第5話 幸運を呼ぶ力
あの後、空腹に負けた俺は羞恥心を遠くに投げ捨ててお乳をお腹がいっぱいになるまで飲んじゃいました。
甘くてとろっとしたお乳は意外と美味しくて、母さんに嫌がられるくらい夢中になって飲んでしまった。
所詮赤ちゃんに忍耐力などないのである!
食欲が満たされれば次は睡眠欲。母さんには聞きたいことが色々あったんだけど、お腹がいっぱいになった俺たちは強い眠気に抗えず、母さんにもたれたまま眠りについたのだった。
そして翌日、俺は期待を裏切られ軽く絶望感を味わっていた。
赤ちゃんのリコが言葉を理解できないのは仕方ない。でも母さんなら言葉を理解できるかもと期待していたんだけど・・・現実は甘くなかった。
念話みたいなのは出来なくてもせめてカーバンクル語みたいなのがあれば良かったのに。そもそも言語と言う概念がないとは思わなかった。
俺はこれから誰とも会話出来ないままなの?
項垂れている俺を不思議そうに見たリコは身振りだけで十分意志疎通が可能なようだ。主に俺を除いた母娘で・・・
野性の勘みたいなので言葉がなくても通じると思ったのはまさに勘違いで、優秀なのはリコのコミュ能力の方だったらしい。
リコや母さんの言いたい事はある程度わかっても俺の言いたい事はほとんど通じない。
もちろん俺だって努力はしたんだよ?
身振りが言語代わりになっているかもと注意深く観察してみたけど、ひとつひとつの動きにあまり意味はないみたいだった。同じ動きでも意味がコロコロ変わるんだよ。
むしろ全体の動きを見て感性に従った方が通じるくらいだし、それだって赤点スレスレ。勘違いしている事の方が多い。
どうやら言葉に頼ってきたツケで俺の感性は退化してしまっているようだ・・・
俺を追い詰める原因は他にもある。今、母さんはカーバンクルにとってとても重要な能力(例の模様を使うやつ)の使い方を教えてくれているんだけど俺にはさっぱり理解出来なかった。
隣を見ればリコが自由に模様を出して色々と試している。
「みゃあ・・・(なぜだ・・・)」
俺たちが練習している場所は狼に崩された巣穴の入口を出てすぐのところで、森の外れにあるちょっとした空地だ。
森と反対側は草原になっていて見渡す限り何もない。
あれ?狼どこ行った?
俺の疑問が顔に出ていたのだろう。母さんは心なしか満足気な感じでお腹を擦っている。
まさか俺たちが寝ている間に食ったのか?!ってカーバンクルは肉食なの?
驚愕の事実(後で雑食だったと判明)に俺が驚いている間、リコは模様の力を使って高々と跳んでいた。
それを見た母さんはとても嬉しそうだったが、俺を見ると溜め息を吐きそうな感じになった。これは俺にもわかる!明らかに駄目な子を見る目だ!
ぐぐぐ・・・
間違っている事を怒ったり時には叩いたりするのも良い。けど諦めの籠った目は子供を駄目にすると思うんだ。俺は(心が)大人だからメゲないけどな!
そもそも俺が出来ないのはそんなにおかしいことなの?感性で出来てしまう天才は教えるのが苦手と聞いたけど、これはそんな領域を軽く越えていると思うんだ。
俺には母さんが尻尾をピンっと立て若干前傾姿勢になっているようにしかみえないのに、それだけでコツがわかるリコの方がおかしい。
母さんの姿勢を真似て力を込めて見るけど何も起きない。体がぷるぷるするほど力むと何が別のものが決壊しそうになったので、俺は一旦練習をやめて顔をあげた。
うっ!さらに温度を下げた母さんの視線がイタイ・・・
結局この日の練習で俺が模様の力を自在に使うことは出来なかった。何回かは出来たけどほとんどが偶然でリコには遠く及ばない。
生まれて早々に妹に尊敬される兄という小さな野望が崩れ去った瞬間だった・・・
・・・3日後・・・
四苦八苦して解読した母さんの身振りによれば、この力はカーバンクル特有のもので、ちょっとだけ物事が思い通りになる力なんだそうだ。
“ちょっとだけ”というのは上手くいったりいかなかったりと結果にムラがあり、ゲームでいうところの運があがるような効果みたい。
つまり会心の一撃の出やすさとかイベントでちょっとだけ良いことがあるみたいな感じかな?
注意点としては力を使いすぎると額の宝石にひびが入って力が使えなくなってしまうこと。
力が上手く使えないせいで練習時間が長くなりがちな俺は母さんに厳しく注意されている。
でもカーバンクルの格はいかに多くの幸運を呼ぶことが出来るかで決まるという。このままじゃ俺は一生結婚出来ない負け組決定だよ・・・
本作のカーバンクルは感情表現が豊かな動物です。
嬉しい悲しい怒っているなどの感情は主人公にも伝わり易いけど、概念を身振りで示すのは難しいので主人公はとても苦労することに・・・