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オートマタ・クロニクル  作者: めけめけ
第2章 人形師ダミアン
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第4話 墓荒し

 オスターホルツァー墓地公園はブレーメンの中心地からから東に十キロほどいった住宅地にあり、公園の敷地面積は約八百メートル四方。墓地の区画はその三割ほどだ。ベーレンドルフ刑事とアーノルト刑事その中にある墓地の管理事務所に向かおうとしていた。

 

「なんでアドラーなんです? メルセデスのほうが早いでしょう」

 ベーレンドルフが警察署の前に車をつけてお目付け役のアーノルト刑事に隣に座るように合図をしているが、アーノルト刑事は車に不満があるようだった。

「俺はこいつが好きなんだ。ちゃんと手入れはしてある。最高時速が七十キロ出るからって、途中で止まっちまったらただの鉄の塊さ。その点、こいつは俺が隅々まで点検しているからな。長年連れ添ってきた相棒さ」


 アーノルトは、呆れたという顔をしながら助手席に乗り込んだ。

「悪いな。こんなことにつき合わせちまって」

「別に。構いませんよ。どうせあのまま署の中にいても誰かしら血祭りに上げなきゃ気がすまなかったのでしょうから」

「なんだよ。部長、なんかあったのか?」

「なんでも署長に昨日の夜、どやされたらしいですよ。お前が部下の管理をちゃんとできていないから警察に抗議の電話が絶えないって」

「そりゃ。どうも。お気の毒に」


 ベーレンドルフはゴーグルの位置を直しながらまるで他人事という顔をしながら車を発進させた。


 ブレーメン警察に車が配備されたのは一九〇〇年からである。それまでは馬車が主な移動手段であったが、道路の整備と国内自動車メーカーが相次いで設立され、急速に自動車が普及していった。ベーレンドルフは大の自動車好きで得にアドラー社製のものがお気に入りだった。当時メルセデスは自動車レースなどで活躍していたが、一九〇五年に発表されたアドラー社のフェートンは、性能こそメルセデスに劣るが、信頼性が高く、故障が少なかった。


「最高速度なんていうのは、きちんと整備されたレース場みたいな道路でなきゃ出せやしないさ。田舎町のぼろ道を走るんだったら、だんぜんアドラーだぜ」

「はい? なんですか?」


 走行中の車の中での会話は、よほどの大声を出さないと聞こえなかった。

「乗り心地は?」

「まぁまぁですよ」

「最高だろう?」

「えぇ、まぁまぁ最高ですよ」


 二十分後、二人は予定通りオスターホルツァー墓地公園に到着した。

「しかし五年も前に死んだ人間の墓なんか掘り起こして、いったい何をしようとしたんですかね」

 車を降りたアーノルト刑事は、身だしなみを整えながら話しかけた。アーノルト刑事は署内でも身だしなみを気にするほうで、特に靴の汚れとスーツのしわにはうるさかった。

「墓荒しの目的は大体が遺留品だ。まれに遺体の一部を持ち帰るというものもあるが、エルスハイマーには身内はいないし、女性関係もこれといってなかったはずだ」

「いずれにしても、誰が、何のために、ということと五年前の事件との因果関係を調べるしかないでしょうが、いまさら五年前のことを調べても、この件につながるような何かが見つかるかと言えば疑問が残りますね。部長にも余計なことはするなと言われていますし」


 二人は公園の入り口に車を止め、墓地の管理事務所に向かった。歩くこと五分、公園の中は朝の散歩を楽しむ者、小さい子どもをつれている母親の姿がちらほら見えた。決して人通りが少ないところではないが、おそらく夜には人通りはないだろう。

 通報してきたのはビアホフという五十代の男性で、もうここに勤めて二十年になるという。

「私もこの仕事を長くやっておりますので、まぁ、墓荒しというのも何度か処理した経験があります。悪戯だったり、物取りだったり、故人に対する愛憎だったり、まぁ、いろいろありますが、今回みたいなことは初めてでございまして」

 ビアホフは訪ねてきた二人を問題の場所に案内しながら話をつづけた。

「最初に異変に気付いたのは三日ほど前のことです」

「えっ、今朝じゃないんですか?」

 ベーレンドルフは、小柄で物静かな男の顔を覗き込んだ。


「最初は悪戯か何かだと思ったんです。取るに足りないことだと」

 ベテラン管理人の淡々とした口調が、かえって不気味だとアーノルト刑事は思った。

「墓を掘り返す場合、目的は当然棺の中身です。荒らされた墓というのは踏み固められた土が掘り起こされてもとに戻しても、こう盛り上がったようになるものです。あー、ここ右です」

