第3話 幸運
俺は身も凍る恐怖に一歩も動くことができない。
これが生粋の野性動物なら反射的に逃げるんだろうけど、なまじっか前世の記憶がある俺は恐怖という感情に支配されてただ迫ってくる牙を見つめる事しかできなかった。
急に遅くなった体感時間の中でこれが走馬灯という現象かと納得する。
体感速度が遅くなって狼の動きがよく見えるようにはなったが相変わらず体は動いてくれない!
絶体絶命のピンチに「諦めない!」
強くそう思った。
俺はまだ何も知らない!自分自身も!妹も!この世界の何もかも!
恐怖に縛られ体は動かなくても最後まで生きる意思は貫いてやる!
すると額が急に熱くなり視界はそのまま、物質に重なるようにたくさんの模様が見えだした。
模様は細かいものから大きいものまで千差万別。強いて言えばサンスクリット文字が鎖のように連なって物質を取り巻いているように見える。
それらは目に写る範囲だけでも膨大な量にわたり到底全てを認識することができない。
処理しきれない情報に脳が圧倒される中、ただ手前にあった模様の幾つかが変化した・・・ような気がした。
幻であったかのように模様はすぐに見えなくなってしまった。クリアになった視界に先ほどの模様は確認出来ない。
しかし依然として走馬灯状態にいた俺はその不可思議な変化に気付くことができた。
周囲に舞い上がっていた土砂の一部が不自然な動きを見せている。
ただ放物線を描いて落ちるはずの土砂が本来の軌跡からずれ狙ったかのように狼の口に吸い込まれていった。
堪らず狼は激しく噎せる。
「ゲフッ、ガッ、ゲッ」
入ってはいけないところに土砂が入ったのか狼の咳は中々治まらない。
通常の時間の流れに戻ってきた俺が唖然と見つめる中、狼は咳だけじゃなく痙攣まで始めて倒れ込んだ。
ピクッピクッ
どうやら目の前の狼は無力化したようだ。でもまだ油断してはいけない。
他に狼がいないか周囲に目を向けると下草に身を伏せるようにしてこちらを窺っている3頭の姿を見つけた。やっぱり群れだったか!
もっと隠れている可能性がある以上、このままじゃ勝ち目がない。
どうすれば撃退出来るだろう?さっきは土砂が不自然に動いたけどあれは俺の力なんだろうか?
力があるなら頼りたいが思い通りに使えない力なんて命がかかったこの場面じゃ当てに出来ない。
俺は恐怖を押し殺して痙攣する狼に飛び乗ると3頭をそれぞれ睨み付けて精一杯威嚇した。
「みゃー!!」
ハッタリである。
ここで弱気を見せれば俺だけじゃなくリコまで奴らの餌食になる。正直上手くいくかは賭けだった。
俺の姿を見た狼たちは互いに目配せをすると痙攣する狼を置いてサッと引き返した。
フッ 敵ながら見事な引き際だ!
偉そうに言ってみたが実際は手足を踏ん張らなければ立っていることも出来ない状態だった。
勢いでやった感はあるけどよく考えれば野性動物がハッタリなんて使うはずないから、実際に倒れて謎の痙攣をしている仲間を見れば退いたとしても不思議じゃなかった。
それでも暫くの間狼たちが去った方向を警戒していたが、戻って来ないことを確認してやっと痙攣する狼から降りる。
何とかやり過ごしたか・・・
安堵のあまりペタッと地面に腹這いになる。暫く動きたくない。
妹よ!兄は頑張ったぞ!
俺は入口が壊されて寝床が剥き出しなってしまった巣穴と未だに痙攣を続ける狼を見てこれからどうするか考える。
こいつも連れて行って欲しかったなぁ
俺はぐったりした狼を放置して巣穴に入った。
まずは巣穴の奥で震えているだろうリコを安心させてやらねばなるまい。
巣穴の奥に行くと足音に反応してリコが飛び上がった。そのまま小さく丸まってプルプル震えている。
やっぱりリコは可愛いなぁ
悪戯心がムクムクと涌いてきた俺はわざと大きな音を立てながらリコに走り寄る。
兄を置いて逃げた罪は重いのだ!
後一歩と言うところまで来た時、またあの模様が見えたかと思ったら俺はリコが繰り出した重い尻尾の一撃を受けて吹っ飛んでいた。
「きゅ~(泣)」
あのフサフサ尻尾が繰り出したとは思えぬ強烈な一撃で真横に吹き飛んだ俺はそのまま壁に叩きつけられた。
ビタン!! ・・・ポト
ぐぅぉぉぉ
口から得体の知れないものが出ちゃう~
床に落ちた俺は痛みのあまりゴロゴロ転げ回った。敷き詰めてあった枯葉が俺の通った後に沿って盛大に舞う。
反対の壁まで転がった俺は天を掴むように手を握りしめ痛みに耐えた。
こんなんで死んだら一点の悔いどころか悔いが残りまくるわ!
この仕打ちはあんまりじゃないか?まいしすたー!?
手を伸ばして小刻みに震えている俺を見たリコはやっと相手が狼じゃないと気付いて申し訳なさそうに俺をつついたのだった。
戦闘?シーンは難しいですね!
頭の中で動くキャラクターたちが上手く書き起こせないです。