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ぐう畜! 大暗黒魔皇帝伝説 4章



「さ、ヤイバ様。ひとまず玉座の間へ行きましょう! かつて、ヤイバ様のお父上があたためておられた玉座が、今日からはヤイバ様の指定席なのですぅ!」

 ルシ子は小さな子どもがするように、握った拳をぶんぶん振り立ててはしゃいだ。

「では、私めがご案内いたします。みなさま、ついてきてくださいませ」

 ついさっきまでダンガルドの子分筆頭であった赤毛のオークは、今や「我こそ大暗黒魔皇帝様の一の臣下」といわんばかりの態度で案内役を買って出た。ちなみにダンガルドはあいかわらずめそめそ泣き続けていたが、もはや誰一人として彼に構う者はいない。一同は権力の座から陥落した負け犬には目もくれず、オークを先頭に多目的ホールを出た。

 天井高といい幅といい、ドラゴンの体格でも容易に通れる廊下がどこまでもどこまでも果てしなく続く……。

「このガンデル城って、ずいぶん大きいお城なんだね。アニーとあたしのお父さんって、どんな人だったんだろう」

 ユキがてくてく歩きながら、父の姿を探すように虚空に視線をさまよわせた。

「それはもう偉大なお方でございます。私めは魔王様の治世の後、つまり魔界に戦乱が始まってから生まれたので、残念ながらじかにお姿を拝見したことはありません。しかし、力は天地を揺るがし、みなが畏れ敬うカリスマをお持ちで、頭脳は比類なく明晰、すべてにおいて並ぶ者なきお方であったと、ガンデリオン公立小学校の歴史の授業で学びました」

 オークはわけしり顔で言ってから、「魔王様が築城なさったこの巨城を見るにつけ、その偉大さのはかり知れぬこと、まざまざと伝わってきますなあ」と言い足した。

 廊下にはところどころ置物があった。ところがそれは生命を持つ鎧の騎士であったり、石像のふりをしているだけのガーゴイルであったりと、いずれも魔族だった。すでにヤイバがダンガルドをぶっ飛ばして新たな城主になった件は城内に広まっているらしく、一同が通りがかると(いん)(ぎん)にお辞儀をする。

 延々と廊下を歩いた末、昇降機と(おぼ)しき鎧戸つきの箱にたどりついた。これがまた大きくて、ドラゴンだろうが巨人だろうが乗れるであろう大きさときている。

「さ、お乗りください。当然ではありますが、玉座の間は城のてっぺんにあります。魔界の王者の御座所にふさわしき高みでございます。……ポチっとな」

 オークは一同をうながして箱に入れ、ボタンを押した。すると昇降機は振動もなくすうっと上昇を開始した。

 昇降機の上部に据えつけられている金色のベルが、チン! と鳴って扉が開く。

「これは……!」

 昇降機から降りるなり、ヤイバは目をみはった。

 大ホールや廊下が薄暗かったせいでよけいにそう感じるのかもしれないが、とても明るい! 鋼鉄のフレームで組まれた鳥かごに似た構造で、フレームの間はガラス張り。中天にぶら下がった太陽の光がさんさんと降り注いでいる。ただし魔界の太陽が放っている光は赤っぽく、また、空は紫色だった。

 昇降機からは幅の広い赤絨毯が延びていて、その先は巨大な雛壇になっている。雛壇の最上部中央には宝石をちりばめた豪華絢爛な黄金の玉座があった。その玉座の左右には、ややおとなしいデザインであるもののやはり豪華な造りの銀の椅子がいくつも並んでいる。

 そしてこの雛壇の周囲や玉座のかたわらには、金銀財宝を詰めこんだ無数の宝箱が、これ見よがしに大きな口を開けて並んでいた。

 豪華絢爛……ではあるが、いささか以上にやりすぎちゃいました観があり、きんきらきんきら輝きが強すぎて目が痛くなるほどだ。

「わあ、ここが玉座の間なんですね? ルシ子、『ガンデル城 写真集』で見て以来、一度でいいからここに入ってみたかったんですぅ!」

 ルシ子は目を輝かせ、スカートの裾をひるがえして、くるくると二回転した。

「さ、大暗黒魔皇帝様。どうぞ、玉座をあたためてくださいませ」

 オークがうやうやしい手つきで雛壇を指し示す。

「ああ……うん」

 ヤイバは夢見心地の足どりで赤絨毯を進み、雛壇を上って、玉座に腰を下ろした。

「うわあ、いい眺めだなあ」

 玉座の間全体を見渡せるのも心地良いが、窓の外に広がる景色がこれまたいい。城下の町並、町をぐるりと囲む城壁、城壁のむこうに広がる田畑や川、はるか彼方には海や、雪をいただいた山脈……。天高き()(づち)城を築いて地上を(へい)(げい)した()()(のぶ)(なが)の気分にさせてくれる。

