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異世界ペットライフ ~癒しと恐怖の獣~  作者: 狐の嫁入り
第4章 武闘大会カロッソ・エルディーニ
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第31話 準決勝 VS ヨハンナ

 ―――第1ブロック演武台 貴族席―――


 雨季には珍しい快晴。照り付ける日差しはまだ最盛期に至らずとも、日陰が恋しくなるには十分だろう。それでも乾季と違い土埃が舞わないだけましだと言える。

 このような天候であってもここ貴族席は華麗な刺繍の施された布地が客席全体を覆い、元魔法師による微風が常に流された快適な空間が保たれていた。

 そんな高級感漂う貴族席の一画に学園長のイルヒムと生徒会長のファーティマが紅茶を手に歓談している。


「やはり勝ち残って来たな。彼女らは」


 イルヒムは忙しい仕事の合間に欠かさずネネたちの試合を観戦していた。ここまでの試合では些か変則的であるものの、圧倒的な実力差で相手を倒してきており、まるで底が知れない。


「当然ではありませんか。私の見立てでは、まだまだ本気を出していないと思いますわ」


 小さめの丸テーブルを挟んで対面に座るイルヒムを見ることなくファーティマは答えた。彼女の関心は演武台にいるネネたちに集中している。


「次は準決勝だ。そろそろ本気を見せてくると思うかね?」


「ヨハンナはかなりの実力者です。ネネが卒業資格を手にする前ならばともかく、既に3勝を挙げている今なら、良い勝負をすることでしょう」


 ファーティマは意味深な視線を学院長に送った。


「ははっ、妙な勘繰りは止めたまえ。偶然だよ、君と決勝戦で当たることもね」


 イルヒムは組合わせ操作の事などおくびにも出さずサラリと受け流した。


「そう言う事にしておきましょう。おそらくですがヨハンナは私を相手に準備していた秘策を使って来ますわ。いえ、使わざるを得ないでしょう」


「ほう、何か心当たりがあるのかね?」


「ふふふ、私は鳥の目も持っておりますのよ?」


 イルヒムが視線を上げると小さな影が上空を舞っているのが見えた。基本的に召喚師の相棒は1体しか持ち得ない。上空にいるのは彼女の妖かしではなく配下の妖かしなのだろう。


「なるほどな、私も重々気を付けておこう」


「そうなさいませ」


 ファーティマの言はとくに警告というわけでもないようだ。監視を隠す素振りも見せていない。おそらくどこかに本命の監視員を配置しているのだろう。まったく末恐ろしい娘だ。


「そろそろ始まるようだな。午後はムエジニ君との試合だろう? 君は準備しなくても良いのかね?」


「ムエジニとは互いに手の内を知り合っています。この数時間でどうなるものでもないでしょう」


 ファーティマの目は一心に演武台に向けられている。これ以上は邪魔だろう。イルヒムも演武台に目を向けた。彼もこれまで見せたネネたちの戦いに期待が高まるのを抑えきれない。


 良い試合を見せておくれトト君。期待しているよ?



 ―――第1ブロック 演武台上―――


 今日はついに準決勝。演武台上で開始の合図を待つ俺とネネは、いい具合の緊張感に包まれていた。相手は激戦を勝ち抜いてきたヨハンナとピニーのコンビである。

 とくに強敵のいなかった第1ブロックと違い、ヨハンナの第2ブロックは8人いる5年生の内、3人が集中する激戦区だった。2回戦目、3回戦目共に5年生のクラスメイトを破って駒を進めてきたヨハンナは流石上位ランカーと言うところか。


 昨日はネネが3勝目を挙げ卒業資格が得られた記念すべき日だった。当初は卒業が絶望的と思われていたネネだったが、それを覆す3連勝にヨハンナをはじめとした仲間たちがささやかなお祝いを開いてくれたのである。

 盛大なお祝いにならなかった理由はイジワルでもなんでもなく、ネネとヨハンナの試合が今日に控えていたためであった。

 お祝いの席で2人は心置き無く全力で競おうと約束していた。勿論、俺も力を尽くすつもりだ。

 また、サプライズ的にネネの義母から勝利を讃える手紙が寮に届き、大会が終わったら旧市街の宿を訪ねて欲しいと締め括られていた。ヨハンナには悪いが、ここは是非とも優勝して宿を訪ねねばなるまい。


 さて、回想はこのくらいにして対面に立つヨハンナを観察する。ヨハンナは昨日までと装備を換えて来たようだった。皮革製の軽装備と言うのは同じだが、あちこちに補強用の革が貼り付けられており、防御力だけならスタテッドアーマーに近い代物となっている。


