6、母娘はお話中
「……お父様の分からず屋……」
久々にこんなにぶすっとしている。
とりあえず、私はあれから拗ねて自室に閉じ籠ってみている。
先程からお父様が部屋の前をうろうろしているのは知っていた。足音はしているし、リラからの報告もある。
何でもリラによれば、扉に手をかけてみたり、ノックしようと構えてみたり、うんうんと唸ってみたりしているらしい。
我が父ながら、少々可愛いと思えてしまうのだが、私は自ら開けてやるつもりはない。
今年は勝負に出た。
「魔法を学ばせてくれる気になった呼んでください!」とプリプリと怒り、お父様とお話していたリビングをあとに、自室で籠城したのだ。
「リラ。お父様はまだいるの?」
椅子に膝を立てて座り――世間で体操座りやお山座りと言われるやつだ――膝に顔を埋めたその体勢のまま、ぽつりとリラに質問した。
「ええ、いらっしゃいますよ。本日は一日、お嬢様の為にお仕事はお休みをおとりになりましたので」
「……ふーん」
自分で質問したくせに、私は少し首を捻りドアの方を見やっただけ。
「よろしいのですか?」
「何が?」
「いいえ。お嬢様がこれでよろしいのなら。何もございません」
「…………」
何が、なんて言ったが本当はちゃんとリラの言いたいことは分かっている。折角の誕生日、このままでいいのかと言うことだろう。もちろんいいわけがない。
普段は忙しくても、毎年家族の誕生日や記念日なんかには必ずと言っていいほど休みを取ってくれるお父様と、一緒に過ごしたいに決まっている。
けれど折れたくないのだ。もうほとんど子どもの意地になっていると、自分でも感じている。でも今、私は子どもだ。いいじゃないか。
そこに不意にノックの音がして、お父様かと思い顔を上げる。そこには柔らかい笑みを湛えたお母様がいらっしゃった。
「メティア~。閉じ籠るのは上手くいってるかしら? 入るときにエルに縋りつかれちゃったけど」
そうは言うも入ってきたのがお母様だけなのをみると、縋るお父様は上手くかわされたのだろう。
「お母様。上手くいって……いないかもしれません。実のところ、もうそろそろ寂しくなってきました」
今はもうお昼頃と言える時間。お話をしたのが朝食後、あれから数時間経っている。
その間、ずっと側にいるのは感じているけれど、当然ドアを挟み、顔も見られていないお父様。
少し寂しくもなってしまうのだった。
「ふふ。メティア。少しお母様の昔のお話、聞いてくれる?」
「? もちろんです、お母様。聞かせてください」
お母様の、こういうときよく使う言葉――"聞いてくれる?"
見た目もふわふわと柔らかければ、物腰も柔らかいお母様は、説得したり、一般で言うお説教をするときも柔らかい言葉を使う。
そうして、いつもゆっくりと、落ち着いて、正しい道を示してくれるのだ。
例えば騎士になりたいとお父様と衝突したときも、お母様はお父様を説得してくれたけど、私にもお話をされた。
きっと今回もそういうことなのだろう。
そう予測を立てている間に、お母様は向かいに腰掛けていて、テーブルを挟み向き合う形になった。
「メティア、貴女は何をそんなに焦っているの?」
「へ?」
お母様の切り出しにびっくりして間抜けな声を上げた。
「あら、お母様の思い過ごしかしら。何だか、メティアが大きくなるのを急いでいるように思えるのよね」
こて、と小さく首を傾げたお母様と向き合い、私は少し瞠目して、図星を突かれた、そう思った。
母という存在は、やはりすごいらしい。
「確かに……少し焦っているかもしれません……」
だって、決意して、お父様お母様に話して、それから何年経ったのだろう。気が付けばもう五歳。
五歳……だ。学園に入学するまで、あと五年。
もうこんなに時間が経ってしまったのかとも思う反面、たかが五年、然れど五年、一年、一か月、一日。大切なのだろうと思う。私は前世で魔法を深く学んだわけではないので、残りの五年で如何ほど上達するのかなど分からない。あくまで予想の域を出ない。でも、五年。結構あるとは思わないだろうか。
「勉強熱心なのは本当に感心してるし、誇らしいわ。流石は私達の娘よね。うふふっ」
そう言ってお母様は微笑み、次に寂しそうな顔をして続けた。
「でもね、そんなに急いで大人になろうとしないで?」
「なぜ、ですか」
何故か口をついて出た言葉。野暮だったかなとも思いながら、きっと私はその答えに何かを期待していたのだろう。
「それはもちろん、寂しいからよぅ」
そう微笑んだお母様の笑顔はとても優しかった。
「ふふっ」
「えへへっ」
きっとそれは私の期待した答えであったのだろう。気付けば私とお母様はどちらからともなく笑い合っていた。
そしてそれを覗く、父一人。
「エル? ちょっとそれはいけないわ~。入りたいならノックをしてちょうだいな? メティアに嫌われちゃうわよ?」
お母様が私と笑い合った顔をそのままに、扉の方を向いたと思えば、そう声をあげた。
「! す、すまない! メティア、シェリア……」
お父様が慌てて謝罪をしながら頭の分しか開けていなかった扉を開け放し、お母様と私の話すテーブルの傍にやってくる。
「ふふっ。ねぇ、メティア。お父様も寂しいみたいよ?」
突然のお父様の登場に驚いていると、お母様から話を振られた。
「そう、なのですか? お父様?」
お母様の言葉に、私はお父様の顔をそっと見上げて問い掛ける。するとお父様はほんのりと顔を赤くした気がした。
「っああ、そうだよ。もちろん心配なのもそうだが、メティアが魔法を習ったりしたら、私と遊んだりする時間が減るだろう……? それは寂しいんだよ」
「ふふっ。そういうことよぉ、メティア」
……参った。我が父ながら本当に、可愛いものだと思う。もう、今日のところは、私の負けでいい。
「お父様……私、お父様のお気持ち、知りませんでした……」
「あぁ……お父様も言ってなかったからね……」
「そうよ~、言わないエルが悪いのよう」
お母様は一人、うんうんと頷いていて、お父様はお母様をちらりと見やると、ほんのり赤いままで言葉を発することはなく、少し俯くと、ばつが悪そうな顔で小さく頷く。
「私……魔法のこと」
「エル」
もう一度よく考えます、そう続けようとしたとき、お母様が私の言葉を遮るように話し出した。
いつになく強引な雰囲気のお母様に驚いてそちらを見ると、お母様も私に横目でちらりと視線を寄越す。その目は私に、まかせて、と言っているように見えた。
そして、どうやらそれはあっていたらしい。