1 (薬科大生チヅルの学生時代)
一
大学に貼り出された掲示物。その数字の羅列をたどる細い指が動いた。六桁の数字が書き込まれたメモの番号に何度も目を落としながら、綺麗に等間隔で並んでいる数字を丹念に確認しつつ進む指は、すーっと上から下へと動き、ある番号の所で止まった。
「あった! あったわ」大声で私は叫んだ。
「やったあ! 良かったね、チヅル」友人もえびす顔だ。
「うん、ありがとう」
私は入試の合否結果に対して自信があったが、不安な気持ちもあり、友だちの和美に付き添いを頼んで、キャンパスに来てもらった。彼女は、推薦で別の私大に二ヶ月前に入学が決定しており、私よりも早く大学の寮生活の準備を始めていた。今日は天気も良く、喫茶店で紅茶のケーキセットを奢るからと約束して用心棒として来てもらった。用心棒の割には背が低く小柄だが、私の受けた大学は共学であり、変な男子学生が来れば和美に凄まじい勢いで追い返してもらおうとの期待があった。高校時代、そうした修羅場を何度も彼女の助けでくぐってきた。
私は都内の大学入試を受けた。そして今日、見事に合格の二文字を手にした。二人の通う大学こそ違うものとなったが、変わらぬ友情を深め合う仲だった。まさか、私と友人の距離がどんどん離れて遠くなる未来など、まだ想像できる年頃ではなかった。まだ冷たい春風に薄雲がたなびく中、生成り色のトレンチコートの襟元を立てながら手袋を外した私は、無邪気に和美とハイタッチした。和美は自分が受かったようにピョンピョンと元気よく跳ねて、勝手に他の受験生が撮る写真の端に入り込んだり、わざわざ掲示板まで歩み寄って私の番号を指差し、空いた方の手でVサインを作った。しまいには、知らないおじさんのファインダーにまで収まっていた。
一ヶ月後、広い大学敷地内の並木道をせわしなく歩く私の姿があった。私は聖マドレーヌ薬科大学に合格して新入生となった。一学期のカリキュラムを申請する期間で、カリキュラム表を小脇に抱えて、まだ慣れない建物を東へ西へと移動するので精一杯の毎日を過ごしていた。大学生として忙しい季節が始まっていた。
散った桜の花びらが道路の排水溝付近にたまり、雨で一緒に流れついた土や泥とひしめきあって、春の陽射しを浴びていた。
私が属する教室のクラスメートの一人に、棚橋陽一くんがいた。彼は私の斜め前に座ったり、最前列に陣取ったりして、真面目に一般教養の講義を受けていた。背が高くて色白のお坊ちゃんのようなイメージが漂う彼は、愛知県出身だった。東京に出てきて日の浅い棚橋くんは訛りが抜けず、江戸っ子の湯浅くんたちからいつもからかわれていた。第二外国語がドイツ語で、それは必修科目であった。が、「棚橋は、まず標準語から習得しなきゃならないよね」と言われたり、「その服、ちょっとセンスないよな。だから地方出身者は垢抜けないんだよ」なんて言われたりもしていて、私は棚橋くんが少し可哀相に感じていた。そう言われた本人は顔を赤くしてうつむくと、なにやらブツブツと呟いているばかりだった。
四月の最終週に、私はあるサークルに入会し、歓迎会を開いてもらった。
「さあ、新入生諸君。今夜は先輩たちが君らの酒代を奢りますから大いに盛り上げて下さい。では、かんぱーい」
ジャン、ジャン。グラスやジョッキがぶつかる音が、店内の一角に響き渡る。ここは大学キャンパスから徒歩で三分の場所にある横丁で、端から四軒目の居酒屋、「カスタード亭」という行きつけの飲み屋だった。
「はい。では、乾杯に続いて恒例の自己紹介ね。はい、新入生は手を挙げて。では、そこの君からどうぞ!」
考える間も与えられず、先輩に指を差された新入生の君島くんは、コホンと小さな咳払いをすると、座敷に敷かれた青色の座布団から立ち上がり、自己紹介を始めた。
「えー、私は君島です。マドレーヌ大は名前がお洒落なので入りました。え? サークル? ここのサークルには……。えーと。どうして入ったかは忘れてしまいました。上から書いても下から書いても君島君です。以上、よろしくです」
ワハハハ。おもしれえ奴だ。乾いた拍手の音が鳴る。適当に効果音が挟まれ、それが静まるまで慎重に待っていた可愛い女子が、ニコリと微笑んで立ち上がった。
「はい、皆さん。あたしは、上條佳代です。かみじょうかよー、って言うだけで名前全部になっちゃいます。ジョーカーって呼んで下さい」
「は? 何それ」
「かみ・じょうか・よ。『じょうか』が『ジョーカー』ですからね。トランプのジョーカーみたいにあたしを切り札にして下さい。ウフ」
「おー、可愛いじゃん」
「ああ、なるほどね。では、次の人」
思わず面食らった先輩は、奇抜なアピールを受けて目を丸くしている。初対面で、名前だけでも十数名覚える苦労があるのに、あろうことか渾名までも覚えなくてはならず、呆れ顔の先輩もいれば、えびす顔の優しい先輩もいる。私はそうした先輩たちの反応を見聞きするだけでますます宴会が楽しく感じられた。お酒もすすんだ。しばらく、追加の注文をしたり、トイレのために中座したりで、自己紹介の間があき、私のは忘れられたのかなとほろ酔いでボンヤリしながらお酌をしていた。すると、自己紹介が復活して途切れ途切れで蛇行しながら、やっと私のところにたどり着いた。
「えっと、江畑千鶴です。下の名前だけでも覚えて下さい。コアラが好きです。チヅルちゃんでーす」
両手を広げて軽くウインクした私は、酔いにまかせて女の色気と愛嬌をふりまいてみた。少し卑怯な手段に訴えたかもしれない。内心、小さな汗が垂れかけた。
「チヅルちゃんね。どんな字書くの?」
早速名前に食いついた男の先輩がからんできた。
「千に鶴で『チヅル』です」
私も丁寧に教えてあげた。声が聞き取れない向こうの方の先輩方にも、数回名前の講釈をしてあげた。それが飽きてきて、鞄からルーズリーフの白紙を出し、ボールペンで紙一杯に、「チヅル 千鶴」と大きく書いた。ちょっと恥ずかしい。だって、赤ちゃんの命名じゃあるまいし。でも、覚えてもらえるならと必死になってやりとげた。この空気は壊せないわ。そう観念した。私は、順番が済んでからルーズリーフ披露までの間、舞い上がっていた。サワーを頼んだり、ビールをコップにつがれたり、先輩の話を聞き入ったりで、私の後に行われた自己紹介の続きを真剣には聞いていなかった。
「さて。新入生の自己紹介も無事に終わりました。では、会長の挨拶をお願いします」
「はい、皆さん。宴もたけなわですが、こちらに注目。私が今紹介に預かった会長の川尻です。練習や大会が始まると、私の力が必要になりますので、下級生の方々は今のうちによく顔を覚えておいて下さい」
「川尻さんは長身でハンサムだから、すぐに覚えました!」
なぜか、川尻会長のファンとおぼしき黄色い声が、間髪入れずに私の耳に届いた。気付けば、私の隣にも新入生が座っていた。私の方は、舞い上がるわ酔いが回ってくるわで、女子の先輩と間違え、頭を小さく下げた。
「先輩、はじめまして。チヅルと申します。お名前は?」
私は訊ねた。すると、その女子はケラケラと笑い出して、
「あなたも新入生よね。千に鶴の。私も新入生。マリエと言うのよ。よろしくね」
と明るく言い放ち、私の肩をポンポンと叩いた。ああ、この子も同じだったか。
「あ、そうなんだ。このテニスサークルに入った理由は?」
「うーん。テニスしたことなかったし、信州のペンションとか行ってみたかったし。軽井沢のテニスコートって憧れない?」
「ああ、そうね。そりゃ憧れちゃうわ。私も初心者なの。仲良くしましょうね」
その宴会で隣同士になった夜から、マリエとの付き合いが始まった。彼女とは大人になった今でも時々会ってお茶する程度の交友関係が続いている。宴会のあとで名前の書き方を聞き出して、「万里江」ちゃんだと知った。私が「千鶴」の千で、万里江が「万」だから、千より上の万なのか、と妙に納得した。それで私はマリエに頭が上がらないのかとも思った。それは多少こじつけだが、マリエちゃんは肝の据わったスケバンタイプの女ボス的存在へと成長していった。猫をかぶっていたのは、あの夜の歓迎コンパの時だけだった。実際、歓迎会のあと、すぐにやってきたゴールデンウィークのテニス合宿で、彼女は一年女子のマネージャーのように振る舞いだした。合宿は河口湖で行われた。
テニスコートでは先輩同士のラリーが続き、ボールがコロコロと転がり、散乱する。
「ジョーカーさん。そっちのボールはまかせたわよ」
「はい」
「ああ、だめだめ。君島くんは女子に近付かないの。君は、フェンスを越えてコートの外に出たボールを拾い集めてきて」
「ああ、分かったよ」
