閑話(※本編とは全く関係ありません)
「好っきっだあああああああああ!!! あああああああああああ!!!!」
「うるさっ!? えっ、うるさい」
「真顔で迷惑がる兄よ! 私は……私はぁああああああああああ!!!!」
「うるさい……」
例のごとくお勉強中でしたが抑えきれない激情がですね? なんかこう、体中がむずむずしちゃって口に出さないとこれ心臓うるさすぎて困るなって思ったのですよ。
燐くんは口をへの字に曲げて顔をしかめている。いきなり幼女が叫ぶとそんなにうるさいですか? うるさいな。ごめんなさい。
「あのさ、聞いてほしいの! 聞いて!? 私の愛を聞いて!? ちょうど二時間くらいお勉強したし、休憩だと思って聞いて!?」
腕をガシッと掴んで上目遣いで懇願してみる。押せば許してくれる、それが我が兄!
しかし燐くんは何故か変な顔で私を見下ろしている。今までに見せなかった顔だ。微妙に焦ってるような。
「どったのよ。私の顔が変なの? 幼女ってみんな可愛いから違うよね?」
「お前の判断基準が分からないけど、そうじゃない」
「じゃあ何?」
「いや……愛、とか、変なこと言うから」
「ほ?」
愛は……愛でしょ。愛って大切だと思いますよ? 愛情があれば生きる気持ちが湧くよね。人って一度愛情を感じるとそれからは愛情なしに生きていけないと思うんですよね、真面目に考えて。
そういう言葉聞くと照れる気持ちは分からなくもないけど……。……愛愛言ってると、某魔法魔術学校の校長先生を思い出すのは私だけですか。誰か原作読んで。
「で、何だ?」
「ん? あぁ、推しが尊すぎて、誰かに言いたくなってさぁ」
「……何だって?」
きょとん、とした表情を浮かべられ、私も不思議になる。
あれ? 何だろう、燐くんのこの、予想していた話とまったく違って理解が遅れたという感じの顔。
「……推しが、ですね。あの、二次元のキャラとか、いるじゃん?」
「……うん。あ……あぁ、そういうことか」
はて、何を勘違いしていたんだろう。ここまでの会話に変な何かは混ざっていなかった、よね。強いて言えば『愛』に燐くんが反応してたくらいで。
愛……愛、か。格好つけて発音よく言いたいね。誰も近くにいないときなんて、どうよ。
そんな中二病な自分をどうどう、と落ち着け、私はいつものように笑ってみせた。あ、さっきからずっと笑ってたわ。お話ししてると楽しいよね。
「勿論お兄ちゃんのことも大好きだよ☆」
「そういうのはいいから」
「すんまそん」
燐くんがいつものクールな顔に戻ったところで、本題に入ろうではありませんか。
スッ……と私は立ち上がり、右手で顔全体を覆うようにした。目は指の隙間から見えるように、っと。
見るからに呆れている燐くんをしっかり見つめ、それから堪えきれずにぎゅっと目を閉じた。
「尊い……っ」
「……たぶん、ただ聞いてほしいだけなんだよな? 俺の意見はいらないんだよな?」
「いえ、できれば一緒にハマってほしいです……」
私には好きなキャラがいる。このご時世、二次元に好きなキャラがいることは少なくないはずだ。いや、少ないのか。私が最近ネットに入り浸りになっているだけか。
青い背景に白い鳥が飛んでるSNSなんて、そういう人がいっぱいいるからね……。まったく違う人も多いけど。
それはそうと、好きなのが三次元の誰かであろうと二次元の誰かであろうと、どうでもよくないですか? みんな違ってみんないいじゃないですか? オタクの定義って確か、自分の好きな事柄や興味があることに傾倒する人のことだから、好きなものがあるのは誇るべきだよね。あれ? それだと好きなことがスポーツでもオタクじゃね……?
