第6話 言葉を教えよう!
木々の隙間から覗く空は蒼く澄み季節柄青々とした草花が太陽の光を浴びて初夏の風に身をそよがせている。
一面が緑に覆われる中カーバンクルの一家が住む巣穴前の広場だけは元気なカーバンクルの兄妹によって均され土がむき出しになっていた。
先程まで母親らしきカーバンクルに見守られながら元気にじゃれあっていたカーバンクルの兄妹は重なり合うようにして動きを止めていた。
時刻は昼過ぎ。こんな光景を日本人が見れば愛らしい姿に思わず笑みを浮かべるだろう。当事者がどんな気持ちでいるかは別として。
俺は冷静になって現状の分析に努めている。
もともと翠色に輝いていた毛はあちこちが土で汚れ、全身を襲う痺れによって俺から立ち上がる気力を根こそぎ奪っている。
うつ伏せで力なく地面に伸びた俺の背では先ほどまで元気に跳び跳ねていた“元凶”のリコが動かなくなった俺に飽きてキュッとしがみつき寝息を立てていた。
リコを起こさないように体勢を維持しながら考える。リコに悪気はないのだろう。ただ俺にとってはじゃれあいすら命がけだというだけある。
なにしろリコの一撃は全てがクリティカルであり、当たり処が悪ければ悶絶ものの衝撃が襲いかかってくる。
俺が面白いように吹き飛ぶものだからリコもどんどんエスカレートしていって正直洒落になってない。
ぐったりと地面にへばりつく俺を母さんが前足でタシタシと叩いた。慰めが身に染みる。あ、目から汗が・・・
10戦全敗
これが本日のじゃれあい結果だ。通算成績など思い出したくもない・・・
もうね。兄のプライドはズタズタですよ!
母さんによると模様の力を使って相殺すれば普通の一撃になるらしいけど、俺はリコの一撃を受ける度に軽々と吹き飛んでいた。
体格はほぼ同じなので端から見たらワイヤーアクションのように見えたかも知れない。そりゃ面白いだろうさ。
やはり全ての根っ子にあるのは模様の力が上手く使えないことなのだ。
俺のささやかな野望 “敬愛される兄” を達成するには模様の力を使いこなすしかない!
しかしである。そもそも俺が力を上手く使えないのはコツがはっきりわからないからだ。
前世の常識が邪魔している部分があるとしてもシュッとかパッとか見せられても何してるかわかるかっての!
言葉の偉大さがわかるってもんだ。もう言葉を発明したヤツは天才だね。そこで俺は閃いた!
言葉がないなら創ればいいじゃない!
何かどっかで聞いたようなフレーズだが今は重要じゃないので置いとく。幸い言葉は知ってるしこれをカーバンクルに合わせてアレンジすれば良い。
俺はカーバンクル語の開発を決意して早速取り掛かった。
深夜、俺は母さんとリコを起こさないよう注意しながら入口に向かう。
一度は狼に崩されてしまった入口は母さんがあっという間に直してしまい、今は元通りになっていた。
俺は入口からちょっと離れた場所まで歩くとお手製の机の前で今日も研究を始める。
まず俺が着手したのは俺の知る日本語をベースにカーバンクルが発音しやすい音を“あいうえお”に当てはめることだった。
子音はともかく母音はすぐに決まるだろうと思っていたけどこれが中々決まらない。
カーバンクルは“い”に該当する発音がほぼ出来なかったのだ。
無理に発音しようとすると息が漏れて音が出ない。口の構造に無理があるみたい。
それに音を区切るのが難しい。これに関しては出来ないわけじゃないけど、あっという間に喉が痛くなってしまう。
言葉の開発には難題が山積みだけど、諦めるなんて出来ない相談だ。俺の将来が懸かってるといっても過言じゃない。
なんとしても妹からの敬愛を勝ち取り、カーバンクル生の勝ち組となるのだ!
・・・そう言えば俺はカーバンクルに異性としての感情が芽生えるのだろうか?まぁいいや、まだ赤ちゃんだしね。
・・・1ヶ月後・・・
遂に言葉の枠組みが完成した。
途中、安眠を妨害された母さんとリコに襲撃を受けてボロボロにされたりしたが・・・まずまず満足のいくものができたと思う。
“い”の発音については早々に諦めた。これは努力でどうにか出来るものじゃない。
母音がひとつ無くなれば表せる音が極端に減ってしまうので最初は頭を抱えたけど、カーバンクルの声の音域が人間を遥かに超えることがわかってからは順調に進んだ。
母音の変わりに声の高さを変えるのである。子音は組み合わせで対応した。聴覚も人間以上の性能があるカーバンクルは音の高低を聞き分けるのが得意だったので音の割り当ては比較的簡単に済んだ。
また、音を区切るのが難しいことについても同様に解決をみた。歌である。音を無理に区切らず高低の連なりを歌のように発声して意味を持たせることにしたのだ。
これが予想以上に上手くいき言葉と言うより歌で会話するようなカーバンクル語が完成したのである。
漸く完成したカーバンクル語だったがリコには不評だった。今まで十分に身振りで意志疎通が出来ていたので必要性を感じないようだ。
俺が一生懸命に教えてもすぐに飽きてじゃれ掛かってくる。それに引き換え母さんは言葉の重要性に気付いて熱心に覚えようとしてくれる。
最近では俺たち兄妹のことを「トト」「リコ」と呼ぶようになったし、前は身振りだけだった模様の力の練習も言葉を織り混ぜて説明してくれるようになった。
俺が人間並みに思考出来ることからカーバンクルが賢い生き物だと言うことはある程度わかっていたけど、予想以上の理解力に頑張りが報われて凄く嬉しい。
残念なのは人間と同じで大人が新しく言語を学ぶことが難しいことか。
熱心に学ぶ母さんよりすぐ投げ出すリコの方が覚えが早いのがちょっと切ない気持ちにさせる。
ちなみに最初にリコに教えた言葉が「兄ちゃ」なのは言うまでもない。
明けましておめでとうございます。
皆様は年末の繁忙期を乗り越え今日は挨拶廻りでしょうか?
本編のように努力が必ずしも報われない世の中ですが良いこともたまにあります。
おみくじは「小吉」でした。微妙・・・