 管理人はスコップを持った手で問題の場所を示した。


「おわかりになりますか?」

"一九〇五年 ブルース・エルスハイマー"永眠すると書かれた墓石がある。その墓石の周りには他とは違う新しい土が見えていた。

「地面が窪んでいますね」

 アーノルト刑事が怪訝な表情を浮かべながらベーレンドルフを見つめた。

「棺は?」

「ありますよ。それも全くの手つかずで」

「手つかずって、掘っている最中に誰かに見られて途中で逃げたとか、そういうことじゃなくてですか」

 アーノルト刑事の質問にロマンスグレーの管理人が首を振る。

「私も最初はそう思ったんですよ。でも、この墓荒しは棺にはまったく手を付けずに、土だけ掘り返して、おそらく棺のすぐ上の土を三日間に渡って掘り起こして持ち帰ったんです」

 ベーレンドルフはしゃがんで墓の周りの土を手で触った。真新しい湿り気が残っている。明らかにある程度の深さにあった土だ。墓の周りは大きな木があり昼にならなければ、日は当たらない。


「誰が、何のために……」

 ベーレンドルフは手についた土を払って立ち上がり、二十年間、墓を見守ってきたベテラン管理人の顔を見た。

「墓の土はときどき、悪魔を呼び出す儀式に使われるのだと聞いたことがあります。昔はそういう目的で土を掘り起こす輩が少なからずいたのだと、亡くなった祖母から聞いたことがあります」

「儀式か……」

 ベーレンドルフの脳裏に、黒い瞳をした青年の顔が浮かんだ。

「何か心当たりでもあるんですか?」

 アーノルト刑事の質問をはぐらかすようにベーレンドルフは墓石に手向けられている花を手に取った。

「三、四日前か、いや、もう少し前かな。これは誰が?」

 ビアホフは首を振った。


「ここ数日、一人か、或いは複数の人間が身寄りのない男の墓に訪れたことになるわけか」

「命日が近いとか、そういうことはないんですか?」

 ベーレンドルフが否定する前に、ベテランの管理人が答えた。

「埋葬された方は身寄りがないということでしたので、花が供えてあるのは見るのは、葬儀の時以来かもしれません」

「ブルース・エルスハイマーが死んだのは九月だ。あれは確か金曜日。一日だったかな」

「よく覚えていますね」

「まぁ、いろいろとあってな」

 ベーレンドルフはその日に何があったのか、それ以上語ろうとしなかった。


「とにかく、墓の土を儀式か何かに使ったというなら、なんでエルスハイマーの墓の土じゃなきゃならなかったのか。そこが問題だな」

「確かここに眠っている方は、むごい殺され方をしたと聞いています。墓の土が盗まれたくらいなら、ただの悪戯だと私も思ったのですが、どうにもこれは、薄気味悪くて。こんなことが悪い評判になっても困りますし」

「墓の土が掘り返されて、なにやらよからぬ儀式に使われている、なんて言われたら、そりゃあ、お困りでしょう。ですので、少し捜査に協力していただけますか。なに、もう少しここを掘ってみて、棺の状態を確認するだけです」


 ベーレンドルフはビアホフが持っているスコップを指差した。ビアホフは墓前と神に祈りをささげ、墓を掘り返し始めた。

「こうやってスコップがすっと入るところは、一度掘り返された土です。ほら、こっちは硬いでしょう。で、こうやって柔らかいところをずっと掘っていくと……」

 七十センチほど掘り進むと、十字架の装飾が施してある木製の棺が姿を現した。

「周りの土ですが、この辺りはまだ固い。棺を開けるためにはもう少し全体的に掘らないと無理なんです。わかりますか?」

 ベーレンドルフはビアホフからスコップを受け取り、棺の周辺の土の硬さを調べ始めた。

「どうです?」

 アーノルトは靴が汚れるのを嫌がって、少し離れたところから覗き込んだ。

「おっしゃる通りですな。棺の中身には関心がないようだ。目的はやはり土ってことになるな」


 墓を元通りにしてから、三人は管理事務所に戻った。

「すいません。電話をおかりできますか?」

「どうぞ。こちらをお使いください」

 ベーレンドルフはブレーメン警察に電話をし、刑事部長に調査の結果を報告するとともに、墓荒しがまた現れる可能性を訴え、しばらく公園内のパトロールを強化するように要請した。

「ありがとうございます。これで安心して眠れます」


「さぁ、それでは署に戻りましょうか。おそらくもう、墓荒しは現れないでしょう」

 アーノルトは靴の汚れを落としてから車に乗り込んだ。

「いや、一件寄り道するぞ」

「ちょっと待ってくださいよ。それじゃあ」

「心配するな。すぐに終わる」


 激しく抗議をしようとしたお目付け役を無視して、ベーレンドルフは車を発進させた。

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