の淀んだ空気と暖かさの中、四月の最終日曜日に彼の実家にて法要が営まれた。しめやかに読経が行われ、袈裟を着た高僧が席を外した。一同は礼をし、ご両親は玄関まで見送られた。親戚縁者の方たちが帰られてから、喪服を着たご両親に応接間へ案内された。そこに置かれてあったソファーに座り、壁の油絵などを見ていると、茶が運ばれてきた。

 一人っ子だったTくんの亡くなる前、つまり大学時代を知る人間でその場にいるのは私とユアーだけだった。その二名が当日に都合を合わせて伺っていた。自然とTくんの学生生活に話の花が咲き、こんな話も飛び出した。

「あるとき、私が陽一の下宿を訪ねていったんです。一人暮らしの様子を見ようと。そしたら、部屋に通され、本棚に偶然に目が行きました。並んでいた専門書に混じって、『○○デートマニュアル』なんていう本があって」

「へえ、あいつもそういうの読むんだ。まあ、それが普通でしょ、当時は」

「そうなんですか。どこそこに行って、夜景が見えるレストランだのバーだの、密会する男女が行くホテルだの。そういう記事にいっぱい付箋紙が貼ってありました。息子も人並みにこういうことをするようになったかと」

「はあ。まあ、青春ですから」

 気の抜けたような生返事をしたユアーに代わり、私は、

「なるほどね。彼がよく手帳を見返していた理由はそれだったのか。そういう情報をメモして、頭の中で予行演習をやっていたんですね」

 と補足した。

「チヅルさんも陽一に巻き込まれたんですか」

「いえ、そんな。私はデートを申し込んで、健全なお付き合いをしたまでで。最終的にはフラれましたし」

 肩の凝らない話が弾み、当時の自分たちの様子を忘れていたことまで思い出していた。いろいろあった。そして、青春の日々を静かな目を持って懐かしく語れたり俯瞰できるのも、私たちが充分に成熟したからなのかも知れなかった。ひとつ腑に落ちたことがあった。それは焼死直前の状況である。もちろん誰も見ていないはずだ。その日推察したことで、当時の状況のうち重要な一端が垣間見えた気がした。

「棚橋くんはね。あの当時、少し太っていましたよ。そうだろ、チヅル?」

 ユアーは思いつきで語ったにしては自信ありげだった。

「え? そう言えばそうだったかしら。ああ、そうね」

「本当ですか。あの子は実家と離れて下宿だったから詳しいことは私らにも話さなかった。昔から痩せてて、好き嫌いが多かったんです」

 Tくんの母は身を乗り出した。

「あら。じゃあ、湯浅くんの話が正しいなら大学から太りだしたことに」

 私は二人の話をまとめ、突き合わせてみた。

「そうみたいだな。あいつ、夜更かしが多くて偏食とかもあってさ。死ぬ一年前ぐらいから太りだした気がする」

「なにを食べてたんですか? よろしければお聞かせ願えますか」

「まあ普通に食べるのは食べてて、それに加えてインスタントのカップ麺が好きで。チヅルも知ってただろう? 部屋にいっぱい容器が転がってたし。コンビニの袋やら知らない文字の小袋とかあって」

「もしかして、メキシコの……」

「そうそう。メキシコ産のラーメンなのかな。アルミの薬袋みたいなのもあったよ。オレはラーメンのかと」

「それだ!」

 私は叫んだ。

「なんだ? あれはメキシコのスープか調味料の袋じゃ……」

「違うのよ。大切な証拠品かも」

「え? どういうことだ」

 その途端、私は咳き込んだ。喘息の発作が私を襲った。背中を丸め苦しむ私を、ソファーに寝かせ付けたユアーは、介抱しながら複雑な面持ちをしたように見えた。彼は何がどう結び付くのかがまだ理解できていない様子だった。両親は顔色が変わり、ソファーに寝てから落ち着いてきた私に、せがんだ目で覗き込むように顔を近づけてくる。   

「早合点しないで下さいね。あくまで私の推理ですから。まだはっきりしたことは私にも分かりません。だけど、彼の事故死には幾つかの謎もあるんです。その謎の一つを解く鍵になります。そのアルミ小袋が」

「えええ! 続けてくれよ」

 腕組みをして考え込むユアーは驚き混じりの低い声で私を促した。

「つまりね。それがラーメンでなく、メキシコから彼が持ち込んだ何かの袋、例えば薬の粉袋とかだったとしたらどうなりますか? 彼が誤ってそれを破って中身を飲んじゃって。意識が飛んで火を点けちゃったとか、誰かが点けた火を消せなかったとか」

「おおおお。そういうことか!」

「そうなんですか」

 私を除く三名は興奮して立ち上がったり、顔を見合わせてお互いを見つめたりしている。

「ちょっと待って。まだ仮の話で確かな根拠はないですから。私がこしらえた作り話に終わるかもしれません。これから少しずつ調べられることを当たってみましょう」

「お願いします。あんなに真面目な息子が理由もなしに火を点けるとか自殺するなんて、私らには到底……。あんなことが……」

 ご両親は肩を落として涙ぐんだ。

「そう悪い方に考えなくてもよくなりますよ。きっと何かの理由があったはずです。亡くなった故人は戻らないが、残された私らがその理由だけでも知ることは、彼の最期を理解し供養にもなりますよ」

 私は皆を慰め、その場を取り繕って、

「棚橋くんは今も私のそばにいて、私の健康と安全を守ってくれています」

 と言い添えた。私はご両親にそう話すと、Tくんの母は、

「あれから二十五年たちました。入学式の日に大学の正門前で撮った記念写真も色あせ、ボロボロになってしまいました。陽一が生きていれば、あの子の好きなマドレーヌを作ってやったのに。薬大に入学したことをあれほど喜び、誇りにしておりました」

