第8話 兄は優良物件だと思います
なんやかんやで無難に終わりました『前世の家族に会いに行こう大作戦!』。なんて長い名前なんだろう。たった今作ったこの作戦の名前、長すぎる。
お母さんも叔父さんも、最終的には元気そうでよかったよかった。私が死んだせいで悲しんだままでしたーなんて、私も悲しくなっちゃう。
今は、前世の家から駅まで歩いているところだ。叔父さんが車で送ってくれようとしたけど、やめておいた。一応、ここで区切っておこうと思ったから。
「あっ、ねぇあの駄菓子屋さん、凄くいいんだよ! 寄ってこうよ! 安くて美味しい色んな駄菓子がいっぱいあるんだよ! 気持ち悪いくらいあるんだよ!」
「分かったから引っ張るな……」
手を繋いでいる兄もろとも懐かしの駄菓子屋さんに入っていく。駄菓子って安いから、いくつか買っても問題ないと思うんです。買おうぜ買おうぜー。
「十円チョコ! ねぇ十円チョコ! あ、懐かしのスルメ!」
「道狭い……」
「駄菓子っていくら買い占めても千円いったことないんだけど、どうなってるんですか?」
「俺に聞くなよ! 知らないよ!」
ですよねー。様子からして、駄菓子屋さんに初めて来た感じだもんねー。
あの頃はこれにハマってたなぁとか、罰ゲームでよく分からない駄菓子を食べさせられたりしたなぁとか思いながら、私は駄菓子を物色した。ちなみに罰ゲームで食べさせられたよく分からない駄菓子はとても美味しゅうございました。しばらく毎日一個食べてたくらいだ。
「お兄ちゃーん、カゴ持ってー……」
三歳児には、こんなに小さくて軽かったはずのカゴも重く感じられる。
そんなときのお助けマンということで上目遣いで見てみると、嫌そうな顔をしながら持ってくれた。そんな顔しながらも持ってくれる優しいところ、私は好きだよ!
物色、続行。
あれもこれもと節操なしにお菓子をカゴに入れながら、なんとなく考えたことを口にした。
「私さぁ、これからは前世の家族に関わらないようにしようと思うんだよね」
視界の端にいた兄が固まってしまった。そんな変なこと言ったつもりはないんですけど。
この子ったら私のことを手のかかる変な妹、みたいに扱っているけど、私一応精神年齢十九歳。もうすぐ二十歳だよ! どうもです、二十歳になってもお酒飲めない外見子供な私です。
お酒、飲んでみたい。勿論体が大人になってから飲むんだけど、酔うってどんな感じなのかなーとか思うじゃないですか。気になるじゃないですか。
笑い上戸とか泣き上戸とか、酔い方にも色々あるみたいだし。どっちにしろ人に迷惑かかっちゃうみたいだけど、そこはまぁ、仲の良い友達と飲めばそこまで罪悪感もないかなって。
あれ? そういえば今世の私って友達いなくね?
……………いやいや、そんなことはどうでもいいんだよ。今は真面目な話をしているところ。
「……どういうことだ?」
「どうもこうも」
私ではない得体の知れないものを見るような目で見られ、私はへらりと笑った。
「私はね、気づいてしまったのですよ。世界の摂理というモノに!」
「ふざけんな」
べしっと軽く頭を叩かれ、痛くもないのに口が勝手に「痛っ」と呟いた。
見上げるといつも通り不機嫌そうな兄の顔があった。ーーいや、目が気遣わしげだ。
折角人が格好いいこと言おうとしてるのに、台無しにしないでほしいんですけど……。これでも割りと、プライド高めなんですけど……。
「ところでそれって、駄菓子屋で話していいことなのか?」
「本当、格好いいよねお兄ちゃん。将来が楽しみだよ」
「茶化すな」
あーはいはい。真面目に話せと。まったく、心の準備ってものが必要だって、分かっているはずなのにね。
私が欲しいだけの駄菓子を積み上げたカゴをレジに持っていってそこのお婆ちゃんに会計してもらうと、荷物を持ったまま兄は言った。
「ほら、行くよ」
「……うん」
声を喉の奥から絞り出して、私はかろうじて頷いた。
前世ではよく来ていた、あまり人気のない公園。そこのベンチに座って、買い占めた駄菓子が入った袋を抱えながら私は小さな声で語った。
「ーーもう、お父さんとお母さんにも、叔父さんにも、誰にも……前世と関わりたくないって思ったんだぁ……」
「ほら、今回みたいに私が死んだことに踏ん切りがついてくれちゃうなら全然いいんだけどね、でもいい結果ばかりになるとは思えないじゃん?」
「だから、皆は生きているんだから、生きている人達で乗り越えていくのが一番なんじゃないかなって。そうでしょ?」
「私は転生者として、世の摂理を守って生きるべきなんだよ。今度は前回みたいな死に方をしないで、大往生して死ぬの。“お兄ちゃん”にも言ったでしょ?」
「そういうことで、もう、前世のことは忘れます。……まぁ、そういうこと。あんだーすたん?」
ぐちぐちと、私にしては言い訳じみた言葉ばかりが漏れていく。溢れて、止まらない。
兄は時々「へぇ」とか「そっか」とか、気のない相槌しかしなかった。それでもちゃんと聞いてくれていることは分かったから、別に咎めたりなんてしなかったのに。
「で、本音は?」
ーーデリカシーという言葉を辞書で引いてほしいですね!
