第13話 邂逅
ネネが王立魔法学園エルサディーンに入学してから早4年。最終学年の5年生となったネネは窮地に陥っていた。
学園の召喚術科はエリートの集団である。1学年に300人程いる学生の中で、召喚術科の生徒は8人~10人しかいない。エリートと言われる所以は一般の魔法科(元魔法科)に比べ稀有な才能を必要とする上、起こせる現象のレベルに圧倒的差があるからだ。
召喚術科を卒業すれば将来は安泰と言って良く、在校生の憧れと嫉妬の的なのである。
そして、召喚術で最も重視されるものこそ妖かしを使役した時の戦闘力の高さにあった。
思えば1、2年生の頃はよかった。クラスメイトも皆、未熟で全学年参加の大会では勝利出来るものは1人、2人しかおらず、勝利した者はクラスメイト全員で祝福したものだった。
しかし、3、4年生になると逆に勝利した事のない者の方が少なくなる。いや、正確に言えばネネ以外にいなくなった。
ネネはクラスの中で徐々に肩身が狭くなり、今では完全に落ちこぼれ扱いだった。
現在、3ヶ月前の前期大会でも惨敗したネネは最後の大会でなんとか勝利するため、並々ならぬ決意を持って召喚陣の前に立っていた。
クラスメイトに自主退学を賭けた模擬戦を強要されたことも決意に拍車をかけている。
学園の本校舎の北。研究棟の1階に召喚の儀式を行う召喚の間がある。
3重の防護壁に囲まれた召喚の間には模擬戦を強要してきた者の他、話を聞いたクラスメイトのほとんどが顔を揃えていた。
「数多ある鬼にて奇なる力持つものよ!我の願いに応え我が元に顕れ出でよ!」
ネネは精呪と共に召喚陣に魔力を送る。決意の強さに比例してか、いつも以上に命を吸われるような感覚が襲いかかり、ネネの額におびただしい汗が浮かび上がった。
必死に魔力を絞り出していると召喚陣はネネの魔力を受けて徐々に光の線を描いて行き、陣が完成した瞬間、目映い光を放った。
トトが眩しさでいつの間にか閉じていた目を開けると目の前に4、5人の少年たちがいた。全員同じ服装をしているので学生のように見える。
「「「£%#&*」」」
言葉はわからないが嘲弄だと言うことはわかった。初めて見る人間の姿に半ば確信していた予想が事実に変わる。
やはり召喚魔法の類いだったか!
トトの足元には光を失った直径5メートルにも及ぶ召喚陣が精緻に画かれていた。
突然喚ばれた事に腹は立つが今はリコや母さんの方が重要である。俺は目前のガキ共を無視して回りを見廻した。
「(リコ~!母さ~ん!)」
カーバンクル語で呼びかけるも応えはない。
くそ!近くにいないのか!
焦りが俺の胸を満たす。
「(やっぱりダメだった・・・急に喚んだりしてごめんなさい・・・)」
んん?頭の中に直接声が響いている?
俺は声が聞こえてきたと思しき方向を向くと、そこには先程のガキ共と同じ服装をした少女が座り込んで俺を見ていた。
こいつの声か?
「£%#&*?!」
いや、何言ってるかわからんから。
「(これならわかる?)」
また頭の中に声が響いてきた。やはりこの少女が話しかけてきた当人のようだ。
念話ってやつか?
「(すごい!言葉がわかるなんて!あの・・・)」
そんな事はどうでも良い!リコを、俺の妹をどうした!
「(ヒッ・・・妹さんの事は知らないよ・・・)」
なんだと?お前が喚んだんじゃないのか?