「ヤイバ様」

 陶然としていると、ルシ子が話しかけてきた。

「ルシ子、お隣に座ってもいいですか?」

「え? ああ、もちろん」

「わあ! ありがとうですぅ! この、玉座の右隣の椅子は、お妃が座るための椅子なんですぅ!」

 ルシ子はすとんと右隣の椅子に腰を下ろした。ユキも、自分だけ立っているのもなんなので、玉座の左隣の椅子に腰を下ろす。

 そのユキは、そばに置かれていた宝箱に目をとめた。

 あふれんばかりに詰めこまれた宝物の中から、ひょいとティアラを拾い上げる。

 黄金のティアラで、額の部分には赤子の握り拳ほどもあろうかという大粒のダイヤモンドがはめこまれていた。

「魔界……。お城……。財宝……。そう、財宝……! ねえ、ちょっと、ルシ子」

 ユキは興奮で頬を桃色に染めてルシ子を見た。

「はい」

「アニーはこのガンデル城の城主、ってことは当然、この金銀財宝もアニーのものってこと?」

「そうですぅ」

「そうなんだー。アニーのものってことは、妹のあたしのものでもあるってことで、いいよね?」

「え? うーん、ルシ子はよくわかんないですぅ。でも、たぶん、それでいいんじゃないかなって思うんですぅ」

「魔界……! 財宝……! いやー、アニーと一緒に魔界へ転移だなんて、とんでもないことになっちゃったと思っていたけど、気が変わっちゃった。しばらくここにいるのも悪くないかも。今時は、勉強をして大学に行ったところで、卒業後に安定した人生が保証されているわけじゃないし」

 ユキは上機嫌でティアラを撫で回し、「そーだ。後で、ここにある財宝の目録を作ろうっと。そうそう、重さも量らないと! 現在の金価格に換算していくらくらいになるのか、計算してみようっと!」と嬉しげに言い足した。

「ユキ、()()辛いこというなよ。感動が薄れるじゃないか」

 ヤイバは苦笑した。

「そう? 庶民としては普通の反応だと思うけど」

「うーん……。確かに、この黄金でできた玉座だけで、ひと財産どころの騒ぎじゃないけど……。おれは、なにもかもが予想外すぎて、ただただ夢見心地だ。それにしても、写真すら見たことないけど、父さんってお金持ちだったんだな。母さんは、こんな大金持ちの父さんと、なんで離婚しちゃったんだろう……?」

 ヤイバはふとそんなことが気になり、首をかしげた。

「そういえば不思議だよね。あ、でも……。ちょっと、オーク」

 ユキはオークを手招きした。

「ははっ、なんでございましょう」

 雛壇から離れた場所でスマホらしきものを耳にあて、何事かしゃべっていたオークは、会話を中断してそそくさと駆け寄ってきた。

「アニーの黄金の玉座って、左右に銀の椅子がいくつもあるよね」

「はい」

「ルシ子が、お妃が座るための椅子って言ってたけど、それが複数あるってことは――あたしとアニーのお父さんって、もしかして重婚してたの?」

「さようでございます。広大無辺の魔界を平定するのはかんたんなことではございません。魔王様には多数のお妃がおられました。いわゆる政略結婚ですな。同盟関係にある魔族から妻を(めと)り、血縁関係を結ぶことで、同盟をより強固なものとするわけです」

「奥さんが複数……。ひょっとしてそのあたりが、お父さんとお母さんが離婚しちゃった原因なのかなあ」

「私めは詳しいことを知りませんが、王者にして絶対君主たるもの、多数の妻を娶るなど当たり前のことかと」

 ユキとヤイバは顔をみあわせてしまった。

「でもでも、ルシ子はヤイバ様の最初のお嫁さんなんですぅ! 第一夫人なんですぅ! だから、ヤイバ様の一番近くの席に座っちゃうんですぅ!」

 ルシ子はといえば、さっきから無邪気に喜んでいるばかりだ。

 チン!

