第10話 ネネという名の少女 故郷の残影
遅くなりました。
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トゥーリア大陸の中央部。クルサード連合王国。
国土の南端付近を赤道が通り年間を通じて温暖な気候から水稲栽培が盛んな国だ。
北のイラーナ公国と南のラルゴ共和国とは友好関係が築かれており長きに渡って平和が保たれている。
昨今は権力者の腐敗が目に付くものの、治安も良く大半の国民は日々の生活に満足していた。
そんな王国の最西端、ウェトコル山脈の麓に開拓村マッカがあった。
・・・7年前・・・
マッカ村で農業を営むアフルドは農地を拡げるためクワを振るっていた。
目についた大きめの石をを黙々と掘り起こす。今日だけで何度となく繰り返した作業だった。
「親父!飯にしようぜ!アルサバなんか乾し草のとこで寝こけてるし。ほら、そろそろネネが弁当持ってくる頃だ!」
長男のハマドが指差す方を見れば、確かに次男のアルサバが乾し草に埋もれるようにして眠っていた。頭上を見上げれば太陽が中天に差し掛かっている。
「そうだな。この辺で休憩するとしよう。アルサバを連れて来てくれ。あのままじゃ風邪ひいちまう」
「わかった!ピーナル一握りな!」
ピーナルとはトウモロコシに似た作物でマッカ村のあるオルグレン領の南。アゼルレーン領の特産品だ。
たまに来る行商人が持ってくる作物で甘味があり、子供たちにとても人気がある。
いつでも手元にあるものじゃないからハマドはどこかで行商人を見かけたのだろう。
アフルドはハマドの目敏さに苦笑しながら近場にあった岩に腰かけた。
マッカ村は霊峰カナンガの急峻な岩場にある僅かな平地に寄り添うようにして作られた村だ。
標高が高いことに加え乾期の始めと終わりにはモーンと呼ばれる寒風が山頂より吹き下ろし、赤道の近くでありながらも寒冷な地域になっている。丁度モーンが吹き下ろすこの時期は外で寝るには少々厳しい。
アフルドたちが火を起こして暖を取っていると、程なく赤味がかった黒髪の幼子が手に荷物を抱えて走って来た。末娘のネネだ。
「お父さん、お弁当持ってきたよ!それとお母さんが茹でたピーナルを1本持たせてくれたの!」
ネネは他人には見せない満面の笑みを浮かべて荷物を掲げて見せる。やはり行商人が来ているようだ。
「良かったな!喧嘩しないように分けて食べるんだぞ」
アフルドはネネの頭をひと撫ですると弁当の包みを受け取る。
子供たちは1本のピーナルを3つに割ると、ヘテ(くじの一種)でどれを取るか決めるようだ。子供たちの様子を見守りながらアフルドは弁当の包みを開けて炒ったミレーを口に運んだ。
ミレーはヒエ、アワ、キビなどを混ぜた雑穀でマッカ村を含む近隣の村々の主食である。少々雑味が強く他の食材と合わせて食べるには味の工夫が必要だが、栄養豊富で現代日本でも健康食品として見直されて来ている。
「あま~い♪」
「そうだな。・・・美味しいよなぁ」
「ピーナル最高!父ちゃん、この畑が出来たらピーナル植えようぜ!村の皆も絶対喜ぶって!」
アフルドは三者三様の子供たちを見て笑みを深める。ひとりだけ残念そうなハマドだが、その理由をアフルドはちゃんと見ていた。
ヘテで一番小さい欠片を引き当ててしまったネネが悲しそうにしているのを見かねてハマドが自分のと交換してあげたのだ。
ガッカリ感を隠せず格好を付け切れないところが実に子供らしいが妹思いの優しい子に育ってくれている。
「そうだな。ピーナルを育てるにはちぃっとばかし寒いかもしれないが・・・まぁ増えた分の畑なら多少失敗してもいいか」
「「「やった~!」」」
「ほら、ピーナルだけ食べてないでミレーも食べろよ」
はしゃぐ子供たちにミレーを食べさせ午後の仕事を言い付けると、アフルドもまたクワを手に取った。
生活に追われて考えて来なかったが、もしピーナルの栽培に成功すれば大きな収入につながる。必然的に村での発言力も高まるだろう。そうなれば陰で続くネネに対した謂れ無き差別も改善されるかもしれない。
家族の前でこそ明るく振る舞っているが、ネネが傷付き苦しんでいることにアフルドもまた苦しんでいた。
アルサバの願望混じりの思い付きがどれほど困難なことかは分かっている。だが言葉にはしない。愛するネネを思えば多少の困難がなんだというのか。
お使いを終えて家に帰るネネの後ろ姿を見送りながら、アフルドは我知らず拳を握りしめていた。
開拓はマッカ村がある地より一段高い場所にある平地を利用して行われていた。
マッカ村と開拓現場までは岩肌の縁を縫うように山道が作られ荷物を抱えた村人が行き交っている。
ネネは山道を下りながら行きとは全く違う張り詰めた表情で、すれ違う人々にオドオドとした視線を送っていた。何人目かにすれ違った老婆の呟いた言葉が幼いネネの胸を穿つ。
「この魔女が・・・」と。