「川尻先輩、はい、タオルをどうぞ。他に何か? あ、はい。分かりました。チヅル! ジュース買ってきてちょうだい。炭酸系にしてよ、いいわね。お金? 自分で立て替えなさいよ!」
マリエの的確な指示はこんな具合だった。た、頼もしい番長誕生だわ。当時の私はそう思った。
運動部ないしは運動系サークルに所属する理由は、人さまざまだろうが、スポーツを通じて男女や先輩後輩同級生が仲良くするという大きな目標は、みんな共通している。そのように私は思う。さらに言うと、薬学実験のレポートや、何十年にもわたって行われてきた教授たちの試験問題とその模範解答のコピーというありがたい情報ノートが入手できることは、大いに学業の負担を軽くしてくれると巷では言われていた。私もそれは同感だった。その噂を信じて、当時は文武両道の精神を持って、なにごとにも一所懸命に取り組む私だった。でも、テニスとか合宿とかにも、やはり一種の憧れと刺激を感じて惹かれていたのは確かであり、それは多くの新入生と変わりはなかったと思う。
サークル名? ああ。それをまだ書いていなかったか。聖マドレーヌ薬大にちなんで、私の属したテニスサークルの名は、「バニラ・アンド・ストロベリー(通称バニベリ)」だった。なんだか思い返すと、この大学にまつわるものやキャンパス界隈がすべてお菓子に関する名前や材料の名称で、すごくこっぱずかしい。本当、どうかしてる。初代学長が大の洋菓子ファンでマドレーヌ好きだったから、無理矢理に大学名にその名を入れたという伝説は、学生の間でも有名な話だった。
春の合宿を終了して五月末ぐらいから、ようやく同級生や先輩男女の顔と名前の一致率が上昇してきた。名前が浮かばないときは、マリエを探して彼女に聞いた。「ねぇ、あの人、なんて名前だっけ」。「えー、忘れたの? 〇〇さんでしょ」。百発百中だ。彼女は、薬品の名前もそうだが、固有名詞は片っ端から覚えているように見えた。めっぽう暗記物には強くて得意だったのだろう。だから、頼りにされてたし、彼女の言うことに誰も異を唱える人なんていなかった。分かる気がする。あんなに神経が太くて物怖じしないで、はっきりと口をきけるんだから大物だ。その頃の一年女子の間でも、そんな評判が立っていた。実際、彼女の大物ぶりは、社会人になってから大いに発揮された。製薬会社に就職して五年ほどたち、転職したマリエは友人たちと小さな会社を起業した。今じゃ、そこの女社長をやっている。健康美容会社、「marie & cool」とかいう横文字の会社名だ。最近でも頻繁に女性雑誌やテレビCMに広告が出ている。すごい同期がいたもんだ。どうせ私なんて、しがない勤め人だ。
さて、私、マリエ、ジョーカーこと佳代の三人を中心に、一年女子はバニラ・アンド・ストロベリーで互いの結束と友情を深めていった。もちろん、勉強もたいへんではあった。分厚い専門書をガイダンスのあとに買い込み、三年生ぐらいになると、病気の名称や治療法、健康一般、薬の人体への影響などの知識、新薬の作用などを一所懸命に覚えた。到底二十そこらの大学生が網羅できる分量の知識ではない。だから、××辞典、××便覧は、机上のお供で必携品となる。昔に使われた薬や治療法なんて覚えなくても、今よく使われている薬のことだけを覚えればいいじゃん、と何度も愚痴をこぼしたこともあった。それでも私を始め多くの学生は、与えられた書籍を読みこなし、ある程度の内容と知識を頭に詰め込んだ。薬局で働くため、研究所で白衣を着て三角フラスコや試験管を振るためにだ。病気で苦しむ患者にいい薬を届ける人間になるためには避けて通れない道がある。幾多の先輩方がその道を通り、四年間ないし六年間の薬学を修め、社会人として巣立っていった。それは私に課してきた約束事だ。聖マドレーヌ薬科大学を受験しようと決めた高一の冬からせっせと情報を集め、進路指導を担当する先生の話や薬剤師の知り合いの方の話に耳を傾けるたびに薬学で身を立てると覚悟した。あれをするにはこれをしなきゃならない。そうすると次にはこれとそれが待ち受けていて、それらをクリアしなければその先に行けない。そうした全てをクリアする決心はある。その自問自答の中で見えない承諾書にサインすることを繰り返し、こうして薬大のキャンパスの中で、それに向き合っている私がいる。
書籍や専門書だけではない。実験とレポート作成もとても重要だ。単位を伴うことではあるし、何より、手順書に書かれた通りに実行していかないと思わしい結果にはならない。それなりの基礎技術を実験を通じて習得しておかないと、私の将来において大きな欠陥を抱えることになる。いや、そうだとしたら、もはや薬剤師や研究員としての未来は終わっているのかも知れない。だから、マウスを扱うことにも慣れてきて実験を繰り返して夜遅くに帰宅する生活が続いても、絶対に逃げ出すことは許されなかった。
そうは言っても四年間の学生生活というのは長丁場である。早朝の講義から深夜の実験まで忙しい合間を縫って、私たちはテニスサークルにもたびたび顔を出した。一年生の頃はボール拾いしかさせてもらえなかったが、先輩の綺麗で流れるような打撃フォームやフォロースルーをずっと眺めているだけで心地よく、幸せなひと時を過ごせた。ああ、私も三年生ぐらいになると、ああしてラリーを続けたり、試合形式で打ちあったり、ボレーを決められるんだ。勉学のストレスをコートの中で発散する、若者らしい若者になれるんだと思う私だった。
春のほんわかした空気も落ち着いてきて、授業や課題に苦しみ出していたのは、梅雨入りしていた頃だったか。そんなある日、私はジョーカーとともに、図書室で調べ物ついでに課題として出された英文の和訳――ネイチャー誌に掲載された科学ニュースの和訳――をしていた。
「ねえ。この単語の訳、合ってる?」
「どれどれ。それ、違うよ。cell は細胞」
薄暗い図書室をほのかに照らす白熱灯の下に二人はいた。部屋の中央付近や柱の周りは暗めなのでさけて、灰色の曇り空を背景にした窓際に、私達は席をとっていた。しばらく、二人でお喋りをしたり、有機化学の名称を覚えるコツなどを教え合ったりしたあと、英語の課題に取り組むこと十分が経った頃か。図書室へ続く廊下をコツコツと音を響かせて歩く足音が聞こえてきた。
「誰か来たわね。誰かしら? キミシマくんだったりして」
「なんでキミシマなの? 気があるの? カヨったら!」
「いえいえ、そんなんじゃないけど」
――ガチャガチャ。
錆びた金メッキのドアノブを回す音が、波を打ったかのように静かな図書室の狭い空間に響いた。ツカツカツカと革靴が床を蹴る固く乾いた音が反射して、書棚からこちらへ向かってくる。
「ああ。チヅルか」
音を鳴らすのを止めた足音の主が口をきいた。湯浅くんだった。
「何か用なの?」
少し間延びした誠意のこもらない言い方だったか。それを感じたように、少し口を開きかけて言うべき言葉を呑み込んだ彼は、こう言った。
「あのさ。次の講義は休講。さっき二十四号室に掲示物が貼り出されてたよ」
「えー! そうなの? K先生の無機化学でしょ? もっと早く知りたかったわあ」
「そうよね。どうする、チヅル? フリータイムが伸びちゃったわね」
「うん。どうしよう……。あ! 湯浅くん、時間ある?」
「あるけど、なんだよ」
「空き時間にボウリングでもしない? 渋谷に出てさ」
「オレ、金ないし。いいよ。二人で行ってきな」
「えー、ケチ! 女二人じゃ、つまんないわよ」
「んなこと言われても。じゃあ、棚橋を呼んでくるから。あいつに連れてってもらえよ」
「うん、そうする。棚橋くんと行くもん」
「一コマ九十分だからな。間違うなよ」
「へえんだ。もう慣れたわよお。ちゃんと時計見て確認しながら戻って来るわよーだ」
私は右手で目の下を引っ張って毒づいた。
しばらくすると、湯浅の代役を申しつけられたお人好しの棚橋くんが、汗をふきふきやってきた。
「やあ。待たせたね。そういうわけで、行こうか? 地下鉄で渋谷に出よう」
棚橋くんは、元気に誘ってきた。
「はーい!」
この頃の素直な私にとって、棚橋くんに惹かれているのと遊ぶのは、化学天秤でも水平に釣り合っていた。
そうして三人は連れ立って渋谷に繰り出し、久々の息抜きを楽しんだ。平日の午前中のせいもあってか、ボウリング場は空いていて、待ち時間もなくすぐにゲームを始められた。一ゲーム半を楽しんだ。
「帰りの時間も加味して計算したら、ボウリングを二ゲーム楽しむ時間的余裕はないよ」
