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ぐう畜! 大暗黒魔皇帝伝説 5章



 大暗黒魔皇帝様ご出陣となれば、取り巻き一同がお供をするのは当然のことだ。

 てなわけで、玉座の間にいた一同はあわただしく昇降機に乗りこんだ。

 レッドが昇降機のパネルを操作して止めた階で降りると、長い廊下が延びていた。足早にその廊下をたどると、その先は広大なテラスだった。

「あ。大暗黒魔皇帝様、こんにちはー」

 ヤイバを見て明るい声とともにお辞儀したのは、誰あろう、ダークドラゴンのダンガルドだった。

「これ、ダンガルド。身のほど知らずのヴァンパイアどもを(よう)(ちよう)すべく、大暗黒魔皇帝様ご出陣であるぞ。さよう心得よ」

 ついさっきまでは子分にすぎなかったレッドの()(たけ)(だか)な物言いに、ドラゴンの(そう)(ぼう)は殺気を宿してぎらりと輝いた。けれど、それはほんの一瞬のことだった。

「大暗黒魔皇帝様! ボクはですね、自分より強い者には絶対に逆らわないんです。それがこの魔界で長生きする秘訣なんです。どうか末永くペットとしてかわいがってくださいね! こんな黒くてかっこいいドラゴンをペットにしているなんて、お友達に自慢できちゃいますよ! 奥方のルシ子様とご一緒に空の旅をしたい時は、遠慮なくお申しつけくださいね!」

 まるで『エ○マーと竜』に出てくるドラゴンくらい友好的な態度で語ると、ダンガルドはごろ~んと転がっておなかを上にした。

「大暗黒魔皇帝様、知ってます? 猫はおなかを触られるのをひどく嫌がる生き物ですが、かわいがってくれる飼い主の前では、ごろ~んって転がっておなかを見せちゃうものなんです。ボクも同じなんですよ!」

「ああ……そう」

 あまりにも態度の変化が激しすぎてヤイバが引いていると、ユキが進み出て手を伸ばし、「お手」と言った。

 するとダークドラゴンは瞬時に跳ね起き、爪の生えた巨大な手をそっとユキの手に触れさせた。

「おまわり」

 さらにユキが命じると、ダークドラゴンはヒップホップのダンサーくらいすばやい動きでくるくると回り、空を仰いでボッと炎をひと吹きした。

 それから、ダンガルドは腹ばいになって可能な限り身体を低くした。

「ドラゴンはですね、とってもプライドが高い生き物なんですよ! チョーシくれやがった虫けらはハラワタひきずり出して生きたままむさぼり食っちゃうんです! ましてや、ドラゴンよりはるかに劣る下等生物なんぞを背中に乗せて飛ぶなんて言語道断なんだよブッ殺されてえのかボケが……ですよ。でも、大暗黒魔皇帝様やルシ子様やユキ様なら、ボクは喜んで背中に乗せて飛んじゃうんだ! さあ、どうぞ」

「さ、大暗黒魔皇帝様、遠慮なくお乗りください。空を飛んでの道行きとなります。ああ、そうそう。(しつけ)がなっていないようでしたら、そのつど、殴ってかまいませんので」

 レッドがじろっとダンガルドを見やりつつ、ヤイバに騎乗をうながす。

「いや、だから、おれはそういうのは……。まあとにかく、乗せてもらうよ」

 まずはヤイバが、翼をスロープがわりにして登り、背中にまたがる。ルシ子はその後に続いて、ヤイバの腰にぎゅっと手を回した。ユキもそれに(なら)い、ルシ子の後ろに乗る。

「宰相閣下、こちらにどうぞ」

 オーガが一頭の立派なグリフォン――頭と翼はワシ、胴体はライオンの魔獣――を引いてきてレッドに一礼した。

「おう、すまんな。これ、みなの者もなにがしかに騎乗して同行せよ。大暗黒魔皇帝様の行くところ、どこであろうとその場所が、広大無辺なる魔界の中心地であるぞ」

 レッドに命じられるまま、オーガやデュラハンといった屈強な連中はもちろん、おっぱい要員のサキュバスやラミアなども、グリフォンやらペガサスやらロック鳥やら様々な飛行生物に騎乗する。

