第8話 一年が経ちました。
サイパの修行を始めて1年が経った。
今、リーちゃんと兄ちゃはあっちとこっちに別れて体を隠しながらでっかいお魚を狙ってる。
あっちの先には滝があって、ゴーゴーうるさいのに兄ちゃはそれが良いんだって。よくわかんないけど。
兄ちゃはお肉よりお魚が好きだ。リーちゃんは断然お肉が好き。兎肉美味しいのになんで嫌がるんだろう?
たまに食べてるの見ると遠い目をしてちょっとずつ兎の足を囓ってたりする。そんなに嫌ならリーちゃんにくれてもいいんだよ?
でも兄ちゃが「(料理が食いたい!)」と言って始めた火で炙ったり香草混ぜたりしたのはお魚でも美味しかった!あれなら嫌いなキノコだって食べられそう。ミコママは狩りが上手いけど料理はダメダメだ!全部兄ちゃに任せた方がいい。
あ、思い出したらお腹減ってきた。お魚でもいいから早く食べたいなぁ。
んん?兄ちゃが呼んでる。お魚捕まえる準備できたのかな~
「(こちらアルファ。聞こえますか?聞こえたら尻尾を上下に振ってください。え~と・・・お?聞こえましたね!これより作戦名“旬の虹鱒ちゃん大量捕獲大作戦”を開始します。ブラボーは配置につくように!)」
俺はノリノリで行動を開始した。ふざけてるようだけど離れた所に音を送るのは高度なサイパ制御が必要なのだ。使うには条件もあるしね。
リコが「(またおかしなこと始めた!)」みたいな呆れ顔をした気もするけど俺は気にしない。こう言うのはノリが重要なのだ!
本当は下流側に網でも張って一網打尽にしたかったんだけど、残念ながらカーバンクルの手じゃ網が作れなかった。つくづく思う。人間の手は本当に器用に出来てたんだな。
俺はそろりそろりと滝壺のある上流に向かいながら川を観察した。
滝壺が近いせいか意外と水深があり、深いわりに川底まで見えるくらい水が澄んでいる。
流れはやや早く川縁には葦が生い繁っていて魚の餌になる昆虫や川海老なども豊富に居そうだった。
これは中々期待が持てそうだぞ!
さてさて今回の作戦は至ってシンプルだ。
①アルファが上流で石を川に投げ入れサイパを使って落下音を増幅する。
②驚いた虹鱒を下流に向かって追いたてる。
③下流で待機していたブラボーが笹製の網モドキを使ってタイミング良く掬い上げる。
④川原に打ち上げられた虹鱒を回収して美味しく頂く。
うむ、完璧な作戦だな!
俺は作戦を実行すべく虹鱒に気付かれないよう滝の音に紛れて川縁まで移動した。
サササと殆ど音を立てない身のこなしを自画自賛しながら、次いで目についた小石を尻尾で拾い上げる。
よし準備万端だ!
もう一度リコの方を確認するとリコの目が「(早くやれ!)」と言っていたので慌てて小石を放り投げる。
あの目はガチだ。失敗したらどっかに歯形が付くかもしれん。
俺はちょっと気合いを入れサイパを発動した。
水面に落ちる寸前だった小石は俺の力を受けると脳を掻き回す超音波を辺りに撒き散らした後水中に没する。
キーン!!ジュポ・・・ブブブブ・・・
うぐっ!?・・・やり過ぎたか?
至近距離で超音波を受けた俺は耳を押さえてよろめきながら川面を覗き込んだ。上手く下流の方に逃げててくれれば良いけど。
俺が川面を見つめているとポコッと1匹の虹鱒が浮かび上がってきた。鱗が金色に輝き丸々としたフォルムが脂がのってる事を窺わせる。
おお!塩焼きにしたら美味しそう!!
時々痙攣してるから死んでないようだけど完全に気絶してるな。やっぱりやり過ぎたみたい。
それにしても旨そうだ!リコじゃないけど早く食べたい!
虹鱒はブラボーが待つ下流に流れていったので後はブラボーに任せよう。
俺が調理方法を色々考えていると驚くことに次々と虹鱒が浮かんでは流されていく。
あちゃ~これはやり過ぎだ。環境破壊も甚だしい。ざっと見ただけでも20匹は流されていったぞ。1匹1匹が俺と大差ない大きさがあるので到底食べ切れない。リコは拗ねるかも知れないが半分はリリースしよう。
する必要のない殺生はしないに限る。“情けは人の為ならず”ってね。
未だフラつく体でリコの元に向かえば、いつの間にか合流した母さんまでもが大喜びで虹鱒を捕りまくっていた。
そんなに捕っても食べ切れないのに・・・リコが腹ペコキャラなのは母さんの血で間違いないな。
俺は数秒考えた後あっさり決断した。母さんまであっちに付いちゃ仕方ない。
虹鱒たちよ、すまんな・・・
余ったら干物か燻製にするか。塩足りるかな?