 と、昇降機の到着を知らせるベルの音が鳴った。

 どやどやと大勢の魔族が降りてくる。オークが「遅いぞ、早くせんか!」とどやしつける。先ほどスマホで話していたのは、彼らを呼びつけていたものらしい。

「大暗黒魔皇帝様に栄光あれ!」

「ヤイバ様に永遠の忠誠を誓います!」

「ガンデル城の主! 我らが主!」

「臣下一同、心より、ヤイバ様の魔界へのご帰還をお祝い申し上げます」

 彼らは口々に忠誠の言葉を述べた。もっとも、ダンガルドにぺこぺこしていたのが一転、このように態度を豹変させたのを見れば、それらの言葉があてになるのか、大いに疑問だ。

 ともあれ、ある者は儀仗兵よろしく赤絨毯のわきに立ち、ある者は果物満載の籠や花いっぱいの花瓶を玉座のそばに置き、またある者はパイプオルガンに似た楽器のそばに控え、玉座の間にさらなる(いろど)りを加えてゆく。

 その上――。

「サキュバスのサキュ()です。おっぱいには自信があります」

「ダークエルフのダリアです。私の脚線美をどうかご堪能ください」

「ハーピーのハッピーでぇ~す。どうですか、この翼。ふかふかであったかいんですよぉ」

「ラミアのらっちゃんでございます。上半身は人間、下半身は蛇。特殊性癖の人から、『君ってそそるよね』ってよく言われます」

 様々な魔族の娘たちが、自己紹介をしながら雛壇の下段を埋めてゆく。いずれ劣らぬナイスバディの持ち主で、しかも水着、バニー、セクシーランジェリーといったあられもないかっこうばかりときたものだ。

 かくて、玉座の間は先にも増して華やいだ空間へと変貌した。

「あの、これは……?」

 ヤイバが戸惑っていると、オークが雛壇の前に進み出てうやうやしく膝をついた。

「ヤイバ様。先ほどの戦い、私め、間近で拝見させていただいたこと、一生の記念となりました。自己紹介させていただきます、私めはオークのレッド。この、頭のひとふさの赤い毛にちなんで親がそう命名しました。どうか、レッドとお呼びくださいませ」

 直立歩行の豚のような小太りでちんちくりん、さらに腰ミノを巻いただけの半裸というユーモラスな生き物だが、流れるように言葉を紡ぐ様や落ち着いた所作は堂に入ったものがある。

「ダンガルドごときはただの乱暴者。その乱暴者風情が、魔王様がお隠れになられてからというもの幅をきかせて威張り放題、このガンデル城の主ヅラ……。力を誇示する癖に、乱れに乱れた魔界の再統一に乗り出すでもなく、その器量はとうてい魔王様には及ばないものでした。しかし、ヤイバ様、いえ、大暗黒魔皇帝様。あなた様はちがう。器量がちがう、格がちがう。ダンガルドをワンパンで軽くぶっとばしちゃったその力強さ! とほうもない強さ! レッドめは確信いたしました。このお方こそ、生涯をかけて仕えるにふさわしいお方だと。このお方と出会うために自分は生まれてきたのだと……! 我らオークは頭からっぽの肉体派が大多数、しかしながらこのレッドめは我が種族には珍しき頭脳派! いささか口はばったい物言いであることは承知の上で申し上げますが、ガンデリオンでは知謀の士として名を馳せております。伏してお願い申し上げます。レッドめは、(さい)(しよう)として大暗黒魔皇帝様に側近く仕える栄誉をたまわりとうぞんじます!」

「レッド……か」

 立て板に水を流すような語りに気おされながら、ヤイバは彼の名をつぶやいた。

「おおっ、我が名をお呼びいただき、光栄至極! 事後承諾の形ですが、(せん)(えつ)ながら、私めの最初の仕事として、玉座のまわりを固める親衛隊、侍従、女どもなどの手配りをさせていただきました」

