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異世界ペットライフ ~癒しと恐怖の獣~  作者: 狐の嫁入り
第4章 武闘大会カロッソ・エルディーニ
33/34

第33話 決勝前夜

体調を崩して執筆できていませんでした。

でも、初めての作品なので何とか完結まで持っていきたいです。

 ―――新市街某所―――


 激しい夕立が降った王都は未だ蒸し暑い空気に包まれていた。残された不快な空気に反して空を覆っていた雲は東に退き醒銀の星が天蓋を飾っている。


 ここ新市街では深夜にもかかわらず数多くの酒場が営業を続けており、荒れた武闘大会の話で大いに盛り上がっていた。

 大穴を当てて小金持ちになったものや逆に大損したものがジョッキを片手に騒いでいる姿があちこちで見受けられる。


 そのような喧騒が溢れる中、小柄な体躯を薄茶色のローブで包み込みフードを目深く被った人物が足早に路地に入っていった。よく見れば首から口までを布で覆い人相も定かではない。


 その人物は裏道にあるわりには意外と確りした造りの酒場の戸を潜ると、居合わせた酔漢共には目もくれず奥の部屋に入っていった。


「遅くなりました」


 小柄な人物がフードを下ろし待っていた男に敬礼する。


 弛くウェーブの掛かった黒髪を後ろで束ね、目元しか伺えないくとも美しい顔が隠れていることを思わせる。それがこの人物が女性であることを示していた。


「構わぬ。直ぐに報告を始めろ」


 部屋の外の雑多な雰囲気に似合わぬ調度品が設えられた部屋の奥。一目で高価と判るソファに座った男は単刀直入に問い質した。


「では報告致します。ですが殆ど本日の試合で披露されており、目新しい情報はありません」


「あれか・・・確かに驚くべき技を見せられたな。よもや人の身が自在に空を飛ぶとは。あれのお陰で我らは人手不足もいいところだ」


 男の言葉は愚痴ともとれる内容だったが口調は愉しげだった。


「本日の報告の目玉でした」


「だろうな。だがお前のことだ。原理や弱点なども調べているのだろう?」


「いえ、原理については不明です。属性すらわかっておりません」


「ほぅ、お前らしくもない・・・いや、現在知られているどの属性にも該当しないということか?」


「ご明察の通りです。また、今後の訓練しだいで増える可能性もありますが、現在のところ自在に動かせる足場は8本が限界のようです。単純に短剣を飛ばすだけであれば、80~100本というところでしょう」


「そうか」


 男は数十本の短剣が空を舞い次々と兵たちを打ち倒す姿を目に浮かべる。

 おそらく偵察部隊程度であれば気付かれる事なく殲滅可能だろう。気になるのは・・・


「持続時間はどうだ?」


「およそ2刻(約4時間)ほどです。魔力切れというより疲労による限界だと思われます」


「十分な持続時間だな。しかし、原理がわからないのでは真似できんか。他に気になったことはないか?」


「2つほど。まずひとつ、西方諸国で使われているような金属の鎖を用意して何かの訓練をしていました。鎖を様々な形に変え結界陣らしきものや円筒状の形に繰り返し変化させていました」


「ふむ、おそらくは雷光対策であろうな。興味深い。して、いまひとつというのは?」


「はっ、膨大な魔力を集中させ霧を出しておりました。放出魔力の大きさから単に霧を出す技とは思えません。ですが子細は不明です」


 サバンナ気候に属する王都周辺では、霧という現象が発生することは1年を通じて皆無であり非常に珍しいものだ。近郊の人間では霧という現象を知るもの自体が少なく、連合王国西端に位置するウェトコル山脈付近でわずかに見られる程度だった。


「では、何かを意図して気温を下げたということか? そもそもどうやって気温を下げた?」


「・・・不明です。少なくとも既存の方法――氷などの水属性元魔法を使ったわけではありません」


「情報不足は否めないか・・・それについてはここで議論しても意味はないな。この件は持ち帰って専門家に検討させる。報告は以上か?」


「はい。不確定情報ばかりで申し訳ありません」


「いや良い。今日の模擬戦で状況は変わった。お前の役目の重要度は以前の比ではない。引続き調査を進めろ。慎重にな」


「はっ」


 女は一礼すると部屋を出て行った。


 残された男は暫し瞑目する。


「さて、陛下にはなんと御奏上すべきか・・・」


 男の呟きは分厚い壁に阻まれ外部に洩れることはなかった。





 ―――新市街 場末の酒場―――


 新市街の表通りに建つありふれた酒場にハマド、アルサバ兄弟の姿があった。


「兄貴、ネネのお陰で随分と儲かったな!」


「そうだな。賭け事でと言うのが気に食わないけど」


 ネネの実兄たちはネネの勝利に賭けることで多額の金を手にしていた。初めこそアルサバが路銀の半分を賭けたことを責めたハマドだったが、今では路銀どころか家族4人が2年は遊んで暮らせるだけの金額が手元にある。