 と話し、声を詰まらせた。あとはむせび泣きが小さな体から漏れ出た。私は決意を固めた。

「お母様。必ず真相は解明します。私、ぜったいに諦めませんから」

 ソファーから手を伸ばし、彼女の腕を優しく取った私は、仇討ち気分で宣言をした。

 具合が戻り、帰りに名古屋市内の喫茶店に寄った。ユアーと二人で判明したことや仮定推論などを話し合っていると、さらに重要なことが判明した。

 ユアーが言った。

「いや、いろいろあるもんだな。あいつさ。メキシコへ行くって言い出したのは、何とかいう女のせいで、その女に誘われたからって」

「え! なんですって。自分が計画したんじゃなくて?」

「なんだ、驚かせるなよ。知らなかったのか? なんとかいう女子学生にパンフレットを見せられた上にな。向こうで落ち合う約束まで交わしていたんだ」

「どうしてよ。どうして早くそれを言わなかったのさあ。そういう所がユアーは鈍いんじゃんか」

「そんな大事な事かよ。チヅルが傷付くと思ってたし。あいつのこと好きだったんだろう?」

「もう! それはこの際、関係なしよ。女子学生の件は大事なことに決まってるでしょうが。いい? アルミ小袋―メキシコ―旅行―謎の女子学生。彼が女子の罠に嵌められた可能性が出てきたわ」

「なるほど。だけど本当なのか? それなら大変だ。裁判になっていたら、判決が覆りそうな逆転満塁ホームランだ」

 昼下がりの喫茶店で急に声が大きくなったユアーは周囲を見回して肩をすぼめた。一つ咳払いをした彼は私の説明を再確認し、今度はそこから思い付く可能性を話し出した。二人の話は長時間に及び、彼の煙草ケースが一つ空になってしまった。Tくんは女学生にたぶらかされた。それか、彼を嫌う一味が学年に存在し、その中の誰かが部屋に忍び込んで……。私が彼の下宿に戻り、再び帰宅してから、何かが起きたのか。喧嘩か、恋人争い? 薬を飲ませての放火? 自殺に偽装して……。

 テレビドラマの探偵さながらに、たくさんの推理シナリオが同時に頭の中を乱れ飛んだ。単純な動機から複雑怪奇なものまで幾通りにも推察できた。それは取りも直さず、証拠品が不充分でロクに集められていないままだということを意味している。ユアーと話し合って、彼はそう指摘をした。ユアーと別れた後、新幹線に揺られながら色々と考えているうちに東京に着いた。

 棚橋事件から二十五年を迎え、Tくんのご両親らに会い、冥福を祈った。そしてアルミ小袋や謎の女子学生などのヒントを得た。

 これから、やっと、彼の歩んだ足跡を辿っていける。最後に彼が迷い込んだ洞窟を見つけたとでも言うべきか。ドーナツ薬局で勤務中にときどき手を止めては、ユアーが話したことやTくんが巻き込まれた真相を考えてみた。仮説は幾らもありそうだったし、私が文化人や識者だったならばその説がいま有力ですよと言えたのだろう。だが、どんな人をしても解き明かされることはなく、謎は深まるばかりだった。小さなジグソーパズルのピースは何片かが得られたものの、全体をイメージするには程遠く、多くのピースが欠けているように思われた。また機会を設け、ユアーと会い、それらを探し出すことを再開せねばならない。

 それから何ヶ月にもわたって、重たげな雷雲と澄み切った青嵐、葛藤と清廉が格闘する日々が続いた。

 アルミの袋には何が入っていたのか。それを飲むとどんな作用が起きるのか。そもそも使用目的が何であるのかも分かっていない。それが火事のさいに全て焼けてしまったのか。恐らくそうだろう。粉も袋ごと灰になってしまったに違いない。黒い炭と消防車の放水した水たまりを見た。あの焼け跡でユアーと二人で警察官の立ち会いのもと確認したことだ。警察の資料にも記録されている。失われてしまったものをいまさら探ろうにも跡形もないし、手掛かりもない。当時のTくんを知る人物などにしらみつぶしに当たってみるとかで、断片的にでもアルミ袋に関することを聞いて回るしかないのか。

 警察じゃないし、犯人を特定する、追い詰めることはもう無理だ。それは諦めている。しかし、知ってしまったことは気になる。もしかすると、なにか話せないことを知っている人がいるのかもしれない。そして、メキシコ旅行と女の存在である。ひょっとするとユアーは女のことも何か掴んでいないか? メキシコとアルミ袋のことも少しは知っているのだろうか。何か特別な大人の事情が存在し、話す機会を逸している。もしそうだとしたら……。知りたがる私を暴走させないために私とペースを合わせ、話を小出しにしている。本当はもっと先まで見通していて、もっと速く走ることが出来る。彼には彼なりのゴールがあり、私のそれとは違う地点にある。元恋人は、私という人物すべてを信頼し切り、ありのままの事実を一度に打ち明けるような真似をやらないだろう。少しずつ、人と人の繋がりが、距離を置くという意図が見えてきた。私はそれらを見越した上で、ユアーに都合のいいこと、悪いことは何かを深く考えるようになった。私が知りたいTくんの真相がユアーにとって都合の悪いことだった場合、彼は話さない。あるいはうそをつくだろう。純粋な青春時代を過ごしたと自負する私にとって、それは認めたくないことだった。が、この世に生きる大人の九割以上は、皆そうして生きているではないか。

 家に居ても、そうした考えばかりが私の頭を支配した。ふと、窓の外を眺めてみた。流れる雲の一つが年老いた父そっくりに見えてきた。その雲が天の声を発するように、私の心に訴えかけてくる。

 そうだよ。みんな、賢く生きているのさ。女子学生の件もね。きっと、悪気があってやったんじゃないよ。棚橋くんのことが気になってただけさ。千鶴と一緒だって。

 父の顔のように見えた雲は私にそう呟いた。正気に戻った私は、手紙をしたためた。

「湯浅くんへ」

 一行だけ書いて胸が詰まった。震える手で机の引き出しを開け、手紙を中にしまい込んだ。のちのち、何回か引っ張り出しては続きを書き足した。用件と結論が整うまでに数年の星霜が流れた。ドーナツ薬局の裏庭に植えられた桃の木は大きくなり、数カ所に小さな実をつけた。

 やがて私の手紙は実を結ぶことになる。

 棚橋事件の真相追究もさることながら、本業でも苦しいことがあった。卒業論文作成中、アメリカ人学者に言われたエンドレスという言葉。それが私の脳の中に糸を吐き、玉虫色の繭を紡ぎ出す。まさに終わりのない人間の諍いという醜悪な行為が小世界に存在するのに気が付いた。

 その日はいつものように順調に仕事が進んでいた。

 知念が出勤して一時間ほどたったとき、なじみの患者が現れた。

 Nというお年寄りは、よたよたとカウンターに近寄り、処方箋を置いた。「いつものです。お願いします」「はい」そう言った同僚のAは、それを後方の調剤室に回した。私がそれを見て、白い棚に行き、たくさんの仕切りの中から薬剤名の略称が小さく書かれたシールを確認すると、その棚から処方箋に記載された薬剤を取り出した。四週間分だ。二十八個を十個のシート三枚から一枚だけ二錠外して、必要な分を揃えた。そして小皿に患者氏名の印字された包みと共に置いた。もう一種類も同じように用意した。

