第5話 前世の我が家に侵入です
一瞬見たときは、別人だと思った。記憶の中の叔父さんはこんなにやつれていなかったし、顔色も悪くなかった。
何で? 何が、こんなに叔父さんを苦しめたの? もしかして、仕事が忙しすぎるとか? ブラック企業でこき使われてるとかかな……。
それでも今は叔父さんに会えたことがひたすら嬉しくて、小さな子供特有の果てしない体力を使ってはしゃぎにはしゃぐことにする。
「どうしたんだい? お母さんは?」
「今はお兄ちゃんといるの!」
「お兄ちゃん?」
周囲を見渡した叔父さんの視界の先に兄がいる。
兄は無表情のまま叔父さんに会釈した。そして、こちらへ近づいてくる。
そうだそうだ、折角だからこの偶然を利用しよう。
どうしようかな。何か理由をつけて前世の私の家に連れていってもらえれば楽なんだけど。
ああ、兄がもうこっちに到着しちゃう! 適当に言っちゃえ!
「あのね、お兄ちゃんがずっと前に、この街の人に助けられたんだって!」
世の中の三歳ってこんなに流暢じゃないっけ? でも舌ったらずに聞こえるよう話しているし、ギリギリバレないかな。
兄は瞬時に私の言いたいことを理解して、話を合わせてくれた。
「そうなんです。四年ほど前、美樹さんという、その時は中高生くらいの人に道に迷っていたら助けられて。ご存じありませんか? 年数が経ってしまいましたが、お礼を言いたいんです」
ああ、なんて察しのいい子なんだろうこの人は! 私の思う通りに話を進めてくれるじゃないか! 一種の感動を覚えるよね、これ。
対する叔父さんは「そっかそっか」と嬉しそうに頷いている。
「美樹は僕の姪なんだ。連れていってあげるから、来るといい。きっとあの子も喜ぶよ」
車を回してくるから待っててね、と言い残して叔父さんは行ってしまった。
「ふぅ、上手くいったね!」
「お前な。俺が察しなかったらどうするつもりだったんだよ。もっと計画的に――」
「終わりよければ全てよしって言葉、知ってる?」
「楽観的だなぁ……」
それだけが取り柄ですからね! ネガティブ思考はよろしくないのさ。ここは敢えて楽観視するのが重要なんだよ。たぶん。
「それで」
「ん?」
「あの人、本当に叔父だったのか?」
「だからああいう話の流れにしたんでしょ?」
いくら私だって、まったく知らない人に前世の自分のことを訊こうだなんて思わない。
いやはや、兄はよくやってくれたよ! あれでちぐはぐなことになったら、変な少年と幼女ってコンビニなっちゃうからね!
あっ、あれが叔父さんの車かなー。随分と安全運転だなぁ。昔より慎重になったとか?
と、心の中で好き勝手に思考を巡らせていた私は、複雑な感情を秘めた兄の表情に気づくことができなかった。
この時に気づいていれば、もっと注意深く動けたはずなのに。
叔父さんの車は比較的新しい種類のものだった。あの事故のせいで壊れたんだと考えられる。
車の中で私と兄と叔父さんはポンポンと会話を続けた。基本的に、私が聞きたいことを兄が察して叔父さんに訊いてくれたのだ。なんて有能な子なの。
目的地に到着すると、これまでで一番懐かしい気持ちに襲われた。
ここだよ、ここ。私がずっと暮らしてきた生活の場は。もう、何年ぶりだろう……三年ぶりだね……。数えればすぐ分かることだったよ……。
「お家だー!」
心の中、ハイテンション。
口調、ハイテンション。
できる限り無邪気な声を上げて、車から勢いよく降りた。
誰かいるかなあ。いなくても叔父さんがいるし、いいんだけど。でもどうせならお母さんとお父さんにも会いたい。それに、できれば舜くんにも。
会って自分が前世の私だってカミングアウトすることはしないけど、でも会えれば嬉しい。
カミングアウトしたいけど、したらしたでどうなるか分からないし……。ううむ、事前にここら辺を兄に質問しとけばよかったかも。
「誰かいるかな……加代子姉さんとか、買い物に行っていなければ……」
加代子は私のお母さんの名前だね。前世の、がつくけど。
今日って土曜日だから、いるはずだけど……四年の間に生活が変わっていたらと思うと、分からない。
まあ、とにかく騒ごう。
「おじちゃん、ここ、お家? お家?」
「そうだよ。ここが美樹の家」
そっかー、と叔父さんのズボンの裾を引っ張って笑うと、兄が申し訳なさそうな顔をして私を持ち上げた。
「すみません、騒がしくて」
騒がしいのも私の取り柄ですからね!!
ほら、叔父さんは機嫌悪くなってないよ。笑顔のまんまですよ。気にしてない証拠じゃないですかね?
「大丈夫だよ。可愛いね妹さん」
「え、はい……」
きゃー、可愛いって! 可愛いって! さすが我が両親の遺伝子! そして幼女パワー!
あと兄。渋い顔しないでよ。こんなのが妹とか嫌だ、なんて思ってるんでしょ。顔に出すぎ。最初のクールな君はどこへ行ってしまったの。
叔父さんが家のインターホンを押すと、数十秒後にドアががちゃっと開いた。
そこにいたのは、そう、母。前世の。
ちょっと老けたように見える。確か今は四十路手前なはずだけど……小皺、増えたね。四年はやっぱり長いのか。
「道博? どうしたのよ……って、その子達は?」
道博は叔父さんの名前。懐かしい、懐かしい。
目をパチクリさせているお母さんに、叔父さんが私たちを紹介する。
「駅で会ったんだ。ずっと前、美樹にお兄さんが迷子のときに助けられたんだって」
「はぁ……そうなの」
そんなことがあったのね、としみじみした声音で呟き、私たちに向き直った。
「知らなかったわ。上がってってちょうだい。お菓子くらい出すわよ」
笑って目尻に皺を作りながら、お母さんは私たちを招き入れてくれた。
よっしゃ、侵入成功! 是非ともお菓子を食べながらお母さんとお喋りしようじゃないか!