棚橋くんは忠告した。実際、すこし時間が余ったが、途中でやめて正解だった。私はストライクがゼロだったが、スペアを二つ取れた。ジョーカーはどちらもゼロでガーターを出しまくり、明らかに場の空気をしらけさせていた。だから、自販機でジュースを買って休憩したり、私のスペアや棚橋くんのストライクに大はしゃぎでピョンピョン跳ね回ることでムードメーカーを決め込んでいるように見えた。勝負の方はと言うと、私がハンディキャップ三十で、ジョーカーがハンデ五十の設定でゲームを開始して、そのハンデを足した合計得点で棚橋くんのトータルを上回り、ジョーカーの判定勝ちとなった。まさに切り札そのもの。帰りの道中ではジョーカーが、「スコアはともかく、勝負は勝負よ。勝ったのは、私。また行きたいね」とはしゃいでいた。私は、はしゃぐ彼女の横で、棚橋くんに小さく折り畳んだメモを彼の手に握らせていた。「こんど、遊びに行きませんか? 〇三ー三八二×―×× チヅル」と書いたメモだ。今でこそ、携帯のアドレスだったり、スマートフォンの番号だったりするらしいが、私の学生時代はまだアナログの時代だ。相手に何かを連絡するのは手紙を投函するか、電話番号を伝えるか、駅の伝言板にチョーク書きするかしかなかった。住所録がたいへん貴重で、個人情報が筒抜けだった。牧歌的で呑気な時代だったと思う。棚橋くんにメモを渡した私は、授業のノートを取っている間も、チラチラと彼の方を見てはその反応を確かめた。棚橋くんは、当時から部活をせず、真面目に勉学と家庭教師のアルバイトのみをしていた。授業は六時限まであり、遅くなると十八時近くになる。そういう状況をみて、彼は生徒の親御さんと交渉した。遅くなる曜日を中心にバイトの日程を組んで、週に三日をアルバイトの時間に割いていた。名古屋の某病院に勤務する医者の息子だからか、親譲りで頭も元々いい。親から仕送りをしてもらえる身分だった棚橋くんは、交渉の場でもう一つ重要な申し出をした。すなわち報酬を千円安くする代わりに、夕飯もご馳走してほしいという条件を出したという。当時の男子学生がよく使った手である。その条件のお陰で、週三日は晩御飯の心配をしなくても済む。これは男子学生で一人暮らしの若者にとって、非常に大きなことだよ、と棚橋くんは周囲に自慢していた。そういう真面目で純朴な所が私の気に入ったところの一つだ。私の足りない、彼を見習って私にも取り入れたい面だった。その頃、ジョーカーに私の気になる人の話をしていた。その話のときは、いつも盛り上がった。
「やっぱり、男の人ってさ。尊敬できる部分が大事よね」
「そうよ。絶対にそう! 『うわあーすごい! 尊敬する』ってところがないと、嫌よ。好きになれないわ」
「カヨもそう? 私もよ。……、それで、Tくんって、いい人でしょ?」
「そうね。真面目だし。純情な田舎青年って感じするし」
「ええー。田舎青年はないよ。カッペじゃないったら!」
「あら? チヅルったら。Tくんをかばってる! しかも顔赤くして。気があるの?」
「い、いやーん。この部屋暑くない?」
「ああ。図星だ。誤魔化せないよ!」
「……」
「Tくんの好きな人。あたし、知ってるもんね」
「えー。誰、誰? 私以外?」
私はジョーカーの肩に両手を掛けて、思わず揺さぶった。よく覚えていなかったが、それはかなりの力だったらしい。真剣だったから致し方ない。
「ちょっと、やめてよ。肩が壊れちゃうわ。で、なんだっけ?」
「じらさないでよお。好きな人よ、Tくんの」
「ああ、それね。実家のお母さんらしいわよ。ふふふ」
「なーんだ。なにそれ? 答になってない! 異性として好きな人は誰なのよっ!」
「鼻息荒い子ねえ。本当に、しょうがないんだから。知らないわよ。ま、噂で聞いた話だと、スポーツ好きでおとなし目の女子ってことになってるけど」
「ガビーン。スポーツしているけど、私、おとなしくないわ」
「そうみたいね。残念ね。ま、次頑張りなさいよ」
「やだ。あきらめないから」
「はあ、その熱意を勉強に向けて欲しいわ。その名前、間違えてるわよ。その化学式はアンモニアじゃないでしょうが。アニリンだから。除光液のアセトンは出来てるね」
だいたいがこの手のパターンで、はぐらかされて終わるのだった。棚橋くんがあのメモをどうしたのかは知らない。一度、夜遅くに誰かから電話が掛かってきた。受話器が何度も鳴ったが、間に合わなかった。お風呂に浸かっていたときだ。電話の主は彼からか、サークルの女子や先輩、クラスメートからか分からずじまいだった。その後も彼からの電話は全然なかった。当時の電話機だと番号は表示されない。かけ直すことも出来ない。だから、鳴るのが命だ。何度も後悔した。留守番機能が付いた新製品の電話機に買い換えておけば良かったと。真面目な彼のことだ。用事がないと掛けてはこないだろう。また、遊びに行く場所を聞いて判断するだろうし、行く場所によっては断ってくることも考えられる。そんな堅物を好きになってしまった私だった。その割に最近の彼ったら、私が他の男子と話し込んでいたら、「何なに?」って割り込んでくるようになったのはなぜだろうか。ときどき私が彼を二、三秒見ていると、彼は顔をそらしたり、下に向けたりする。それも疑問だ。私の思い過ごしなのか。一途な思いを胸に、揺れる乙女心は亀の歩みのようにゆっくり着実にゴール目指して前進して行った。
そして一年の秋、私は友だちを巻き込んで実力行使に及んだ。その結果は期待外れであり、以降は片思いの気持ちを封印して湯浅くんに徐々に接近していくことにした。あれは二年の春過ぎ、Tくんをあきらめて半年我慢してからのことだった。
Tくんへの片思いのもやもやを湯浅くんへのラブモーションにすぐに結びつけなかったが、彼をストレス解消のため、少し不細工なぬいぐるみ人形に見立てて、私はなにかとお節介をかけていた。それが二年の春過ぎ、六月頃のことだった。晴れない気持ちを梅雨のせいにしたこともあったが、あとで振り返ったら、片思いの代償行動だったようだ。例えば、こんなことをしていた。あるとき、バニベリの練習が学外だった。大学構内のテニスコートは幾つかのサークルで共同使用しており、毎月初めの抽選会でくじが外れた場合には、学内コートを使用できなくなることも少なくなかった。そのケースに当たったとき、都内の公園にあるテニスコートを使って、夕方からナイター時間帯での練習が行われた。その練習中に、君島くんと湯浅くん二人は、お互いに示し合わせたのか、他のプレーヤーの試合を眺める上級生たちの目を盗んで、隣のコートに転がっている真新しいおろし立てのテニスボールを自分らのラケットの上に拾い集めては自分たちのコートに運び込んでいた。そういうことは、隣でプレーする別グループからすればはた迷惑で、窃盗と同じだ。スポーツ選手としてはやってはいけないあるまじき行為だ。さも、自分らのボールがよそのコートに迷い込んだから回収していますよ、というような顔をしているが、それら新品のボールはそこで練習しているグループが打ったボールだ。転がって隣のコートの隅にたまっているもので、そのグループが集めるべき彼らのボールなのだ。実際問題、コートが隣り合っていて、同じ色のテニスボールをどちらも使っていると、得てしてお互いのボールが混じり合うことはよくあることだし、多少は避けられない。しかし、その事態をそのグループが見つけて公園の管理人に知らせたら喧嘩になる。管理人によっては今後の聖マドレーヌ薬大の出入り禁止や使用中止にいたる事態に発展することも考えられる。彼らがそうしたトラブルの元をせっせと作っていた。起きた事態に対してバニベリ内で囁かれたひそひそ話を立ち聞きするまでは、そうした事情が飲み込めなかった私だった。すぐに考えが及ばない私は、無邪気な好奇心で二人に近寄り、声を掛けた。
「ねえ。なにしてるの?」
不意を突かれた男子二名は明らかにあわてたらしく、テニスボールをたくさん載せたラケットから幾つものボールがポンポンと落ちては跳ねて転がった。
「え? 別に……」
「私も手伝おうか? 私なら、二人だけでやらずに、みんなを呼んで一斉にやるけどね」
私は二人の顔を見比べながら笑った。あどけなく笑ったらしい。私はただ笑っただけのつもりだったが、あとで私の言動を再現した湯浅くんは、私の幼い声と言葉の連想からか、そう表現した。とにかく、それを聞いて男子たちは吹き出した。ゲラゲラゲラ、とひとしきり笑ったあとで、湯浅くんが近寄ってきて、こう言った。
「面白い子だな。君って」
「そうかしら」
私は自身の性格の特徴を分かってはいたが、わざと懐疑的なイントネーションで言葉を発し、好きな相手に対して可愛らしく振る舞った。
「そうだよ。オレとは哲学が違っているよ」
「なにそれ?」
意味不明の友人に、今度は本気で閉口した。
「そう言うんだよ。物事を通す流儀が違うことをね。親父がよく言ってたぜ」
「そうなの? 初めて聞いたわ」
