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ぐう畜! 大暗黒魔皇帝伝説 8章



 ヤイバとルシ子が眠りについたそのころ……。

 ヤイバが最初に降り立った、舞踏会や音楽会などの際に使用されるがらんとした多目的ホールに、数十名の魔族の姿があった。

「いやあ~、お声をかけてくださり、ありがとうございます!」

「レッドさんのお声がかりで大暗黒魔皇帝様に側仕えすることとなり、人生一発逆転ですよ」

「ダンガルドを早々に見切り、ただちに大暗黒魔皇帝様に鞍替えしたレッドさんの変わり身の早さには感心することしきりですわ!」

「やっぱり頭脳派はちがうよな。小卒、パネェ。オレらみたいなチエン卒とはIQがちがうよな!」

 車座になって酒盛りを繰り広げるその一団は、宰相の地位を得たオークのレッドをしきりとヨイショしていた。

「注いでくれ」

 座の中心たるレッドが朱塗りの大杯を差し出す。サキュ子がうやうやしく一礼し、どぼどぼと音を立ててブドウ酒をなみなみと注ぐ。レッドがひと息に飲み干して小太りの腹を揺すると、その飲みっぷりに、「おお~」と感嘆の声と追従の拍手が起こった。

「みなも知っての通り、我が一族は……オークは、頭からっぽで性欲全開、女騎士とあんなことやこんなことが存在意義の肉体派が大多数だ。小柄で頭脳派の私は、子どものころはよくみなに馬鹿にされたものだ……。しかし、小学校で多くの知的エリートたちとふれ合い、錬磨しあってからは、確信している。知力は時として腕力に勝る力なのだ、とな。私以上の高学歴エリートであらせられる大暗黒魔皇帝様は、その哲学を共有するお方よ。だからこそ、私に宰相の地位を与えてくださったのだ。いやはや、私は果報者だ。大暗黒魔皇帝様は絶対強者にして、覇者になるべく生まれたお方。あのような主君をいただきたいと常々思っていたが、その夢がかなった!」

 とうとうとレッドが語ると、一同は、うむ、とうなずいた。

「あのお方は、ダンガルドみてーな一介のドラゴンごときとはちがうよな」

「ですよね」

「ですです」

「貫禄、腕力、魔力、そしてなにより邪悪さ、なにもかもお父上にあたる魔王様以上のお方やでぇ」

「ダンガルドをかる~くぶっ飛ばしたばかりか、ラデリン伯率いるヴァンパイアどもをただの一撃で蹴散らすんだもんな。格がちがうって」

「洗脳が解けた気分だよな。おれらって、なんであんな、たかがダークドラゴンごときにへーこら付き従っていたんだろうな」

「惰性ですわ、惰性。つまりそう、なんとなく。今となっては、ダーク系ポエムを記した黒歴史ノートくらい消し去りたい過去ですわね」

 誰も彼も、ダンガルドの子分であった過去を恥じるがごとく、あれもこれもとあることないこと口さがなく言いまくってとどまるところを知らない。

「しかし……。いいか、皆、よく聞け」

 レッドは居住まいを正した。

「大暗黒魔皇帝様は、魔界平定などお手のもの、いずれは人間界や天界にも侵攻して、三界これみなすべてを掌握するお方と私は考えている」

「さ、三界を……? それは、まさか――」

「そうだ。いずれは天界のエンジェルやセラフどももやっつけて、神をもひれ伏せさせることであろう」

「かっ、神! それは、つまりっ!」

「あのお方は、神になられるということよ。新たな神に! 歴史に名を残す邪神に! その時は、現在の『大暗黒魔皇帝』の称号を廃し、より力強い称号を名乗られることであろう」