「では大暗黒魔皇帝様。出陣の号令をば、願います」

 レッドがうながした。

「え? ああ……。じゃ、出発」

 バサッ、と力強く翼を打ち振り、漆黒のドラゴンを先頭に一同は飛び立った。

 風をきって飛ぶ――。

「おおー、気持ちいいな! 勇壮な気分だ!」

「わあ、ドラゴンに乗って飛ぶだなんて! ルシ子、感激ですぅ!」

「うん、気持ちいい! いいねこれ、癖になりそう!」

 翼をもたない生き物にとって空を飛ぶのは夢だ。ヤイバといいルシ子といいユキといい、豪快に翼を鳴らして飛ぶドラゴンの背でその夢を味わった。ダンガルドは「けっ」と顔をしかめてつばを吐いたが、それは誰にも聞こえないほど小さなつぶやきだった。

 眼下には町の風景。空から見下ろすと、ガンデル城は、幾重にも城壁を巡らして街そのものを囲む構造になっていることがよくわかる。あるいは街路から、あるいは家々の窓から、住人たちがヤイバらを見上げ、敵を食い止めるべく迎撃に出てくれたのだと察して、手を振りながら盛んに声援を送ってくれる。

 じきに、最も外側の城壁にたどり着いた。

 が、そこではすでに、のっぴきならない事態が進行していた。

 ワアアアアアアアアアアアアアアアアアア!

「殺せー! 殺せー!」

「いてもうたらァ――――!」

「ワレ、ナメとんのかコラッ! ドタマ、カチ割ったるぞ、オウッ!」

 ヤイバはまだ何も指示していなかったが、ヴァンパイアの軍団と、城から出陣した味方の軍団が、激しくぶつかりあって乱戦状態。ワーワーわめきながら剣や棍棒といった原始的な武器で殴りあっている。時折、稲妻が走ったり、火炎弾が飛んだりしているが、それは魔法によるものだろうか?

「ええー! なんだよ、まずは敵将のハイダスと話し合いをしたかったのに! もう戦いが始まっちゃってるのかよ!」

 仰天したヤイバは、城壁の一角に設置されている物見塔を目にとめて「いったん、あそこに降ろしてくれ!」と指示した。

 ダンガルドが、グリフォンたちが、次々に物見塔のてっぺんに着陸する。ヤイバはドラゴンの背を降りると、塔の端へと走って額の上に手をかざした。

 ヴァンパイア軍団の先頭に立ち、魔法の稲妻を続けざまに放っている髭の男が目を引いた。大乱戦の中でも目立つ黄金の鎧をまとい、牛ほどもある双頭の魔犬の背に乗っている。

「ゆけ! 今日こそガンデル城を我が手に! 戦功を立てた者には、多大な褒美を与えてつかわす!」

 男は雷鳴のような大声でさけんだ。ひっきりなしに(けん)(げき)の音色が響き渡るやかましい戦場なのに、誰の耳にもはっきりと届く声だった。

「大暗黒魔皇帝様、あれです。あのひときわ大きなヘルハウンドに騎乗している、自分ではかっこいいと思っているのでしょうが実際には似合っていないもっさりひげのナイスミドル気どりが、このヴァンパイア軍団を束ねる長、ハイダス・ラデリン伯爵です」

 レッドがびっくりするほど冷静な口ぶりで説明した。

「へえぇ。大将なのに自ら前に出て戦うなんて、勇敢な人なんだね」

 とユキが、こちらも冷静な態度で感想を述べる。

「いやいや、かつては、魔王様が咳をひとつしただけで縮み上がるような男だったそうでございますよ」

 レッドはいかにも小馬鹿にした風に微苦笑を浮かべた。

「おいおい、落ち着いている場合かよ! これ、ヴァンパイアたちのほうが優勢なんじゃないか? おれの見たところ、こっちの軍団は押されているぞ。このままだと城壁を突破されちゃうんじゃないのか?」

 ヤイバは戦況を眺めてはらはらどきどきだった。大スクリーンで眺める戦争映画を超えるド迫力! 

「く……。どっ、どうすればいいんだ……?」

 ヤイバの見たところ、ヴァンパイアそのものの数はそう多くはない。ところが、ヴァンパイアの下僕と思しきスケルトンだのジャイアントバットだのヘルハウンドだのが凄まじい数で、その数の力がものを言っている。

「ふむ。ハイダスめ、今回は少々がんばっておりますなあ。しかし、大暗黒魔皇帝様がお力を示されるには、むしろかえって好都合かと」

 レッドはあいかわらず、憎らしいほど落ち着いたものだ。

「いやっ、あのっ、おれにはドラゴンをぶっとばしちゃうくらいの身体能力があるみたいだけど、こんな大軍を相手には戦えないだろ! いやそれ以前に、おれは暴力じゃなく話し合いで事態を解決したいんだよ!」

 ヤイバは大きく息を吸いこむと、「おーい! おーい! 戦いやめー! やーめーろー! 命令だからっ! これ、大暗黒魔皇帝の命令だから!」と叫んだ。

 ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!

