表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界ペットライフ ~癒しと恐怖の獣~  作者: 狐の嫁入り
第3章 王立魔法学園エルサディーン
26/34

第26話 トト イン ザ ホーンテッドハウス ―後編―

 ―――件の一軒家 玄関―――


「お邪魔しま~す」


 ネネが軽いのりで入口を通る。俺にはとても真似出来ない芸当だ。俺たちが入口を抜けた瞬間、冷気が体を包んだ。例えれば、まだ肌寒い春先に霧の中へ入り込んだ感覚に近いだろうか。


 ピチャッ・・・ピチャッ・・・


 奥の方から水音が聞こえて来る。等間隔で滴が落ちる音は、昨日の雨が何処かに貯まっているからかもしれない。


 俺は周囲に目を凝らす。


 薄暗い屋内は視界が制限され判然としないが、玄関ホールは大体4畳半くらい。正面の壁には棚が備え付けられ、住人がいた頃には何か飾られていたらしい跡が残されていた。左右の壁には扉が有り、左手の扉の先には奥へ向かう廊下が続いている。


 ゴクリ


 水音以外の音がない空間に、唾を飲み込む音がいやに大きく響いた。早晩、回れ右して帰りたくなったが、最後の意地でなんとか踏み留まる。


 流石にネネをおいては帰れないだろう・・・男として・・・


 ネネが準備してきたランタンに火を点すと、薄闇に閉ざされていた屋内が5メートル四方ほど照らし出された。


 ふぅ・・・


 ランタンの光が俺の心に若干の余裕を与えてくれる。


『どこから調べよっか?』


 ネネの問いかけに俺は来る途中に目を通した依頼書の内容を思い浮かべた。


 ここに住んでいた住人が引っ越したのは今から約1年前。とくに事件や事故に巻き込まれたと言う事もなく、普通に引っ越しただけのようだ。

 そこから半年程は何も異常はなく、強いて挙げれば万年住居不足の王都にあって、中々買い手がつかなかったことくらいか。

 何れにしても幽霊に繋がるような情報は書かれていなかった。


『有力な情報がない以上、しらみ潰しに探すしかないな』


『それじゃ右の部屋から見て回ろうか』


『あ、ちょっと待った!』


 俺はランタンに照らされた床を見てネネを止めた。


『床を見てみろ。最近誰かが入ったような形跡がある。幽霊ってのは足跡を残したりするもんなのか?』


 ネネは黙って記憶を当たっていたが、やがて首を振る。


『幽霊が足跡を残したと言う話は聞いたことないよ。もしかすると、トトが言ってたみたいに誰かが幽霊を装っているのかもしれない』


 ネネは俄に引き締まった表情に変わると、辺りを警戒し始めた。


 よく話のオチにあるような「幽霊や化け物より、人間が一番怖い」と言うやつだろうか?

 俺としては幽霊などノーサンキュー、人間様の方が大歓迎だ。幽霊騒ぎに真犯人がいるとなると、なんかミステリーみたいで俄然やる気が出てきたぜ。


『足跡から察するに1人じゃないな。少なくとも3人は出入りした形跡がある。右の部屋にも跡が続いてるが、ほとんどは左の部屋に続いてるから、まずは左の部屋から見ていこう』


『わかった』


 ネネは打って変わった慎重な足取りで左の扉に近付くと俺に目配せしてきた。俺はネネの意を受け部屋の中の気配を探り、問題なしと頷いてみせる。


『行くよ?』


『OK』


 俺たちは短いやり取りの後、部屋に踏み込んだ。


 っ!!!


 正面で動くものがある!!すかさずネネがランタンを掲げると、鏡に映った俺たち自身だった。


『なんだ、鏡か・・・驚かせやがって』


 俺はドキドキと暴れる心臓を落ち着かせるべく深呼吸し・・・固まった。


『ちょっと、これ見て!』


 ネネが何かを指して話しかけてきたが、俺は鏡の端に映るものを見て、答えるどころではなかった。


 鏡には左下を向いて何かを見つけたネネと、その右肩に乗った俺。そして、俺の頭の上に青白い何かが映り込んでいた。初めは判然としなかったその何かは、徐々に大きくなり髪の長い少女の姿をとる。


 彼女は恨みがましい表情をするでなく、いかにもな血痕や手足の欠損があるわけでもなかった。只々無表情でこちらを見ている少女・・・しかし、それが強烈なリアリティをもって、俺を金縛りにする。


 テレビ局とかのヤラセじゃない・・・マジもんキタコレ・・・


 俺は金縛りで振り替える事もできず、ただ鏡を凝視するしか出来ない。少女の姿が更に大きくなってきた。移動してる筈なのにまるで足音が聞こえない。


 ヒャッハー、あと2、3歩で息が掛かる距離まで来てしまう。頼むネネ!気付いてくれ!!


