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ぐう畜! 大暗黒魔皇帝伝説 12章


   十二


「いやあ、よかったよかった」

 黄金の玉座に身を沈め、ヤイバは上機嫌だった。

「ヴァンパイアは、魔族といっても元々は人間界から来た人間。『強くて悪いやつほど偉い』っていう魔界の価値観に染まってしまっているけど、普通の人間がそうであるように、良い心と悪い心を持っている……。その通りだった。話せばわかるんだよ。おれの説得で、軍を引いてくれた。いやあ、ほんとうによかった」

「そ……そうですね……。ルシ子も、えっと、嬉しいですぅ……」

 ルシ子は目を泳がせながら小声で相づちを打った。

「なあ、ユキ。人間界の、おれのクラスメートたちが、今のおれを見たらどう思うかな。おれは大きな力を持ちながら、それでいて、それを振るうことなくあくまで話し合おうと言い続け、相手もそんなおれの真心に感じ入ってくれた。もう誰も、おれのことをぐう畜だなんて言わないよな。そうだろ?」

「え? ああ、うん。そうかもね」

 ユキはどこか投げやりなニュアンスのこもった返事をした。ユキは、椅子の前に置いた宝箱をかき回しては、「黄金の腕輪、翡翠入り」などと言いつつ、膝に置いたメモ帳にペンを走らせる作業に忙しい。財宝の目録を作っているのだ。

 ひそ……ひそ……。

「なあ……その……。大暗黒魔皇帝様はいったいなにを言っておられるんだ……?」

「いや、だから、ほら、大暗黒魔皇帝様は、あくまで『おれは何も知らないし、何もしていない』ってスタンスなんだよ」

「常軌を逸している……。さすがは混沌の申し子、大暗黒魔皇帝様……」

「いやしかし、待て。ひょっとして大暗黒魔皇帝様は、ほんとうに、巨獣の姿に変身したことを覚えていないのでは……?」

「はあ? そんなわけあるかえ。世迷い言ぬかすのもたいがいにせえや、どつくぞ」

「そ、そうだな。そんなことあるわけないよな」

 雛壇を飾るおっぱい要員や、赤絨毯に居並ぶ親衛隊の面々は、恐るべき大悪魔にして究極のど畜生をちらちら盗み見ながらささやきあった。

「ところで同輩、あの噂、聞いたか?」

「噂、なんですの? 聞かせてくださいな」

「これはおれの知り合いの知り合いが言っていたんだが……先日の、ほら、ハイダスが侵攻してきた日のこと。メテオストライクでヴァンパイアどもを軽く蹴散らし、街路を練り歩いての凱旋となったその途上、大暗黒魔皇帝様は赤ちゃんをだっこした一人の女に目をとめると、つかつかと歩み寄ったそうだ。そして――」

「そして……?」

「大暗黒魔皇帝様は、いきなり『じゃーん、けーん、ぽん』と言って、赤ちゃんに向かってパーを出し、恐るべき邪悪スマイルを浮かべたそうだ……!」

「な、なんだって! ひでぇ……! おててにぎにぎしてグーしか出せない純心で無垢な赤ちゃんに対して、一方的にじゃんけんを仕掛けて勝つとは……!」

「なんという邪悪っぷり。お、おれも悪さにはけっこう自信がある方だが……そこまで墜ちることはできねえ……無理だ……」

「で、じゃんけんに負けてすごい勢いで泣き出した赤ちゃんには目もくれず、大暗黒魔皇帝様はすたすた立ち去ったそうな」

「それはきっと、悔しかったんですわ! 赤ちゃん、屈辱で泣きじゃくったんですわ!」

「その赤ちゃんを、レッドさんがだっことして、『よしよし、いい子いい子、泣かない泣かない、べろべろばー』と慰め、赤ちゃんを笑顔にしてその場をおさめたらしい」

「おおう! さすがは高学歴エリートのレッドさんだ、頼れるな」

「ああ。大きな声じゃ言えないが、レッドさんがうまくやってくれないとまずいぞ、いろいろと」

「うむ。大暗黒魔皇帝様は……その……あまりにも邪悪すぎるんだよな……」

「恐ろしすぎますわ。側仕えのあたくしたちは、いつ何時、どのような形で、大暗黒魔皇帝様のムチャぶりの犠牲になることやら――」

「しかし、レッドさんがいれば……」

「ですよね」

「ですです」

 さらに側仕えの面々は、そんな噂話をささやきあいながら、ヤイバの方をうかがっていた。が、珍しく上機嫌のヤイバは、彼らのそうした様子にまったく気づかなかった。

 ただし、

「それにしても、ヴァンパイアたちはひとまず軍を引いてくれたけど、おれがバダリム砦へ出した、トップ会談をまとめるための使者がまだもどらない……。こっちへ来るのは、だまし討ちにあう危険があると心配しているのかな。使者には、先方が『お前がこっちへ出向け』と言ってきたなら、おれはその要求に応じると伝えるように言い含めておいたけど……」