「殺せー! 殺せー!」

「なんやコラッ! その程度か? オウ? おのれの本気はその程度かっつつつつつ!」

「こンのド畜生どもがァッ! ワシらナメとったらイワすぞ、オウ!」

「プッ。こいつら劣等感爆発しちゃってるしー。ヴァンパイアは超かっこいいしー。みんな知ってる超メジャー種族だしー。妬まれてもへっちゃらだしー」

 ……誰も聞いていない……。頭に血が上っていて、聞く耳もたない……。

「まあ、なんせ魔族ですから。戦い大好きの血の気の多い乱暴者ですから。こういう時は、ひとつバシッと、やっちゃうしかないんですよ、はい」

 レッドはまるで他人事のようにうそぶいた。

「そんなこと言ったって……この数……」

「あの、あう、ちょっと、ちょっと待ってくださいっ! えっとぉ、えっとぉ、預言者様にもらった本が……」

 おろおろするヤイバを見て、ルシ子があわてふためきながらカボチャデザインの鞄を開けて中をまさぐり、薄いメモ帳をとりだした。

「えっと、えっと……あった。なになに……ふむふむ……。ヤイバ様! ヤイバ様!」

「なんだよ!」

「あのっ、封印が解けた今のヤイバ様は、強大な魔法を使えるんですぅ! そ、それを使ってくださいっ! でないと、城壁が突破されちゃいますぅ! ヴァンパイアたちがなだれこんできて、町のみんながこまっちゃいますぅ! ルシ子のお父さんやお母さんやおじいちゃんやおばあちゃんもこまっちゃうんですぅ!」

「魔法っ? どんな魔法だ? どうすれば使えるんだ?」

「えっと……手のひらを相手に突きつけて、『メテオストライク!』と唱えてください! それで使えるはず……なんですぅ。預言者様がくださった、魔王様の特技そのほかもろもろを記したこのメモ帳にそうかいてあるんですぅ」

 今に始まった話ではないが、ルシ子のものいいはどうも自信なさげなきらいがある。といって、この切羽つまった状況では、四の五の言っている暇はない。

「こっ、こうか? 手のひらを突きつけて――」

 やむなくヤイバは、敵も味方も区別がつかない大乱戦のただ中にあってもよく目立つ、黄金の鎧をまとったハイダスの姿に右手を突きつけた。

「くっ……。ああもう、いったれ! メテオストライク!」

 やけくそ気味に大声で唱えると、さんさんと降り注いでいた陽光が突然に途絶え、世界が暗くなった。

「うん?」

「アレ?」

「空が曇った?」

「マジかよ天気予報ハズレじゃん」

 魔族のみなさんは戦うのをやめて、いったい何事かと天を見上げた。

 曇ったのではなかった。

 巨大で真っ黒な円盤状の空間の裂け目が、地上と太陽との間に出現していた。

 ゴゴゴゴゴゴ……と聞くだに恐ろしい重低音が、その裂け目から響いてくる。音はどんどん大きくなってゆき、そして――赤々と燃え盛る灼熱の巨大隕石が、はるか宇宙の深淵の暗黒空間から、ここが魔界ですね初めましてとみなさんにこんにちは……!

 ズズズズン!

 轟音と衝撃が大地を、樹木を、人を、空気を、あらゆるものを揺るがした。メテオストライク! 巨大隕石の落下!