「ふうん、まめまめしい性格なんだなあ」

「お褒めいただき、嬉しゅうございます。魔界には肉体派のガサツ者が多い中、自慢話めいていて気恥ずかしいものがございますが、このレッドめは幼いころから神童と(うた)われ、学問と教養を身につけておりますので。最終学歴は小学校卒業……! そのへんの、幼稚園しか卒業していない、チエン卒連中とはちがうのです。また私めは、人間界の諸事情にも(つう)(ぎよう)しており、スマホやインターネットなどにも詳しいので、人間界での暮らしが長かったヤイバ様やユキ様のお役に立てると自負しております。あっ、ちなみに趣味は読書です。ネットの『オークと女騎士』ジャンルはほぼすべて精読しております。『くっ、殺せ!』っていいですよね。ごぞんじですか?」

 なんかもう色々とツッコミどころ満載だ。

 ユキが眉をひそめながら、「ねえ、レッド。小学校卒業って魔界だと高学歴なわけ?」とたずねた。

「はい。重ねて申し上げますが、私めは無学なチエン卒連中とはちがいます。小学校現役合格、さらに、三年生の段階で惜しくも留年を一年挟んだものの、それ以外はストレートで昇級し、わずか七年で小学校卒業を果たした高学歴エリートでございます」

「……あたしとアニーは中学校卒業で、今は高校生だけどね……」

 するとレッドはもちろんのこと、玉座の間を埋めた全員がどよめいた。

「ちゅ……中学校、ですとっ? ま、まさか、神童の中の神童、小学校の高度な学問でさえまだ足りぬ書狂や学者肌が、人生を学問ひと筋に捧げる覚悟で進学するという、あの、伝説の……」

「そんな驚くほどのものでもないけど」

「そ、そして、高校というのはまさかっ! 中学校のさらに上……でございましょうか」

「そうだよ」

「な、なんと……! いや、これは。冷や汗をかいてしまいました。世の中、上には上がいるとはまさにこのこと! ガンデリオン公立小学校卒業ごときで自慢してしまった我が身が恥ずかしく、穴があったら入れたい、じゃなかった、入りたい気分でございます! いやあ、やはり魔王様のご子息とその妹君、頭のできもそのへんの雑魚魔族とはまったくちがうのですなあ」

 レッドは感心することしきりな様子で何度もうなずいた。

「ところで大暗黒魔皇帝様。このような気恥ずかしい雰囲気の中でおたずねするのは勇気がいりますが、まだお返事をいただいておりません。このレッド、宰相としてお側仕えさせていただけるなら、身命を賭し、身を粉にして馬車馬のように働く所存。どうかご回答願います」

「ああ、うん……」

 ダンガルドの子分からあっというまに鞍替えした変わり身の早さにヤイバは内心あきれていたが、魔界は右も左もわからない異世界だ。それに、いっちゃなんだが、どうもルシ子は頼りない。

「いいんじゃないかな。じゃあ、レッドを宰相に任命するよ」

 ややためらいがちながらも承諾すると、レッドは顔を輝かせた。

「あ、ありがとうございますっ! 感謝感激雨あられ! この、赤き頭髪のひとふさにかけて! 父の名と母の愛にかけて! 大暗黒魔皇帝様のため、なんでもいたします! どうか、どうか、おこまりのことはなんでもご相談くださいっ!」

「ところで、レッド。早速、相談というか、質問なんだけど……」

 ヤイバは雛壇の下段を埋めた女の子たちを見やった。ヤイバのいる玉座からだと、女の子たちの胸もとが、谷間が、見るともなく見えてしまう。

「この子たちはいったい……なに?」

「えっ? も、もしやお気に召さない者が混じっておりましたか? ただちにお取り替えいたします!」

「いや、そういうことじゃなくて。みんな綺麗だなって思うよ、うん。だけど、なんでこの子たちはいるの?」

「なんでと申されましても……。この連中は大暗黒魔皇帝様の身辺を飾る、いわゆるアクセサリーでございます。偉大な王は、一庶民とはちがうのです。こういうおっぱいどーんで腰や足首はきゅっとしたセクシーギャルが周囲を固めることにより、大暗黒魔皇帝様が権力もって好き放題している様を誰もがひと目で認識するわけでして、はい。これみなすべて大暗黒魔皇帝様のものですので、どうぞ、お好きな時にお好きなおっぱいをお揉みくださいませ」

「えっ……!」

 ヤイバはごくっと生唾を飲みこんでしまった。ルシ子という正妻がすでにいるが、健全な男子高校生のすぐそばにおっぱいがいっぱいときては、その誘惑は抗しがたいものがある。