 ……と、ヤイバは一抹の不安を覚え、やや表情を曇らせた。

 その時、昇降機のベルがチンと鳴り、レッドがちょこまかした足取りでやってきて片膝を突いた。

「大暗黒魔皇帝様、ご報告いたします。ウィンディ・ラデリン嬢が目通りを願って中庭まで来ております」

「んっ? ウィンディ? ヴァンパイア軍を率いていた、あの女の子?」

「はい。大暗黒魔皇帝様に(きよう)(じゆん)の意を示し、また今後は(けん)(ぞく)みな絶対服従を誓うその証として、大暗黒魔皇帝様の第二夫人として嫁がせていただきたいとのこと」

「え! だっ、第二夫人っ? なにを言っているんだ、いったい!」

「驚くほどのことではございません。お父上の魔王様も、魔界を平定してゆく過程で多くの妻を娶ってゆきました。王者が征服した地において、名家から嫁をとるのは、至極当然のことでございます」

「そういえば魔界に来た日に、そんなこと言ってたな……。でも、おれにはすでにルシ子っていうお嫁さんがいるわけだし――」

 しかしそのルシ子は、ひさしぶりに晴れやかな顔になって、「あ。それってヤイバ様の孤独を癒やしてくれる人が増えるってことですか? いいと思いますぅ」と無邪気に言った。

「どう思う……?」

 ヤイバはユキを見やった。

「え? あたしの意見? そーだね、それもありなんじゃないの。アニーが支配地域を広げれば、アニーとあたしの共有財産である金銀財宝もどんどん増えるし。なにより、アニーがその政略結婚の申し出をつっぱねた日には……ヴァンパイアたちは大暗黒魔皇帝に許される機会は永遠に失われたと思って、恐怖のあまり一人残らず自殺しちゃうかも」

「恐怖? なぜ?」

「……なぜでも」

 軽く肩をすぼめるユキを見て、ヤイバは首をかしげた。

 言うまでもないが、ダンガルドに後頭部をぶん殴られ、意識を失った自分が巨大な怪物に変身したことを、ヤイバは本当に何ひとつ覚えていないのだ。

「うーん……」

 ヤイバはルシ子を気にして彼女をちらちら見ながらうんうん唸っていたが、やがて「よし」と顔をあげた。

「ウィンディをここへ通してくれ。とにもかくにも、話をしたい」

「ははっ、少々お待ちください」

 待つことほどなく、昇降機のベルがチンと鳴った。ウィンディは十名ほどの、立派な身なりのヴァンパイアたちを引き連れてのお出ましだった。そして、彼女に付き従う面々は一人の例外もなく、大きな宝箱を肩に担いでいた。

「あっ……」

 玉座の間にあらわれたウィンディの、花嫁衣装を想起させる純白のドレス姿を見るなり、ヤイバは美しさに打たれて思わず立ち上がってしまった。

「大暗黒魔皇帝様。ウィンディ・ラデリン、眷属を代表いたしまして、ここに永遠の忠誠を誓い、臣下の礼をとるべく、参上つかまつりました」

 ウィンディは雛壇の前に進み出ると、戦場で見せたあの猛々しさはどこへやら、別人のようなしおらしい態度で片膝をついた。

「わたくしども、大暗黒魔皇帝様のお力を知らずこれに刃むかうこと二度、許されざる大罪を犯してしまったと、深く反省することしきりでございます。ですが、あなた様の偉大さを知った今、心から臣従したいとみな申し、わたくしもまた同じ気持ちでございます。どうか寛大なお心で、わたくしめを妻として迎え入れてはいただけないでしょうか?」

 うるんだ瞳で見上げられ、ルシ子という者がありながら、ヤイバはぐらっときてしまった。なにしろウィンディときたら、凜々しくて知性的な、ルシ子とはまた異なるタイプの美少女なのだ。

