二話
腹筋運動と執筆、どちらが大変かと言えばハーフハーフ。
ちなみさっき二百五十回腹筋してきました。
お願いします。
これらが数えて一か月前に王野が経験した吸血鬼との出会いであった。
それからというもの、ほぼ毎日王野は採血され続けていた。
休日には関係なしといった感じで王野がゆっくり寝ていようと茜の電話で叩き起される。
その度に王野は思っていた、『妹に起こされる方がマシだ・・・』と。
現実には『思い出は美化される』という言葉があるが王野の様な『人外』にもそれは当てはまる様だった。
王野が茜という和系吸血鬼と契りを結んでから一カ月、五月のカレンダーは既に剥がされて六月の中旬に入ったとはいえ未だ夏浅く人々に実感を沸かせるには至っていなかった。
王野が浅い寝息を立ているのは二十畳ばかりの和室のど真ん中、王野の実家は明治時代の旧家であり今もなおその莫大な資産で広大な敷地を有する屋敷に生活していた。
もしかしたらこの町で一番大きな建物ではないかと王野自身思っている。
「お兄ちゃん? そろそろ起きてぇー、ご飯出来たよ」
ラッと勢いよく襖を開けた瞬間それまで薄暗かった部屋に日差しが差し込む、王野の顔には開けた人物のシルエットが映っていた。
「あ・・・秋、あと五、分・・・お願い・・・」
「もーう、イイ年して何言ってんのぉ。ご飯覚めちゃうから早く起きて」
如何にも漫画、あるいはアニメ。この物語においては『ラノベ主人公』らしいイベントを起こしてくれている女性こそ、王野冬也の妹の王野秋である。
こうやって毎朝の様に兄を律儀に起こし朝食を作る出来た妹であった、この自分とは又違った意味合いの高スペックな妹を誇りに思っていた。
秋も又兄を(狂信的に)愛し、兄同様整った容姿に十五歳の中三にしては豊満過ぎる肉体を有していた。
「んぐぅっ! はぁあぁあああぁあぁ・・・、おはよう秋」
「おはよう、お兄ちゃん」
王野は布団から遅い動作で起き上がり伸びをする、やがて立ち上がり秋と共に食堂に向かう。
仲良く兄妹で並んで歩く構図、まずは家の中でいちいち長ったらしい移動と言う行為をしている事実を突っ込むべきだがそれ以前にもう一つ問題があった。
「今日はね、お兄ちゃんの好きな卵焼きだよっ」
「へぇえ、そりゃおいしそーだ・・・」
王野自身、並みよりも十分大きい百七十八センチという体躯を持っていた、しかしそれでもこの兄妹の会話で相手を見上げているのは兄の方であった。
そう、秋は中学で女子バスケのキャプテンでありその名は中学バスケ界では通っており身長もバスケ選手という観点から見れば小さいが、それでも一般的な女子よりも大分大きな百八十五センチだった。
王野は時折思い出していた、それはまだ妹のが自分よりも小さかった小学校から中学二年までの事を。
あの頃は秋が自分を見上げながら『おにぃちゃん!』と呼んでくれた物だが今じゃあまるで秋の方が大人っぽいザマである。
ちょうど百六十センチ台の頃の秋が一番可愛かったと王野は自分に言い聞かせていた、もちろん今も十分可愛い。
ちなみに秋には自身が同級生の卑猥な吸血鬼の食糧となった事はまだ言っていない。
この事を何時斬りだせばいいのか皆目見当のつかない王野だったが、高校生活の間には必ず言わねばならない事だった。
「ねぇお兄ちゃん。私この間のテスト、又満点だったよ」
「そっか、えらいぞぉ」
「へへっ・・・、ずっとこの調子で勉強続けたら絶対お兄ちゃんと同じ黄咲学園に入れるよね?」
「・・・そーだな、頑張れば、だな」
可能性の有無は無しに、あと八カ月ばかりで秋が自分と同じ黄咲学園に入学して来る。
その時に自分が茜に食糧として生活している事を知った秋はどう思うのか。
自分の兄がそんな扱いを受けているとして、王野の脳内シュミレーションとして現在一番有力なのが。
『えっ・・・!? お兄ちゃん、苛められてるの? ・・・許せない・・・! そいつらの名前、教えてよ・・・! リストアップして一人づつ地獄を見せてやるっ!』