 ここまではなんの問題もなく、ストレスなしにできた。それがスムーズに行えれば取り立てて困ることはない。しかし、きょうは違った。          

「あれ? なんかいつものと違ってるなあ」「え? そうですか? 処方箋通りだとは。このダイレトンとプレカネインを四週間ですよね?」「うーん。そうじゃねえよ。一つは正しいが、も一つは昔の方だな」「あら!」「あのさ。このプレカネなんとかは黄色い錠剤。半年前によお。ヨウカイなんとかちゅう、白い錠剤に変えてもらっただろが」「ああ。すみません。いつもの担当に確かめ、薬歴もすぐに調べ直します」

 おっかしいなあ。処方箋が違ってるのかな? 確かに、Nの薬に間違いはないんだが――。

 私は後方に引き下がり、もういちど処方箋とNの薬歴をパソコンで表示させて見較べてみた。すると、あることが分かった。Nが言った通り、黄色いプレカネインは半年前に投与中止になっており、そこからはジェネリック医薬品であるヨウカイトインに変更されていた。これは、どういうことだ? 改めて処方箋を見ると、日付が八ヶ月前になっていた。そんなバカな。過去に打ち込んだ処方箋は破棄しているのに。なんで切り裂いて捨てたはずの……。

 だいたいの筋書きが頭を巡り、顔がみるみる赤らんでくるのが分かった。しかし、念のため、医院に電話をし、さきほどの診察で処方されたものを聞いた上で処方箋を再発行してもらい、ドーナツ薬局に届けてもらった。

 捨てるべき処方箋を隠し持ち、古いままで保管し、それをいますり替えたヤツがいる。この薬局内に。それは当然、内部の犯行で規律違反だ。薬剤業務の足を引っ張る薬剤師同士の嫌がらせなのは明々白々だった。それまでにこうしたことが、ここドーナツで行われたことはなかったはずだが、過去に他の薬局でそうした事件があったことは聞いていたし、だからこそ患者から受け取った処方箋はすぐにパソコンで入力し、用済みの処方箋はシュレッダーで破砕した上でゴミとして捨てている。規約を破った人間がいる。この部屋の中に。その薬剤師とは誰なのか。怒りで茹で蛸になった私も、接客と違反報告まではきちんとやり通さないとならない。それは分かっている。くそおと思った。

犯人捜しが始まり、すぐに証拠は挙がった。知念のロッカーを当番用のマスターキーで開けると、中から捨てるはずの処方箋が山のように出てきた。異様な光景である。押し込められていた。確信犯。知念による犯行で裏切り行為としか言いようがない。知念は、Aが回したNの当日分と、保管しておいた過去分とをすり替えた。シュレッダーをとめ、裁断しなかったのか。捨てるべきものを隠し持ち大切な本物とすり替えるなんて、極悪非道もいいところだ。

 私は知念をなじり、電話を掛けた。非番の島本師長が飛んできた。まさに、業務妨害行為だった。さきほど患者に平謝りした私は、怒りが収まらなかった。なんでこんなことが……。そんな、同僚が取り違えを行うなんて。でも、日頃のおかしなことを思えば、思い当たる節もあった。それらが高じて、このようなルール違反を知念が犯した。

 そういえば、このドーナツ薬局に来てから、おかしなことがたくさん起きた。あれもこれも。

 以前から勤めていた古株の知念は、中途でやってきた年上の美人がしゃくに触ったという。「絶対やってやろうよ」。そう言ったらしい。グループのボスは下の連中を巻き込んだ。いびりと嫌がらせ。高い化粧クリームが買える人は除外せよ。一緒の時間に食事の輪に加わらないのは仲間じゃない。マークして痛めつけろ。たぶんそんな台詞で命令していたのだろう。私の勤務二日目には、ボールペンが白衣から抜き取られ、床に捨ててあった。中身の芯はインク切れのものにすり替わっていた。それから、飲みかけのジュースが棚の上に置きっぱなしで、私はそれを捨てた。その三日後、私が使うロッカー前の床に違うジュースがこぼしてあった。椅子に掛けておいた白衣の糸をむりやりほぐしたり、ロッカーの鍵を壊して白衣を取り出し、汚い白衣と取り替えてあったこともある。傘立ての雨傘をねじ曲げる。私からお金を借りておいて踏み倒す、とぼける。私が買い求めたサンドウイッチの上からよそ見した知念が鞄で押し潰す。あーごめんなさーい。謝る前から計画的だ。知らなかったじゃあ、済まないだろうが。こんなこともあった。あんなこともあった。悪女の嫉妬。やはりそうだったか。

 島本の取り調べが始まり、知念の自白から判明したことは、次のようなことだった。

 年上で優しい人間、美人、中途から働き出した人間。これらは知念グループの洗礼を浴びせる。自分らに手をついて謝らないと徹底して痛めつける。嫉妬、嫉妬、嫉妬。そうした嫉妬と、知念の過去の事情が今回の事件を引き起こしたと言ってよい。

 学生の頃、知念は私が取った態度と同じことをしていたようで、それが理由でいじめを受けた。彼女の顔から笑顔が消え、友人も去ったらしい。知念は、私にうそ泣きで述懐した。それ以上、知念は語らなかった。

 それより先は私の推測だが、誰にも優しくて愛想のいい美人がそばにいると、同じ目に遭わせてやる。そう思っていじめや嫌がらせを繰り返した。グループを形成し、恐怖政治で鉄の掟を作り、命令役として君臨した。

「そういうことだから。まさに悪女だな」

 島本も呆れていた。しかし、いかなる理由でも、私の激怒は収まらなかった。あれもこれも、このオンナの仕業であることは知っていた。それを黙って耐えていたのがいけなかった。

 卒業式の訓辞で、学長が言った言葉が忘れられない。

「……というわけです。これから社会に出られる皆さん。アメリカ大統領もこう言いました。『あなたの敵を許しなさい。しかし、決してその名を忘れぬよう』。私は、敵が改心してあなた方の元に現れたとき、その者の態度をよく見極めよ、という風に解釈しました。人間というもの、うわべだけではわからぬものです」

