さようならと、遅すぎた疑問
3/20 加筆修正や、文を整えました。僅かばかりですが、お読み頂けたら幸いです。お手数お掛けします。
彼女が見えなくなるまで見送った彼は、再び此方を見下ろし、声を掛けてくる。
「さて、メティア?」
「何でしょうか? 私、急いでいるので、手短にお願いしますわ、ゼラン様」
私はもう、煩わしいと言う思いを隠すことをやめ、上半身をやっと少し起こしながら、返事をした。
全くもって嘘は言っていない。先程も言ったが、早く行かなくては、私を突き落とした何者かが来て、私の息の根を止めるであろう。
普通に狙われる分には、私は簡単には殺られない程の実力があると思うが、この状態――よちよち歩きしか出来ず、頭が痛む状態――では、そう持ちそうにない。
私はまだ命が惜しい。私を狙った者は許しがたいが、ここは逃げるが得策だ。
それより、先程から気が逸れて、何とか逃れていたけれど、もうそろそろ限界みたいだ。早く頭の痛みを抑えなくては。
(あれ……?)
頭に魔法を使うべく、上げようとした手が、上手く動かない。何だか、痺れているみたいだ。
「そんなに急がなくてもいいじゃないか」
ゼラン様が、悠長に話し始める。……先程言ったのに、彼は何を聞いていたのか。苛つきから細めた目で、彼をチラ見する。
「短い余生を、更に短くしたいのかい?」
(は?)
ゼラン様が今、とても聞き捨てならないことを言った気がする。
「……ゼラン様、失礼ながら、今、何と仰いましたか?」
「だから、短い余生を、更に短くしたいのかと」
「……」
それは、一体、どういう意味か。
「ゼラン様、ゼラン様がそれはもう何を勘違いなさっているのか分かりませんが、私は死にません。確かに今は手負いで、命を狙われているようですが、私は今から逃げますし、病気もないので、当分は生きていきます」
(……確かに、"シナリオ"ではこれくらいの時期に亡くなるけれど)
私が落ち着いた様子で、言い切ると、ゼラン様は妖艶に微笑んで、「そう?」と小首を傾げる。
私は「はい」と、頭痛の中、微笑んで見せる。すると――
「これから、この剣が君を貫いても?」
私より、更にいい笑顔で、その鍛練により鍛えられた丈夫そうな……だが美しいラインの腰に携えた剣をするり、と引き抜きながら、とんでもない事を言った。
「はあ!?」
思わず叫んでしまった。だって、それは、冗談にしても、随分と悪趣味で、まるで――殺害予告だ。
「いい声だね? 今更ながら、君も面白そうだったんだね」
「ゼラン様が、何を仰っているのか、私にはちょっと、理解ができませんわ。ちょっと。何をどうするですって? え? 冗談にしても悪趣味ですわ」
「悪いけど、冗談じゃないよ。ハハッ、いいね。動揺を表に出す君を見るのは、久しぶりだね。幼い頃以来かな。あの頃は可愛かったのに。……今ではこんな風に強く、強くなってしまって。でもやはり、君は変わってなかったんだね」
私の混乱する様子を、彼は懐かしむように目を細めて、微笑んでいる。
(この人は今、何と。何で、ゼラン様は今、笑っているの?)