なんだか自分でも大変な発見をしてしまって困る。
「とにかく。好きなんだ。好きすぎて困る。たぶん一ヶ月もすれば多少は落ち着くんだけど、ハマった直後って凄く愛がさ、こう、ぐわっと大きくなった時期だからか抑えられないんだよね。私の場合は改めてハマったんですけどね。んで、尊さで他のことは何もかもどうでもよくなってしまうわけよ。現実を見られなくなってしまう。つらい。現実を見てもつらいからまた好きなことを考えてしまうという、そんな循環」
「まとめると?」
「ゲームのキャラが愛しすぎてつらい」
つらいよー。つらいよー。好きだー。何でこんなに好きなんだろうって、不思議に思うくらい好きだー。
あと、ね、私は一回死んだから前世の友達とはもう関われないけど二次元はそういうの関係ないからね……。キャラがこちらに向ける感情なんてないわけだし。
そんな無機質さがむしろ温かい。なんてこった。
「そんなわけで燐くんもハマってみませんか? 勿論、軽くでもオッケーです。今ならお得なことに私によるキャラとストーリーの解説がついてきます」
「えぇ……。どうせいつやり始めても解説はするんだろ……」
「うん。でも今の方が説明量多いよ、確実に」
主に萌えに関して語って終わると思うけど。ここがいい、あれがいい、とか語ってるうちに胸がいっぱいになって言葉が出てこなくなる可能性もある。
さぁやろう、やろう、と幼女パワーで目を輝かせて燐くんを見つめるが、あっさりと首を振られた。脈は皆無のようです。
「お前の反応を見てるだけでお腹いっぱいなんだよ。第一、やってみてもそこまで好きになれる気がしない」
「息抜き程度でいいんだけどなぁ……」
「俺はそういうの興味ないから」
まだ中学一年生なのにこの落ち着きよう。キッパリと断れる男な燐くん。格好いい。私の兄は格好いい。
ふむ……無理矢理誘うのも気が引けるからやめるけど、やっぱり誰かと語らいたいな。あー、でも愛の方向が違う人だとむしろ苦痛なんだよね、私は。難しいものですな……。
「まぁ……冷静に考えるとうちにはパソコン一台しかないから、二人ともやるってなるとやる時間減って、ちょっとね……」
「ならいいだろ。俺は今のままで充分楽しいから、必要ない」
「やだイケメン」
「……勝手に言ってろ」
将来のお嫁さんが羨ましいね、まったく。どこの馬の骨が嫁ぎに来るんだか。悪女なんて連れてきたら鉄拳制裁ですよ? できれば義理の妹になる私にめちゃくちゃ優しい聖母のような人をですね……。
高望みしすぎだって? 大丈夫、ただの理想だから!
「ゲームのキャラばっかり好きでいると、現実の男を好きにならなさそうだよな」
溜め息混じりにそんなことを言われたけど、それは違う。
「前世では恋人いたんですけど、わたくし」
「はっ!? っ、ごほっ、ごほ!」
「そんなに驚く? えーひどーい」
満面の笑顔で泣くふりをするが、当然のことながら燐くんには響かなかった。
「物好きがいるもんだな……」
『驚き』という言葉を顔に張り付けるとこうなる、というお手本みたいに驚いている。
冗談じゃなく恋人を物好き呼ばわりされると、流石に傷つくなぁ。私ってそんなに珍しいの? 希少価値高め? 平凡ではなく非凡? そう考えると嬉しくなってしまう自分よ。
「今では前世の恋人よりも二次元が好きだし、いいけどさ……」
ちょびっと、ほんのちょびっとだけ寂しい気持ちが無きにしもあらず。しかし過去を振り返らない女、私。ヒュー、イケメン!!
自画自賛する私を燐くんは無表情で眺めていたが、やがて小さく息を吐いた。
「気が向いたらやってみるよ、そのゲーム」
「え、マジですか」
「嘘は言わない」
「イッケメン」
うーん、同情された、のかな。
……布教が成功しそうだから、いいか。難しいことを考えるのは好きじゃないし、いいよね。
なんか……気持ちが安らいじゃってるんだけど、何でだろう。一通りお喋りすると治る病なのか。
「じゃあ、お勉強しましょうか」
数分前とは打って変わって静かな私に何か言うこともなく、燐くんは頷くとシャープペンを持ち直した。
はぁ……アイドルになればいいのに、この子。貢ぐよ?
「見るな」
「ごめんなさい」