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オートマタ・クロニクル  作者: めけめけ
第4章 盗まれたオートマタ
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第3話 不幸な出会い

 フリッツ・ブランデンブルクはブレーメンでブティックを経営している三十二歳の独身男性である。

 生活は派手で、社交界に出席してはそこで女性をたぶらかし、自分のブランドの洋服をプレゼントする。大概の女性は彼の店の上得意になり、店は繁盛していた。

 ベルンシュタイン卿の妻、アメリアもまた彼の店『ブランデンローザ』の上得意であった。二人が最初に関係を持ったのは今から三年前でその一度きりの関係になるはずだったが、ブランデンブルクは、昨年アクセサリーショップをブレーメンの一等地に出店したのだが、これが思うように売り上げが伸びず。また宝石の取引に失敗し多額の借金を抱えてしまい、資産家の妻であるアメリアに援助を求めたのであった。


 アメリアは夫の目を盗み、金銭的な援助を行ったのだが、やがて情が移り、二人の関係は日に日に親密なものになったのだという。

「刑事さん。すべて僕がいけないのです。僕が彼女を殺したも同然だ。彼女を失った今、僕はどうしていいのかわからないのですよ」


 ベルンシュタイン卿は妻が浮気をしていることを知ってはいたものも、ある程度のことは目を瞑るつもりでいたらしい。しかし、いよいよ婦人が浮気相手に本気になり、別れ話を切り出したことが殺害のきっかけであった。

 ベーレンドルフは念のため、アメリアのオートマタが示したという浮気相手が本当にフリッツ・ブランデンブルクであるかどうか確認をするために、彼を参考人として調べることにしたのであった。


「彼女を追い詰めてしまったのは僕なんです。彼女は聡明な女性でした。やさしくて、とても思いやりのある……。僕はそれに甘えて、最初は資金の援助だけ取り付ければいいと思って、声を掛けたんです。僕はてっきり断られるかと思っていました。僕は、自分の店のためにいろんな女性に声を掛けて関係を持ちました。そうやって競争に勝ち残ってきたんです。だから、彼女に支援を求めたのは、一番金持ちだったからという理由でした。それなのに彼女は喜んで僕の話を聴いてくれました。ご主人にわからないよう、いろんな手を尽くして援助してくれたんです。僕はそのとき思ってしまったんです。こんな女性が妻になってくれたらと……」


 ベーレンドルフは後悔をしていた。事実確認をするだけのつもりが、まさか懺悔を延々と聞かされることになるとは思っても見なかったのである。

 ベーレンドルフは椅子に座ったまま横に立っているカペルマン刑事をうんざりだという顔をしながら見上げたが、カペルマン刑事は泣き崩れるブランデンブルクに対して少なからず同情を禁じ得ないといった表情をしているのをみて頭を横に振りながら、親指で出口の方を差して悲嘆にくれる参考人にお帰り願うよう、あからさまに合図を送った。


「ブランデンブルクさん。話しはだいたいわかりました。どうぞ、お引き取り下さい。どうか、気を落とさないように。死んだ人間は帰ってこないし、彼女を殺した犯人はすでに逮捕しています。決してあなたのせいなんがじゃありませんよ」

 ブランデンブルクはまだ懺悔が足りないという顔で懇願したがベーレンドルフはまるで取り合ってくれそうになかったので、仕方がなく席を立った。


「どうぞこちらです」

 カペルマン刑事が出口へと案内しようとしたとき、取調室の迎え側のドアが開き、ひとりの若い男が飛び出してきた。


「なんだよ、あれ、誰のいたずらだよ。まったく趣味が悪い」

「あまり見かけない顔だな。保管室になんの用事だ」

 ベーレンドルフが話しかける。


「いや、ちょっとトイレを借りようと思ったんですけど、確かここだって」

 よく見ると見覚えのある男だった。

「貴様、新聞記者じゃないか」

 男は姿勢をただし、身振り手振りでことの次第を説明し始めた。どうやら記者会見の後、しつこく食らいついて取材を続けていたらしいのだが、帰り際にトイレを借りようとして、ここだと説明されたらしい。警察署の誰かが鬱陶しい新聞記者にいたずらのつもりで、保管庫の場所をトイレだと説明し、すぐに間違いだと気づいたのだが……