相手の方が大人な気がした。ここは引き下がろう。私は思った。しばらくたって、ようやく我々のしでかしたことに気付いた上級生らは、すぐに相手グループの所に飛んでいって下級生の不徳を謝罪し、それをなかったことにしてもらったらしい。そして、返す刀で私たちをこっぴどく叱った。なんで私までもが犯人扱いされたのか――。
それから、こんなこともあった。八月に入り、Tくんの見たがっていた映画をチョイスして、マリエに君島くんも誘い合わせて、四人連れで銀座に映画を見に行ったときのことである。湯浅くんは、ちょうどその頃に通っていた教習所で行われていた仮免許の実技試験を受けて奮闘中だった。残念ながら、そちらが優先だ。せっかく誘ってあげたのに。それで、十一時に銀座のマリオン時計台下で待ち合わせをした。君島くんはど派手な洋楽系アーティストのTシャツを着てきた。CDかコンサートのプロモーションのキャンペーンなのだろう。私は英語の音楽に詳しくないので上手く言い表せない。そのグループのエネルギッシュな感じは伝わってくるが、意味が分からない。Tくんはクラシック好きだから落ち着いた感じの格好かしらと思いきや、後ろにいた彼は、こざっぱりした白のポロシャツを着こなして涼しい顔をしていた。マリエは服装に気合いが入ってた。「キスは目にして」を唄ったザ・ヴィーナスのボーカル女性のように、五十年代の「アメリカン・ロカビリー・スタイル」みたいな感じで、ポニーテールにピンク色の水玉模様のスカートだった。すごく目立っていた。隣にいる君島くんは、リーゼントでも革ジャンでもないから、大人しい番犬のように見えた。思わず笑ってしまった。十一時に四人が集合すると、エレベーターに乗り込んで、上の階の劇場まで行った。劇場の前には人があふれていて、ぎゅうぎゅうとすし詰め状態だった。整理員の指示に従い、行列を作って入場し、なんとか席を四つ確保した。マリエは席が確定するや、君島くんにポッポコーンだのジュースだのを買ってくれとねだったりすねたりしていた。私はTくんと映画の宣伝CMを見て、感想やらをあれこれと話し込んでいた。正直、なんの映画だったのか、今ではすっかり忘れてしまった。でも、当時の人気ハリウッド俳優が出演する映画だったのは覚えている。まじめ男のTくんも、たまには若者らしくど派手なアクション映画を見たかったってことだろう。そうするうちに、冷房のよく効いた映画館の緞帳が上がり、映画の上映が始まった。とにかく、予告編からドルビーサウンドがすごくて大きな音で迫力があり、やかましいくらいだった。Tくんが隣でゴニョゴニョいうのが聞き取れない。スクリーンを見ながら彼の解説にときどき適当に相づちを打っていた。前の家族連れのおじさんがひどく汗臭い。もお、って感じでとにかく匂う。男特有で強烈だ。おじさんは風呂に入ってないのか。汗もふいてほしい。シャツに染みついたタバコ臭もひどかった。
そうかと思ったら、横にいたカップルの男性のリーゼントヘアもプンプンと整髪料の匂いがきつい。違う意味での刺激臭だ。若い女性のことも考えてほしい。それに気を取られて映画の筋が飛んじゃうわ、カップルの女性寒い寒いと言い出すわで大変だった。カップルはそれをいいことに抱き合い始めた。ここはホテルじゃないのに。公衆の面前で、そんな恥ずかしいことを。てな具合に、映画を楽しむよりも周囲が気になって映画どころじゃなかった。まあ、夏休みで混んでるし、しかたないかと思って右を見ると、マリエまで君島くんの手を握りしめている始末だ。Tくん、なんとかいいなさいよって思った。
映画が終わると、四人は遅めの昼食を摂るため、銀座のレストランに繰り出した。レストランの中も客が大勢いたので入り口で少しの間待たされたが、奥の四人掛けのテーブルが空いたのでそこに通された。私とTくんが向かい合い、私の右隣にはマリエが、マリエの向こう正面には君島くんが陣取った。この座り位置って、なんだかお見合いのようになっちゃって、改まった感じになった。オーダーを済ませた四人は料理が運ばれてくるまで下を向いたりして一言も口を開かなかった。珍しいことだ。そのうちに、それぞれの料理が運ばれてきた。男子二人は、ハンバーグセットやらタンシチューを頼み、私はグラタンセット、マリエはドリアのセットだった。食べ始めると、マリエが「やっちゃった」と小さく声を上げた。彼女はドリアに付いてきたサラダを食べていたが、そのドレッシングが自慢のスカートにはねちて、オイルの小さな染みが広がったらしい。上品に食べないからだ。私は心の中でそう毒づいていい気味だとまで思ったが、世間知らずのマリエをほっとけない。困った困ったと騒いでうるさいマリエを黙らすために、斜め向かいの君島くんに耳打ちして策を授けた。彼は私の話を承知した様子で、さっそくおしぼりを持って手洗いに向かった。洗面所で石けんをつけ、こちらのテーブルに戻ってきた。ワアワア言うマリエをなだめていた私は、君島くんに目配せをして合図を送る。すると、彼はテーブルの上にあったコップの水を傾けて手に垂らし、石けん水のついたおしぼりに手の水をなじませてくしゃくしゃともみしだくと、少し泡立てた。そのおしぼりをスカートの染みにあてがい、トントントンと汚れの上から軽く叩いて、染みを服からおしぼりに移し始めた。服の上の染みは薄まりながらも次第に色を落としていき、最後には消え去った。染み抜きマジックの成功である。それを見届けた彼は、良かったねとマリエを慰めると涼しい顔をして席に着いた。機嫌が戻ったマリエは満面の笑みを顔いっぱいに湛えた。しばらくはなごやかに会食し、食後のティーブレークへと進行した。わいのわいのと楽しく話し込んでいると、困ったことに、マリエがまたぐずり始めた。
「スカートが濡れたままで気持ち悪いの。乾かしたい」
とマリエは言い出した。ワガママな彼女に従うことになった三名は、マリオンに入っている百貨店の女性服売り場に移動した。
「マリオンで新しい服を買って着替えるのよ。なんか舞踏会に出るみたいな気分ね。あなたたち、ただでいいものを見せて上げるわ」
嫌な予感がして尻込みをする私らを尻目に、意気込むシンデレラは、気に入った服、目にかなった服を次から次へと選んでは私たちに持ってこさせた。あれがどうのこれがどうのと一時間以上にも及ぶ「夏のファッションショー」が始まった。
「このドレス、どうかしら」
「うん。似合ってるわよ」
「じゃあ、これは」
「いいんじゃない」
「そう。ねぇ。君島くんはどう? 私、きれい?」
「ああ。とってもきれいだよ」
こんな会話を合いの手代わりに入れながら、めくるめく美の祭典は女の執念で続けられた。
「これって前から着たかったんだ。着るだけならただよね」
「そうね。いいじゃん」
「あ、そうそう。そっちの色違いのを持ってきてよ」
ヘトヘトになってきた私は、このワガママシンデレラにそろそろ我らの置かれた現実というものに気が付いてもらおうと決心した。
「ねえ、マリエール。もうそろそろいいんじゃないの。どれを買うのか、ひとつに絞ってよ」
「えー? まださあ。迷ってるんだよねえ」
このガキィ、この期に及んで――。
私は怒りのメーターが振り切れ、この厚かましいシンデレラをカボチャの馬車で轢いてやろうかと思った。しばらくはそうしたすったもんだがやり取りされ、やがて、ボーイフレンドが責任とれよな、の視線を浴びせ続けて、ようやく彼氏に説得に当たってもらった。やっとシンデレラの衣装が決まり、ファッションショーのグランドフィナーレを迎えられた。まあ、女の浅ましさたるや、恥ずかしそうにうつむく君島くんに気兼ねすることもない。私と店員は完全に彼女を白眼視して、早く終われの冷たい視線を送っていた。他の客も待っているのに、更衣室を長々と独占して……。因みに、私ら世代の掟破りのひとたちが掛けた迷惑の数々や武勇伝から、たくさんの基準やルール、マナーが整備されたそうだ。
帰りは、マリエールことマリエ一人が大興奮の有頂天で、白のワンピースに包まれて銀座を闊歩する一日となった。スカートをひらひらさせて、元気にはしゃぐシンデレラ。シンデクレ。
それから、九月の初めにあったのが、バーベキュー事件だった。前期試験を控えた土曜日に、試験前だしスタミナつけて乗り切ろう、と誰が言い出したのか、都内の河川敷に集合して暑気払いの大バーベキュー大会が開かれた。バニベリの先輩方が中心となって、車を出したり、人を集めたりして決行された。バーベキューの会は、先輩やその友人たち、私たちバニベリの後輩数名が誘われて大人数に膨れ上がった。河川敷に着くと、既に薪をおこす煙が上がっていて、キャンプ用のミニテントを張るもの、コンロの準備をするもの、食材を買い出しに行ってきて買い求めた野菜を切るもの、バケツに汲んだ水の中で野菜を洗うもの、肉をナイフでさばくもの、これからジュースなどを人数分の二倍ほど買い出しに行く車、音楽をかけて踊り出すものなど、バニベリメンバーを中心にウジャウジャと人垣が群れをなしていた。