「(私は貴方しか喚んでないよ。妹さんも誰かに呼ばれたの?)」
・・・ちょっと待て。考えをまとめる。
確かにリコを包んでいた光と俺を包んだ光は色が違っていた。別の誰かがリコを召喚したという可能性はある。この少女の言葉を鵜呑みする事は出来ないが、ここは情報収集が必要だ。
「£%#&*£、%#&*£%#&*!」
さっきの悪ガキが煩いな。何か文句を言っているようだが・・・。言葉が通じないようだし何を言ってるかさっぱりわからん。ここは話しかけてきた少女A(仮)に任せるか。
背の高いガッシリとした体型の男子生徒ムエジニ・サラフ・ハルダートはカーバンクルを見下ろして嘲弄すると左右に取り巻きを引き連れネネに言い放った。
「はっ!ネネさんよ。大人しく負けを認めて自主退学するんだな。それともそのカーバンクルで戦って見るか?まぁ勝負は見えてるがな!」
「君が学園にいるだけで召喚師の格が貶められているんだよ。学園始まって以来の落ちこぼれがクラスメイトとはね」
「大会でも全戦全敗だからなぁ。前代未聞だってよ?」
ムエジニに続いて凸凹コンビの言葉がネネに突き刺さる。
少年たちは殊更大会の成績に言及しているがネネは決して劣等生ではない。召喚術以外の科目は全て上位の成績を修めているのだ。
ただ召喚師は強さを求められるため、大会の成績が偏重される傾向が強かった。
「後期大会は2ヶ月後のはずです。模擬戦だって明後日のはずでしょう?」
喚び出したのがカーバンクルだった時には絶望を感じたネネだったが、あのカーバンクルはただのカーバンクルではなかった。そこに一縷の望みを託す。
学園には年に2回開かれる大会“カロッソ・エルディーニ”で卒業までに通算3勝しなければならないというルールがあった。
「4年も負け続けたお前に、たった2ヶ月で何が出来る?後期大会で負けて退学を言い渡されるより自主退学した方が良いんじゃないか?」
ムエジニの意見は表に出す出さないは別にして、クラスメイトの過半に共通する意見だった。
「その辺にしておきなさい。彼女が喚ぶ妖かしは戦闘力こそ低くても、皆、有用な能力を持っています。そのカーバンクルも幸運を呼ぶと言われる稀少な妖かしですから、側に置きたいと言う者は多いでしょう」
生徒会長のファーティマがムエジニを窘める。実際学園の教師陣はネネが退学となることを望んでおらず制度の改定を検討していた。
「折角俺が引導を渡してやろうって言うのに、退学にされて惨めな思いをするのはお前だぞ?」
ムエジニが肩を竦めてみせる。
その時、じっと人間たちの様子を窺っていたカーバンクルが未だ座り込んでいるネネのところに走り寄るとパッと右肩に飛び乗る。
突然の事にバランスを崩したネネがあたふたしている間もカーバンクルは毅然とムエジニを見詰めていた。
なぁ、少女A(仮)。コイツなんて言ってんの?やたらと偉そうなんだけど。
トトはチラリとネネに視線を向け問いかける。
「(少女A?私はネネっていうの。え~と、私が模擬戦でずっと負けてて、それでなんとかしたくて貴方を喚んだんだけど、貴方が戦いに向いてない妖かしだから、馬鹿にされてる、かな?)」
ん~何とも頼りない説明をありがとう。なんとなく事情はわかった。要するに敵ってことでOK?
「(えっと、敵って言うわけじゃなくて、もっとソフトと言うか・・・クラスメイトってわかる?)」
トトとネネが念話で意思疏通を図っていると無視される形になったムエジニがトトに掴みかかった。
「低級妖かしの分際で俺を睨むんじゃねぇ!」
ムエジニも本気ではなく軽く脅してやろうとしただけだったが、その手はあっさりと空をきる。
無論トトの行使したサイパのせいだ。
「(それ以上やるなら敵対行動と見なすぞ?)」
トトはカーバンクル語で警告を発した。意味はわからないだろうが警告していると言うのは伝わると踏んでのことだ。
「なんだ今のは?!」
ムエジニは自分の手を見詰める。特に異常はないようだ。しかし、何かされたのは間違いない。
カーバンクルは確かに稀少な妖かしらしいが、こんな力があるなど聞いたことがなかった。
再び目を向けるとカーバンクルはネネの右肩の上で尻尾をゆらゆら揺らしながらこちらを観察するように見ていた。ネネなどカーバンクルの方を向いたままムエジニの存在など忘れているかのようである。
「チッ!どのみち明後日の模擬戦で負ければ自主退学して貰う!これ以上俺たちに恥を掻かせるのは赦さん」
そう言い捨てるとムエジニは召喚の間を後にした。クラスメイトたちも三々五々後に続く。その中でファーティマだけがトトを窺うように見ていたが、彼女も何も言わずに召喚の間を後にしたのだった。
「それじゃ私の部屋に行こう?」
ネネは右肩に乗ったままのトトを左手の人差し指で撫でながら誘った。
焦ったところで仕方がないな・・・ネネには色々協力して貰うぞ。
トトはネネの指を嫌そうに前足で払いながらネネと一緒に寮に向かう。
こうしてトトとネネは出会ったのだった。
大変遅くなりました。久々にトト登場です。
これでタイトル詐欺にならずに済むかな?
これからトト君はネネの協力を得るため学園の授業に参加しつつリコの捜索を始めます。