 その言葉を贈られた当時は、ただ心に留めただけだったが、十年経ち十五年経ち、その訓辞が私の過去や未来にも活かされる処世訓で、敵は多くとも許そうと努力する気骨こそが今の私を支えていると信じている。だが、そうは言っても相変わらずいじめを受ける側から逃れられない。

「災難だったな。こういうことは男女を問わずどこでも起こる。昔からある。どの社会でもどの集団でも起きるもんだ。止められない。やる奴も決まっている。そいつらはどう責められても、死ぬまでやり続けてしまう。まあ、うまくやってくれ。事件は上に報告しておくから」

 島本師長はそう言って和解を促した。島本の前で恥をかきたくない知念は罪を認め、素直に謝罪した。島本は知念の転勤や出処進退も含めて処罰を考え、派遣登録の会社に打診した。しかし、会社側から大きなお咎めもなく、仲間外れはやめましょうという簡単な島本の言葉で不問となった。

 しばらくは穏便に運んだ。私も、自分の態度を謝り、知念のグループに入れてもらった。同じグループでは結束があるらしい。嫌がらせもほぼなくなった。ただ今回、自分のところにばかり降りかかってくる厄難に閉口するだけで終わらせたくなかった。

 反省もした。学生時代にあった揉め事、社会人時代のトラブル、それらは特殊なパターンでなく、される側の私に問題が解決されていなかったから災難が降りかかってくる。そう考えれば落ち度はあった。周囲の人間にきちんと何をするのかを説明して確認する。同意を得る。誰かを置き去りにせず、仕事を分け合う。全員参加で生まれる達成感や喜びなどの結束を口に出し、褒めたたえ合う。そうした配慮が私に欠けていたのかもしれない。ひと言でいえば協調性の欠如だ。そのような私が一部のグループから嫌われ、彼らが私やTくんのようなタイプを憎んだのは、仕方のなかったことなのかもしれない。

 知念が私を裏切ったことは許せないが、その裏にはやはり事情があった。彼女なりのやむにやまれぬ事情。小さい頃に親から虐待を受けていたらしいよ。AとBのひそひそ話を盗み聞きした。幼少期のトラウマからくる抑圧崇拝。トラウマが思考を支配し、人を苦しめたりいじめたりすることで相手を従わせることしか考えない。そうした邪悪で倒錯した思考の連鎖を断ち切れない知念。

 ただそれだけだ。しかし、人というのはそんなもんだ。少しの違和感や疎外感があるだけで、簡単に距離を置いてしまう。それが修復されないまま放置されていると、今回の裏切りのようなケースになってもおかしくはない。

「死にたい」

 罪がばれたとき、知念は絞り出すように呻いた。いっそ生まれてこなきゃよかったんだよ。そう言い返せたら楽になれる私だった。

 やがて、私が本来の力を発揮できるようになった。年長者として波風を押さえ込み、あるときはきちんと言い含めるなどして、揉め事を収めていくようにした。

 ここに来て十年たち、十五年たち、島本がいないときは、私がこの薬局を牛耳るようになった。私が厳しいルールを定めた。ゴミ捨て、掃除、ロッカーの整頓、鞄の中身をチェックしたり、靴をただしく履いているか、身だしなみは乱れていないか、などなど。従わないものには反省書を書かせる。まるで校則の厳格な学校にいる生活指導係よろしく、ビシビシと鞭を振るった。知念のような嫌がらせを徹底して嫌い、根絶した。その結果、思い描いたように仕事も対人関係も円満に進められるようになり、知念とも気楽に話せる間柄になった。


 事故から三十年のときがたち、私が定年を迎える二年前、引き出しにしまわれていた手紙を投函することにした。その頃、ユアーは東京に戻って働いていた。

 手紙が彼の元に届き、証拠に繋がる可能性の高い品を専門家に調べてもらうという決断を下させた。大きな果実の収穫だった。事故からずいぶんとたち、私たちは彼が所有していたTくんの形見――部屋で焼け残って茶褐色になった粉末――はメキシコ産の草だということを突き止めていた。Sという東横大学教授に鑑定を依頼していたユアーは、結果が得られるのを待って、きょう七月三十一日に皆を呼び出した。

 報告書を持って現れた彼を待っていたのは、私ほか二名だった。私とユアー、ジョーカー、マリエールの四名が席を同じくしていた。四銃士は喫茶店ロメロに集合し、顔を合わせた。

「やあ、元気か。久しぶり」

「それよか、どうなったのよ」

 今か今かと鑑定結果を待ちわびて、一同は彼を急かした。

「びっくりすることがあったのね?」

 はやる私の気持ちを察したマリエールは、

「チヅル。まあ、落ち着きなさいよ」

 と私を宥めた。その結果、次のようなことが判明した。


・メキシコ産の薬草は、ベガルタリスという多年草である。

・ベガルタリスは、マヤ時代から栽培されていた。

・麻薬作用があり、危険な薬草である。

・種子も薬草も輸入は出来ず、規制対象である。

・棚橋陽一はメキシコ帰りに税関検査をすり抜け、薬草の種を密輸したと思われる。


 考古学が専門のS教授によると、太古のマヤ時代からベガルタリスに麻薬作用があるのを人々は知っていて、儀礼や遊興目的で使用していたものらしい。ベガルタリスの種子かその草の粉末を口にした棚橋は幻覚に襲われたのだろうか。いずれにせよ、棚橋は危険な薬草に手を出していた。

「二十五周忌に浮上した謎が解けたわ。女に唆されたTくんはメキシコで危ない薬草を手に入れ、日本へ持ち帰った。彼の下宿にあったアルミの小袋にその種子が入っていたのよ」

 私はみんなを代表して語った。メキシコでそうしたものを入手した経緯と女子学生の関連性は依然として不明のままだった。それが真相の一部だ。パンドラの箱はその蓋を開き始めた。喫茶店で報告書に釘付けとなり、椅子に根を下ろして固まっていた各々は、こう言った。

