第30話 ユースーフの企み
―――大会2日目 ユースーフ視点―――
私はユースーフ・ムンタキム・ハーシーン。ハーシーン家の継嗣である。表向きは召雨祭の観光で王都に来たことになっているが、実際は中央とのパイプを繋ぐため上級貴族を中心に様々なパーティーに参加していた。それもこれも目の上の瘤であるハルダート家を追い落とすためだ。
昔はどうか知らんが、今やハルダート領は我がハーシーン家の租税によって成り立っているに過ぎない。そのハーシーン家の継嗣である私が、何故ハルダート家の嫡男と言うだけでムエジニに頭を下げねばならんのだ。
幼少期は親父の思惑でムエジニのお守りをしていたが、頭の出来は悪い癖に召喚師の才能があるだけで周囲から期待されているムエジニが目障りで仕方なかった。
先日も長旅を経てやっと王都に到着し予約していた高級宿で寛いでいると、急にヤツから呼び出しが掛かった。
何事かと思えばカーバンクルの能力について教えて欲しいなどというくだらない理由でだ。
確かに私はカーバンクルを持ってはいるが、歌を唄う以外にこれといった特技は持っていない。先代のカーバンクルは能無しだったからまだましだが。そもそも馬鹿な貴族連中相手に交渉材料になりそうだから飼っているに過ぎず幸運を呼ぶ力などに興味はない。
しかし、そこで面白い話が聞けた。ヤツが言うには物を動かす能力を持ったカーバンクルがいるらしい。かなり眉唾物だが本当であれば手に入れておきたい。能力によっては手元に置いてもいいだろう。
私は部下のひとりに命じ大会初日に出場選手を確認させた。するとネネという娘がカーバンクルを相棒に出場していたことがわかった。しかも誰もが負けると予想する中、火蜥蜴相手に勝ったというではないか。その勝利があまりに圧倒的で王都中の話題をさらっているという。
たかが学生の大会と侮っていたが、カーバンクルの話が本当なら態々足を運ぶ価値があるだろう。私は会談の予定を幾つかキャンセルし魔法学園に向かうことにした。
「ユースーフ様、貴族席のチケットが無くなっており、入場出来ません」
案内を任せた部下がつまらぬこと報告してくる。御用聞きも出来んのか、クズが!
「ハーシーン家の継嗣であるこの私を入れないと言うのか!役立たずめ!私が話を付ける!責任者を呼んでこい!」
「はっ! すぐに呼んで参ります」
部下は頭を下げたまま踵を返し責任者を呼びに行った。数分もしないうちに責任者らしき男を連れ帰って来る。
「貴様がここの責任者か。私を入れないとはどういうことだ? 理由如何では首が飛ぶぞ? 飾りの頭など必要あるまい?」
「申し訳ありません。ですが規則でして。四公家の方々も入場チケットを持って入られるのです」
「くどいぞ!」
俺が護衛に目配せすると護衛が剣に手をかける。
「お待ちください! 貴族席は御用意出来ませんが、家族席であれば御用意出来ます。まずは家族席で御入場頂き貴族席のチケットを持つ方と直接御交渉頂けませんか? 私共では貴族様と交渉するなどおそれ多いのです」
責任者の男は内心「腐れ田舎貴族が!」と罵りつつ平身低頭して家族席のチケットを差し出した。
「ふん、一理あるか。最初からそう言えば良いのだ。入っても良いな?」
「はい」
私は貴族と交渉し易いよう護衛の人数を絞ると学園内に入った。
―――第1ブロック 演武台家族席―――
「なんなのだ、あれは!」
私は眼前の光景が信じられなかった。件のカーバンクルを連れた娘は目にも止まらぬ早業で対戦相手を滅多突きにすると、僅か一呼吸の間に勝利を収めていた。
「あれは人間ができる動きではありません・・・」
「そんなことはわかっておるわ!私はどうやったかを聞いているのだ!」
「申し訳ありません。何かの魔法を使ったとしか・・・」
「ふん」
なんなのだ・・・ムエジニからは物を動かす力としか聞いていないぞ。まさか、術者本人すら動かすことができるのか?
私は交渉も虚しく貴族席を確保できなかった苛立ちも忘れ、カーバンクルを連れた娘を凝視する。
「ふぅ、まだまだ連携ができてないね・・・あっ!ごめん、ごめん」
カーバンクルを連れた娘が何か言いながら退場していく。会場はあまりに圧倒的な力を見せた娘に、称賛も忘れて静まり返っていた。昨日の試合を見た観客の中には何かやってくれると期待していたものも多かったが、それらを軽く上回る戦いを見せられたのだ。
私は暫し黙考し、やはり術者自身にカーバンクルが何らかの補助を与えたと結論付けた。もしこの仮説が正しければ、あのカーバンクルを手に入れた者は誰でも超人となることができる。歌しか唄えないカーバンクルなどと違い非常に有用だ。それともあの役立たずも調教すればあのような力が使える可能性があるのか?