と、ただのお兄ちゃんっ娘からヤンデレ属性に転身しかねないので斬りだすタイミングは重要だった。
それからというもの、さして大きな出来事も無く王野とその妹は朝食を取り各々の制服に着替えて通学路に着くのだった。
この登校時間というのは王野にとって誰とも関わらず干渉されず唯一一人で過ごせる時間だった、卑猥な吸血鬼だったり男勝りなその同級生の女子生徒などを忘れられる唯一で言っときの解放、この学校に着くまでの約三十分間に王野がつぎ込むのが読書という長年養ってきた趣味である。
皮肉なことにそのジャンルはライトノベルであった。
これは最近購入した物で内容がいわゆる『理不尽に巻き込まれるタイプの奴が主人公』のラノベで作者が、正体不明、文章と挿絵両方手がける超速筆家という十代の若者の心を擽る人物だった。
「―――・・・」
王野の沈黙は止まる事を知らない、目の前で女子小学生のパンチラがあっても、近所の新妻の無防備な格好があっても自分の世界に籠る。
「はぁ・・・着いたか」
王野の目の前にあるのは何時もと変わらぬ朝日を受けて影の濃淡を生む私立黄咲学園の校舎。
利き手に持つラノベをスクールバッグに仕舞いただ靴箱を目指す王野の姿は覇気が無い死人の様だった。
この事を一度周りの生徒に指摘されたが別段気にする王野では無かった、『寧ろ自分は本来の姿に近づいているのでは』とさえ王野は思っていた。
元来王野の先祖は『式神』として意思など持たずその機能を発揮して補佐役をこなしてきた一族なのだから自分にそれと似たモノが巡ってきたと思えば不思議には駆られなかった。
そうして王野は教室に到着する、自分の席にバッグを置くと踵を返してある場所に真っ直ぐ向かう。
そこは図書室の奥まった蔵書室だった、普段この場所には入れないのだが王野はある人物の計らいで自由な出入りをする手段を持ち合わせていた。
「はっぁああぁ・・・なんか泥棒みてぇだな・・・」
王野は右手に握っている合鍵をみて呟く、これは採血の為茜に持たされているブツである。
これより十分ばかりで茜と加賀屋の二人組が来るだろう、それまでこの男は蔵書室でひたすら待つのだ。
でも読むモノには困らないのが唯一の救いだった。
「お待たせ、王野君」
暫くしてそう言って入って来た女子生徒、言いかえれば王野の生き血を食糧とする吸いたがりの蝙蝠崎茜である。
赤銅色がかったショートヘアーに深い赤き眼とその容姿には吸血鬼を連想させるもの人間とは違う王野と同じ『人外』としての差異は幾らか上げることはできる。
付け加えてやや主張の控えめな母性の象徴について触れると殺されかける、物理的に触っても殺されかける。
「それじゃあ、早速だけど王野君。上、脱いでくれる?」
茜は無邪気な笑みで語りかける、王野に抗う様子は無い。
ただ従うままに上半身に纏った衣服を緩め首筋を晒す。
「おい、ちゃんと汗は拭いたんだろーなぁ? 泣かすぞ?」
悪態をつく様に言うのは良く言って茜の親友兼ボディガード、悪く言ってこの学校では教師も干渉が厳しい事で有名な加賀屋佐来等、やたら王野には喧嘩腰でたまに回し蹴りをかましてくるのが厄介。
だがその容姿はネイヴィのポニテに秋に勝るとも劣らない豊満ボディに精悍な顔立ちと言う『残念な美人』という形容の当てはまる人物だった。
「はっ・・・何か俺、殺されかけたり、泣かされたり、待たされたり。なんかホトトギスみたいだな」
「あらお上手ね、ご褒美に第一回はちょっと多めに吸ってあげましょう」
茜はその刃物のような犬歯をむき出しにして王野の首筋にかぶり付く、その一瞬王野の身体がビクッと震える。
茜にとって食事もといこの吸血行為、吸われる側からすると物凄い快感を伴うものだった。
王野の目の前で加賀屋が実験台になった際に加賀屋が嬌羞の表情を作っていたのはコレが原因である。
王野自身も一か月前に初めて吸血された時分、その余りの快感に吸血後下着に男の白濁がしみ込んでいてその日洗濯時に秋への説明に困った王野だった。