その集団を構成する人の動きに目が慣れてきて分かったことは、指示を与えていたのは経験豊富な川尻キャプテンだった。その指示もあらかた終わり、OBの木下さんが乾杯の音頭を取って、ジュースやウーロン茶で乾杯をした。それからは、焼き肉や焦げた野菜の匂いが河原に立ちこめ、風向きの加減で煙が充満する中、肉や野菜を焼いては食い、食べては飲み、飲んでは焼くというループが何周もぐるぐると回った。記念写真を撮ってカメラに収まったり、何人かでサークルの内輪話に花を咲かせ、そのうち暴露話が始まったり、試験で出そうな所を教えあったりと、残暑の刺すような暑さを跳ね返すほどに若者パワーが炸裂し、聖マドレーヌ薬大有志の喧噪が河原を占拠した。
やがて飲食も終わり、話題も尽きて、片付けが始まった。私は、ゴミ捨て担当となり、あちこちに散乱したゴミや残飯などを大きなビニール袋に集めて詰めながら、会場を移動して回った。一方、薪をおこして出た炭や煤が腕について真っ黒になった男子たちは流し場に向かったが、先にきて食器や調理器具などを洗っていた女子の一部が彼らを見て、
「しょうがないわね、○○君たら」
などと言って男子の腕を引っ張って甲斐甲斐しく水で腕の汚れを洗い始めた。なかなか汚れがとれず、これが意外と時間がかかる。それがまたイチャイチャしてきて、見るに堪えない。これ見よがしの行為に、何名かの女子も同調して、ここぞとばかりに彼氏を水場に呼びつけては、その汚れた腕やら手足やらに水を掛け、洗ったりこすったりを始めた。内心、腹が立つ、見せつけちゃって、と怒っていた。パンパンに膨らんだゴミ袋を揺すりながら歯ぎしりする私を尻目に、あっちこっちでカップルやカップル未満の女たちが百花繚乱、痴態を繰り広げている。いとしのダーリンの腕や足を綺麗にしなきゃ、とかのたまって。煤や染みを落とすだけなのに、嫌らしい目つきでなれなれしく映った。
なんだか、それをしていない女子らは取り残されてしまった感じになって、みんなふてくされて食器を乱暴乱雑に洗っている。その恐そうな顔ったらなかった。女を怒らせると、後が恐い。しっぺ返しがあとで来るから。勝ち組女子はベタベタ、負け組女子はプンプンで、空気が完全に二分されていた。私も負け組女子だ。この険悪なムードはバーベキューの後片付けのあとどうなるのかしらと思っていると、女子キャプテンの沢崎先輩――私らの呼び方では志保先輩――が号令をかけて、
「はーい。皆さん。ご苦労様でした。片付けが終わってそれぞれの道具を元の場所に戻した方から順次解散してくださーい。はい。あと、会費はこちらで後日精算して通知するので参加者はそのときに請求が行きますので」
と宣告した。イチャイチャのままで一緒に駅へと向かうカップルの先輩たちや、怒って一人で帰る女子、あぶれたもの同士でドライブに出掛ける男たち、と解散後はバラバラになった。目的がある程度はっきりすると、いろんな人間模様が浮き彫りにされるものだ。恐い、恐い。
バニベリの同期で男子の仲良しグループがあった。それは、若木良三、星野信吾、清水靖の三人のことを指しており、いつも行動をともにしていた仲間である。男の友情というものだろうか。互いが恋敵やライバル意識を持たずに共生していて、なんとなくいつもくっついては同じ穴の中に首を突っ込んでいる。若木くんは「若くん」、星野くんは「ほっしー」、清水くんは「しみん」と女子の間ではニックネームが付けられていた。三人をひとまとめにして「星水木」と呼ぶものもいた。ほっしーは髪を短く刈り込んだスポーツマンタイプで、東京育ちの江戸っ子兄ちゃんだ。若くんは背が高くて体格のいい大男で浪花生まれの関西人だった。親の跡を継ぐ孝行息子だ。しみんは茨城なまりの抜けない色白な田舎のボンボンで、どこかずるそうでもあり、なんでも抜け目なくそつなくやりそうなタイプだ。
まだ当時は、薬局が自宅を兼ねた店舗形式のところが多かった。二階を住居にして一階を職場にしているのが主流で、一階では○○薬局の看板が大きく掲げられ、化粧品やトイレットペーパーなどの生活品も売りながら市販薬や処方箋に書かれた薬を販売するという感じだった。三人ともそうした薬局の家に生まれた子どもであり、兄弟や自分ひとりで親の跡を継ぐために薬科大を志望した。勉強して薬剤師になれたら地元に帰って親とともに店に立つという。自宅から通う若くん以外の二人は都内にアパートを借りたり寮に下宿していたが、仲良く付き合いだしてからというもの、よく若くんちに泊まり込んでは勉強だの麻雀だのと学生らしい生活を満喫していたという。そういう噂を幾度か耳にした。その三人は一緒のクラスではなかったが、誘い合うように三人揃ってバニベリに入会した。一年生のときはそれほど目立つ存在ではなかった彼らも、学年が上がるにつれて上級生からの信頼も厚くなっていき、頭角を現すというほど大層ではないが、なにかにつけて名前が上がったりして注目されだした。
しみんはジョーカーのことが好きだったみたいだ。一目惚れではなかったと彼はなにかの時にみんなに聞かれて否定したが、彼女の後ろ姿と声と性格にほだされたらしい。はじめの二つは、もろに一目惚れの条件に該当するじゃんと私は思った。でも、彼曰く、ジョーカーの気立ての良さは最初はなかなか「わがらね」かったらしい。その告白の信憑性に関して、彼はずいぶん微に入り細をうがつように周囲から問い詰められた。弁明に四苦八苦している彼の姿が私にはおかしかった。いつもそつなくこなす彼が、いざ色恋沙汰になると途端にしどろもどろになる様子は、すかっとする気がした。あまり好ましいとは言えない感情だが。ジョーカーの方は、しみんが優しく接してくれるので半分気付いていたという。しかし、彼女ときたら相手にしないのだ。彼女には意中のひとがいた。竹富先輩のことだ。先輩は吉野里莉阿という私らより一学年上の女子と交際していた。そのことはみんな知っていたし、佳代も承知の上だったのに、あの子は本当に一途というか、頑固なところがある。絶対に竹富先輩を落とすとか、あたしの方に振り向かせて見せますって大見得を切った。横に片思いの男子がすり寄ってきているのに。
大学三年生のとき、しばらく音信不通だった疋野和美から電話をもらった。私は聖マドレーヌ大の文化祭に来るように言った。ちょうど秋の文化祭シーズンであり、私はバニベリの模擬店でクレープを焼いていた。誰かがコアラの着ぐるみを借りてきたらしく、客足も途絶えてきたので、「江畑さん、コアラ好きでしょ? これ、被って」と無理やりなお願いを先輩女子からされた。仕方なく手を止め、コアラのかぶり物を着た私は、通りすがりの人々にクレープを買ってとせがんだ。
「コアラのマドレーヌです。クレープ買って下さい」
文化祭に遊びに来た和美は、うちの店で買い求めたクレープをほおばり、コアラの格好をしたスカート姿の私を見て、笑い転げていた。
翌日は休講となり、二人で新宿に出た。喫茶店に入り、楽しいお喋りが始まった。
「合格発表以来だね。元気してた?」
私はよく冷えたコーラ・フロートを飲みながら、和美の顔を懐かしい目で見つめた。
「うん。元気よ。チヅルも元気そうね」
「うん」
「今日はこうして会えて、よかったわ。やっぱり、高校の同級生って、ときどき会いたくなるものなのね」
「そうだね。で、今日はなにかの相談?」
「そうなの。大学に入ってさ。チヅルとは違う系統だけどね。それがいろいろあってさ」
わけありのようだ。和美の顔が少し曇る。
「なになに?」
「あのね。好きな人がいてね。付き合ってたけど、フラれちゃった」
「ああ、そうなの。それは残念ね。でもさ。よくあることだよ。クヨクヨせずに頑張ろうよ」
「うん、そうだよね。でも、落ち込んでさ。先に行けないというか。私、大学出たら、仕事の道を選ぶか、お嫁さんになるかって考えて。どっちにしたらいいと思う?」
「えーと……。急に言われても。そ、そうね……」
「チヅルは仕事の方なんでしょ?」
「まあ、薬剤師になりたくて大学に入ったわけなんだけど」
「いいなあ。将来がはっきりと見えてて。私なんて宙ぶらりんよ」
「まあまあ。そう言わずに。若いうちから大きな壁に当たらなくてもさ。そのうち分かるよ。どっちにしたらいいのか。私だって、お嫁さんにもなりたいし、憧れてるよ」
「そうよね。ねえ、チヅルの大学でいい男、いないの? いたら紹介してよ、私に」