 するとまた心得たもので、サキュバスやらラミアやらハーピーやらが、さあどうぞと言わんばかりにヤイバの方を見上げて、悩ましげなため息などつきながら身体をくねらせ、両腕を組んで下からおっぱいを持ち上げるアピールときたものだ。

 ヤイバはすごい勢いで顔が紅潮してくるのを止められなかった。玉座に腰を下ろしたままなのに、指が……無意識のうちに『おっぱい揉みたいです』って動きで宙を揉んでしまっている。

「待ったぁー!」

 すると、レッドが大声をあげた。

「あのう、大暗黒魔皇帝様。今、おっぱい揉みたいって思いませんでしたか?」

「えっ? ま、まあ……」

 思わず認めてしまったヤイバを見て、レッドは首を横に振った。

「そのようなことはいけません!」

「え。でも今、好きなおっぱいを揉んでいいって……」

「大暗黒魔皇帝様は、並の魔族ではございません! 対して、この連中はおっぱい以外に取り柄などなにひとつない、おっぱいを取り除いたら存在価値ゼロの下等生物! 世の中には、格というものがございます! 身分というものがございます! あなたほどのお方がこのようなメスブタどものおっぱいをじか揉みするなど、品格をおとしめることでございます! お揉みになりたい時は、このレッドめにその(むね)、お申しつけくださいませ。大暗黒魔皇帝様に代わり、誠心誠意、心をこめて揉みしだきますので」

「…………」

「というわけで、どのおっぱいになさいますか?」

「……いや……べつに揉まなくていいから」

「なっ――なんですと? まさか……まさか、放置プレイでございますか? おっぱい以外に存在価値のないこの者どもの存在を全否定なさるので? さ、さすがは大暗黒魔皇帝様。なんという邪悪かつ非道な仕打ち、いやあ、悪いお方ですなあ」

「えぇ……。なんだか、悪ければ悪いほど偉い、みたいな言い方だけど」

「それはもう、魔界ですから。魔族ですから。強くて悪いほど偉いのは当然でございます」

「ちょっと待て! おれ、なにをしても悪い方へ悪い方へ誤解される星回りの持ち主なんだけど、悪いやつじゃないぞ」

「そうでしょう、そうでしょうとも。悪なのに善だと言い張る偽善こそ、最上級の悪でございますからなあ~」

「…………」

 ヤイバは機嫌をそこねて、ぷいっと横をむいた。人間界のみならず、魔界でさえこの扱い。納得がいかない!

 しかし――。

(しかし……。今のおれはただの高校生じゃない。ドラゴンを一発でのしちゃうほどの力があるんだよな。ルシ子いわく、魔界は戦乱が続いてみんなこまっているそうだから、おれが弱きを助け強きをくじいて魔界を平定すれば、みんながおれをいいやつだって(たた)えてくれるんじゃないかな)

 その思いは明確な意志となって、ヤイバの心に形をとった。

「ところでレッド。ルシ子が言ってたけど、魔界って戦乱が続いているんでしょ? 宰相を気取るなら、おっぱいがどうとか馬鹿なこと言ってないで、そのへんの事情を説明したら?」

 ユキがあきれたようにレッドを見下ろしながらうながした。

「はっ。では説明させていただきます。オーガ、あれを!」

 レッドがぽんぽんと手を打つと、緑色の肌をした身長四、五メートルほどのマッスルエリートが、板に貼られた地図を雛壇の前に運んできた。

「こちらを御覧くださいませ。魔界全土を勢力別に塗り分けた図でございます」

 地図は太い黒線で土地が区切られ、各地が赤青白など様々な色で塗り分けられている。勢力によっては、旗や図案も記されていた。

「ここ……中央が、このガンデル城がそびえ建つ魔界の中心地にして、魔王都とも呼ばれているガンデリオンでございます。そも、魔王様が統一と平定を果たされるまでは、魔界は各地に土着の魔族がめいめいの縄張りをもって根づいておりました。つまりそう、ドラゴンはドラゴンで、オークはオークでという具合に、種族ごとに国があったわけですな。現在でもそれは続いておりますが、ガンデリオンのみは例外で、王徳を(した)って各地から様々な種族が集っております」

