第29話 VS火蜥蜴
―――学園正門前 アルサバ視点―――
おれたち兄弟は武闘大会が開かれていると言う魔法学園の場所を聞きながら、迷うことなく学園の正門前に辿り着いた。途中、情報収集も兼ねて寄った屋台では、ネネが間違いなく大会に出場すること、たまに買い物に来ることなどを聞くことが出来た。
これで目的の半分は果たした。後はネネに会えれば言うことねぇんだが。
召雨祭の最大イベントである武闘大会は誰もが知っていたので、学園を見付けること自体に苦労はなかった。しかし、ここにきてチケット切れを声高に叫ぶ運営委員らしき男の声に俺たちは愕然となる。
時刻は夜明けから2時間ほど。普通であれば朝食を食べようかと言う頃合いで十分に早朝と呼べる時間帯なのに、もうチケットがなくなるとは予想外の事態だった。
くそっ、こんなに早くチケット切れになるなんて!
おれは叫んでいた男を捕まえる。
「ちょっと待ってくれ!この大会に妹が出るんだ!何とか入れてくれよ!」
おれは勢いよく男に頭を下げた。呆然としていた兄貴もおれに続く。
「頼みます!俺たちは妹に会うため4ヶ月も旅して来たんです!」
男は胡散臭げにおれたちの姿を見たが渋々口を開く。
「・・・一応聞くが、妹の名前は?」
「ネネだ!」
おれが即答した事に多少驚いた男が手元の対戦表を確認する。おれは脇から対戦表を覗き込みネネの名前を指差した。
「ほら、こいつだよ」
対戦表にはちゃんとネネ・アル・アフシャールの名前があった。
「あぁ、よくいるんだよねぇあんたらみたいなのが。身内だって嘘を付いて家族席のチケットを貰おうとする輩がさ」
男は既に興味を失いシッシッと手を振る。
「待てよ!ホントなんだ。ネネはおれたちの妹なんだよ!」
おれは男に食い下がる。
「ネネ嬢はアフシャール伯爵の御令嬢だ。お前らみたいな怪しげな男たちが兄弟の筈はない。それとも何か証拠があるのか?」
「いや、証拠と言われてもよ・・・」
おれは兄貴を振り返るが兄貴にも妙案はないようだった。
「証拠がないんじゃいくら頼まれても入れてやれない。今日は諦めるんだな」
男はそう告げるとサッサと離れていった。
「兄貴、どうする?」
「仕方ない。まずは宿屋を探そう。この分だと宿もいっぱいで泊まれないかもな・・・」
おれたちは油断なく辺りを警戒する警備兵にチラリと視線を向ける。警備兵はひとりやふたりではない。騒ぎを起こせば直ぐに飛んでくるだろう。勿論ネネに会う事を諦めた訳じゃねぇが一旦退くべきだ。おれたちが踵を返そうとするとさっきとは別の男が声を掛けてきた。
「おい、あんちゃんたち残念だったな!学園に入りたきゃ夜明け前には並ばんとチケットは取れないぜ」
「そうみてぇだな。あんたは?」
おれたちに声を掛けてきたのは痩身で四十絡みの男だった。何やら紙の束を持ち、陽気な笑顔を浮かべている。
「ああ、悪いな。オレは商業ギルドに所属する予想屋のボルハってもんだ」
「予想屋だって?」
兄貴が顔をしかめてボルハを見る。予想屋ってのは賭け対象の情報を売るヤツだ。兄貴は真面目で賭け事がキライだからな。
「おれたちは賭けなんてする気はない。他所をあたってくれ」
「待ちなって。あんたらネネって子の情報が欲しいんじゃねぇのか?オレは職業柄色々知ってるんだがなぁ」
足を止めて振り返るとボルハはニヤリと笑う。
「武闘大会じゃ大々的に賭けが行われていてな。なに、怪しげなもんじゃねぇ、商業ギルドが取り仕切ってる公のもんさ。そいつにちょっと絡んでくれりゃぁ口も滑らかになるってもんだ」
おれたちは顔を見合わせると男に向き直る。
「わかった。おれたちはネネに賭けよう」
「へへっ、まいど。一口500ゴルタだ。しかし。良いんですかい?何も聞かないままネネ嬢に賭けても?」
「どう言う意味だ?」
兄貴が不機嫌に問いかける。
「なにね、ネネ嬢は今まで一度も勝った事がないんですよ。剣の腕は良いんだが相棒の妖かしに恵まれなくてねぇ」
おれは噂を思い出した。妖かしを庇ってボロボロになっていると言う噂を・・・
「最初がピグムで次はモラームだったかな?どっちも攻撃に難があってね。役に立つ妖かしなんだが試合には向かないんだよ。今回もカーバンクルを召喚したらしい」
カーバンクルってなんだ?