『ネネ、あの格好・・・どう思う?』


『わからない。ヨハンナは接近戦が苦手のはず。防御を固めるってことは遠距離の撃ち合いに持ち込むつもり・・・かも?』


 ふむ、まぁ普通に考えればそうだよな。接近戦が苦手なヤツが多少防御を固めたところで接近されては焼け石に水だ。そもそも重装甲の防御タイプはムエジニのような体格に恵まれた者の特権である。大抵は楯を持って戦うのが一般的で、弓使いであるヨハンナには無理な相談だった。しかし、遠距離戦を仕掛けるにしてもヨハンナは俺たちに飛び道具が通用しないと知っている。なら何か策がある筈だった。


 俺は何か異変がないか注意深くヨハンナとピニーを窺った。自慢じゃないが俺の力を掻い潜るには、強力な魔法効果――魔法やブレスなど――か魔力を纏った直接打撃しかない。こちらも背中の武器を除けば遠距離攻撃が苦手だから、ヨハンナが遠距離攻撃に終始して俺たちの消耗を待つと言うのは有効な一手だろう。


 しかし、疑問は残る。ヨハンナやピニーの運動能力では俺たちの接近を阻むのは困難だからだ。はたして付き合いの長いヨハンナがそんな単純な事に気付かないだろうか?

 どうにも嫌な予感がした俺は、これまで抜くことのなかった背中の武器をいつでも使えるように入念にチェックする。


『トト、もう一度作戦のおさらいをしようよ』


『おう』


 俺たちが最終確認をしていると台上に審判の教員が上がって来た。ヨハンナとの試合はあの模擬戦以来になる。油断するつもりはないが、あの頃以上に俺とネネの連携は洗練されてきていた。負ける要素はない。今日はネネの義母や義姉も観戦にきているようだから無様は晒せないしな。


 観客席から盛大な声援が送られる中、俺たちとヨハンナたちは凡そ15メートル離れて対峙した。この程度は俺がブーストと名付けた疑似身体強化を使えば3歩で間合いに捉えられる距離でしかない。俺たちの作戦は一瞬で間合いを詰めヨハンナの苦手な接近戦で圧倒するというものだ。単純だが最も勝率が高い方法だろう。


 ヨハンナ、悪いが一瞬で決めさせて貰う! これはいつぞやの恨みによるものではない・・・ないのよ?


 俺は定位置の右肩で待機しながら開始の合図を待った。俺たちが静かに見守る中で審判の教員がいよいよ合図を出す寸前、急にネネから念話が飛んで来る。


『トト、何かおかしいよ!足裏の感触が変だ!』


『何?! 魔力に異常はないが・・・ん?地下か!!』


 俺たちが下を向いた瞬間、審判の合図が出る。


「始め!」


 それは審判の合図とほぼ同時に起こった。50メートル四方の演武台全面が一瞬で砂地に変わり俺たちの行動を阻害する。次いでヨハンナの周囲に石柱がいくつも屹立し簡易的な防衛拠点を構築した。


 しまった! 謀られた!


 これは以前俺がヨハンナに捕まった時と同じものだ。あの時は流砂で俺の逃げ足を殺し、ヨハンナの無情な遠距離攻撃で沈められたのだ。今回のはそのアレンジで流砂の代わりにネネの足下の砂が俺たちを呑み込まんと積極的に仕掛けてきている。


『足下は気にするな!俺が押さえ込む!』


『わかった!だけど、此方には対抗手段がないよ!』


 俺たちが念話を交わしている間もヨハンナから鋭い矢が次々に飛来してくる。勿論全て逸らしているが魔力消費が半端ない。矢の方はともかく、砂の拘束魔法を阻止するのに多大な魔力を消費している。俺には土適正がなく力押しのせいだ。


『ネネ、まずいぞ。土属性の拘束魔法には俺の力(サイパ)が効き難い! このままじゃ魔力切れに追い込まれるぞ!』


『流石はヨハンナね! トト、あれ使おう!』


『あれか、会長戦までとっておきたかったが・・・いくか!』


 俺は喉元にある円環に爪を引っ掻けると強く引っ張った。すると背中の鞘から連続して棒手裏剣が6つ斜め上に向かって飛び出す。それらは空中で向きを変え、ゆっくりと俺たちの周囲を旋回しだした。