「棚橋の野郎、やばいことしやがって」

 ユアーは机をドンと叩いた。

「信じられる? あの真面目な棚橋くんがよ」

「そうよ。なにかの間違いよ。薬学研究のためとか、誰かに持ち込まれたとか」

「私もそう思いたい。でもね。事実はそうで、彼の指紋もたくさん付いている。否定できないわ」

「何かの事情で下宿に持っていたとして、それと火事とはどう結び付くんだ? 麻薬で気が狂い火を自分で点けたんじゃないのか」

 ユアーの発言がきっかけで、みんながそれぞれに火事の原因を喋り出した。薬草と火事を結び付けるもの、それとは無関係で、寝込んでしまって火の不始末で火事になったと唱えるもの、薬草を密輸した証拠を隠滅し別事情により自殺放火したと言うもの。諸説が出た。私も仮説を立ててみた。メキシコ旅行でその種子を手に入れたTくんはそれを自室で栽培し、研究と実益で使用していた。彼が残した薬草の粉末を混乱した状況下で私が勘違いしてマグカップに入れてしまう。暗がりの部屋の中、私を強盗と勘違いし強姦しようとして彼は襲ってきた。私は揉み合った末に気絶させてしまう。マグカップの粉末を飲んで、彼は幻覚に襲われた。そして、なにかのはずみで部屋に自ら火を付けた。そういう筋書きを今になって導いた私だったが、仮説は仮説だった。当時出動した消防と警察の現場検証では、失火による事故死と断定され、出火元の確認と写真撮影、遺留品捜索以外の目立った捜査は何も成されなかった。検証範囲外の焼失した証拠品もあったのかもしれない。しかし、たとえ警察が事故を不審に思い遺体を司法解剖に回そうとしても、監察医に麻薬を含む薬物反応など期待することはできない。彼は黒焦げの焼死体だった。私は重い気持ちを振り払い、慎重に言葉を選んで当時の状況を説明し、導き出したシナリオを語って見せた。一同は、何とも言えない顔をして、俯いたりかぶりを振ったりした。

「あのさ。警察の発表を覆すようなシナリオを立てても誰も得をしないんだよな」

「せめて、チヅルの罪の意識が薄らぐのならいいのにね。大変だったね」

 皆は、そう声をかけてくれた。次のような仮設が有力だった。あの晩、マグカップに入っていた麻薬粉末の溶けた水をTくんは飲み、しばらくして幻覚作用に襲われた。そして何かのはずみから部屋にライターで火を放ち、狂乱した状態で炎に包まれ、焼死した。警察の見立てを裏付ける意見だ。消防の発表によれば全焼で、火元は寝床のライターだから、寝たばことみられた。そこが違うだけで自殺か事故死かは不明だが、彼が起こした過失という前提は覆らない。しかし、この仮説は一部の証拠より導いたもので想像の域を出ていない。真実は藪の中、事故は事故のままで当時の再現は頭の中で投影される悲劇のストーリーでしかなかった。筋は繋がるも他人には理解しづらいものだ。実際あのときに、Tくんに何が起きてどういう異常行動に発展したのかは本人しか知り得ない。また、悲劇の仮説も百%そうだとは限らず、仮説を崩す反証は幾らもある。四名は一様に口を閉ざし、もう藪をかき回すことも、あの事故を振り返ることも止め、重い足をそれぞれの家路へと向けて立ち去るのみだった。

 あれから誰一人として、事故を語ることはなく、余計な詮索は誰もしなくなった。全てを知るものは骨となって、この世にいない。あの時と同じく、淡い色をした桜の花が少し淀んだ曇り空に咲いている。奇妙な行動の結末は、説明を逃れるかのように語り部の口を灼熱の炎で塞ぎ、彼の身体は灰燼となった。喫茶店の道端に咲いたタンポポがあの夜のように雨に打たれて葉を揺すっていた。再鑑定の五年前、私は薬剤師長に就いた。もはや、ドーナツ薬局の表裏を知り尽くすものは、私と知念だけになった。あとは、新入りと若手ばかりが数年周期でやめたり入ってきたりの繰り返しが続いていた。島本は退職し、若手も入れ替わる中で、角本が入ってきた。そして私は業務指揮官として、業務管理、人材の育成、指導、監督の日々が始まった。それは同時に忍耐と失望の日々で、命をすり減らす思いも経験させられた。

 あるときには、新薬に関する情報漏洩の疑義を持たれる事件が起きた。長になって二、三年経ったころ、上から圧力がかかった。上というのは登録していた調剤の派遣会社でなく、厚生労働省だ。いわゆる権力のトップ、最高機関からの圧力だった。私が患者に代わって新薬の照会を行った。それを会社に申告し、その是非に対する判断が延期され、厚労省側から却下してきた。会社から言われた。正確には、「未承認薬の存在を認めてはならない。また、その説明責任に関してはそれを行う義務はない。新薬に関する何らの情報も提供してはなららない。そうした情報提供を自粛するように」との通達が出された形だ。

 長として製薬業界の未達事項を漏らすつもりなど毛頭なかった。ただ患者の立場に立ち、なんとかして病気を治して上げたい気持ちから、治癒の可能性を熱弁する余り、患者の口車に乗せられてしまったというべきか。私のミスは認める。が、厳格な意味ではルール違反と呼べないし、結果として行政機関から待ったがかかっただけだ。患者の知る権利と医薬情報提供サイドの秘密保持義務が対立する構図となった。悩ましくあり、難しくもあるテーマだ。会社には迷惑を掛けたこともなかったはずだが、事態の収拾が長引き、途中から雲行きが怪しくなってきた。事件を契機に私がここを去れば事は丸く収まるという類いの話を登録会社の幹部から聞かされた。私も悩み、知念らと話し込んだ。

 彼女は言った。

「長として江畑さんがいないとダメなんです。このドーナツ薬局は。お願いだから仕事を辞めずに、このままここに居て下さい」

 たったひと言。私はそれを待っていた。目の前で言われたかった。そのときまさに知念が口に出してくれた。あなたが必要だ。その言葉を同僚の口から聞きたかった。

 薬剤師としてここに二十年勤務し、上から圧力がかかった。私が退職すれば済んだことなのかもしれない。しばらく休職し、ほとぼりが冷めた頃に別の会社にパートとして登録さえすれば、新しい職場が紹介され、そこで薬剤師として再スタートを切ることは出来る。ただ、島本や知念らの思いはどうなるのか。それがあったからこそ頑張れた。そこには個人の責任の取り方だけでは済まされぬもの、友情と信頼、チームワークがある。それを積み重ね、歩んできた。私ら一人ひとりの薬剤師が何か悪いことをしたのなら先程の話でいいのだろう。事実はそうでない。残された若手、ドーナツ薬局に勤め始めて間もない角本はどうなる? いろいろと考え、悩み、残る決断をした。ここを辞めることなく反省文と報告書を書き上げ、以前と変わらずに長として勤めることを許してもらった。私は厚生労働省という横綱、登録派遣会社という大関に詰め寄られながらも、周囲の声援を受けて徳俵で堪えきり、うっちゃった。そんな気がした。勝負には負けたのかもしれない。が、ドーナツ薬局に残ることはできた。私は知念に感謝の意を表した。昨日の敵は今日の友。そんな言葉が頭に浮かんだ。