おれと兄貴が疑問符を浮かべているとすかさずボルハが説明する。
「カーバンクルってのは幸運を呼ぶって謂れのある妖かしだ。その謂れから貴族や商人に人気があってね、滅多に御目にかかれないから高値が付く妖かしなのさ。ただ、戦闘力はからっきしでねぇ」
おれはカーバンクルを庇ってボロボロになるネネを想像した。ネネは昔から優しい子だった。妖かしでさえも友達として対等に付き合い可愛がっていたのをよく覚えている。
カーバンクルがどういう妖かしなのか知らないが、ネネが可愛がっているだろう事は容易に想像がついた。隣を見れば兄貴も同じような想像をしているのか眉間に皺が寄っている。
そんなおれたちをおいて、ボルハの話は続いていた。
「・・・それに今回は相手が悪い。相手はマトーフ・マジェルスタ。相棒は火蜥蜴だ。火蜥蜴は強力な火炎ブレスを吐くことで有名だ。火炎ブレスは騎士数十人を一瞬で戦闘不能にすると言われているんだ。マトーフ自身はまだ1年生だが相棒が強すぎる。可哀想だがネネ嬢に勝ち目はないだろうよ。え~っと今のオッズは・・・133倍だな。どうだい?、買っちまった賭け札は戻らないが他の試合に賭けてみないかい?」
ボルハは親切心で言ってるんだろうが、おれたちにとっちゃ他人事じゃねぇ。ネネが大怪我をするかもしれねぇなんざ、見過ごすわけにはいかねぇぞ。
「アルサバ、戻るぞ!」
「わかってらぁ」
おれたちは何か言ってるボルハをその場に残し来た道を戻った。
―――武闘大会 第1ブロック演武台―――
「ネネ先輩、棄権しなくていいんですか~?ああ、したくても出来ないんでしたっけ?」
小馬鹿にした笑いを湛えながら話しかけてきたのはマトーフ・マジェルスタ。
傍らには蜥蜴とは名ばかりの体長1.5メートルの堂々とした体躯を誇る火蜥蜴のサーマンがこちらを見据えている。
「棄権する理由がないよ」
流石に苛立ったのか普段とは違う固い声で答えるネネ。
「ハハハ、そっちのカーバンクルもビビってるんじゃないですか?可哀想に」
ミシミシッ
ネネの握る刺突剣の柄が不気味な音を立てる。
『まぁ気にするな。弱いヤツほどよく吠えるって言うだろ?』
おっと、俺も多少苛立っていたようだ。反省反省。俺は何時も通りネネの右肩に乗ってマトーフを観察する。まだ10才を過ぎたばかりのマトーフは全体的に華奢で子供っぽい。
こんな餓鬼に苛立つなんて大人げなかったかな?いや、目上の者に対する正しい態度を教える事も必要か。
『ちょっとお仕置きが必要みたい。どうしよっか?』
『ククク、俺に良い考えがある。任せとけ』
『ふふ、トトったらまるで悪役だよ? でも任せた!』
先程まで緊張で身を固くしていたネネは、逆に緊張を解く切欠になったようだ。マトーフの挑発も中々役に立つじゃないか。
観客席の方に目を向ければ第1試合とあってかほぼ満席となっている。しかし、観客が応援するのはほぼマトーフの方でアウェイ感が半端ない。きっと賭け札をマトーフの方に賭けているんだろう。
俺たちネネ、ヨハンナ、アティフェは試合直前に賭け札を買い込んでいた。勿論ネネの方にである。
最終オッズは164倍にもなっており、全員1万ゴルタほど賭けたので、勝てば164万ゴルタ(約1000万円)と言う大金が手に入る予定だ。
会長と当たって落ち込んでいたアティフェでさえ、笑いが止まらないといった様子だった。
チャッ