 俺は恐怖で情緒不安定になりつつネネに幽霊の事を知らせようとした。


 あ、あれ?念話ってどうやるんだっけ?


 慌てふためく俺に鏡に映った少女が尻尾を掴もうとスッと手を伸ばし・・・


 タンッ


 その時ネネが急に後ろを振り向いた。どうやら俺の異変に気付いてくれたらしい。回る視界に俺も覚悟を決め、幽霊少女に向き合おうとした。だが、振り向いた先に幽霊少女の姿がない。


『ネ、ネ、ネネ!今の見たよな?いや、見ただろ?!』


 やっと金縛りが解けた俺はネネに言い募る。


『見た。確かに幽霊だったよ。でも、幽霊なら足跡の説明がつかないね・・・どういう事?』


 いやいや、今は冷静に推理してる場合じゃない!即時撤退を要する緊急事態だ!


 俺の頭の中ではエマージェンシーコールがガンガン鳴り響いている。やっぱ、こんなとこ来るべきじゃなかったんだ・・・俺が想像の中のハイダル教官をシバき倒していると、急激な脱力感を覚えた。


 あ、あれ?何で急に・・・


 訝しむ俺の視界に青白い何かが映る。


???:「やっぱり、とても、美味しい・・・」


 少女の声で囁かれた瞬間、俺は恐怖のあまり意識が遠退いていく。


 お、お漏らしは・・・してないと信じたい・・・そんな死に様は御免だ・・・


 俺はそのまま意識を失いネネにもたれ掛かったのだった。



 ―――ネネ視点―――


 急にトトの体から力が抜け、ずり落ちそうになった。私は慌ててトトの体を抱き止めると、ランタンを持つ手とは逆の手でトトを胸に抱き締める。


「あなた、うちのトトをあまりからかわないで」


「ふふふ、つい。私、こんな怖がられる、初めて。あなた、人のこと、言えない。凄く、笑ってる」


 幽霊少女は辿々しいながらも、案外気安く答えた。


「ま、まあね。トトの様子が可愛いから、ついつい・・・ふふっ」


 トトが幽霊を何かと勘違いしてるのは薄々気付いていたんだけど、トトの怯え振りがあんまり可愛いいから、つい黙ったままここまで来ちゃったんだよね。


「ん、その子、あなたの妖かし?ちゃんと教えない、ダメ」


「アハハ・・・起きたらちゃんと教えるよ~。申し遅れたけど、私はネネ。ネネ・アル・アフシャールだよ。そして、この子はトト。よろしくね」


「ウチ、アヤメ」


「アヤメ・・・不思議な響き・・・でも、良い名前ね!」


 幽霊の少女―アヤメ―は、中々話し安い相手だった。表情が変わらず取っ付きにくいものの、悪戯好きでヨハンナとは馬が合いそう。


 私はアヤメから情報を聞き出すと、粗方の状況を把握した。


「そろそろ、トト、起こす?」


「そうだね~、このままじゃ可哀想だし、そろそろ起こそうか」


「ウチ、起こしたい!」


 ちょっぴり口角を上げてアヤメが立候補する。


 お主も悪よのぅ~、ふふふ


「わかった、任せるね!」



 ―――トト視点―――


 ゆさゆさと揺すられ、俺は閉じていた瞼を開いた。最初に目に入ったのは青み掛かった黒髪。そして、長い髪に殆どが覆われている顔・・・さ、貞○?!


「キュゥゥゥゥ!!」『ぎゃあぁぁぁ!!』


 せ、せめて一思いに!意識がある状態で干からびるとかはイヤだぁぁぁ


 俺が暴れると案外簡単に拘束が解けた。


 あれ?


「ぷっ、あははは」


「ふふふ」


『・・・・・・』


 おい、何笑ってんだコラ!そっちの幽霊少女まで爆笑じゃないか!


 俺はここに至ってネネに嵌められた事に気付いた。もう、完全にヤサグレモードである。


『それじゃ何か?幽霊ってのは亜人の一種で普通に意思疏通が出来ると・・・ほほぅ』


 俺は幽霊少女ことアヤメを下から睨み上げた。


 この世界の幽霊とは意識のある魔力の塊みたいな存在で、研究者の間では人間の究極の形とか、逆に人間のルーツとか言われているそうだ。ただ、一般的には亜人の一種と認識されているらしい。命を吸うと言うものの、話を聞くと実際は体力を吸う感じで、寿命が縮むこともないようだ。