 レッドは例によってしゃべりが身上とばかりにすらすらと淀みなく説明した。

「で、まあ……群雄割拠の戦国時代に突入してからこのかた、各勢力が衝突し、伸張と収縮を繰り返しております。ことに有力な勢力としましては、この……北にあるデーモンの国ヴァナイトス、ここ……南西にあるドワーフの国バダルフなどがあります。しかるに、です。大暗黒魔皇帝様が魔界平定に乗り出すのであれば、まずは、なにはともあれこのガンデリオンを統一せねば始まらぬことと愚考いたします」

「んっ? 統一って……このガンデリオンって国が分裂しているのか?」

 ヤイバがたずねると、レッドは「さようです」とうなずいた。

「魔王様がお隠れになられた後のことですが、ガンデリオンのヴァンパイアを束ねる長にしてかつては魔王様の忠実なる配下であったハイダス・ラデリン伯が、魔王都を我が物にせんと行動を起こしました。そして、同様に魔王都の掌握をもくろんでいた不死身の魔法使いリッチモンド公と衝突。両者痛み分けとなった隙に漁夫の利を得る形でダークドラゴンのダンガルドがガンデル城を押さえました。リッチモンドは戦いの後、ガンデリオンを去って遠き故郷のマンデル山脈へ帰還。ハイダスは配下のヴァンパイアどもを率いてガンデリオン北西のバダリム砦へと撤退し、以後はそこを根城として、()()(たん)々(たん)とガンデル城攻略の機会を狙っているのです」

「おおー……。なんか、あれだな。戦記物っぽくて、ちょっとわくわくするな」

「いえいえ、そのような大げさな話ではございません。ハイダスは何度かこのガンデル城へ攻め寄せておりますが、その(たび)にダンガルドやこれとともに戦った我らに撃退されているのですよ。きゃつめの力はいいとこせいぜいダンガルドと互角。そのダンガルドを鼻歌まじりに軽くやっちゃう大暗黒魔皇帝様にとっては、デコピン一発で身の程を教えてやれる雑魚にすぎません」

「うーん。でもヴァンパイアって、いわゆる吸血鬼だろ? 太陽が苦手とかニンニクが苦手とか弱点は色々あるものの、基本的には不死身の怪物なんだろ?」

 するとレッドは、今時アメリカ人でさえ恥ずかしがってやらないくらい大げさに、「OH~」と肩をすぼめた。

「大暗黒魔皇帝様。ヴァンパイアごときを恐れるようでは、お父上の名が泣きますぞ」

「そうかなあ」

「打たれ強い連中なのは確かですな。やたらと長生きしているため、剣や魔法の修練を積みいずれも達者なオールラウンダーが多いのも事実です。また、人間界とはちがい、この魔界の太陽は紫外線がふくまれていないお肌に優しい太陽ですので、連中は昼だろうが夜だろうがへっちゃら平気で活動できます。そう、弱くはないのです。が……しょせんは人間界の貧弱な生き物に比べれば『弱くない』程度の、ちゅーちゅー血を吸うほか能のない蚊トンボですな」

「…………」

「魔族ランキングにおいては、いいとこせいぜい中の上程度かと。大暗黒魔皇帝様が襟首つかんで『ヴァンパイアって不死身だから機嫌悪い時のストレス解消サンドバッグとして最適だな。何度殴っても壊れねえ』って腹パンしまくれば、たちまちめそめそ泣き出して土下座すること請け合いでございます。嘘だと思うなら、ぜひお試しください。大暗黒魔皇帝様が軽く顎をしゃくるだけで、ダッシュでジュース買ってくるようになります」

「…………」

「ふむ、まだ日も高い。どうでしょう、大暗黒魔皇帝様にその気がおありなら、夕食前の腹ごなしとガンデリオンの散歩をかねて、早速の御出陣となさってはいかがでしょうか。このレッドめがハイダス・ラデリン伯爵と一党どもが巣くうバダリム砦へご案内いたしますので、上下関係について骨の髄までたたきこんでやっては――」

「……戦いたくない」

 ヤイバはむすっとした顔でつぶやいた。

「は? 今、なんと……?」

「おれ、人間界ではなにかというと、ぐう畜呼ばわりされていたんだ」

「お。ぐうの音も出ないほどの畜生、略してぐう畜ですな。レッドめは人間界のネットスラングにも詳しいのです」

「うん……。おれ、べつだん悪いことなんかせず、ごく一般的な小市民として生活していたのに、いやむしろ、小さな善行を日々積んでいるくらいだったのに、なぜか誤解されやすいたちで、ぐう畜呼ばわりされてきたんだ」