「うーん。いるといえばいるし。和美に合うのは、いるのかどうか……」
曖昧な返答にもどかしそうな和美は、スカートの裾を摘まんでは直したり、引っ張ったりして、落ち着かない素振りを見せた。そして、トイレに立つために席を外し、数分たって笑顔で戻ってきた。
「私も、チヅルと同じ大学に行けたらよかったわ。受験勉強が嫌で推薦に申し込んだけど、やっぱり勉強に打ち込んでいたら、違う未来が開けたのかも知れない」
「まあ、そうだけど、それはそれでまたいいじゃんか」
「そうか。そうよね。それはそうと、なにか頼まない? そろそろお腹が空いてきちゃったわ」
「そう? じゃあ、なにか頼もうか」
「あのさ。ホットケーキを頼もうよ。たいがい二枚だから、それを一枚ずつに分けて食べるの。ナイフとフォークをもうひと組もらってさ」
「そうする? じゃあ、それを頼むよ」私は手にしていたメニューを閉じると、ウエイトレスに声を掛け、「すみません。ホットケーキ一つ。それに、ナイフとフォークをもう一つ下さい」と言った。ウエイトレスはオーダーを復唱し、テーブルに手を伸ばして伝票を取り上げ、「ホットケーキ 一」と書き足すと歩いて行った。カウンターのマスターに伝えるためだろう。ホットケーキが来るまで、高校時代の同級生たちのその後の様子や大学時代の友だちのことなどを二つ、三つ話したり聞いたりした。そして、ホットケーキが我々の胃袋を満たすためにやってきた。和美はテーブルの真ん中に置かれた皿を自分の方に引き寄せると、手にしたナイフで二枚のケーキに小さなバターを手早く塗りたくり、色つやのいい方を自分の手前に寄せて、皿を中央に戻した。お先にどうぞ、と言う彼女に従って、私は銀製の容器に入ったシロップを親指と人差し指でつまむと、和美の半分が残るようにと慎重に容器を傾けつつ中の量を計算しながら、飴色の液体を小麦色のケーキの上に回しかけていった。私のその様子をじーっと見守った和美は、「さすがは薬大ね。なんか、実験しているみたい」と茶化してきた。彼女は私からシロップを受け取ると、丸い円盤の中央にそれをドバドバっと最後まで垂らし、バターナイフで蜜をあっという間に周囲に広げていく。その手際の良さ。そして、さっさとホットケーキをめちゃめちゃに切り分け、手当たり次第に口に運び、口に入れてる間も手を動かして次々に切れてない所を切っていった。一つひとつを食べてから、食べる分だけを残りの部分から切り取る私とは、やり方が正反対だった。私と彼女の間のこうした些細な違いに気付いたのは、初めてのことだった。人って、自分と違うことをするんだ。私にはけっこうな発見だった。食べ終えてから、私が写真をポーチから取り出した。さっきの大学時代の話の続きである。これが○○くん、これが○○ちゃんで、と主な人を紹介した。和美は、ワァーと大きな声を上げた。どうやら、気に入った男がフレームにいたようだ。
「この人、紹介してよ。チヅルの親友ですとか言ってさ」
彼女が指を差したのは若くんだった。
「まあ、いいけど。向こうがなんて言うかは知らないよ」
「いいよ。あとは私の力でなんとかするから」
家にいた若くんをいいことあるよと言って新宿に呼び出した。こちらの目的を知らない彼に恋愛チェックをしますといって、理想のタイプを教えてあげると申し出た。適当な物を引き合いに出し、AからCの中から答を選ばせた。
「Bタイプだね。若くんは。ぴったりの子がいるよ。この子、和美ちゃん。あとは若い二人でごゆるりと」
そう言い残し、私は残された二人に運命を委ねて喫茶店を出た。
和美は遊園地に連れて行ってもらい、うまくいったらしい。しかし、そのあと二人の関係は続かず、連絡も途絶えてしまったという。私の方も、和美と連絡を取ることは年に数回ぐらいで、だんだん電話も減り、お互いの学生生活の忙しさも相まって、タッグは解散となった。
音信が途絶えてずいぶんと長いときが過ぎた。やがて彼女の噂を耳にしたときには既に外国の地で旦那子どもと共に暮らしていた。旅先のハワイで知り合った日系人と現地で結婚したという。当時でも国際電話はあったが、掛けるのが不便だったし、第一、番号を知らない。それを知る方法は、結婚後の彼女のことをよく知る人に詳しく聞くしか他になかった。和美の結婚の馴れそめを聞き出すほど厚かましくはない。私は高校の同級生の一人として、友人の幸多からんことを祈り、遠い日本の地でただ安堵するだけだった。
私は一年生のときに、数学でつまずいた。それは、微積分と線形代数、とくに行列だった。行列の階数を求める辺りからチンプンカンになり、早くもクラスメートだったTくんの頭脳を頼っていた。
「ねえ。ここ、わかんないよ。どうやって解くの?」
「ん? ここかい。先生の言うこと聞いてた? 階数って分かってる?」
「それがね。よく分からないの」
「階数ってね。これだよ」
「それって、なに? そこからもう、アウト」
「しょうがないなあ」
そこから彼の講義が始まり、分からない所で私は茶々を入れた。
「ああ、そういうことか! 天才だ、君は。あったまいいよネ!」
と私はしきりに感心して、Tくんのおつむを撫でてあげたが、果たして彼の力を借りずに、自力だけでスラスラと解くことがができるだろうかと疑問に思って少し心配になった。そこで、次回に行われる小テストのときまでに手を打つことにした。
「た・な・は・しくーん。あのさ。相談なんだけど。明後日の夜、ご飯作って上げるからさ。遊びに行っていい?」
「え? どういうこと」私はかいつまんで説明した。
「料理と数学の特訓をさ。ギブ・アンド・テイクってわけよ」
的確な説明に彼は笑って首を縦に振った。こんな感じで、授業でまずい箇所があると、強引に図書室に連れて行ったりして、お邪魔虫を押し付けた私だった。もちろん、Tくんばかりでなく、時にはユアーこと湯浅くんらにも声を掛けて、一緒に復習したりもした。ちゃんと何らかの御礼はしたし、ありがとうの言葉も忘れずに言った。本当にいい仲間たちに恵まれた。でもこんなことになるのなら、もっと高校時代に真面目に数学に取り組んでいたらよかったなと後悔した。それも後の祭り状態だが。男子らもすごく得意ではなかったはずなのに、真面目な大学生になったのか、将来の目標がはっきりしているから身が入るのか、私よりも理解が早くて、びっくりした。彼らは、兄貴たちやお姉様方がいて、その人たちの使っていたノートや参考書やらで補えたのかもしれない。とにかくみんなで互いに助け合って、レポートと小テストなどの小波は乗り切った。問題は試験だ。何問解いたら単位にありつけるのか。それが大事だ。バニベリの先輩方にお伺いを立てて、有り難い話を何度も聴講させてもらった。その結果、数学の担当教官は四問出題されて、そのうちの半分以上解答すれば、あとはレポートや出席の状況で救済するだろう、とのこと。もちろん、解けるなら全問解答するに越したことはない。私は、誰もが解くであろう定積分と行列の階数、逆行列、関数の微分を重点的に山張りをして、それらの演習問題を何度も繰り返し解いた。ときどき、長電話で確認しながら。最後の方なんて、微分の公式と不定積分の公式とが入れ替わりそうになったりして、頭も限界に近かった。まあ、つまずいても転んでも七転び八起きの精神で乗り切れよ、って思わないとやってられないのだ。
数学の次に苦手なのは、物理、情報科学、コンピュータ入門だった。これも公式や論路思考が問われるものらしい。ちゃんとテキストを始めから一行一行読み飛ばさずに追っていかないと、途中で意味不明になる。私流の下手な例えで言えば、それは「見たこともない洞窟の暗がり」の中に迷い込むことに等しく、極めて危険だ。熱力学の第何法則とか、高校でも学習した内容だが、頭の中から抜け落ちていた。また、黒板にチョークで先生方が板書される字の読みづらいことといったら。特に、あのギリシャ文字がなにを指しているのか、いつもなにかとなにかを混同してしまう。Tは絶対温度だとか、外から与えた熱量から外にした仕事を引いたものが内部エネルギーの増加分になるだとか、冷静になれば私もわかる。が、板書やテキストの字面を見てもスラスラとそういう連想が頭に起こらない。モル比熱だの、不可逆だの、光子やα崩壊だの、そんなの高校で習いましたっけっていう言葉も結構あった。コンピュータに関しては、今でこそ、一人一台が当たり前という仕事も遊びもパソコン全盛の世の中になったが、当時は大学の一角に数台のいかめしいコンピュータが固まって置かれているだけだった。私たちはそのパソコンルームに集まり、先生の説明を聞きながら、一斉に同じことを操作するのだ。起動とかログインとか聞き慣れない言葉に戸惑い意味不明のハテナマークを幾つももてあそびながら、ワアワア大騒ぎしてコンピュータなる機械と格闘を繰り広げていた。画面を見るのに起動とか登録とかって、当時は本当に意味不明の日本語だった。その概念が把握できなかった。たくさんのお薬の名称なんかを、将来この大きなブラウン管で処理できるんだねと友だちで言い合ってたのが懐かしい。操作に何分間もかかるのなら棚に順序よく並べてファイリングされた紙の書類をめくった方が早い。マリエールもジョーカーもみんなそう言った。先生の長い説明を聞くよりも、頭の回転が早い男子を捕まえて要領だけを聞いてやる方が理解のスピードが数倍速かった。