私は一試合だけ見て帰る予定を変更し、本日中に行われる第三試合も見て帰る事にした。また、娘の素性を探るよう手配する。
「くくく、面白い余興ができたな。あの役立たずも上手くいけば同様の力を発揮するかもしれん。調教師を呼んでおけ!」
あの娘、ネネだったか。ネネの次の試合までに3試合あったがネネの試合ほど注目すべきものはなかった。その間に調べさせたところによると、ネネはアフシャール家とかいう田舎貴族の娘で前大会までは連敗が続き卒業も危ぶまれる落ちこぼれだという。容姿は上々だから私の側室に迎えてもいいだろう。そうして恩を売りあのカーバンクルを手に入れれば召喚師など恐るに足りぬ。
そうこうしているうちにネネの試合の番になった。今度の相手は水熊のようだ。こうして見る分にはネネに勝ち目があるようには見えないが、先程の動きからすれば問題なく勝てるだろう。
まだまだ子供っぽいが改めて見るとネネは中々の器量だった。カーバンクルを手に入れるためと思ったが、ネネを側室に迎えるのは良い思い付きだ。ネネならば再度カーバンクルを召喚できる可能性もあるし、よく見ればいい身体をしている。あと数年もすれば好みの女になるだろう。
「始め!」
試合が始まった。2回戦目と違い今度はカーバンクルと水熊。ネネと4年生の男子生徒が向かい合って対峙している。
「なんのつもりだ? 先程の力を使えばあっという間だろうに・・・」
私は水熊が派手に吹き飛ばされるのを期待していたのだが
「何らかの制約があるのではないでしょうか? あれほどの力を頻繁に使えるとは思えません」
「それもそうか。だとすれば勝ち目は薄いな」
やはりそう都合の良い力などないか。まぁ数分でもあれだけの力が振るえれば十分有用だ。
「ですが解せません。あの娘やカーバンクルに焦りなどないようです。まだ隠し玉があるのかもしれません」
「ほう、それは楽しみだ」
私は護衛隊長の言葉に試合を見下ろす。丁度動き始めたようだ。
まずカーバンクルが素早い動きで水熊の懐に入り込む。遠目だから何とか見えるが目の前だったら見失うほどの早さだ。カーバンクルは振るわれた腕を器用に掻い潜り背中に回る。だが、相手もさるもの。水の鞭のようなものを生み出して背中に張り付いたカーバンクルを強引に振り払った。
水熊は操る水の鞭を3本に増やして攻勢を強め、三方から包み混むようにカーバンクルに襲いかかる。カーバンクルは水熊に近付くことができず、回避に専念しているようだ。
「カーバンクルと水熊ではやはり勝負にならんな。中々素早いが早さだけでは倒せまい」
私は若干の失望を込めてそう言ちる。カーバンクルは紙一重で水鞭を避けているが長くは続かないだろう。少なくともその辺の兵士や部下たちでは既に舞台に沈んでいる筈だ。
観客席からは大きな声援が送られていた。急増のにわかファンがネネたちを応援しているのだ。男性客は主にネネを 女性客はカーバンクルを応援している。
演武台には幾つもの水溜まりができ、恐ろしい音と共に振るわれる水鞭が演武台を打つ度に轟音をたて、石の破片が飛び散っていた。女性客などはカーバンクルに向かって水鞭が振るわれると悲鳴のような喚声を上げている。何度目かの水鞭の強襲を躱したカーバンクルはいよいよ体力が尽きたのか動きを止めた。女性客は一層の悲鳴を上げ限界が来たと誰もが思った。
―――3回戦 ネネ視点―――
一方ネネは優位に試合を運んでいた。相手は長剣と円楯のオーソドックスなスタイルで基本に忠実な隙のない剣捌きだったが、それだけではネネに届かない。ネネの突きは円楯の防御を抜け何度も痛打を与えていた。
「降参して! あなたに勝ち目はない!」
「何をいう、落ちこぼれが! 確かにあんたの剣は俺より上だ。だけどウォッペルが来るまで耐えれば俺の勝ちだ!」
チラリと妖かしたちの戦いに目を向ければ確かにトトが追い詰められているように見える。しかし・・・
『ヒャッハー もっとだ。もっとこい熊野郎。そんなぬるい攻撃じゃ100年経っても当たらないぞ!』
念話だから私とアヤメくらいしかわからないだろうけど、トトは遊んでいるのよね・・・確か妹にカッコイイところを見せるんだとか張り切ってたから・・・
『そろそろ本気出して。あんまり遊ぶとそっちの子も可哀想だよ』
『むっ、仕方ないな。じゃぁ次の一撃をブーストするから、そっちも終わらせてくれ。こっちは超音波で気絶させる』
『わかった』
私は一歩間合いを広げ溜めに入るとトトの支援を待った。すぐに身体を温かい何かが包む感覚と頭以外の部分に熱が篭る。私は真正面から片手一本突きを放った。勿論、真正面からの攻撃じゃ簡単に防がれてしまうけど、トトのいうブースト状態での放つ突きはその程度で防げるものじゃない。
ガキーン
私の突きはあっさりと防御を突き崩し、それどころか相手の身体ごと吹き飛ばした。こんな威力の突きを放てば反動も凄い筈なんだけど、何故か腕に掛かる衝撃は小さい。トトが何かやってるんだと思う。
「キュイ」『寝な!』
以前にも増して精密な制御を施された“声の道”が水熊の耳奥に襲いかかる。堪らず水熊は身体を痙攣させて倒れ込んだ。
トトの方も片付いたようね。
私は完全に体勢を崩し隙を曝した男子生徒に刺突剣を突きつける。
「・・・っく、参りました」
わぁぁぁ!!
おぉぉぉ!!
急展開に一瞬の静寂が訪れたあと、ネネを讃える歓声が沸き起こる。その中には見知ったアティフェだけでなく、ハマド、アルサバ兄弟。そして、ラーニア、シヴィリ、ハティのアフシャール家の人々の姿もあった。
お読み頂き有り難う御座います。
急に寒くなったり暑くなったりで作者は体調を崩して寝込んでしまいました。
みなさまお元気でしょうか?
みなさまお馬鹿な作者のようにならないようお体にお気を付け下さいませ