「あっ・・・! んぐぅ・・・!」
王野はしきりに歯切りをして堪える、上手い料理を食べ、極上の美酒を飲みながら、自分好みの美女を抱くと言った人間の煩悩が欲するところを的確に突く様なこの快感は筆舌には尽くし難いモノがあった。
一方茜の方はと言えば、よっぽど同じ『人外』の王野の血液が美味なのか目をとろけさせて、艶めかしい声を時折漏らしながら吸血行為を続ける。
大体この行為は一分程度続く、茜の一度の採血量は五百から八百CC程の血液を吸いだす。
そして吸われた側の王野はすっかり快楽攻めで凋衰した感じの形相でその場に崩れ落ちる、首筋を抑えながら息荒く暫く俯く。
口元を拭き終えた茜が感想を述べる。
「ふぅ・・・御馳走様、やっぱり王野君、同じ人外同士身体で共鳴し合っているのかしら・・・。今まで吸ってきた生き血で貴方が一番極上よ」
「はぁ・・・はぁ・・・、ソイツはどうも・・・!」
喘ぎ喘ぎの王野の前に加賀屋がしゃがみ込んで顔間近に言った。
「お前、幸せモンだぞ? 普通の人間なら日に二度も吸血されたら死ぬからな? 快楽の中で激しい死への恐怖に苛まれながら血を吸われ続けんだ、お前は幸運だぜ? 一日に二回もこんな気持ちいい事されるなんてよ」
「・・・羨ましいのかぁ?」
「あぁ? な、何言ってんだよ! んな訳無いだろ!?」
図星か・・・、と王野は心の中で口の端をななめ上に上げる。
「ハイハイ、佐来等は私が別の機会に相手してあげるから・・・、じゃあ王野君次は昼休みにね」
茜は加賀屋を愛人の様に腕を組合ながら王野に分かれを告げる、二人の去った蔵書室には静寂が訪れる。
王野はすぐ近くの本棚を背もたれに深いため息を付く。
ようやくあの快感による息切れから解放された、胸のあたりに冷やかな空気が回っている気がした。
「ハハっ・・・生まれて初めて『人外』で良かったと思えてるかも・・・」
当然この様な快楽を味わえて、と言う意味合いではなく茜と言う吸血鬼に日二度も吸血されて死なない身体を生まれながらに有している事実と言う点で。
王野の家は一世紀ばかり昔まで陰陽師を補佐する式神として機能する一族だった。
式神として火、水、木、金、土の五行の力を司り妖術を操った一族、そう王野は幼いころに聞き及んでいた。
しかし陰陽道自体明治時代には廃止されて今では式神の力はすっかり無くなりただの肩書となっていたのだが、四半世紀前にある男の誕生で王野家が騒然となった。
それは、王野冬也の兄である王野春節斎の事である。
春節斎は生まれながらにしてかつて王野家が使用していた五行の力を行使出来た、幼少にこの才能を開花させたこ事は親戚眷族間で大きな波紋を呼んだ。
自身の異端さを嫌い人目を拒む春節斎は自ら家に引き籠る事を望んだ、少年はひたすら孤独の中で生きた。
そのストレスが原因なのか春節斎は冬也が十歳の時に行方を眩ませた、今日の今日まで連絡は一切無く今では顔すら思い出せない兄弟である。
冬也は自身も肩書の上では『人外』であると考える時必ずと言っていいほど春節斎の事を思い出す。
「兄貴、俺は生まれて初めて家族以外の『人外』さんに会ったよ。んまぁ種族は違うけどさ、何時か兄貴にも会わせてぇよ・・・」
と、呟きを残し冬也は立ち上がる。
何処か重たそうな足取りで自身の教室を目指す、もうじき生徒全員が集まって騒然としている頃のはずだった。
蔵書室の鍵を掛けて冬也は踵を返し再び歩き出す。
教室から漏れている賑やかな声が廊下にまで聞こえた、登校時に七時半を指していた時計はいつの間にか八時五分を指している。
次茜に吸血されるのは昼休み、それまでは冬也は普通の学生を装って暮らせられる。
この王野冬也もとい『式神』がラノベ主人公の素質に欠けている男に普通と言う形容が似つかわしいのかは疑問が残る所であった。
この時冬也の足から伸びる影の形が五行の力の相対性を表す図になっているとはいう事に冬也自身も誰も気付いてはいない。
有難うございました