『ネネ、準備完了だ!』


「はっ!」


 ネネは気合いの声を上げるとタイミングよく棒手裏剣に飛び乗る。


「おいおい、あの娘飛んでるぞ!」


「風の元魔法なのか? 馬鹿な! 有り得ん・・・」


「やっぱアイツ普通のカーバンクルじゃねぇ!」


 観客席から様々な声が飛び交う。何れも驚愕を隠せない。


『ふふふ、ヨハンナったら驚いてるわ』


 ネネは器用に棒手裏剣の腹の上に立つと波に乗るサーファーのようにジグザグに弧を描いてヨハンナに急迫する。


『そりゃそうだろ。これで拘束魔法の影響は受けない。気を付けるのは矢と土槍だな。言っておくけど棒手裏剣を使った飛行術には弱点がある。移動速度はともかく機動性は低くなるから細かい回避は難しいぞ』


 飛行術(この技)は消費魔力はともかく非常に細かい制御―――方向、力の大きさ、慣性、重力など―――を同時に行う必要がある。それも6つ全てに対して。つまり、タスクが多すぎて飛んでくる矢を逸らしたりブーストをはじめとした補助に力を割く余裕がないのだ。中でも慣性制御は難しく、空中で直角に曲がるような真似は出来ない。制御を誤れば体の中身が色んなところからはみ出てしまう。


『もうちょっと簡単な言葉で言ってくれないとわかんないよ~』


『はぁ~、何回も説明したじゃないか・・・咄嗟に避ける時は俺の回避操作を待たずに足場を変えろって事だ。近くに足場として棒手裏剣を配置しておくから、危ない時は飛び移るように』


『わかった!』


 俺たちは足場を巧みに変えながら矢や下から突き上げてくる土槍を躱して接近を試みた。しかし、悉く阻止される。


『あの守り、想像以上に固いな!』


『うん、ホントの要塞みたい』


 ヨハンナの周囲には正八角形を描いて防御用の石柱が並んでいる。隙間を抜けるのは矢と土槍による飽和攻撃で不可能。真上に対しては8方向から放たれる土槍でこちらも避ける隙間がない。あれじゃサイパによる軌道操作がないと接近は難しいだろう。


 俺たちは飛んでくる矢をアクロバティックに躱しながらヨハンナの周りを旋回していた。


『このまま矢の消耗を待てば隙ができるかもしれないが・・・』


『ねぇ、トト。あの隙間に入れないのはこっちが生身で無茶な動きが出来ないからよね? だったら棒手裏剣だけで突破口を開けない?』


『やれないこともないが、前にも言った通り間接攻撃は手加減が出来ないから、下手するとヨハンナやピニーに大怪我させてしまうぞ』


 ただ飛ばすだけなら当てない自信がある。だが矢や土槍に弾かれて思わぬイレギュラーが発生する可能性は高い。それを怖れて怪我しない程度の速度で飛ばせば、今度は容易に防がれてしまう。


『だったら真上から石柱を攻撃すればいいんじゃない? 2つか3つに絞って石柱を壊せれば、間を抜けられるよ! それにそんなに心配しなくたってヨハンナは強いから大丈夫!』


 俺は虚を突かれたようにネネを見つめた。


 そうか、俺はヨハンナを心配しているようでヨハンナの実力を信じていないだけだったんだ。寧ろ、ヨハンナに対してとても失礼なことをしていた。


『わかった!じゃぁ次に近付いたタイミングで仕掛ける!』


 俺は足場に使っていた棒手裏剣の内の2本を飛ばし、生身には不可能な軌道で上空から一気に加速。僅かな隙間を掻い潜って轟音と共に石柱を叩き壊す。

 2本の棒手裏剣は勢いのまま砂中に埋まり残念ながら俺の制御を離れてしまった。でもこれは想定内。残った4本は拡がった石柱の隙間に向かって一直線に突き進んだ。


『ありがとう、トト! 次は私の番だよ!』


 ネネは並んだ4本の棒手裏剣の間を華麗なステップを切って軽やかに舞う。まるで土槍の方が避けてくれているように錯覚するほど、或いは、演武のように両手の刺突剣に導かれそして弾かれて、ネネはヨハンナのもとに辿り着いた。


「あぁ~ぅ、降参よ・・・この距離じゃ手も足も出ないわ」


 ヨハンナがガックリと項垂れる。


「それまで! 勝者、ネネ!!」


 審判の教員が高らかにネネの勝利を告げた。


「「「おおおぉぉぉ!!!」」」


 これまでにない試合を見せてくれた2組に今大会一の歓声が送られる。


「やった~!」


『ほら、歓声に答えてやれよ』


 ネネはヨハンナと抱き合った後、周りを見渡す。そこには蔑みなどなく、誰もがネネの勝利を讃える光景が広がっていた。


お読み頂き有り難う御座います。

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