俺は躊躇なく虹鱒たちを売った。誰だって命は惜しいだろう?
“長いものには巻かれよ”はちょっと違うか?
俺が川原に着く頃には「(どうだ!)」と言わんばかりに大量の虹鱒を並べたケダモノたちが、串代わりに渡してあった棒で石を叩き料理を催促していた。
タンタンタタン
「(塩焼き!塩焼き!)」
タタタンタンタン
「(鱒汁!鱒汁!)」
やめなさい!お行儀が悪いですよ!
ケダモノたちから棒を取り上げた俺は並んだ虹鱒を塩焼きや擂り身にすべく準備を始めた。
心なしか虹鱒たちが俺を恨めしそうに見ている気がするが・・・許せ!俺に助命権などない!
ダラダラと涎を垂らすケダモノたちの視線を背に俺は自前の爪を使って鱗を落とし内臓の処理を始めるのだった。
ここは巣穴があった場所から森の外縁沿いに徒歩で半年程南下した渓谷だ。
本格的に修行を始めてから1ヶ月。才能があったのか俺たち兄妹はサイパをすぐに使いこなせるようになった。
未だに原理がはっきりしないサイパだけど母さんからお墨付きをもらった俺たちは中断されていた父さん探しを再開することにした。
「(ねぇ母さん、南に向かうのは良いけど何か根拠あるの?目撃情報があるとか別のカーバンクル一族が住んでる場所があるとかさ)」
「(勘よ!ミコママの勘があっちにカミュがいるって言ってる!)」
母さんは自信満々に南の方向を指差す。ちなみにカミュとは父さんの仮名だ。
突然行方不明になったらしいのでさほど期待していなかったもののもうちょっとこうさ、なんかないの?
唖然とする俺の横ではリコが旅に備えて作った鞄を漁っていた。
目的の物を見つけたのかそれを掲げて要求する。
「(か~んっ!か~んっ!)」
リコよ、“勘”は食べ物じゃない。そのフォークをしまいなさい。
俺は身内の脳筋ぶりに頭を抱えたが、かと言って代案もない。そもそも言葉が話せない普通のカーバンクルに会ったところで、有力な情報を得られる可能性は低かった。
ここは幸運を引き寄せるらしいカーバンクルの“勘”にかけてみるのも一興か。
こうして俺たち一家は狩りをしながら、母さんの勘に従ってずっと南下を続けている。
俺の中の冷徹な部分は父さんの生存を絶望視していたが、母さんの気が済むまで付き合おうと決めていた。
仮に「(父さんはもう死んでる!)」と母さんを説得したところで誰も幸せになれないだろう?
それにサイパのお陰で大した苦労もしていない。
なんだかんだ言って俺はこの旅を結構楽しんでいるのだ。
途中、熊を見かけて慌てて逃げたり、うっかり蜂の巣に近づいて蜂に追いかけられたりとアクシデントもあったけど家族の連携で上手くやり過ごすことができたっけ。
日も暮れ始め後は寝るだけになった頃、俺は余った虹鱒を煙で燻しながら蜂のことを思い出していた。
そういえば蜂を撃退した後にゲットした蜂の子と蜂蜜はラッキーだったな。
蜂の子を怖がるリコは可愛かったし、食べさせた時の驚いた顔も最高だった。
偶然見つけた岩塩と共に今では蜂蜜も貴重な調味料になってくれている。トータルはプラスに違いない。
そういえば最近蜂蜜の減りが早いような?
気になった俺は母さんの荷物から蜂蜜を引っ張りだし残量をチェックする。やはり減りが激しい。
リコが我慢できないことは予想がついたので母さんに預けていたはずなんだけど・・・
俺はゆっくりと被疑者に目を向けた。なんと言ってもここには3匹しかいないわけで・・・
俺の疑惑の眼差しを受けても母さんに悪びれた様子はない。俺の勘違いかな?
「(ねぇ、母さん? 蜂蜜の・・・)」
「(蜂蜜なんて知りません!)」
「(・・・)」
わかり易いなおい!!
犯人は見付かったけど減ってしまった分はどうしようもない。
俺は荷物で一杯になっている自分の鞄から食料以外の物を取り出し、無言で母さんの鞄に移し変える。当然蜂蜜は俺の鞄だ。
そんな悲しそうな目をしたって返しません!
俺は“怒ってるぞ!”とアピールしつつも、こんな生活がずっと続けば良いと思っていた。
カーバンクル一家の日常を書いてみました。
頭の中にあるリーちゃんの愛らしさが描ききれてないです!
文才のなさがツライ・・・
次回から物語が本格的に動き出します。