 話はレベルが落ちて卑近なことに移るが、知念の娘は成人し女優を目指して演技の腕を磨いていたらしい。何度もオーディションを受けては落ちることの繰り返しで、時給八百円のアルバイトをやりながら、明日のスターを夢見ているという。実家暮らしだから、家族の支えと理解があってこその話だが、娘と知念は意見が対立し、喧嘩することもたびたびで、口答えも絶えなかったとか。深夜の帰宅は当たり前で、ときに家出しては友人宅やオールナイトの店に入り浸ることもあったみたいだ。姉から貰った土産を頑張る娘さんにどうぞとお裾分けしてあげもした。それを受け取った知念は涙目になり、裏に走って行った。それをして彼女を泣かせることになったようだ。母親として、子育てに悩みがあった時期を思い出したのだろう。ロッカーの裏で彼女はむせび泣いていた。床には、ポロポロと流した涙が小さく溜まっている。子どもが小さく、躾が上手くいかないとこぼしていた頃の記憶が蘇ったのか。そんなときに私に激しく当たり、嫌がらせをすることでストレス解消をした。例の処方箋事件あたりのことである。親として、社会人として、最低だった。そんな自分を許し、こうして優しくしてくれるなんて。背中を向け、人の優しさに触れて思わず涙し、素直な気持ちを認める彼女に対し、私は言った。

「私も悪かった。決して、知念を拒否したわけでも認めなかったわけでもないのよ」

 私は彼女の肩に優しく手をかけた。

 その頃から反省し始めたのだろう。以降の彼女は見違えるような成長を遂げた。自覚を持って仕事に取り組み、責任ある言動が目立ってきた。「人の道っていうのかな。娘の成長と共にそれが心に染みてきたのよ」。そんな言葉を、知念が私や周囲に語ってくれるようになった。そんな風に明るく前向きになった彼女を見て、よかったと安堵した。

 さて、私は定年までドーナツ薬局で働き続け、とうとう退職の日、三月三十一日を迎えた。その日は早春の寒さも緩み、年度末の風景、例えば、引っ越しのトラック、花束を手にしたOLを見かけた。そして、最後の奉公をすべく、薬局への道を踏みしめながら歩を進めた。さまざまな思い出の一つひとつを頭でキャプチャしては注釈をつけているうちに、ドーナツ薬局の前に来ていた。

「さて。やっと引退記念日か」

 呟きに呼応する二、三羽の雀がチュンチュンと相づちを打つ。業務が始まり、なぜか静かなままで時が流れていく。あのN薬局時代を彷彿とさせる気がした。仕事は午後五時で終え、引き継ぎも終わった。ふだんは角本がやる床の掃き掃除を、最後は私にやらせてと懇願し、私が決めたルールを自身で実行した。六時まで残務をしようと思っていたら、花束を持って微笑む女が進路に立ちはだかった。

「江畑さん。お疲れ様でした。お別れですね」

「そうね。ここは長かった。たくさんのことを学んだわ。患者から、あなたから」

「あら。私もです。フフフ」

「頑張ってね。後はまかせたわ」

 そう告げて、知念から花束を受け取ると、肩が震えて背中が曲がった。ハンカチで口元を押さえ、避けるようにロッカーで着替えをした。かくして私は薬剤師を辞め、一般人となった。退屈な日々をどうにかやり過ごしながら、私も老いていった。


 三


 退職から三十年。老いた私は、病気に冒されたらしい。覚えてない。覚えることもできない。そういうことが病気であるのも、病名も分からない。自分で判断する能力を失った。認知症とか言うらしい。なんだろう、それは? そして、ここからの話は、物心を失った私の世話をして下さった実習看護学生の手により書き足された物語である。本にして配ってね、と私はミチルさんに頼んだ。

 私は、埼玉県内にある有料老人施設、瑞光園に入所していた。ときどき家に様子を見に来ていた姉に紹介されたらしい。認知症の私は、時間や場所の記憶が曖昧になり、食べてもすぐにご飯を催促するようになるなどして、周囲を悩ませていた矢先のことだった。瑞光園では、多くの人と触れ合う機会が増え、ミチルさんをはじめ、たくさんの若い職員が手を取って私を誘導してくれた。また、毎日が穏やかな時間の中でケアと介護が行われ、私の行動を温かく見守ってくれた。何より、常に言葉を投げ掛けてくれる存在がいることは、とても安心だった。若いスタッフに囲まれて、新しい環境で日々が過ぎていった。

 ある日、施設にベレー帽をかぶった俳優のような老人が現れた。私がケンさんと呼んでいたその方は、記憶のどこかで引っ掛かるものがあったが、私の力では思い出せなかった。私よりも頭のしっかりしたその老人は、自分の名前も生年月日も家族構成もぺらぺらと喋れるし、この施設に入る目的や意味も自身の口からはっきり言える好々爺だった。ただ彼は、足腰が悪くて一人で家事が出来ない状態で、実家で面倒を見てくれる子どもさんもいないために、ここに来た。その日からケンさんに心がときめいた。千鶴さんに笑顔が戻ったよ、と言われることが増えた。自分ではあまり意識していなかった。ああ、こんな素敵な人、初めて! 生きていて良かった。何度も誰に対してもそう言った。純粋に恋をした。日誌にすらそのように書かれたらしい。老いらくの恋が始まった。

 ある朝、ロビーへ向かって歩くケンさんを見かけ、呼び止めた。

「ケンさん。ケンさんですよね」

「え? ……。ああ、そうですよ」

「お話をしてもいいですか」

「どうぞ何なりと」

 二人は窓際のソファーに腰を下ろした。私は、どうしてここに彼がいるのか分からなくなった。

「ケンさん。用は何ですか? 私のこと、気になるかしら」

「別に。……。いや、やはり気になる。君に渡すものがあった。思い出した」

「なあに?」

「あとで読んでくれたらいいから」

 彼は藍色をしたウエストポーチの中から折り畳まれた手紙を取り出し、私に差し出した。

「あなたには私が必要なんだわ。そうでしょう?」

「そうだな。昔もそうだったし、今もそうかもしれない」

 私は手紙より、今という瞬間を大切にしたかった。

「なんだか私たち、他人の気がしませんね。二人はお互いを分かり合えるというか。そのために私たちはここで出会ったのかしら」

「きっとそうだろうな」

「ケンさん、こっちへ」

 私は老人の手を取り、自分の身体へ引き寄せた。

 山のようなシーツを抱えて運びながら、ニコニコ見守るミチルさんが、ソファーの横を通り過ぎる。私は口づけこそしなかったが、その代わりに赤く塗った唇に人差し指をギュッとつけ、その指をケンさんのほっぺたに押し当てた。