 入り乱れて戦っていたみなさんは、あるいは黒コゲになり、あるいは地面に首までめりこみ、あるいは地平線のかなたに吹き飛んだ。

「えっ? えっ?」

 自分がしでかした予想外の惨状にうろたえるヤイバの背後で、侍従や親衛隊の面々が、おおおお、とどよめいた。

「なっ……なんつー威力だ……。こんな破壊力の魔法やこんな魔法の使い手が存在しているだなんて……」

「さすがは魔王様のご子息……! いや、むしろ、伝え聞く魔王様を(りよう)()する力の持ち主……!」

「つーか、今の魔法を撃つのに、なんのためらいもなかったよね?」

「ああ。普通、こんな味方も巻き添え食らうのまちがいなしの超攻撃を放つ前って、(かつ)(とう)がなくちゃおかしいって。ひとかけらでも良心があれば悩むって」

「おれたちが仮に今の魔法を使えたとして、この状況で、こんなにもあっさり使えるのかといったら……」

「すごすぎる……。敵だろうが味方だろうが、大暗黒魔皇帝様にとってはどうでもいい虫けら、大差ないということ……!」

「邪悪! まさに邪悪の権化ですわ! ああ、抱かれたい……!」

「故郷の村じゃ、村始まって以来のワルと呼ばれていたおれだが、このお方のドス黒さに比べたら……おれなどは降り積もったばかりの純白の雪……!」

「あたくしたち並の魔族とはまったくちがう! 大暗黒魔皇帝様には、慈悲や良心などひとかけらも存在しないのよ!」

 レッド以下、取り巻きたちは感心し、心震わすことしきりだった。

「ちっ、ちがうって! 誤解だ! おれは、その、こんなたいへんなことになるとは思ってもみなくて――」

 弁解するヤイバに、レッドが揉み手をしながら進み出た。

「またまた、なにをおっしゃいますやら。わかっていた癖に。しかしまあ、そういうことにしておきましょう。なに、私めはわかっております。大暗黒魔皇帝様がお育ちになられた人間界には『一寸の虫にも五分の魂』とのことわざがございますね? 通常、虫けらのようなとるに足らない存在にもなにがしかの価値があるので粗略に扱わないでね、との意味で使われますが、裏を返せば、虫けら風情はたとえ魂があってもいいとこせいぜい五分程度の意味ともとれる……! 大暗黒魔皇帝様の理念、レッドめはもとより、ここにいるみながしかと胸に刻みこみました」

「いや、ほんと誤解だから……」

 ヤイバがしつこく弁解していると、

「うーん……。あたしたちのお父さんが強大な魔王で、アニーがこういうのを使えるとなると、妹のあたしも使えるのかなあ」

 ユキが小首をかしげて、ヤイバのかたわらに立った。

 赤フレームの眼鏡のブリッジを人さし指でくいっと持ち上げる。手の平を戦場につきつけて、「メテオストライク」と唱える。

 再び、宇宙の深淵に通じる暗黒空間が出現して世界が暗くなった。こんなに早くみなさんと再会できるなんて僕とっても嬉しいです! と灼熱の隕石がこんにちは。ただし、ヤイバが放った隕石にくらべるとふた回りほど小さい。

 ズズズズン!

 よろよろと立ち上がりかけていた魔族のみなさんは、あるいは地面にめりこみ、あるいは吹き飛び、あるいは「これも人生」と達観のつぶやきを漏らした。

「へー。あたしもできるんだ」

「うわー! ユキ! こんなことしちゃだめだろー!」

 あわを食ってしかりつけるヤイバの背後で、取り巻き一同は顔を見合わせた。

 ひそ……ひそ……。

「おい、聞いたか今の」

「ああ。ご自分がしたことは完全に棚上げして、妹君が同じことをしたらしかりつけるとは、なんと理不尽な……!」

「大暗黒魔皇帝様は、理屈が通じるお方ではない。混沌の申し子……! その時その時の気分で何をしでかすかわからない暴君オブ暴君……!」

「血をわけた妹君のユキ様でさえ、でしゃばった真似は許さないとは――」

「もし……もしも仮におれたちが出しゃばりをやらかした日にはどうなっちまうんだ?」

「そらもう、生まれてきたことを後悔するような目にあわされるに決まっとるがな」

「ワシらは、歴史の目撃者やでぇ。魔界に降臨した邪神のお姿を、その一挙手一投足を、今、まさに、この目で目撃しておるんやでぇ!」

 ヤイバは地獄耳で取り巻き連中の発言をとらえ、こめかみに青筋を浮かべた。釈然としない。といって、自分がとんでもなことをやらかしちゃったのは事実なので、これは誤解なんだと強く反論するのも難しい。

 ひそ……ひそ……。

「にしても、おれたちはともかく、ともに育った妹君のユキ様は兄であるヤイバ様のご気性などとうの昔にわきまえておられよう。なのに、なぜわざわざおしかりを受けるような真似をしでかしたのか……?」

「む? 確かに不思議な話ではあるな」

「おそらく、こういうことですわ。兄君かいかに危険なド畜生であるかをなるべく早い段階で私たちに教えておくため、おしかりを受けると承知でわざと……!」

「な、なるほど! それであれば合点がゆく!」

「兄妹といえど、まったく異なる性格やのう。妹君のユキ様は、慈悲心に満ちたお方っちゅーわけやでぇ。ぐう畜の反対……ぐう聖。魔族にあるまじき、ぐうの音も出ないほどの聖人やでぇ!」