私はぼやけた視界の中にいる兄を睨み付けて、それから目を臥せた。兄に当たるのはお門違いだ。
本音……本音、かぁ。
はっきり言うと、一応これでもこの子より精神年齢は上で、だから弱味を見せたくない。年下の子に泣きつくなんて、私はしたくない。
けど、もう涙は溜まりきっていた。
「……死にたく、なかった……!」
声は震え、呼吸するのが難しくなり、胸がぎゅっと掴まれたように苦しくなる。
死にたくなかった。死にたくなかったよ。この三年間、何でもないように生きてきて、気楽な子供のまま生活してた。
寂しい、という言葉を体感することもなかったけど、感じようとしなかったからだ。寂しいと思いたくなかった。それにまだ、実感が湧いていなかった。
だから、今日、お母さんと叔父さんと会って話して、『他人』として接せられて、感じざるを得なくなった。思い知ってしまった。
私はもう、死んだのだ。
「うぅっ……バカ……神はいない……!!」
「悲しむのかふざけるのかどっちかにしろよ……?」
「じゃあ神は閻魔だ……!」
「はぁ」
悲しくて悲しくて涙は止まらないけど、明るく振る舞いたいんですよ。ただ、泣いているから情緒不安定なように見えなくもない。
あの時、どうすれば死ななかったのかなんて考えない。考えても、誰かのせいになって終わってしまう。私は、あの居眠り運転のハゲおじさんのせいにもしたくないし、叔父さんのせいにも、私自身のせいにもしたくない。そもそもお母さん達が私を置いていかなければよかったんじゃ、とか思わない。いや、ごめんなさい、ちょっと思わなくもないけど。
でもあの事故に繋がるにはたくさんの要因があって、それらが運悪く重なっちゃった結果私が死んだというだけで。
……結局私の運の悪さが原因かな?
そして運の悪さを私に振り分けた神様が原因かな……?
「だあああああっ!! もう一回死んだら神様の羽根全部むしりとってやる!! その羽根で極上の毛布作って売り捌くッ!!」
「真面目に言ってるのか冗談で言ってるのか自己申告してくれ」
「半々ですね」
ところでさっきから涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を袖で拭き続けているんですけどね、もう袖すらびしゃびしゃなんですよ。
ティッシュ持ってくるの忘れたからだいぶ酷いことに……顔面と袖が。なんか可哀想だな、私の顔面と袖。そして語弊を招きそうな言い方をしてごめん、顔面。遺伝子的に、けっこう可愛い顔してると思うんだけど。
兄に見られないように手で顔を隠しつつ、傍にあった水飲み場の水道まで寄っていった。駄菓子は私の膝の上から兄の手元へ。
私が水で顔と袖を洗うことに興味なんかないらしく、兄は袋の中の駄菓子を漁り始めた。というかそれ、私の。私の駄菓子。
いいけどね、別に。幼女に泣かれたの、嫌だったろうし。相手に泣かれると対処法に困るのは私も分かる。
泣かせてくれたお礼に駄菓子をあげるくらい、安いものだ。
クールな子だけど思い遣りのできる兄、とっても優良物件だと思います。まだショタ感あるのも、よいと思います。
将来のお嫁さんが楽しみだ……。え、気が早い? だってこんな……萌え要素ある子だよ……?
