第7話 修行開始!
「(トト、そこ動かない。そのまま、避ける!)」
「(わかってるよ母さん、いつでもばっち来~い!)」
会話だけ聞くと母さんは無口でサドっ気がありそうな感じだけど、実際は言葉に慣れてないだけでラテン系の愛情表現をする肝っ玉母さんって感じだ。
母さんは俺の返事を聞くと3メートルくらいの高さにある枝の上から抱えていた錘を押し出す。
錘は俺の頭上にある蔦に結びつけてあって振り子のように加速しながら俺に向かって来た。
ミシッ ギギ~
頭上の枝が重みに耐えかねて悲鳴を上げている。何かいつもより重くね?
避けなければ当然錘がぶち当たるわけだけど、俺は焦らず錘の動きを見据える。
直線的に迫る錘に対し、弧を描くように曲がるイメージを重ねると額の紅玉に熱を感じた。それと同時に錘を取り巻くように模様が現れる。
これはカーバンクル族に伝わる伝統的な修行方法で先日から本格的に始まった修行の基礎らしい。
力の使い方に大分慣れた俺は難なく錘の軌道を逸らしてみせる。
俺の落ちこぼれっぷりに気を揉んでいた母さんはこの急成長をとても喜んでいた。もちろん俺も嬉しい。カーバンクル語様様だね。
俺たちが修行に使っているのは巣穴から程近い森の浅い所だ。まだ昼前だと言うのに密集した木々の葉が太陽光を遮り辺りは薄暗い。
奥に行けば熊や猪、鹿といった大型の動物もいるみたいだけど、この辺りはまだ安全らしい。
奥の方に目を向ければ乱雑に立ち並んだ木々とあちこちに点在する茂みで視界は頗る悪い。
「(兄ちゃ、隙あり~!)」
小さな弦楽器を鳴らしたような声とともに茂みに隠れていたリコが俺の力に干渉してきた。
リコの力が錘に働きかけ、俺が作り出した模様を侵食する。
「(だが、あま~い!)」
フフフ、リコの匂いなら30メートル離れてたって感じ取れる。そこに隠れていたのは先刻承知済みなのさ!
俺はリコの干渉に対してすぐ様侵食された模様を分離し対消滅させると、錘は若干イメージの内側を通って俺の側を恐ろしい風切り音と共に通り過ぎた。
ちょっとお母様。錘が重すぎやしませんか?当たったらどうするのよ?
思わず敬語になって母さんの愛情の深さに戦慄する。
「(つまんない!最近兄ちゃが飛ばないよ!サイパがリーちゃんより上手くなるなんて何かずるい~!)」
サイパとは俺が名付けた模様の力のことだ。いつまでも模様の力じゃ言い難いからね。
リコはサイパを無効化されたのが悔しいのか立ち上がって後ろ足をジタバタさせ抗議してくる。
「(いつまでもヤラレっぱなしじゃ格好悪いかブッ・・・)」
得意気に言い返そうとした俺は折り返して来た錘にそのまま吹き飛ばされた!
回転する視界の端にキャッキャッと喜ぶリコと頭を振る母さんの姿が映る。
くぅ・・・あの台詞は時間稼ぎ?!・・・リコは小悪魔系だったのか!
華麗な放物線を描いて地面に墜落した俺はガクリと力尽きるのだった。
リコ、恐ろしい子・・・
生後3ヶ月程が経ち体がしっかりしてきた俺たち兄妹はこれまでのじゃれあいから本格的に模様の力“サイパ”の修行を始めた。
普通のカーバンクルは生後一年くらいから修行を始めるらしいけど、俺たち一家にそんな悠長な事を言っている余裕はないのだ。
本来カーバンクルはこの森のさらに奥深い場所に一族で暮らしているそうなんだが、母さんは突然行方不明になった父さんを探して森の浅い所まで来たそうだ。
探している途中で急に産気付いた母さんは仕方なくここに巣穴を作って俺たち兄妹を生んだ。
なんでも数年に1度の割合で突然行方不明になるカーバンクルが居るらしく、数少ない目撃者によると光に包まれた後姿が見えなくなったという。
それって誰かに召喚されたんじゃ?
気にはなったけどひとまず置いておく。確信があるわけじゃないしね。
行方不明になったカーバンクルが戻って来た例はなく、普通は死んだものとして諦めるらしい。
でも母さんは諦め切れず止められるのを聞かずに身重のまま一族の縄張りから飛び出した。
母さんを攻めるつもりは毛頭ないけど、結果的に俺たち一家は孤立無援状態なのだった。
そう言うわけで俺たち兄妹は早急に強くなってお荷物を卒業し、父さん探しを手伝わないといけない。
父さんは一族でも有数のサイパ使いで額の紅玉がとても大きかったそうだ。それは俺たち兄妹にも受け継がれていて特に俺の紅玉は父さん以上らしい。
行方不明の原因が召喚かも知れないのが気にかかるけど、まずは強くならないと厳しい自然界を生きていけない。
俺たち兄妹はカーバンクル語の練習と共に修行に勤しむのだった。
カーバンクル語のお陰で意志疎通がスムーズになったトト君。
これからトト君はどんどん強くなっていきますが素の力はチワワ並みです。
全長は40センチくらいの大きさ。