「何か物音が聞こえたような気がして、それで物音のする方に近づいていったらいきなりシーツがずり落ちて……あれはいったいなんなんです。死体が置いてあるのかと思いましたよ」

 新聞記者が指差した先を見てブランデンブルグは声を上げた。


「アメリア……、あれはアメリアじゃないか!」

 証拠品を補完する保管庫は一般的な本棚よりも少し大き目な棚が壁沿いに五台並び人ひとり通れるスペースを置いて四列並んでいる。部屋に窓はなく、ドアの突き当たりには長机が二台並べてあるが、その一台に人と同じサイズの人形が出入り口を眺めるように座らされている。

 両手、両足ともにロープでしっかりと結ばれており、さながら凶悪犯に拉致された人質のような状態である。目はとじているが、口は開いたままで、薄茶色に汚れている。それは口紅ではなく血痕である。


「おかしいな。誰も触らずに被せてあったシーツが落ちるはずはないんですが」

 首をかしげるカペルマンをベーレンドルフが睨みつける。

「いえ、僕はちゃんとシーツを掛けておきましたよ」

 するとそこに一人の警官が近づいてきた。

「あっ、この人ですよ。ここがトイレだって僕に教えたのは」

 新聞記者が指をさす。


「どうした? 幽霊でも見たような顔をして」

 ベテラン警察官のローベルトがにやにやしながら歩いてきた。それをみてベーレンドルフは事の真相を理解した。

「ローベルト主任、あれは大事な証拠品で、しかも取り扱いが大変難しい物なのですよ。どうか、そのあたりは十分配慮していただきたい」


 ローベルト主任はベーレンドルフよりも五つ年上で、ブレーメン署に対する忠誠心と愛着は人一倍ある男である。同時にユーモアのセンスもあるのだが、ときどきこうして部外者に対して抗議のいたずらを仕掛けることがある。

 特に新聞記者に対して快く思っていない彼は、以前にも似たようないたずらを仕掛けたことがある。その時は遺体を一時的に保管していた部屋に新聞記者を案内し、失神させたのであった。ベーレンドルフもその手の冗談は嫌いではないが、見逃すわけにもいかなかった。


「あまり度が過ぎると、署長に報告しなければならなくなりますので、どうかよろしくお願いします。こちらの方をトイレまでご案内してください」

 ローベルト主任は満面の笑みを一瞬でただし、敬礼してその場を立ち去ったが、その足取りは軽かった。


「あれは、いったいなんなんです。まるでアメリアが行き返ったようだ。あれは、あれは……」

 ブランデンブルクが保管室に入ろうとするのをカペルマンが身を以て静止した。その巨躯によってブランデンブルクの視界はすっかり遮られてしまった。判断としては正しかったが、それによってブランデンブルクが暴れだすとはカペルマンも考えていなかった。

「そこをどいてくれ、あれは、あれは!」


 ローベルト主任に引率され、その場を立ち去ろうとしていた新聞記者はようやく事態を飲み込んだ。

「あれは、夫のベルンシュタイン卿に殺されたアメリア夫人の人形か……なんでそんなものがここに」

「余計な詮索はしないことだ。そしてこのことを記事にでもしてみろ。他の連中はともかく俺が黙っちゃいないぜ。ちびりの新聞記者さんよ」


 ローベルト主任の上背は記者のそれをはるかに上回っていたが、高さよりもむしろその胸板の厚さの方が、はるかに迫力があった。記者は仕方がなく彼に従いトイレに駆け込んだ。実際、彼の下着は先ほどびっくりした拍子にやや生暖かい状態になっていた。そのことをローベルト主任に見透かされていたのであった。


 この出会いは誰にとっても不幸なものであったと言える。それはまるで悪魔のいたずらのような出会いであった。

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