「ふむ。大暗黒魔皇帝様にはいやおうなしにひれ伏すほかないが、ユキ様に対しても媚びておくべきだな。後々、損とはなるまい」

 そしてまた、いったいこれはどういうわけなのか。魔族のみなさんは、ヤイバのことは邪悪の権化扱いなのに、同じことをしたはずのユキに対してはいい人扱いときたものだ。

(うぅ……。既視感を覚える……。封印が解けて魔王の力なんてものが身についても、なにをやっても悪い方へ誤解されちゃうおれの星回りって、人間界にいたころとぜんぜん変わっていないのか? いやむしろ、デストロイ星回りがパワーアップしている……?)

 善良な小市民を自認するヤイバとしては、まったくもって腹立たしい。

「た……退却……退却だ……」

 と、二発の隕石の爆心地で首まで埋まっていたハイダスが、よろよろと這いずり出してか細い声で命じた。しかし彼の命令など待たずに、ヴァンパイアの軍勢はすでに武器を捨てて逃げに転じている。

 ウワッハハハハハハハ!

 突然、ダンガルドが牙を剥いて笑った。

「おい見ろ! あのザマを! あのいけすかないハイダス・ラデリンが! ヴァンパイアどもが! 瀕死の虫けらが這いずるようにヨタヨタ逃げてゆくぞ! 追撃するなら今! 今なら余裕でブッ殺せるわ! オレ様のファイアーブレスで焼き尽くしてくれる!」

 バサッ! と翼を鳴らして飛び立とうとするドラゴンのしっぽの先を、ヤイバは急いでひっつかんだ。飛ぼうとしていたダンガルドはがくんと急制動をかけられて、水泳の授業で飛びこみのへたなやつが腹打ちするように、びたーんと腹を打ちつけた。

「だ……大暗黒魔皇帝様……なぜに……? ボク、あの、なにかご機嫌を損ねるようなことをしましたか……? で、でしたら謝りますので……」

 ダンガルドはたちまち涙目になって卑屈な態度にもどった。

「追撃しちゃだめだから! おれは、その、話し合い! そう、あくまで話し合いでこの問題を解決したいんだよ。こんなことしちゃった後でなんだけど、ハイダスたちヴァンパイアもおれの力を知ったことだし、ここはひとまず逃がしてやって、後日改めて話し合いをしたいんだよ!」

 ヤイバは瞳に『正しい心』をこめて力説した。

 ひそ……ひそ……。

「え。こんだけのことをした後で逃がしちゃうのか? なんで?」

「そりゃお前、大暗黒魔皇帝様は真性のサディストやでぇ」

「おおう! かんたんに殺しちゃつまらないんで、いったん逃がして恐怖に震えさえておき、改めて(なぶ)り殺しにしようっていうんだな!」

「話し合いの場をもうける、などとあからさまに罠臭い話でハイダスをひきずり出し、衆人環視の中、公開処刑なさるおつもりか……!」

「なんてお方かしら……。巨悪すぎる……。悪さの底が存在しない……!」

 ヤイバはこめかみの青筋をぴくぴくさせた。幸か不幸か地獄耳、聞くともなく聞こえてしまう。

「大暗黒魔皇帝様のなさりように文句がある者などおりません。どうぞ、ただただ御心の赴くままに……」

 レッドがうやうやしく一礼する。

「あのお方が……」

「あのお方こそが、魔王様のご子息……!」

「魔王を超越した究極の怪物、大暗黒魔皇帝様……!」

 塔の下では、まとめてメテオストライクを食らった味方の兵たちがよろよろと起き上がり、ヤイバに尊敬の眼差しをむけている。

「歓呼三声!」

 一人のオーガが棍棒を掲げて言った。

 ワアアアアアアアアアアア!

 ワアアアアアアアアアアア!

 ワアアアアアアアアアアア!

「……いったん城に帰ろう」

 ヤイバはしょんぼりと肩を落として告げた。

「かしこまりました。ただ、ヴァンパイアどもをいともたやすく撃退した大暗黒魔皇帝様の偉大さを(たた)えんと、下民どもがうずうずしていることと思われます。この城壁から城まで、空を飛んでではなく、戦勝パレードよろしく街路を練り歩いてのご帰還となさってはいかがでしょう」

 レッドが進言した。

「もうなんでもいいよ」

 ヤイバは投げやりに応えたものだった。





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