「ふむ」

「おれは暴力は嫌いだ。力にものをいわせて従わせるなんて嫌だ。体面が気になる。魔界を平定して平和を取りもどしたいとは思うものの、暴力的に振る舞って、魔界のみんなから悪いやつだと思われたくはないんだ。その……ハイダス・ラデリンだっけ? 魔王、つまりおれの父さんの配下だったのなら、まずは話してみたい。父さんのことも色々と聞いてみたいし」

 ひそ……ひそ……。

「大暗黒魔皇帝様ってば、なに言ってんだ?」

「ハイダスなんて、話してわかる相手じゃねーよな」

「そうそう、魔族は強い者にしか従わないんだから、戦わなくちゃ始まらないってーの」

「なあに……お前ら、これはあくまでポーズってやつやでぇ。前振りにすぎんのやでぇ」

「あ、そっか。平和主義者を気どっておいて、それからぶちのめそうってわけね!」

「さすがは大暗黒魔皇帝様……! 黒いっ! とりあえず偽善の仮面を被っておくあたりがドス黒いな!」

 とまあ、玉座の間にいあわせた魔族のみなさんは、なにかを期待するわくわくの熱い眼差しをヤイバにむけてやまない。

「えっとぉ……。ヤイバ様は魔界を平定してくれるって、ルシ子と約束したのは確かなんですけどぉ……。まだ魔界に来たばかりですし、そこまであせって色々すすめる必要はないんじゃないかなあって、ルシ子、思うんですぅ。今日のところはお城の見学でもして、ゆっくりすごすのはどうですか?」

 と、ここでルシ子がおずおずと口を挟んだ。

「あ、それがいいな。おれにとってもユキにとっても、見るもの聞くもの目新しいものばかりだし」

 なあ、とヤイバはユキに同意を求めた。

「あたしとしても、そのほうがいいかな……。ああ、そうそう、レッド」

 ユキは首をかしげながら、レッドを見た。

「は、なんでございましょう」

「さっき、レッドが使っているのを見て、すっごく気になっていたの。この魔界にスマホなんて最新機器があるなんてびっくりしちゃった。いったいどこからどうやって仕入れているの? 魔族ってあなたを筆頭にみんな頭悪そうに見えるんだけど、まさか作れるだけの科学技術があるの?」

「あ、その件ですか。人間界と魔界は別の次元ですが、たまさか、次元の揺らぎが生じて行き来できるようになります。そうですなあ、海の波に似た現象をご想像ください。ヤイバ様のような巨大な力をお持ちの方は、非常に大きな波が生じた時でなければ移動できず、そうした大波は滅多に生じません。しかるに、小さな波なら、おおよそ……半年に二回くらいは生じます。従って、私めのような小者であれば、その際に両世界を移動できるのです。もっとも、次元移動のための召喚術を発動するには、専門の術者の助けや魔石などが必要で、けっこうな金がかかるのですが」

「へー」

「無学なチエン卒どもはいざ知らず、私めのような小学校卒業のエリートは知的好奇心が旺盛ですので、人間界に小さな拠点を設けてそこを宿とし、人間界をそぞろ歩いては、珍しいものを探し求めます。で、まあ……(あき)()(ばら)で薄い本などを買ったついでに、目新しい電子機器なども人間界土産(みやげ)として買い求め、魔界へ持ち帰るのです」

「ふうん」

「魔界に持ち込まれた電子機器は、この地に満ちている魔力の影響を受け、電力ではなく魔力を動力源に稼動するものへと変化します。魔界の魔力はほぼ無尽蔵ですので、電池切れの心配などなしに、ほぼ無制限に使えるようになるのです。またスマホなら、なぜか中継局がなくても使える、謎のご都合主義変化も起こります、はい。それと、魔界にはあちこちに願いの泉という便利な泉が点在しておりまして。なにか放りこむと泉の女神と称する娘があらわれて『あなたが泉に落としたのは、このアップルのスマホですか? それともこの富士通のスマホですか?』などとタワゴトをぬかし始めるので、『いいから全部よこせよ』と脅しとることでばんばん増やせます。同様の方法で、スマホ、パソコン、プレステ4、大人のオモチャなど、人間界の最新機器が魔界にも広まるのです」