「堅いこと言うなよ。明日もネネに賭けりゃ今の倍になるぜ!」


 アルサバは上機嫌に羊乳酒(ケフィア)を煽った。顔は既に真っ赤でかなり酔いがまわっている。


「程ほどにしておけよ? それに明日の試合の賭けは無しだ。聞いただろう? 明日の相手は当代最強と名高い〈雷姫〉ファーティマだぞ」


「ネネだって負けちゃいないぜ。巷じゃ〈紅玉の主〉とか〈剣の舞姫〉なんて呼ばれてんだ」


「おいおい、俺たちの目的を忘れたのか? もう十分だろう。まだネネと会えていないんだぞ。賭けはこれくらいにして、明日こそなんとかしないと」


 ハマドは完全に酔いがまわったアルサバからジョッキを取り上げ、代わりに水の入ったコップを目の前に置く。


「つれないな、兄貴。しかし、ネネはえらい別嬪さんに育ってたなぁ」


「ああ、鼻が高いよ。 もう俺たちのことなんか忘れてしまっているかもな・・・」


「んなわけねぇって。 相変わらずだなぁ兄貴は。 酔いが足りねぇんじゃねぇか?」


「そうかもな・・・あまり深く考えてこなかったが、俺たちはネネに恨まれていてもおかしくない。客観的に見て俺たちは我が身かわいさに妹を売ったんだから・・・」


 ハマドは天井を見上げる。


 アフシャール家に脅されていたとは言え、彼らがしたことはやはり妹を売ったという事実であった。


「悪く考え過ぎだって。兄貴の悪い癖だぜ。 あのネネが俺たちを忘れる訳ねぇし、恨んだりなんかしてねぇさ」


 俺は水の入ったジョッキを一息に煽った。

 いくら俺でも今の言葉が願望混じりだってのはわかってる。

 やっぱ水はいけねぇや 酔いが醒めちまう。


「そうだな。どうも飲みが足りないようだ。今日は飲み明かすぞ」


「そうこなくっちゃ!」


 二人が新たに酒を注文しようと給仕を呼んだところで見知らぬ男が声を掛けてきた。


「随分と景気が良いようですな」


 長身痩躯の口髭を生やした男がハマドたちに声を掛けてきた。上等な身形からして周囲から浮いていること甚だしい。


「お二人はネネ嬢の御実兄とお見受けしますが?」


「どちら様でしょうか?」


 ハマドは警戒の滲んだ声で問い質す。


 そもそも王都に知り合いなどいない。自分たちがネネの実兄だと知るものは大会初日に追い払われた大会実行委員くらいの筈だ。

 嫌な予感に酔いが一気に醒めた。


「これは失礼しました。私はとある貴族家にお仕えするモルマルドと申します。実は我が主がネネ嬢を側室にとお望みでして、是非お二人とも知己を得たいと仰せです。失礼ながらネネ嬢とお会いできずお困りのご様子。事が成ればお二人は我が主のご家族も同然。当家でネネ嬢とお会いできるよう便宜を図る用意が御座います。如何でしょう?」


「それは大変有難いお申し出ですが・・・」


 ハマドはアルサバと視線を交わす。確かに有難い話だが裏がありそうだ。そもそも側室にと言うのはどうなのか。

 貴族の側室というのはそれなりに良い嫁ぎ先なのかも知れないが、今ではネネも立派な貴族令嬢である。しかも召喚師だ。


 ハマドは言葉こそ丁寧でも明らかにこちらを見下す男に無難な言葉を選ぶ。


「俺たちはしがない平民です。恩を受けても返す当てがありません」


 ハマドは丁重に断ろうと口を開いた。





 ーーー新市街 ハルダート邸ーーー


 広大な敷地を持つハルダート邸の中で普段は使われることのない一郭がある。

 贅を凝らした居住スペースとは異なり、石積みが剥き出しとなったその一郭は、淀んだ空気と独特な気配を漂わせていた。


「さぁ能力(ちから)を見せてみろ」


 空気を鋭く切り裂く音と肉を打つ音が交互に石積みの壁に反響する。

 音の合間には悲痛な鳴き声が響き徐々に弱々しいものへと変わっていった。


「旦那、これ以上は死んじまいますぜ。ここまで痛め付けても何にもしねぇところをみると、能力なんてねぇんじゃねぇかと」


 調教師の男は鞭を振るう手を一旦止め、どうするか雇い主にお伺いをたてる。


「チッ、あわよくばと思ったがあれは変異種特有の能力か」


 ユースーフは苛立たしげに椅子を蹴りつけ足元で小さく震える"ソレ"に忌々しい思いを募らせる。


「所詮歌う事しかできんケダモノか。この能無しが」


 これまでユースーフは人前で歌わせることを考え目立つところに傷をつけないよう注意してきた。

 しかし、新たな獲物を前にその配慮は消え失せている。


 床に四肢を投げ出し僅かに痙攣する"ソレ"の小さな身体は、あちこちから血を滲ませ目を背けたくなるほどの惨状を露にしている。


 それを目にしてもユースーフは気にも止めない。なにしろユースーフの中ではトトを我がものとすることは決定事項であり、もはや"ソレ"は大して価値のない存在。 精々が客寄せ程度の認識であった。


「さて、明日の決勝戦が終わればネネ嬢とも容易に繋ぎがつく。念のため報告のあった平民(クズ)どもにも声を掛けさせているしな」


 ユースーフはトトを手にして栄華を謳歌する己を想像し、低く笑い声をあげるのだった。

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