「それで、吐き出せたの?」
「ほらこういうところォォォ!! 優しさ!! 優しさが!!!」
「お前がそうやってふざけるから判断に困るんだろ! はいかいいえのどっちかで答えろ!」
顔を赤くさせているのは怒りなのか照れなのか。もう照れってことでいいですかね。あと、ガム持ってるけど、食べたいの? あ、食べた。風船ガム美味しいよね。面白いし。
ふむ、そろそろ私も真面目モードに入るとしようか。
まだ目は腫れぼったいし、寂しさが完全に消えた訳じゃない。けどこの寂しさは大切で、一生持っておきたいから、大丈夫。
ベンチに座ってガムを噛む兄の隣に座って、私はーー靴を脱いだ。
「は?」
そして兄の足を跨いで肩に手を置きーー
真面目な顔になろうとして、吹いた。
「ぶふぅっ!」
「汚っ!」
「ご、ごめん……」
唾がかかってしまったようで、兄が顔を背けた。ごめん、そんなつもりじゃなかった。モード変更に失敗した。
兄は呆れたように遠い目をして、「で?」と訊いてくる。すみません、本当に。
私は今度こそ笑わないように深呼吸をしてから、兄の肩に置く手の力を込めた。
「……ありがとう、燐くん」
「……」
私がおふざけの欠片も込めずに真剣な表情でいるのを見て、兄ーー燐くんは押し黙った。
「本当はね、楽しくて、寂しかったの。だって私のことを『私』として見てくれる人はいなかったから。でも君に正体を言っちゃって、君も信じてくれて、私は『私』として、今、いられる。本当に感謝しているんだよ?」
「……そう、ですか」
「うん。前世の家族にも会わせてくれた。この年じゃひとりで出歩くのもアレだし、言ってよかったと思ってる。これで未練、みたいな、そういうのは大体なくなったから」
「また、会いに行ってもいいと思いますよ?」
遠慮がちに、私よりも寂しそうに言ってくれる燐くんに言いたいよ。
「君がいるから、大丈夫」
ーーとね。今言ったけど。
燐くんは居心地悪そうに私と目を合わせた。どこか不安そうに揺れる瞳が、おかしくて笑ってしまう。
「正直、他人として扱われると結構堪えるんだわ。私はもう死んだんだって、お前じゃないって、お母さん達の態度が言っているみたいで」
「そんなの……!」
「うん、私の思い込み。でも、会ってつらいのは事実だから。だったら『霜月巳稀』として、面白おかしく生きていった方がいいとは思わないかね?」
“みき”という名前こそ変わらなかったけど、漢字も名字も違う。名前が同じなのは何でなのか、そんなことがちょっとだけ気になる。
最後におどけたように肩を竦めて笑ってみせると、燐くんは目を臥せた。やるせないように、悩むように。
この子は本当に優しい子だ。こんな子の妹になってしまって、申し訳なさと嬉しさが込み上げてくる。
「はぁ……」
不意に大きな溜め息がこの場に響いた。次いで燐くんが顔を上げ、私が肩に置いている手に自分の手を重ねた。
「上手く、言えませんが……」
「うん」
「あなたがそれでいいって言うなら、俺はそれに従います」
「萌えるわ」
「こんないつもハイテンションで頭おかしいことばかり言うような人だけど、尊敬できるから」
「下げて上げたね?」
「ほらこういうところ」
「すんまそん」
この性格は前世からなので治しようがない。迷惑かけると思うけど、現在進行で迷惑かけているけど、兄妹として仲良くしてやってください。
ふっと息を吐き、燐くんは口元に笑みを湛えた。
「これからも、よろしくお願いします」
「……こちらこそ。よろしくね、お兄ちゃん」
微笑む燐くんがイケメン過ぎてつらいとか、そういうことも言いたかったけど真面目モードで抑え込む。
私もなるべくお姉さんっぽく微笑み返し、そっと燐くんの隣に座った。
空はもう、太陽が沈もうとして真っ赤になっていた。
「じゃあお前の叔父さんと母さんの連絡先貰っといたんだけど、もう要らないな?」
「いつの間に!? 待って待って、勿体ないから! 破り捨てようとしないでぇ!!」
ーーやっぱり未練は断ち切れないです!