ぐう畜! 大暗黒魔皇帝伝説 11章
十一
「父上。わたくし、どうですか? 綺麗ですか……?」
バダリム砦の一室、ゴシックテイストの調度品類が麗しく調和した部屋で、着飾ったウィンディは父を振り返った。
ヴァンパイアならではの抜けるような白い肌。それよりもさらに白い、純白に輝く絹のロングドレス。白い手袋をはめた手といい、育ちのいい令嬢の気品が匂い立っている。
「娘よ、美しいぞ。ああ、美しいとも」
父のハイダスは、何度もうなずいた。
「ヤイバ様は――大暗黒魔皇帝様は、わたくしの美しさを認めてくださるかしら?」
「きっと認めてくださるはずだ。心からそう思う」
「ヤイバ様の父君であらせられる魔王様は、多種多様な魔族の妻を娶っていたそうですね。いわゆる政略結婚として」
「うむ……」
「わたくしはこれまで、政略結婚を侮蔑しておりました。好きでもない人のところへ嫁ぐなんて! そんなの、ド田舎のドドール山脈へひっこすような、人生を棒に振る生き方だと思っておりました。でも、考えが変わりましたわ」
「そうか」
「あのお方こそは、すべての魔族を統べるにふさわしいお力を持った悪の権化! わたくし、あのお方の桁外れの強さと悪さに心を奪われてしまいました。あのお方に嫁ぎ、その寵愛を得ることができれば……! あのお方が魔界を平定した暁には、わたくしたちヴァンパイアはみなあのお方の下で重職につき、輝かしき黄金時代を迎えることとなるでしょう。愛ある結婚をして、さらに一族が繁栄するとなれば一石二鳥! 今このフライパンを購入すれば包丁もついてくる、そのくらいお得ですわ!」
「うむ! さすがは高等数学を本領とする我が娘、あっぱれな算高さだ」
「父上の教育のたまものですわ。ねえ、父上……。集めた情報によると、ヤイバ様にはルシール・アイラッテとかいうたいした力もないくせに正妻ヅラの下等な魔族がへばりついている模様ですが、わたくしは必ずやヤイバ様をルシールから奪い、彼の愛を独占してみせます!」
「ふふ。大暗黒魔皇帝様にはどうやっても勝てない。しかし、妻として他の女と戦うなら勝算あり、だな」
「はい! ウィンディは新しい戦場で、新しい戦いを始めるのです。どうか、あなたの娘を見守ってください」
「無論だとも。わしの力や知恵が必要な時は、遠慮なく相談するのだぞ。父はこの世の果てるその時まで、ウィンディの味方なのだからな」
「父上……いえ……パパ! わたくし、嫁ぎます!」
ウィンディはハイダスの胸に飛びこむと、感極まったように熱い涙を流した。花嫁の父は、そんな娘の頭を、小さな子どもをあやすように飽かず撫で続けた。
やがて、ドアをノックする音が親子劇場の終わりを告げた。
「失礼します。馬車の支度がととのいました」
ウィンディは父を見上げると、そっと目もとを拭い、「いってきます!」と元気よく告げて身をひるがえしたのだった。