ネネが刺突剣を鞘から抜き放ち構えをとる。マトーフも大杖を構えて開始の合図を待った。
マトーフは相変わらずこちら小馬鹿にした笑顔を浮かべているが、さて何時まで続くか見物だな。
「両者準備はよいか? では始め!!」
開始の合図が出ても俺たちは動かない。本来なら火炎ブレスを一方的に受ける中距離戦は火蜥蜴と戦う場合には悪手である。試合開始位置は15メートルほど離れた位置でブレスの間合いとしては丁度良い距離なのだ。
「来ないんですか? なら、此方から行きますよ! 行け!サーマン!!」
マトーフは大杖で演武台を2度突く。更にスッと俺たちを大杖で指した。
『随分と長い符丁だな。実戦じゃ通用しないんじゃないか?』
俺は以前戦ったムエジニとパイロンのコンビを思い出す。少なくともあいつは一瞬で符丁を出していた。
『あの子達はまだまだ1年生。あれでも早い方だと思うよ?』
『そんなもんか。ぼちぼち此方もいくかね』
俺は動き出したマトーフとサーマンにサイパを行使する。ムエジニたちやヨハンナたちは濃密な魔力を纏っていてサイパの効果が減衰してしまったが、マトーフたちには面白いように効く。
『さぁ、お星さまになってみようか!』
一歩踏み出したマトーフとサーマンは俺に操られ空高く飛んでいった。
「うっ?!うわぁぁぁぁぁ」
「ギャッギャッギャ?!」
俺たちは舞い上がりめちゃくちゃな軌道で飛ぶマトーフたちを見上げる。
『ふむ、呆気ないな』
『もしかして私もあれなしで飛べる?』
『バランスと着地が難しいんだ。安全面を考えるとまだまだ練習が必要だな』
俺たちが悠長に念話を交わしている間もマトーフの悲鳴は続く。
『そろそろ降ろしてやるか』
『そうだね~、流石に反省したでしょ』
俺は出来るだけ減速させるとサイパの行使を止める。大体1メートルくらいの高さからぐったりしたマトーフたちが演武台に落下した。
ドサッ、ドチャッ
「ひっひっ、うわぁ~ん」
俺たちは蹲って泣くマトーフと気絶したらしいサーマンに近付いた。マトーフはともかく、サーマンには容赦なく捻りも加えたからな。しかし・・・俺たちはマトーフを見る。ガン泣きするマトーフはか弱い幼児のようだった。これではただの幼児虐待である。
『やり過ぎた・・・』
『うん・・・』
近付くとマトーフの腰の辺りから水溜まりが広がっている。いくら生意気だったからといっても衆人注目の中でお漏らしはちょっとな・・・トラウマになったかもしれん。
「勝者、ネネ!」
審判の教師が慌てて駆け寄ってきて俺たちの勝利を宣言すると、係りの者を呼んでマトーフたちを運び出して行った。
観客も予想外の展開に静まり返っている。他の演武台で上がる喚声とのギャップが凄い。
『不幸な事故だったな・・・』
『やったのはトトでしょ・・・』
俺たちは折角の勝利を素直に喜べないまま演武台を降りるのだった。
因みにヨハンナは順当に勝利し、アティフェもまた順当に敗北した。電撃で苦しむアティフェの姿に興奮した変態がいたとかいないとか。まぁ、賭け札による儲けでアティフェの気持ちは持ち直したのだが。
一方、ハマドとアルサバの兄弟は結局学園に入ることが出来ず、ハラハラと試合結果を待っていた。だがネネが無傷で圧勝した事が伝わると我が事のように喜んだのだった。そして、今まで見た事のない大金を手に入れたのであった。
お読み頂き有り難う御座います。
何とか週一更新のペースは守っていく所存であるます。