「ハンコを押すみたいだね」

「愛の誓いです」私はケンさんに思いを伝えた。

「ハハハ。これはこれは」

 照れた目元に走る皺が、笑顔でさらに数を増している。私は立ち上がるとケンさんを手招きし、廊下の隅まで誘導した。よくぞここまで、というぐらいに大胆な行動を取ろうとしていた。廊下の隅にある部屋の主はチカさんだ。いつも昼まで寝ている。それを知っていた私は、その居室のドアノブを静かに回した。九十度ぐらい開けた。二人の老人をロビー側から見えぬように隠し、ドアの向こうで老いらくのランデブーの続きを繰り広げる。そのつもりだった。

「ケンさん、ありがとう」

 私は無抵抗で為すがままの男性の手を取り、左右に揺すってみたり、私の背中に回させて抱かせたりした。

「ダメよ。ダメ、ダメ。はい、そこまでえ!」

 若い声がし、異変に気付いたミチルさんがドアの向こうに立っていた。彼女はドアを閉め、二人を引き離した。私の企みは中途でへし折られた。あと少しだったのに。残念そうな顔をする私を彼女は簡単に叱った。あとで、「チヅルさんの問題行動」として日誌に書かれるのだろう。別にいいよ。どうせ先が短いからね。

 そして、死ぬ一月前に、私の病気は一時的に正常に戻る。自分で何をしているか、次に何をしたらよいかが判断できるようになった。それをミチルさんに言うと、あわてて長に報告しに飛んでいった。そして、帰ってくると、私にこう言った。

「チヅルさん。このまま退所なさって一人で暮らす? それとも、回復を隠したままここに居たい?」

「隠すわ。私、認知症だったんでしょ? 演技する」

 余りの正確な言い回しに目を丸くして、口から唾か涎をだしたミチルさんはただただ首を何度も上下に振って、私の肩をさするように撫で続けた。

 結局、私は居続けた。この暮らしを手放せない。死ぬまで続けたい。そして、あの人と死ぬまで一緒に寄り添いたい。彼に望むことは私の側にいて欲しい。それだけだった。

 やがて、彼が見せてくれた手紙の意味がのみ込めた。そこに書かれていたこととは、次のようだった。

「前略、チヅルさん。あなたが抱えていた悩みを僕なりに理解した。そして、これを届けること、伝えることが君のためにできるたった一つのことだと思う。これまで、会えずにそれを伝えられなかったことを申し訳なく思う。あの事件。棚橋くんのことだが、あれは仕組まれたものではないか。それが僕の見立てだ。証拠と呼べるものはなく、周囲の証言だけが頼りだし、もう死んだ者もいて、当時のことを正確に再現することは不可能だ。しかし、君のしたことは何も悪くない。あの当時、棚橋のことを悪く思うやつがいた。加藤だ。加藤輝義。加藤が辻本を使って、棚橋に接近させた。そして、あの晩、待ち伏せていた辻本が、棚橋の部屋から君が出たのと入れ違いに侵入し、倒れていた棚橋に薬草を飲ませた(中略)。たぶんそのように自殺偽装をし、加藤の計画を実行した。辻本は部屋に放火した。警察も事故死と片付けたので、彼らに捜査の手は及ばなかった。僕も、加藤がそれほど棚橋を憎んでいたことをごく最近まで知らなかった。人間て、わからないものだ。棚橋の実直さを憎んだらしい。下世話な見方をすれば、君のことを好きだった加藤が、君の恋愛対象の棚橋を憎んだと言った方がいいのかもしれない。そして、本当に謝るべきは、自分の不実である。自分は入学時からC製薬に入りたかった。加藤輝義の父は当時C社の人事部長で、入学して以来、僕は加藤に取り入った。君らは気付かなかったかもしれない。君という存在を不満分子らのスケープゴートにしてしまった。加藤と君らの間で僕の心も揺れた。もしやと思ったが、言う勇気がなかった。たとえ証拠を集めても、加藤親子はC社の重役と社員で、自分もその会社に勤める身だ。どうにもならなかった。許してくれ。いまでも後悔している。輝義も僕も同じC社員だったのは、本当に君たちを不幸な目にあわせてしまった。そして、少し前、輝義は副社長になり、役員の僕に圧力をかけてきた。僕は、家族や人生を抱える身を案じ、やむを得ず君へ協力することを諦めた。すまない。あいつらにしても、若さ故の暴走かもしれない。加藤も辻本も後ろめたさを抱えたまま社会に出て、普通に暮らしていた。彼らが根っからの悪人であるわけでもない。ただ、あの頃、加藤らが抱いた嫉妬心は、彼らですらその恐ろしさを充分理解できなかっただろう。善良な者への当てつけだったかもしれないが、あんな結末を迎えてよいはずがない。加藤や辻本も、高齢で既にこの世にいない。僕も含めてみんなを許してやってくれ」。

 そうだったのか。辻本香里がTくんにメキシコの魅力を吹き込んだのも、メキシコ旅行に途中から偶然を装って合流したのも、すべては辻本と加藤の策略だったか。そうとは知らなかった。彼がメキシコで手に入れた薬草を自分であの晩飲んだのでなく、あとから部屋に来た辻本に飲まされて昏睡状態にさせられた。辻本は部屋に火をつけ、棚橋は焼死せねばならなかった。放火殺人と偽装工作を実行した辻本、それを指南した加藤は、それぞれ事故や病気で既に亡くなり、私が復讐する機会も与えられない。Tくんと対立していた加藤輝義も悪いが、そいつの野心を少しでも気付いてあげられたら。いや、Tくん本人にその警戒心があれば……。いろいろな感情が、年老いた私の頭でゆっくりと渦を巻き、消えては浮かび、浮かんでは消えていく。私だって、足の悪いケンさんがこうして老人ホームに入所してこなければ何も知らなかった。自分が事故死の引き金を引いたと責め続けたまま、一生を終えるところだった。しかし、すべては、白髪の王子、ケンさんが認知症の私の前に現れ、彼が推測した棚橋事件の真相を知らせてくれた。一時的に症状がひいた私は、それを理解して思った。生きていくために私をいじめるしか仕方のなかった人たちがいる。長い人生、色々と言いたいことも互いにあっただろう。が、いつの世もそうして人は生きてきたし、これからもそれは変わらない。あの頃、人はああ言ったし、別の人はこんなことをしてきた。それもこれもみんな何かにぶつかりながら逞しく生き、いずれは死んでいく。誰が正しかろうと悪かろうと、人は人を傷つけながら何かを為す生き物だ。誰をも責めることはできない。でも、そこに私がいたことも忘れないでよね。

