第4話 前世の家族に会いたい
兄に自分が転生者だと明かしてから訪れた、最初の休日。土曜日だ。ちなみに今は朝食後。
あれからちょくちょく兄の部屋で勉強を教えている私は、両親に『お兄ちゃんっ子になったのねぇ』みたいな暖かい目で見られるようになった。
確かに、端から見ればそうなるのだろう。本当は勉強教えてるだけ――とも言えないか。何だかんだでゲームして遊ぶし。
とにかくそんな土曜日に、だ。私はいつものように勉強を教えていたが、急に思い至ったことがある。
「ねぇ、お兄ちゃん。前世の家族が今どうなってるか知りたいって言ったら、どうする? あ、ネットで調べるっていうのは無しで」
「ネットで調べて分かるくらいならお前がこんなこと言う筈ないもんな。最近じゃ誰よりパソコン弄ってるお前が」
「あは、バレてた」
「隠されていた気がしない」
兄には隠していないけど、親には隠しているよ?
「住所変わってなければ、そこに張り込んで偵察したい」
「不審者だ」
「こんな幼女なら不審者じゃなく迷子って言われるよね。ハッ……迷子を装って押し掛ければよくね!?」
「いや、そもそもどうやってそこまで行くんだよ。お前、幼女。動けない」
「そこはほら、お兄ちゃんが私を連れてってくれれば……」
「え……」
そんなに嫌そうな顔をしないでください。傷ついちゃうよ! 豆腐メンタルだよ!
ここから前世の家まで電車で行くならそう遠くないことは把握済みなのだ! 行こうぜ行こうぜぇ!?
ウェイウェイと兄の周りでうろちょろ騒いでみるが、それでも首を縦に振ってくれなかった。
「強情なのは良くないぞー……」
「何とでも言えよ。俺は行かない!」
「数学教えてあげないよ……?」
一瞬にして絶望した表情を見せられ思わず反省した。そんなツラそうな顔しなくても……。
ここ数日、頼めば文句を言いながらも、出来ることならやってくれたのに。出来ないことはやってくれませんでした。鼻からスパゲティを食べるとかね!
……ん? 『出来ないこと』……?
その時、私はとあることに気づいたのです――!
「さては君ぃ、電車に乗れないんだろうっ!」
「――ッ!」
「ふはははっ! そうかそうか、当たりかぁ! だぁ~いじょうぶだって! 私が券? 改札のなんちゃら? ……とにかくアレの買い方教えてあげるから!」
「違う! 切符くらい買える!」
あ、切符っていうんだったね。忘れてた。……もう、三年も聞いてなかったから思い出せなかっただけだよ? ほんとだよ!
まだ三歳なのに認知症になって堪るか!
「ただ、小遣いを使いたくないとお、思って……」
たじたじなのが丸分かり! 可愛い! そんな可愛い子はとっとと論破して、行くぜ!
「じゃあお母さんかお父さんに言ってお小遣い貰おう。二人で近くの遊園地とかに遊びに行くとか行って。二人で」
名目は、兄妹の絆を深める。私が行きたい行きたいって我が儘を言えばいいのさ。まだ小さいから『しょうがないなぁ』みたいなノリで許して……ほしいな!
「……それ、大丈夫なのか?」
平気じゃないかな? 分からんけど。お母さんはともかく、お父さんなら反対しないと思う。何となく。
「今日は二人共家にいるし、言ってみようよ」
「えぇ……」
「前世の家族に会いたがる可哀想な、こんな可哀想な私を手伝ってくれないのか、お兄様」
うぐっ、と言葉につまる兄。この子って感情に訴えるとわりと弱いからね。
何十秒かうんうん唸った兄だけど、うるうるした目で見上げ続けていたら頷いてくれた。
「分かった……じゃあ、行くか」
「うん!」
やった! 嬉しくて口がにやつくのを止められない!
兄は私とは正反対に真剣な表情で、私の目をじっと見つめ、口を開いた。
「出かける準備して。必要な物も持って。お金は俺が用意するから」
「え、いいの?」
「小遣いくれすぎなんだよ、あの人達。どうせ行くなら近くの公園に行くとか言った方がいい。万が一反対でもされたらしばらく家から出られないよ」
ふむ。一度警戒されたらなかなか警戒心は解けないってことか。よく考えてるね、兄。
「さっすがぁ! でも私は私でお金持ってくー。あ、あと電車の時間調べよ」
やる気を出すと頼りになる兄が立ち上がると同時に私も立ち、電車の時間を調べるために――
「お兄ちゃん、お母さんとお父さん、リビングにいるからパソコン使えない」
そうです、パソコンはリビングに設置してあります。
「いいから早く行こう。分からなかったら駅員さんに聞けばいいだろ。早めに行った方が余裕が持てる」
「うん……ごめん」
「準備!」
「っはい!」
さぁ、私の前世での家族は今、どうしているのかな?
結果を言いましょう。
無事、到着致しました! 前世の私の最寄り駅だよ!
いやぁ大変だった! ここに来るまで、迷ったり時間がいつだか分からなかったり私の体力が尽きたりで……兄に頼りっぱなし! 兄の方が私より行動が早いし!
「お兄ちゃん大好きだよっ!」
「気持ち悪い」
「泣きたい」
感謝の気持ちも込めての『大好き』だったのだけど、お気に召さなかったらしい。
それはそうとして、目的地はここではない。前世の家だ。この駅は家じゃない。
「行くよ、お兄ちゃん!」
「自分で歩けよ」
歩くのが面倒すぎて兄に背負ってもらってる。だってさ、三歳児だよ、私。兄と歩幅も合わないんだよ?
「か弱い三歳児に歩けって言うの……」
「……………」
無言で嫌がっているけど、これは押せば受け入れてくれるときの反応だ。
どうやって押そうかなーと思考を巡らせる。とは言え、思い付くのは駄々をこねることだけ。ふっ、残念な私の脳みそよ……これから一生よろしく!
「おにーぃちゃー……ぁ?」
駄々をこねるために名前を呼ぶことから始め、そして固まった。だって、見てしまったから。
幽霊とか、そういうのじゃない。この世にいてもおかしくないものを見たんだけれど、ここで見られるとは思っていなかったと言うか……。
「……? どうした?」
「……下ろして。早く……」
「あ、ああ」
目線は外さず、その人物へ。さっき見つけて固まってしまった、その人から離さない。
「お兄ちゃん……私に合わせて。お願い」
「分かった」
すんなり頷いた兄に感謝し、その人物のもとへ走った。
あどけない、純心な子供そのものの笑顔を浮かべ、小さい子特有の安定感のない歩きで、そこへ。
「おじちゃん!」
――叔父さん。
前世で私の叔父だったその人は、疲れきった顔をこちらに向け、困ったように苦笑した。
恋愛として物語が始まるのはもう少し先になりますm(__)m