 レッドは確信に満ちた表情で断言し、頭に乗った赤髪のひとふさをもったいをつけて撫でつけた。みな、壮大な未来に思いを馳せて、ほうっ……とため息をついた。

「サキュ子よ。私が何を言いたいか、わかるか?」

「い、いえ……」

 レッドに話を振られたサキュ子は、気まずそうに目を伏せた。

「ふむ。チエン卒ごときに向かってこのような問いを発するのは酷だったか」

「もうしわけありません……。サキュ子は、おっぱい以外になにも取り柄のない女ですので……」

「私が言いたいのは、こういうことだ。我々はあのお方に仕えることにより、権力の甘い汁をすすり飲むこととなる。否、おなかいっぱいたぷたぷもう飲めませんってくらい甘い汁をがぶ飲みする毎日となることだろう。だが! あのような、邪神そのものといっても過言ではない桁外れのお方の側仕えには、品格が求められる!」

「品……格……?」

「あ、あの、それはどういう……?」

「どうか、ご教授ください。おれらのような無学な者にもわかるように……」

 一同の熱い眼差しを受け止め、レッドは重々しくうなずいた。

「お前たちは今、こう思っていることだろう。大暗黒魔皇帝様のおっしゃることを(ちく)(いち)守り、忠実にお仕えするのが側仕えをする者の務めであり忠義である、と。ま、確かにダンガルドごとき粗暴なチンピラ風情のチンケな子分でいる分には、それで良かったのだ。事実このレッドも、あののせやすすぎてあくびが出るアホの下でご機嫌をとっていた時はそのように振る舞っていた。が、今後はそのようなことではいかん……。大暗黒魔皇帝様のような偉大なお方に仕える者は、()の君が何を欲しているか察して、ご命令を待つことなく、先手先手を打つがごとく動いてその欲求を満たさねばならん。超一流の君主をいただく以上、臣下もまた超一流でなければならんのだ」

「おお……」

「さすがはレッドさん、考えていることのレベルがちがう!」

「ただ現状を喜んでいるあたくしたちとはちがい、先をいっていますのね!」

 感銘を受け、ますます尊敬の眼差しになる一同。わけてもサキュ子は瞳をうるませて手を胸の前で組み、「知性的な男性って……すてきです……」と頬を桃色に染めていた。

「よいか。今後は、腕力に勝る者は腕力に、魔力に勝る者は魔力に、そして私のように知力に勝る者は知力に、より磨きをかけるべく精進に努めるのは当然のこととして、常に大暗黒魔皇帝様の存在を魂の中心に思い描いて生きるのだ。大暗黒魔皇帝様が食事をしたいと思ったならすでに食事の用意はすんでおらねばならん。大暗黒魔皇帝様が出陣したいと思ったならすでに兵は整列しておらねばならん。大暗黒魔皇帝様がおっぱい揉みたいと思ったらそこにおっぱいがなければならん……! 私はここにいる面々をひとまず大暗黒魔皇帝様の側仕えとして推挙したが、今後、あのお方が覇業を押し進め領地を拡大するに従い、次々に新しい人材が入ってくるであろう。ダンガルドのような身の程知らずのハチュウ類ごときに仕えていた時とは異なり、(あん)(のん)としていれば、たちまち居場所はなくなると知れ。――サキュ子」

「は……はい」

「お前のおっぱいはサイズいくつだ」

「百二センチですわ」

「一メートルの大台越え……。それほどのおっぱいに加えて腰も足首も細いワガママボディとくれば、まず、大暗黒魔皇帝様の雛壇を飾る花としては上々であろう。が、それにあぐらをかいてはならん。何事も精進だぞ。よいな」

「はいっ。推挙してくださったレッドさんの顔に泥を塗るような真似はいたしません! 毎日いっぱい牛乳を飲んで、もっともっと大きくします!」

「む、頼もしい。その心意気やよし! みな、杯をもて!」

 レッドは再びブドウ酒を注がせると、一同を見渡した。

「大暗黒魔皇帝様に!」

 レッドが音頭をとるのにあわせ、「大暗黒魔皇帝様に!」とみなが唱和する――。

 が、しかし。

「あンの虫けらどもがァ! 言いたい放題言いやがって!」

 この()()(あい)々(あい)とした様子を、部屋の片隅の暗がりの中から睨みつけている者がいた。

 ダークドラゴンのダンガルドだ。彼はこれまでガンデル城の城主としてブイブイ言わせてきた。誰一人として彼には逆らえず、彼が口にすればなんでもかんでも意のままになった。