「とても興味深い話ね。その泉って、金銀財宝なんかも増やせるの?」

「うむむむ、そこまでうまい話ではないのですよ。泉で複製できるのは、元のアイテムの劣化コピー品なので。金の財宝なら銅、銀の財宝なら鉄といった具合に価値の低いものになってしまいます……。ちなみに複製したスマホの場合、バッテリーが粗悪で爆発事故などもたまに起こります。泉の女神に魔力をたくさんくれてやれば、もっと上質な複製品が得られるとも聞きますが」

「ますます興味深い話ね。あ、そうそう、これも聞いておかなきゃ。レッドは自己紹介の時、人間界のネットに出回っている小説を読んでいるって言ってたでしょ」

「はい。私めは読書家でして、魔界一、頭の良いオークと言われております」

「それって、この魔界にいながら人間界のインターネットにアクセスできるってこと? 電波が通じるってこと? あたしとしては、お母さんが心配しないようにメールの一通も出しておきたいんだよね。もっとも、アニーと一緒に魔界に来てますなんてメールを送った日には、かえって心配しちゃうかもしれないけど」

 ユキはスマホを取り出して立ち上げ、ブラインドタッチでメールを作成したものの、「あれ? 送信エラーになる……」とつぶやいた。

「魔界と人間界で通信を行うのは、かなり難しいですなあ。ヤイバ様が降臨なさった時のような次元の揺らぎの大波がくれば話は別ですが」

 レッドは難色を示した。

「じゃあ、レッドはどうやって人間界のインターネットの情報に触れているの?」

「先ほど申し上げた、人間界にある魔族の拠点にて、常駐している係の者が、ネットの有用な情報やHな画像などを手当たり次第にダウンロードしまくってハードディスクに保管しているのです。そのハードディスクが、連絡員によって波が生じる度に魔界へ持ちこまれ、私めのようなエリート層が知識に群がる、という次第です。ですから、そう……私どもはリアルタイムで人間界のインターネットの情報を得ているのではなく、少し前の情報を得ていることになりますな。タイムラグがあるのです」

 これを聞いて、ヤイバは軽く唇を噛んだ。

「じゃあ、おれは人間界へ気軽に帰ることはできないんだな。まあ、契約書にサインした時、ある程度は覚悟していたけれど」

「あのう、ヤイバ様。里心がついて、すぐに帰るなんて言わないでほしいんですぅ。魔界を平定すると、ルシ子と約束したんですから」

 ルシ子が心配げな顔をしたその時、チン、とベルの音がして昇降機が到着した。

 昇降機の扉が開くなり、首がない鎧の騎士が走り出て、雛壇の前で片膝をついた。

「おう、デュラハンか。何用だ」

 宰相の地位を得たレッドが、尊大にたずねる。

「大暗黒魔皇帝様に言上つかまつります!」

 首もないのにどこからどう声を出しているのか知らないが、デュラハンは大音声に言い放った。

「ハイダス・ラデリン伯率(ひき)いるヴァンパイアども、大挙して押し寄せ、ガンデル城に迫っております! 過去に例がないほどの大軍です! ことに、ジャイアントバット、スケルトン、ヘルハウンドなどの使い魔どもは地を埋め尽くすほどの凄まじい数です!」

 すわ、と玉座の間の一同は色めきたった。こちらから出むくまでもなく、むこうから攻めてきた!

「ふん……。馬鹿が、飛んで火にいる夏の虫とはこのことよ。大暗黒魔皇帝様、血を吸うほかに能のない蚊トンボどもに、虫けらの身のほどを教えてやりましょうぞ!」

 レッドはいかにも好戦的な目つきになって舌なめずりをした。

「えぇ……弱ったな。でも、おれは王様なんだよな……。むこうが攻めてきたんじゃ、ひとまず食い止めないわけにもいかないか」

 そう、こうなってはしかたない。というわけで、ヤイバはしぶしぶ玉座から立ち上がった。

「えっ。アニー、相手は大軍団で攻め寄せてきてるんでしょ? 気安く出むいてだいじょうぶなの? ……しょうがない、あたしも行くよ」

 ユキが顔を曇らせ、黄金のティアラを放り出して立ち上がる。

「ルシ子もヤイバ様と一緒に行くんですぅ。だってだって、ルシ子はお妃なんですぅ!」

 ルシ子も立ち上がったが、こちらは事態の深刻さがわかっているのかはなはだ疑問な、無邪気な笑顔だった。





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