「あ……。そうそう、これもまた臣従の証として、些少ではありますが、わたくしどもが今日まで溜めていた金銀財宝をお持ちしました。結婚の持参金代わりにお納めください」

 ウィンディは片膝をついたままで後ろを振り返り、白絹の手袋をはめた手を、ぽん、ぽん、と軽くたたいた。少し距離を置いて待機していたヴァンパイアの臣下たちが、ウィンディのすぐそば背後まで歩を進め、担いでいた宝箱を下ろして蓋を開けた。

 すると、下品なほど大きなダイヤモンドやサファイアや黄金像や赤サンゴなどが顔を覗かせた。

「いかがでございましょう。大暗黒魔皇帝様、いえ、クロバネヤイバ様、わたくしを娶ってくださいますか?」

 ウィンディが再度たずねると、ヤイバをさしおいてユキが「許可」と言った。

「まあ! ありがとうございます、ヤイバ様! あっ、今後はヤイバ様とお呼びしてよろしいですね? わたくしのこともウィンディとお呼びください。そのほうが親近感が増します」

「ええっ! おれはまだ、何も言ってな……」

「許可」

「ありがとうございますっ! わたくし、第一夫人のルシール様に劣らぬよう、精励いたします!」

 ウィンディは立ち上がると、たたたた、と小走りに雛壇を駆け上がった。

 雛壇の最上段は、ヤイバが座る黄金の玉座が中央、左右に銀の座席がいくつも連なっていて、ヤイバの右隣の席はルシ子、左隣の席はユキが占めている。

 ウィンディは一瞬、剣呑な目つきでルシ子を睨んだものの、すぐに猫を被り直して、ユキの隣の椅子に腰を下ろした。

「魔界の支配者、大暗黒魔皇帝様に栄光あれ! 我らが主、ウィンディ様に幸あれ!」

「この結婚に祝福を!」

「我らが眷属とともに、魔界を統べましょうぞ!」

 すかさず、ウィンディ配下のヴァンパイアたちが結婚を既成事実化する祝辞を述べ、拍手をする。

「うむ……。ぐうの音も出ないほど畜生の、邪神にも等しい大暗黒魔皇帝様の前では、我々は虫けら同然という意味で平等……! みなも祝え! 祝宴の支度を!」

 レッドが音頭をとり、玉座の間の一同がワッとわきかえる。

「大暗黒魔皇帝様!」

「誰もかなわない究極のド畜生にして我らが王!」

「至高なる神の対極にある、史上最悪のお方!」

 えぇ……とヤイバは眉をひそめた。

「なあユキ。なんでおれ、畜生呼ばわりされているんだ? おれ、いいことしたよな? そうだろ? なにかこう、みんなの反応に釈然としない部分があるんだが……」

「いーのいーの、気にしない気にしない。要するにアニーは女の子にもてたかったんでしょ、あれもこれもって贅沢言わないの。あ、ウィンディさん」

「はいっ! ヤイバ様の妹君のユキ様ですね。わたくしの申し出を後押ししてくださり、感謝しております。今後はユキ姉様と呼ばせてください」

「そう。ところでそこの、持ってきた宝箱の中身だけど。目録はあるの?」

「ございます。こちらです、どうかお納めください」

「ありがとう」

 ユキは早速、渡された目録を広げて、楽しげに内容の確認を始めた。

「あのう、ヤイバ様」

 ちょん、とわきばらをつつかれて、ヤイバはルシ子を見た。

「ヤイバ様、あまり嬉しそうに見えないんですけど……。まだ……寂しいですか? まだ……孤独ですか?」

 心配げに覗きこんでくるルシ子の表情を見て、ヤイバは照れたように頭をかいた。

「いや、そんなことないよ。少なくとも、以前に比べたらずっとマシさ」

 ヤイバとしては「だって、ルシ子がいるから」と言いたいところだったが、新たな妻がすぐそばにいるので、その言葉はあえて飲みこんだ。

「そうですか。よかったぁ」

 ルシ子はほっとしたように、無邪気に笑った。

 かくして――。

 魔界全土を震撼させる大暗黒魔皇帝の伝説が始まった。超ウルトラスーパーミラクルアルティメットヘビーデラックス無限大ド畜生の伝説が……! 


                            了



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