 それが今や、どうだろう。あれほどヨイショしまくってくれたレッド以下子分たちは一人残らず彼のもとを去り、「大暗黒魔皇帝様、大暗黒魔皇帝様」と、鞍替えした自分を恥じることもなく新たな支配者を持ち上げている。

「オレだって……オレだって……! やればできるんだ。オレはまだ卵にいたころから、両親が『この子はやればできる子になるよ、うん』と言っていたくらいなんだ……!」

 悔しさに歯ぎしりし、目尻に涙を浮かべながらつぶやく。

 さりとて……大暗黒魔皇帝にワンパンでぶっ飛ばされてぽんぽん痛い痛いになっちゃった記憶や、究極の破壊魔法メテオストライクであーもすーもなくヴァンパイアどもを撃退した光景を思い浮かべると、震えが止まらなくなる。再戦して支配者の地位をとりもどしたいのは山々だが、まともに戦って勝てる相手とはとても思えない。

(くそぅ……。もう一度戦えば、今度こそまちがいなくオレ様はブッ殺される。いいや、ただ殺されるだけですむか? あのド畜生のことだ、炎天下にオレ様を引きずり出して杭とロープで固定し、鱗を一枚また一枚と剥がして、それから『日焼け止めオイルを塗ってやろう』と塩やマスタードを塗りまくることだろう! そして、オレ様が悲鳴をあげて痛がる様子を、オレ様を見捨てて鞍替えした連中ともども、げらげら笑いながら見物するんだ、そうに決まっている……!)

 恐ろしすぎる! ダンガルドは改めて、ぶるっと震えた。

(ううっ、地位はとりもどしたいが、あの化け物と戦うなんて怖すぎる。オレ様はどう生きればいいんだ? もはやプライドのすべてを捨てて、あの化け物の前にひたすら這いつくばり、ペットとして生きるほかないのか? でも、それって『生きている』と言えるのか……?)

 悶々と悩んでいた、その時!

 ガシャガシャとやかましい鎧擦れの音を立てて何者かが走りこんできた。ダンガルドはぎょっとして身体を縮こまらせた。

「レッドさん! たいへんです、レッドさん!」

 叫びながらあらわれたのは、首のない鎧の騎士デュラハンだ。どこから声が出ているのかは誰も知らないが、べつに気にするやつはいない。

「なにごとだ、騒々しい。というより、なにか報告があるならスマホを使え、スマホを」

「す、すみません。おれは無学なので、その、スマホは……。うっかり操作をまちがえると爆発しそうな恐怖感があって、いわゆる、その、スマホアレルギーといいますか……」

「ええい、もう二十一世紀だというのに、まったく。まあいい、なにごとだ、報告せよ」

「あ、そ、そのことです! ヴァンパイアどもが攻め寄せてきました! 再侵攻です!」

「なにィ……? 昨日の今日で再侵攻だと? あれほどはっきり力の差を見せつけられてもなお闘志を失わぬとは敵ながらあっぱれではないか。いや……まさか……なにか勝算でもあるというのか……?」

「それはわかりませんが、どうなさいますか」

「どうもこうもあるか、ただちに城外へ陣を張れ! 私は大暗黒魔皇帝様のご寝所へ事態を報せにゆく。なに、大暗黒魔皇帝様がお越しになられるまで持ちこたえればそれでよいのだ。気楽にやれ」

「ははっ!」

 ただちに酒盛りは中止となり、踵を返して駆け出すデュラハンの後にみな続く。ただしレッドのみは、いかにも大物らしい(ゆう)(ぜん)とした足どりで昇降機を目指した。





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