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第7話 お母さんは流石でした


『……遅いわね、あの子達』


『……うん。そうだね』


 いつになく真面目な様子のお母さんと叔父さんの声に、私も顔の筋肉を引き締めた。引き締めた理由は、ありません!


『ねぇ、しばらくぶりなんだから、もっとちゃんと顔見せなさいよ』


『姉さん……』


 優しい、お母さんの声。前世では何度も聞いた、信頼できるお母さんの声だ。

 対する叔父さんの声は弱々しくて、私は聞いたことがないものだった。


「……なぁ、」


「お兄ちゃん、あのね」


 恐る恐る、といった様子で声をかけてきた兄を見上げ、私は今世では初めてじゃないかというくらい真剣な表情で、


「私、今すっごいシリアスな気分だ」


「見れば分かる」


 ですよね。賢い兄なら分からない方がおかしい。

 部屋で交わされる会話は、廊下にまで響いてくる。だから盗み聞きなんて簡単だ。盗み聞きは、あまりするべきではない。

 けど、したいものはしたいので。


「お前って、自由だよなぁ……」


 ドアに堂々と耳を当てた私に呆れた兄に、小さい声で注意する。


「しっ! いいでしょ、盗み聞きくらい! 聞かなかったことにすればオールオッケー、みんなハッピー」


「……俺、向こう行ってていい?」


「できれば側にいてください」


 だって、前世の家族がこれから物凄く暗い話をしようとしてるんだよ? まぁ私が盗み聞きするのが悪いのは分かっているけど、聞きたいものは聞きたいので見逃してくださいごめんなさい!

 げんなりした顔の兄を上目遣いで見上げれば、嫌そうにため息をつかれた。今日だけで何回ため息ついたのかな。数えきれないなぁ?


『あの子が死んだのは、あんたのせいじゃないんだから』


 不意に重く響いてきたそれに息が止まった。

 ……今、なんて?


 扉の向こうにいるお母さんと叔父さんの表情が見たい。でも、見えるようになれば話は聞けない。こんな方法でしか、聞けない。


『負い目なんか感じなくていいのよ。美樹だって、潔く成仏してるでしょうし』


 諭すような声。その声が堪らなく好きで、大好きで、もう一度私のお母さんとしてかけてほしい。

 ところでお母さん、私は成仏してません。転生して会いに来たよ! 何で成仏しなかったんだろうね? 未練……はあるけど、だったら幽霊になるんじゃないのかな、普通は。


『うん……あの子なら、人を恨んだりなんかしない。僕が勝手に自分を責めているだけなんだ』


 人を恨んだりなんかしますよ!? 普通にしますよ!? 何それ聖人君子! いや、女だから聖母? ちょっっっとばかし美化しすぎじゃないかなぁ!?

 というか、責めているんですか。自分を責めているんですか。悪いのはあのハゲのおっさんなのに。でもまぁハゲおっさんにも事情があったのかもしれないから、眠気が悪いんじゃないかな。

 少なくとも叔父さんは悪くない。それを言えたら……『久保美樹』として言えたら、どれほどいいか。転生じゃなくて幽霊になれていたらそっちの姿で会いに行けたのに。神様、ちょっくら幽霊にしてくださいませんかね! 叔父さんに「私は元気です!」って言ってくるから!


『はぁ……あんたがそんな顔じゃあ、美樹だって浮かばれないわよ? あの子が今のあんたを見たら『私は元気です』とか馬鹿なこと言って励まそうとするに決まってるわ』


『え……そんな変なこと言う子………だったね。うん』


 あ……すみません、変なこと言う子で。お母さん、よく分かったね。流石私のお母さん。叔父さんも最初は戸惑ったのに最終的には納得しちゃったよ。

 お二人とも、私のこと分かっててくれて嬉しいよ! 涙が出ちゃうね!


 二人の中の私に不名誉な『変なことを言う子』という称号っぽいものがついてしまった。なんて不名誉な。確かに私は変なこと言っちゃう病気にでもかかっているようですけど、言い過ぎじゃない?

 不名誉すぎる称号を脳内でコテコテの金色に塗りたくっていると、叔父さんが面白そうに笑う声が聞こえてきた。


『そうだね……美樹が見てたら、そんなふうに言うだろうね。ははっ』


『あの子はアホだもの』


 やれやれ、といった風情の声には物申したいところだけど、叔父さんを元気付けてくれたことには感謝するしかない。

 流石です。さっきも流石って言ったけど、これ以外には何も思いつかないわ。お母さん、凄いよ。


 叔父さんが家に来たのがしばらくぶりっていうのは驚いたけど、それはきっと私のことで負い目を感じていたからなんだろう。それで私と兄が訪ねてきて……成り行きで、この家に?

 つまり私がここに来たいと思ったから色々あって叔父さんは負い目を感じなく……なったかな? 完全にスッキリしたかは分からないけど、少なくとも私の行動が影響して叔父さんは過去を乗り越えられた……と思っていいんでしょうか。

 これで私の行動が裏目に出ていたらおっそろしいね。叔父さんはもう立ち直れなくなっちゃったーみたいなのも、もしかすると有り得たかもしれないし。おぉこわ。


「お兄ちゃん、入ろっか」


「あぁ」


 話は一段落ついた。タイミング良すぎて盗み聞きしてたとかバレませんように。

 ……あ、やっぱバレそうだからもうちょっと時間置こうかな。


「お兄ちゃ――」


「すみません、遅くなりました。お腹壊しちゃったみたいで、巳唏が」


 えっちょっ!? 何勝手に入っているの! いや、確かに『入ろっか』とか言った記憶があるような無いような!? そして私に、不名誉なことを言わないでっ!


 兄はいかにも『早くしろ』という表情で見下ろす。はい、すいません。付き合わせちゃってごめんなさい。

 あはははと適当に笑いながら私は兄に引っ付き、お母さんと叔父さんがいる空間に足を踏み入れた。


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