 私は肩を落とし、老人ホームの窓に沈む夕陽を見つめた。私は救われた。と同時に、もはや何のわだかまりもなくなり、自分の悔恨の人生、苛まれ続けた人生はいったいなんだったろうかと思った。皺だらけの波打った肌にきれいな小川が目から流れ出し、いくつかに分かれて流れ落ちた。ポタポタ、ポタポタ。それを見たミチルさんが、優しい言葉をかけてくれた。

「チヅルさん、泣かないの。神様がぜーんぶ、許してくださるのよ」

 ヒトの心は決して綺麗ではない。いじめ、対立、葛藤。毎日生きていれば誰しもが遭遇する。ユアーを始め、死んだ加藤や辻本、そのグループの連中までを、私は慈悲の心で許した。私は、真面目でいられたことを親に感謝する。どんなに攻撃されようと、やってはいけないことまでやらなくて済んだ。嫉妬、憎悪、神の仕業。ヒト同士が争うように仕向けられたのは、きっとそう。私は思った。人間が全てを滅ぼすほど強いから、人間同士を争わせる汚い心を神が持たせた。正義や芸術、科学が美しいのは汚い心から解放された結晶なのかもね。なにかを思案しては、笑いがこみ上げて微笑む姿に、みんなは呆気にとられていた。

 一週間後、私はだんだんに考えていることが薄れだした。いけない。元に戻る。そこでミチルさんに書いてもらったメモ紙をポケットから出して、くしゃくしゃのそれを広げて皺を伸ばした。ああ、これだけは言わなくちゃ。メモをミチルさんに見せびらかすと、彼女は満面の笑みに大きな身振りで、「チヅルちゃん、ファイト」と言った。私の弱々しい小さな両手が咲き終えた花のようにゆっくりと閉じた。それを見たミチルさんはベッドに寄り添い、私の手を自分の手でそっと覆ってくれた。

 その翌日、ホールにいたケンさんを呼び止めて、メモを見ながら私は言った。

「ケンさん。一緒に踊ってくれますか」

 微笑んだ私は彼に歩み寄ると、彼の長い手を取ってワルツのステップを踏んだ。むろん、彼は足が悪いので、長い手を左右にスイングして私を振り回すだけしか出来ない。彼が人形遣いで、私は糸の付いた操り人形のように操られて、踊りを楽しんでいる。一人でユラリユラリと体を揺らした。知っていた。私のダンスパートナーが、湯浅淳平であることを。だけど言わない。言えない。ここに居たいから。病気の振りをしてでも、ユアーとの最後の想い出を、あの世まで持って行きたい。気分は高揚していた。しかし、それを邪魔する白い閃光が走った。次の瞬間、白い視界が辺りを包み、私は胸を押さえてうずくまる。発作。激しく咳き込んだ。苦しい。だ、だ・れ・か……。肺の辺り、胸。そこら辺を押さえ、呻いた。あわてた職員が駆け寄り、私の身体を抱きかかえ、自室のベッドまで運んでくれた。しばらくすると鈍痛は治まり、ボンヤリとした時が流れる。時計の針だけがコチコチと定期演奏を奏でる。すると、聞き覚えのある声がした。

「お姫様、大丈夫かい」

 ケンさんだった。心配して、長い間、付き添ってくれたのか。その日は、食事の時に起きる以外はずっとベッドに身体を横たえて安静に過ごした。私が姫で彼は王子か。それが本当ならば、夢の中でも現実世界でも、私を襲う病魔を退治してほしかった。王子の力で。王子の剣で。魔物をひと突きにしてほしい。私の願望が甘い妄想を誘い込み、夢見心地のままで夜を迎える。私はウトウトと眠りこけ、朝まで起きなかった。いい思い出もそこまでだった。

 二日たち、三日して、私の表情も乏しくなっていたらしい。食欲は落ち、老人の悲しい現実が私を揺さぶった。私の病気は進行した。もうダメかもしれない。ああ、私の人生はなんだったのだろう。そばにいる、この女の人は分かるが、ときどき手をとってくれる老人は誰なんだろうか。認知症が、時をユアーが来る前に戻してしまった。やがて体が重くなり、ベッドで寝て過ごす日々が何日か、何週間か続いた。

 ある日、気持ちの良い朝が来た。ミチルさんは、窓をあけて空気を入れる。なんにも考えず、天井を見つめていると昼になる。食事をとった。また流動食だ。しばらくすると、足の悪い老人が部屋を訪れてくれた。元気そうな彼は部屋に入ると、私のベッドに近寄ってくる。私は目を閉じて眠っていた。彼は言った。

「現実はいつも残酷だ。しかし、ごく稀に希望が天使に姿を変えて僕に囁いてくる。それは気まぐれでいつ起こるとも知れない。天使はこう言う。『さあ、立ち上がってよ。元気を出して前を向くの。きっと報われるから』と。そんな空想を思い描ける人はきっと幸せなんだ。僕もそうだし、チヅルさんもそうなんだよ」

 私の頬を指でトントンと叩いたミチルさんは、

「チヅルさん、良かったね。『あの世で会いましょう』って」

 と、元恋人の優しい言葉を単純な言葉に翻訳して伝えてくれる。既に意識のなくなっていた私の顔を、午後の陽射しが照らし出した。ベッドで安らかに眠る横顔を見て、私があの世へ旅立ったとミチルさんは思ったらしい。彼女は私の顔を手で柔らかく包み込むと、こっくり頷き、ゆっくりした足取りで瑞光園のリーダーを呼びに行った。その日が、九十二歳の生涯を閉じる日となった。

                                      (了)

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