一番楽しかったのは、やっぱりスポーツだ。高校時代は、女子の発育上、いや、犯罪防止の上で、男子と女子の体育は別々に行われるのが普通だ。それだからして、久々に男子と一緒に体育をやると、彼らの身体能力の高さ、筋肉の肉体美を十二分に堪能できました。別に、いやらしいとか変な意味ではないけれど。スポーツは球技が多くて、出席して最後までいたら、その頻度や回数に応じてA、B、Cが評価につく。一番分かりやすい。テニスをやったり、サッカーをしたり、女子チームは女子チームでやるけど、同じコートや同じグラウンドに男子と女子がいて、応援し合ったりするのは、やっぱり興奮というか楽しいもんだ。キャアキャア言いながら、あの人は上手いとか、あの子はぶりっ子してるとか、楽しい時間を過ごせた。そういう思い出は、なぜかあまり頭には残らない私であったが、ひとつだけ覚えていることがあった。それは、当時テニスのマルチナ・ナブラチロワという眼鏡をかけた外国人のテニスプレーヤーがダントツに女子テニスの世界では強く、それを真似して右利きの男子学生がテニスの授業でわざと左手にラケットを持ち替えて、サーブをしていた。アン、とか大きな掛け声まで出して。おかしかった。それと、二年前に流行ったルービックキューブを大学に持ち込んだ子がいて、ロッカーに忍ばせていた。いち早く着替え終わると、暇つぶしにか、夢中でぐりぐりとブロックを回してたりする女子もいた。いろんなことをみんなするのだ。てんで勝手に。
専門的な科目もあった。薬学入門では、薬剤師を目指す者として持つべき心構えを教わった。薬剤師の仕事と言えば、病院か小さな薬局で薬を患者に出すぐらいのイメージしか持たなかった私も、今一度姉の働く姿を頭に浮かべて授業に聞き入り、病気で苦しむ人たちを救い、健康な体に戻すという大切な職業であることを再認識した。また、社会の変化に対応し、倫理や法規の変更にのっとって、世の中に奉仕することが一番求められているということも理解した。今後、医薬分業が進めばたくさんの薬剤師が必要になりますよ、と先生はおっしゃった。処方箋をチェックすること、患者の飲まれる薬を見張ることも大事な作業の一つになることも付け加えられた。また、当時こそインフォームドコンセントという言葉も概念もほとんど知られていなかったが、私が薬剤師になって十年目ぐらいから医師が使う言葉として徐々に浸透し始め、今や薬剤師ですら、新しい薬を出す際には、その効能と副作用を患者に対して説明し了承を得ることも増えてきた。そのことは、私たちの社会一般に対する職責や使命の重要性がそれだけ増していることを示す一つの象徴でもあった。分析化学に関しては、溶液反応の平衡論が主たるもので、薬剤の定性および定量分析の基礎を学習した。化学は得意だったので、内容のおおよそが高校化学で習ったことと重複していたこともあり、小テストで出題される範囲に関しては、簡単な計算問題ならば何の問題もなかった。自力ですらすら解けた。解剖生理学においては、細胞の構造と働き、血液とリンパ液の性質、心臓、肺、気管などの作用等を学習した。他の臓器に関しては、引き続いて二年生で学ぶことになる。健康科学は、当時、学説や研究は発展途上だった。運動の重要性、運動と健康に対する社会意識、疲労・老化と疾患、スポーツへの応用とその実践例、骨・筋肉・代謝などと運動との関係に関してレポートを書いたり、用語説明や論述などがテストで出題された。私の叔父は学生時代に国体へ出場した元陸上選手で引退後は大学陸上部のコーチ兼任トレーナーをしていたので、叔父の仕事ぶりを念頭に置いて運動と健康についてレポートを書いた。評価は上々で、自分でもうまくまとめ上げたと自負していた。英語は苦手な科目の一つだった。科学論文が英語主流の世界である以上、避けては通れない。が、私はきちんと発音できないし、音が頭に残らない。英語の得意なマリエールによれば、英語というのは中心となる単語を覚え、派生語なり接頭語なりで意味を類推するらしい。私の感覚が古風だからか、さまざまなメディアで出てくる横文字が何を意味するのか、どうもピンとこない。だから、英語の授業も退屈で苦痛だったのを覚えている。アメリカの英字新聞や雑誌をコピーした副教材をよく読まされたり、テープを回してヒアリングをさせられた。英語のビデオ映画を鑑賞し、その感想を英語で説明したりもしたが、どれも満足の行くレベルには到達しなかった。英検を受ける子もいたが、私の耳と舌は純国産のままだった。いや、日本にいる限り、たとえ外国人の患者さんが薬を取りに来られても、彼らはきっと流暢な日本語で話し掛けてくれるし、こちらの話す日本語をほとんど完璧に聞き取り、理解してくれると高をくくっていた。熱心な指導をして頂いた教官の方々には大変に申し訳ないが、英語はやっぱり苦手のままで卒業してしまった。ドイツ語に関しては、ドイツへの憧れ、城やお菓子に興味があり、うまく行けばドイツ・ヨーロッパ旅行の話がどこからか舞い込み、これから習うドイツ語が役に立つかも、と期待を寄せていた。不純な動機だが、学生なんてみんなそんなもんだから。授業内容は、ドイツ語の柱とも言うべき「格」「性」「数」を習って理解が進むにつれて文法が少し理解できるようになり、単語の発音も簡単で、けっこう楽に習得できそうな気がしてきた。要は、定冠詞を付けて単語を覚えることで「名詞の性」に慣れていけばよかった。十六パターンある定冠詞の使い分けを覚えなくとも、教官の配慮で発想の転換をして特定の規則に応じて単語を覚えていったのでスンナリと頭に入った。理系科目の一つ、生物学では、細胞の構造と機能、細胞各成分の役割、代謝、ヒトの発生、遺伝の仕組み、恒常性と神経、ホルモン、皮膚、免疫などについて学んだ。特に授業が後半にさしかかると、医学的な内容も増えてきて、ちょっとした専門家になったような気分を感じた。体の仕組みの複雑さやその繊細な構造には、改めて驚かされた。ヒトの体って、よくできてる。そう思った。
授業が終わると、さっきまで隣に座り、一緒にピンク色のシャープペンシルをノートに走らせていたジョーカーが、湯気の出ていそうなノートを鞄にしまい、私に向き直ってこう言った。
「あのさ。子どもって、じんましんがでると、なかなかおさまらないのよね。あたしのお姉ちゃんとこの子どもがそうだったの」
「へえ。そうなんだ」
とりあえずそう言うしかないだろう。
「そうよ。だから、病院に連れて行っても、原因不明のままで、様子を見ましょうで帰されるの。とどのつまりが民間療法なのよね」
「えー、なにそれ?」
「チヅル、知らない? 食物アレルギーとかの人は、ぬるま湯につかったり、ゆったりした服とかを着ることでじんましんがおさまることもあるのよ」
「ああ、なるほど。それは聞いたことある。ところでさ。さっき先生が言ってたこと。体温とホルモンの関係だけどさ。あれって、冷え性の人なんかは、やっぱり自律神経がおかしくなっちゃってるのかな」
「さあ。冷え性のことまで先生はおっしゃらなかったね。いい質問よ。そうかもしれない。体が寒いときは、体の方から指令を出して体温を上げようとするもんね」
「それが恒常性でしょ」
「おお、ご名答。そうよ。やるじゃん、チヅル」
「へへ」
「それとさ。女子って、男子よりも少し体温が高いって言うじゃん」
「ええ? なんで私に聞くかなぁ。まあ、そうらしいけどさ。私、男子のことはよくわかりません。ホホホ」
「うそばっかし。知ってるくせに。猫かぶっちゃって」
「ん? なんのことかな」
「またまたあ。ニャンコちゃんが、今度は狐さんになろうとしてるわ。るるる……」
「あんたは『北の国から』の蛍ちゃんですか。全く!」
私は彼女にからかわれて、機嫌を損ねたフリをして席を立ち、教室の出口へと向かった。あとから追いかけてきたジョーカーが、私のスカートの裾を引っ張った。
「怒んないでよ。チヅルちゃんたら大人げない。次の授業が終わったら、お茶しよ! ルシオールに新しいメニュー、入ったらしいよ」