『つまり、今回の依頼は周りに迷惑を掛けない“温厚な”幽霊に、一軒家を出ていくよう説得する仕事だったと?そりゃ兵士が出張る案件じゃないわな』


 今度はネネを睨み見上げる。そう、現在2人は俺の前で正座していた。当然の措置である。


『じゃあ、アヤメは1ヶ月前からここに住んでいるんだな?噂のあがった時期と前後するが・・・』


『ウチ、おいしそう、釣られて、1ヶ月前、ここ来た。嘘じゃない』


 随分と辿々しいが、驚いた事にアヤメも念話が出来る。アヤメもまた、俺が念話を出来ると知って酷く驚いていた。まぁ、今は関係ないので横に置いておく。


『それについては、これを見ればわかると思うよ』


 ネネは名誉挽回とばかりに、いそいそと木箱ならぬ煉瓦箱を引き寄せ、箱から緑色の毛を取り出して見せた。


『これって・・・俺の毛か?』


『凄く、美味しい』


『ややこしいから、お前は黙っとけ』


 俺がシッシッと尻尾を振ると、無表情でわかり難いが、アヤメはシュンとなって引っ込んだ。


『これがここにあるって事は、錬金術サークルの連中が噂の元凶って事か』


『たぶんね。もしそうなら、この依頼がずっと残ってた事にも説明がつくし』


『なるほど・・・アヤメは俺が召喚されて以降に偶然ここに来た、か。辻褄は合うな。錬金術サークルの奴らは何やってたか謎だが・・・』


『それは帰ってから聞こうよ。今日はもう遅いし、依頼も達成出来たから帰ろ。武器屋はまた今度ね』


『待てって、アヤメはここを出て行く事に同意したのか?』


 俺はほんの少しアヤメの事が気になって尋ねてみた。


『ウチ、ネネと一緒、寮行く』


『駄目!』


 間髪入れず俺が拒否するとアヤメが恨めしげに見てくる。


 ヤメロ、そんな目でみるな!コワイじゃないか!


『ねぇトト~。アヤメが可哀想だよ~。この子面白いし、一緒に連れて行こう?』


 ネネの懇願する後ろでアヤメが無害アピールをしている・・・ウザイ。


『お前ね、幽霊を捨て猫みたいに言うなよ。大体アイツは俺から栄養を吸う気満々じゃないか。それがわかってて連れて行けるか!』


『でも・・・可哀想だよ?』


 ネネの後ろではアヤメが“ちょっとだけよ”的なアピールをしている・・・やっぱウザイ。


 でもまぁ、仕方ないか・・・俺もアヤメを放り出して知らんぷりと言うのでは後味が悪い。


『・・・わかった。でも、勝手に吸うなよ?』


『わかってる、わかってる』


 イマイチ信用できん・・・



 ―――貴族街―――


 クルサード連合王国は、約300年前に5つの小国が周辺諸国に対抗すべく同盟を結んだのが始まりとされる。

 当時同盟の立役者となったクルサード王国が盟主となり、やがて平和裏に統合され今の形態となった。

 統合された各王国、オルグレン王国、アゼルレーン王国、ハルダート王国、クロモフ王国は、現在四公家と呼ばれ貴族の最高位として連合王国の重責を担っている。また、各公家の所領においては敬意を表し一定の自治権が認められていた。



 王都アル・コバータの貴族街を4頭立ての重厚な馬車が進んでいる。いくつもの装飾を施された中に、一際目立つ水瓶を抱えた人魚の紋章があった。ハーシーン子爵家の紋章である。


 ハーシーン子爵家は現ハルダート公爵ヨアキムの正室、ナルエルの生家である。ちなみにナルエルはムエジニの実母だ。


 所領の多くがザーザ砂漠であるハルダート領において、クトリア湖の利権を握るハーシーン家は、ハルダート家にとっても無視し得ない有力者だった。


 そんなハーシーン家の馬車が貴族街の一等地にあるハルダート公爵家の別邸に止まった。


「我が名はユースーフ・ムンタキム・ハーシーン。ハーシーン子爵家の継嗣である」


「はっ!伺っております。解錠致しますので暫しお待ちください」


 門衛は同僚に伝令を頼むと閂を外す作業に入った。本日は普段魔法学園の寮に住んいるハルダート家の継嗣、ムエジニがこの別邸に来ている。いつも以上に警備が厳重になっていた。


「早くしろ!俺は長旅で疲れているんだ!」


 門衛は伝令に出したのとは別の同僚に目配せすると、作業を急ぐ。経験上この手の相手に下手な事を言えば、録な事にならない。何か言い掛けた同僚を止めて作業に集中させた。



「叔父上、お久しぶりです」


 伝令を受けたムエジニが急いでユースーフを出迎えた。身分としてはムエジニの方が上になるのだが、歳の近いユースーフは幼い頃からよく遊び相手になってくれていた。実の兄と不仲ということもあり、ムエジニはユースーフの事を兄のように慕っている。


「おお、ムエジニか!暫く見ないうちに大きくなったな!」


 ユースーフは内心苦々しく思いながらムエジニを見上げ、ニヤリと笑った。


「叔父上、俺ももう15歳です。大きくならなくては困る」


 こうして、ムエジニはカーバンクルの情報を持つかも知れない叔父を別邸に招いたのだった。


GWが始まりました。何か良いことがあれば言いな~

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