その言葉を聞いた瞬間、体の奥から何かがせり上がってきて息が苦しくなった。勝手に震えだした左手を右手で掴むと唇を噛み締め、溢れ出す感情を必死になって押さえ付ける。
どうしてそんなこと言うの?何か悪いことしたなら謝るから・・・もう、赦して・・・
声を殺し口を手で覆っていても溢れた涙が頬を伝い荒れた山道を濡らした。
山道を歩いていたのは先ほどの老婆だけではなかったが、そんなネネの様子を見ても誰ひとり声をかけるものはなかった。寧ろ「疫病神が!」「どこかに行ってしまえ」「モーンもこいつが呼んでるんじゃないのか?」と言った囁きが聞こえてくる。
ネネは涙を拭うと俯いたままトボトボと家路についた。母イスムに心配をかけないよう途中で顔を洗い泣いた跡を誤魔化すと「ただいま!」と元気に声を張るのだった。
この世界には人智の及ばない不思議な力を持つ生き物がいる。キマイラやグリフォン、そしてカーバンクル・・・人々はそう言った生き物を総じて“妖かし”と呼んだ。
ネネには生まれつき妖かしと心を通わせる力があった。昨年の今頃ネズミのような妖かし“ピグム”と庭で遊んでいるとピグムが急に騒ぎ出した。ピグムの感情がわかるネネはまず“怯え”を感じ次いで原因が“雨”だとわかった。
季節は乾期。滅多に雨など降らないはずだがネネはピグムの怯えように不安を感じてアフルドに訴えた。
「お父さん、雨が、多分いっぱい。降るかもしれないの」
燃料用に畜糞を乾燥させていたアフルドは袖を掴んで見上げて来たネネを抱き上げる。
「なんだ?怖い夢でも見たのか?」
首を振るネネ。雨季なら大雨が降るのも珍しくないが今は乾期だ。空を見てもそれらしい兆候はないが・・・
「誰かに聞いたのか?」
真っ先に村の呪い師ノエヒムの顔が浮かぶ。いけ好かないヤツだが魔法が使えることは確かだった。
「ピグムちゃんに聞いたの」
「ピグム?ピグムってあのピグムか?」
雑草に隠れてこちらを窺っているピグムを見るとネネが頷いた。
ネネがピグムと遊んでいるところはよく見掛けていたが話が出来るなど初めて聞いた。
アルサバならともかくネネはそんな嘘を言う子ではない。しかし、簡単には信じられなかった。
今雨が降れば乾燥させている畜糞だけでなく、植えたばかりの雨前ヒエまで駄目になってしまう。事は村全体にも影響のある話なのだ。
「本当にピグムがそう言ったのか?ピグムに土を固める力があるのは知ってたが、雨の予言が出来るなんて聞いた事が無いんだが・・・」
出来れば間違いであって欲しい。そんな気持ちから出た言葉だったがネネの答えは変わらない。
「でもピグムちゃんが雨を怖がってる」
「そうか・・・だったら色々準備しないとな」
アフルドは半信半疑であったものの、もしものために畜糞に枯れ草を幾重にも重ねて被せ、ヒエ畑には水捌けが良いように畝を作った。これで仮に雨が降っても種が流れたり根腐れを起こしたりするのを防げるだろう。
この時はあくまで保険の積もりで雨が降るかもしれないという話を村長に報告することもなかった。
翌日、マッカ村は季節外れの大雨に見舞われ3日間続いた雨によってヒエ畑に甚大な被害を受けた。アフルド一家の畑も被害を受けたが周囲の畑に比べて明らかに被害が小さい。
「アフルドは流石だな。俺のとこは8割が駄目になっちまった・・・」
「そうだな。乾期に雨の対策なんて中々出来ねぇもんだ」
「いや、今回はたまたまだ。もしかしたら雨が降るかもって娘に言われてな」
雨に備えていたアフルドは村人たちに称賛されたが内心は複雑だった。
あの時ネネの言葉を信じて村長に相談していれば結果は変わったのだろうか・・・
一方今回の大雨で村人たちの非難を浴びたのは呪い師のノエヒムだった。被害が大き過ぎたのである。本来呪い師はこういった事態に備える為の存在である以上仕方が無い。加えてネネが大雨を予言していたらしいという噂もそれに拍車をかけた。
苦慮したノエヒムが非難を回避する為に利用したのが事もあろうにその噂だった。ノエヒムはネネが妖かしから大雨の事を教えられたと知ると声高に主張したのだ。
「時期外れの大雨を呼んだのはネネである。妖かしを使って大雨を降らせた魔女なのだ!」
ネネが普段から妖かしと遊んでいた事は有名で村人の中には気味悪く思っていた者もいた。
それがこの主張に信憑性を与え、大きな被害を受け不安と憤りを抱えた村人の感情の捌け口となったのである。
アフルドの説明も虚しくネネは毎日村人たちに罵られ時に石を投げられた。仲の良かった友達もいなくなり、心の拠り所であったピグムも村人たちによって袋叩きに会い殺されたのだった。
それは村長のジェガが「ネネが生まれる前にも同じような事はあった」と話したことで表向き無くなったが水面下に潜ったことでより深刻な差別へと発展したのだった。
書きたい事を詰め込み過ぎて説明っぽくなってしまいました。
それでもエピソードを書ききれず中途半端なところで終わっているので、次こそは速く投稿したいです。