「うん。行こう、行こう」
すっかり元気になった私は、声が上ずった。彼女のてのひらで転がされるお手玉のように、私は心の動きを見透かされていた。しかし、そうと分かっていても、乙女の私はルシオールで食べるケーキセットだの甘いパフェだのを頭に思い浮かべ、口の中に唾液が混じって目がらんらんと輝き出すのだ。彼女に腕を引っ張られるまで、花吹雪の舞うお花畑で遊びほうける夢の世界の中に浸っていた。始業のチャイムが鳴っていることにも気付かずに。
さて、理系科目の大本命、無機化学、有機化学が一年生の講義の大トリである。無機化学は、高校時代の復習内容も含まれていて、周期表、化学結合、化合物・水溶液の性質や反応、各族の特性について学んだ。簡単に書くとそういうことだが、高校の知識をさらに延長したもの、発展させた内容に、ただただついて行くだけで必死だった。特に私の場合、あの反応の色はなんだっけ? となることが多く、テレコで覚えていたりしてずいぶんと損をした。テスト前になると、それらの覚え方を紙に書いたり、トイレにこもって呪文かお経のように何度もブツブツと唱えたりしていた。なんともおかしな呪文の数々がテストに役立ったのは事実だ。数々の化学式と用語が頭を支配し、それらは私の小さな頭をたびたび悩ませた。だからだろうか。今でも、それらを教えて下さった教官の方々がときどき夢枕に立ち、
「江畑さん。○○○は、どうなりますか」
とお告げを宣い、答えられないと首を絞めて、次の瞬間に顔がゾンビに変わり、気付くと大勢の白衣の教官や学生が集合して私も白衣を身にまとって、最後にみんなでマイケル・ジャクソンの「スリラー」を踊り出して気勢を上げる夢を見る。なんだろう、あれは。もう見飽きたのに何回も夢で見てしまう。
話はやや脱線したので、有機化学に話を戻すことにしよう。こちらはこちらで、また覚えることが多い。アルカン、アルケン、アルキン、ジエン、シクロなんちゃら、ベンゼン、アニリン、とキリがない。おまけに、妙な名前の官能基――これ自体がいやらしい響きだ――があり、頭が混乱したし、異性体も区別に苦労した。反応がまたややこしい。あんたら有機族はどんだけ交際範囲が広いのよというぐらいやたらと色んな風にくっつくのだ。ベンゼン環なんてもうやりたい放題だ。大阪の貴婦人みたいにアクセサリーをあっちこっちに付けすぎだ。カップリングなんていう恥ずかしい名称もあった。ねるとんパーティーみたいだ。最後の方でやっと、アスピリンやサロメチールといった薬の話が出てきてホッとした。でも、この有機化合物の分解や精製こそが研究室の決定を左右する重要な動機付けになった。
二年生になると専門科目も増えた。授業の内容もそうだが、学生生活に慣れ、要領というかペース配分が私にも掴めてきた。授業よりもバニベリでの活動の方がその濃さを増してきたのもこの頃だった。
二年生になった昭和五十八年五月、茨城県水戸市を訪れた。春の合宿がそこで行われるので遠征した。電車で現地の駅に着くと先輩方が駅に車で迎えに来られていた。女子の集団は適当に分かれ、めいめいが先輩の車に分乗し、宿に向かった。宿に着いて、幹事さんに手渡された部屋割りの紙を頼りに、合宿参加者はめいめいの六人部屋に入った。私ら女子は三つの部屋に分散した。私が居るのは葵の間だった。しばらくして、葵の間がコンコンとノックされた。畳部屋だが入り口は木製の薄い扉で、和洋折衷だった。中にいる先輩女子が顎でマリエールに指示したので、彼女はジャージの上着を羽織って扉を開け、ひょこっと顔を出した。今、女子は着替え中ですと言うと、その相手――内村功――は、「これ、渡してくれ」と小声で言ったらしく。手紙入りの封筒をマリエールの手に握らせた。彼女は内村に、「誰に渡せばいいんですか」と訊こうとしたらしいが、その先輩は照れ隠しにささっと逃げて行き、たぶん聞こえていても聞こえないフリをして走り去ったという。ひとり残されて困った様子の彼女は、封筒を裏返し、そこに書かれた文字を見て、どうすればいいか分かったようだ。その封筒には、こう書かれてあった。「えばたチヅルさんへ 内村いさおより」。これを見てピンときた彼女は大口を開けて笑いながら封筒を手のひらの上でポンポンと跳ねさせ、こちらへ近づいてきた。私は上半身裸になり、スポーツ用の下着とお気に入りの花柄のTシャツを鞄から出そうと手を伸ばして中身を探していたとき、呼び止められた。
「みっともない格好のチヅルちゃん。白馬の王子様からよ」
「え?」
あわてて裸を手で隠して、その先を続けた。
「ここ、白馬だっけ? 王子様?」
「なに馬鹿なこと言ってんのよ。ラブ・レターよ。内村先輩から」
呆れ顔の友人は、私があわてて着替えるまで待っていてくれて、ゆっくりと配達人のように封筒を見せた。
「ええ! ビックリ。内村さんから?」
「そうよ。ここに書いてあるし、本人が来たわ。ハイ、これ。渡したからね。あとは知んないわよ」
配達人は自分宛でないことを快く思わなかったようで、ぶっきらぼうにそう言って私に封筒を渡すと、ぷいとあっちを向いてその場を去った。なんで、また、私なんかに。心当たりがあるかと問われれば、それはまるで無かった。もっと素敵な子や可愛い子が他にもいっぱいいたし、内村の印象もさして私にはなかったのに。まして、私には同学年に好きなひとが居るのになあ。どうしよう。先輩の好意を受け止めなかったら、練習で厳しくされたりして。自分の思いが相手に届かぬ時は、得てして思いもかけぬ方角から矢が飛んでくるものなのかしらと思った。いったい全体、私を担当しているキューピッドときたら、いい加減でちゃらんぽらんなんだから。封筒から手紙を出すまでにいろいろな考えが頭をよぎった。それもこれも、この恋の申し出という現実をすぐに受け止めたくない気分、言い換えればモラトリアムな気持ちからだった。とりあえず、何も答えられないし、中の手紙を読んだことにして、相手の反応や出方を見てみようか。私は口の開いたままの封筒から覗いている白い手紙の端っこをつまみかけていたが、その手を止め、手紙を封筒の奥深くに戻し入れた。面倒なことは見て見ぬ振りをする。それがいつもの私の悪い癖だった。
やがて、徳子先輩を隊長にして荷物の片付けと整頓のチェックをしてもらった女子たちは、隊長のお墨付きを得て、葵の間を後にした。他の部屋からも女子がぞろぞろと出てきた。そして、一階の玄関へと向かった一団は、階段付近で合流したり渋滞したりしながらどんどん連結していき、見る間にロビー付近に人垣が出来あがった。女子たちはお目当ての男子たちを見つけるや、先輩かっこいいです、などとキャアキャア囃し立てながら、男性相手にお喋りを始めた。それは、まるで餌に群がる小鳥のようだった。かくして群れをなした雀や雲雀たちは、女子キャプテンに促されながら、コートまでの道中を賑やかに歩いた。そのパレードは実にかしましかった。その話の中身たるや、芸能人から家族一人ひとりに至るまで、自分の気になる人の噂話であり、それらを長々と楽しそうに語らう顔は、皆ほころんでいた。もちろん、好きな男子の話も含まれていた。そのときは、声のトーンを一段下げてボソボソと呟き、周囲の反応を確認しながら聞き手の恋愛状況も素早く交換し合っていたのは言うまでもない。男子たちが聞いたら顔を赤らめそうな話もポンポン飛び出していたはずなのに、いざコートに入れば、そんな女子たちは、「先輩。ボール、行きまーす」と澄まし顔で純情可憐な振る舞いをして、ボールを男子の先輩方に投げ渡しているのだった。頭の切り替えが早いのか、はたまた何匹もの猫を自身の懐に飼い慣らしているのか。もしそうなら、それぞれの状況に応じて、あの猫この猫の着ぐるみを被っていたりして。化けて出ないだけでもまだましだが。まさに猫かぶりのオンパレードだ。
さて、私はというと、先輩から告白された(と思っていた)のを逆手にとって、先輩男子の様子をうかがっていた。内村の兄貴分、竹富や川尻は、平然とラリーをしてコートいっぱいに動き回っている。ラリーが終わっても、軽く声を掛け合うだけで、特にこちらを見てきたり、内村と話し込む気配はなかった。なーんだ。内村先輩の単独犯行か。そう思った私は、彼の姿を追ってみると、青いベンチに腰掛けて、テニスラケットでボールをテンテンとまりのように突いている。なんかいじらしくて寂しげねえ、と思った。女というのは、孤独の似合う一匹狼がなんだかいじらしく切なく見えるときがあって、そんな人を思わず抱きしめたくなる瞬間、魔が差す瞬間というものがあるという。姉が愛読していたフランスの小説の中にある一節にそういう場面があったような気がする。