「――でも、ごめんね。本当に、もう今更なんだよ」
彼が私に剣を向ける。
その、すう、と細められている目が冷たくなったのを、私は見逃さなかった。
反射的に、これは不味い、と自らの腰にもある剣に手を伸ばそうとする――だが、その手は剣を掴むことはなかった。
グサリと言う効果音が聞こえるような、そんな衝撃が……、彼の剣が、私の身を貫いたのだ。
「さようならだよ、メティア」
(あぁ、もう……)
痺れていたのだった、私の手は。そうだった。動かなかった。なのに、ましてや、彼の只でさえ素早い剣より早くなんて、無茶な話だ。
多分、頸椎でも損傷してしまって麻痺していたのだろう……。
彼の剣は、私の腹の中心部を貫いていた。
直後、私の体は貫かれた部分から、どくどくと血を流し始め、私の体から、彼が剣を抜く。
やっと立てていた私の上半身は、どさり、と音を立てて崩れ落ちる。
彼は持っていたハンカチを出し、剣に付いた私の血を拭いながら、形の良い口を開く。
「――僕にはもう、彼女が、エリーナがいる。君は一人でも逞しく生きてきたけど、彼女は僕が守らなくちゃいけない。――その為に、僕には婚約者は邪魔になったんだ」
(そんな、そんなことって……)
彼は冷たい目のまま、私を見下ろしている。
"シナリオ"では、私は確か、賊に殺されたはずだ。
……確かに、こんな穏やかな森で、賊なんて、"プレイした"当時からおかしいとは言われていた。
……そうか、まさか彼が手を下していたなんて。
「痛い? メティア。君に罵倒されたという、エリーナの心も痛かったんだよ」
(だから、それは……)
この際だから、はっきりと、言わせてもらおうと思った。
きっとこの傷で、魔法も使えないとなると、よっぽど運が良くない限り――例えば、国内最強クラスの実力者の集まりと言われる近衛騎士に所属する私の上司――ゼラン様より強くて、治癒魔法も高度なものが扱える旅人さんが出てくる、とかがない限り――死ぬ。……だったらもう、遠慮はいらないだろう。
「知らないって言ってんでしょうが、この色ボケ……。て言うか、あなたが、悪いんでしょう……婚約者ほったらかしに、して……他の女に、現抜かして、……何が、逞しく、よ。何が、守らなきゃ、よ……。私だって、ずっと……! この色ボケ、バカ、ゼラン……!!」
途切れ途切れながらも、全部言ってやった。
……多分、全部。いや、まだ足りなかったかもしれない。
けど、もう体が、限界だ。
喋りながらゴポ、と血が口に上がってきたりして大変だった。もちろん刺された傷からも、血がどばどば出ている。血が抜けていくのと共に体温が急速に奪われて行く気がする。
死期が随分と近づいたものだ。まさかこんな早く死ぬなんて思わなかったが……。
――言うだけ言って死んでやるのだ。真に、言い逃げだ。……言い死に? さぞや後味が……いや、この色ボケは何も応えなさそうだ。
私の本音に驚いた顔を拝んでやりたいが、もう、意識が危うい。耳は聞こえなくなってきたし、視界は霞んでいる、何よりもう、首を上げる力は残っていない。
正直な所、死ぬのは怖い。とても怖い。
でも、人は皆死ぬし、抗えるだけの力を持たぬ自分が悪い。怖い怖いと言っても、死はやって来る。それが、私は、今やって来ただけのこと。
……分かっているのに、胸に沸き上がるのは情けない言葉ばかりだった。
(悔しい、死にたくない、怖い、嫌、助けて……" "――)
時間にして、本当に僅かなものだったであろう。
そこまでで、私の意識は途絶えた。
「……へえ、そっか、メティアは、そんなこと考えてたの。
あー……、やっぱり惜しかったかもしれない。今の君、すごく可愛い。
本当に、本音を曝け出してくれて。弱い部分だって、見せてくれて。
……君は、いつだって、強くて、気を抜けば、僕より先に行ってしまいそうで。だから、僕は常に強く在ろうとして……。
そうだ、僕は、君を守る為に、強くなったのに――おかしいな、何で……?」
彼の、頬に伝った冷たい液体に気付いた者。
彼が、やっと抱いた疑問に――手遅れ過ぎる疑問に、答える者は疎か、聞いたものも居なかった。
ただそこには、彼女の亡骸が横たわるだけだった。
二話目でした。
メティア(一度目)終了しました。
ゼラン様、トチ狂わせてしまいました……。なんか病んでる?く、狂ってる……!ってヤツですね。おかしいな、もう少し、まともで、エリーナにメロメロな残念イケメンにするつもりだったのに……おかしいな……。
多分、ここまでで一番悪いのはエリーナ嬢でしょう。
さて、この後も、この世界のゼラン達は、メティアの亡くなった世界を生きて行く訳ですが……、彼等の未来に、後悔と後悔と災厄があらんことを~!!