第4話 戦闘開始
※今回のお話は前のお話と比べるとかなり長いです。(3万文字程度)
5/5誤字脱字修正、加筆を行いました。
新規の3話と4話を差し込みました。
「ふむ名無しの魔神め態々、契約書送ってよこしたか案外律儀な奴だ」
名無しの魔神?ああ、この契約書の契約神の項目に書いてある奴か……待てよ?これって……
名無しの魔神……名無し……名前が無い……無名……そうか!そういう事か!
そこで僕の脳内で色々な事が繋がった。
夢の住人は確かこう言っていた『ボクが無名なのも有って――』と、
つまり、あいつがこの契約書に書いてある『名を奪われ名無しに成りし魔神』て事か!
はめられた……この召喚契約書とやらを見て分った。
先程から現実感は有るのに理解不能な事が多かった理由が分った。
起きたら見知らぬ部屋に居たり、変な腕輪が左手についてたり、変な声が聞こえたり、見知らぬ少女に訳が分らない事言われたり、突然頭上から紙が降ってきたり、どうにもおかしい事ばかりだと思っていたが……この召喚契約書とやらの、備考の項目『ツルギ=タチバナが元居た世界に帰還を望む場合は……』これを見て確信した。
僕は恐らく違う世界に召喚された。間違いない。
やられた、夢の中の話だと思っていた。
現実では有り得ない話だったので、真面目にとりあわず言葉遊びだと思って了承してしまった。
実際は別の世界への召喚の誘いだとは文字通り夢に思わなかった。まずいぞ、これは流石に想定外だ。
とりあえずこの少女には話をして直ぐに契約解除をしてもらわないと大変な事になる。
夢の住人の話が全て真実なら僕はとんでもない所に召喚されているはずだ。
そんな僕の考えを知らずに、少女は機嫌が良さそうに僕の手に有る契約書を覗き込んできた。
「良い紙だな。不純物がまったくない。それにインクもこれは焼き付けているのか?手書きには見えないが?」
この召喚契約書とやらを見て、少女は何か満足気な顔してそんな事を僕に問いかけてきた。
どうやら先程の危ない気配はもう無いらしい。よし、普通に今なら会話できそうだ。
だけど、いきなり本題に入るのは相手の性格が分らない以上危険だ。
まずは普通の会話をしてみよう。
「これはコピー用紙だよ。僕の世界じゃ大量生産されている紙だ。インクは印刷しているんだと思う」
「ほう?お主の世界の物はやはり良い物が多いな。この印刷文字はインクの滲みもないし見事なものだ」
んん?この子、僕の世界を知っているのか?
「僕が元居た世界を知っているのか?」
「ああ、偶に異界から人間が流れて来る。お主と違って、おおよそ人とは言えない状況の者が多いがな」
なるほどこれは良い事を聞いた……来る人が居るなら帰れるはずだ。
契約書にも『帰還を望む場合は場合は世界転移可能な魔法陣前にて……』と書いてあるし帰れそうだ。
お問い合わせ先の件が気になるが、これは向こうから連絡をくれるのを待つしかないかな?
とりあえず、契約の件はお断りして世界転送可能な魔法陣とやらの場所を聞いてそこに行こう。
そのうちあいつから連絡がある筈だ。
じゃあまずは魔法陣とやらの場所を聞かなければいけないな。
えーと、なんて問い掛ければ良いかな?…………そういえばこの子の名前を僕はまだ聞いていない。
恐らく僕が召喚された時にこの子が居たのだから、この子が契約者だと思うけど一応確認しておこう。
「えーと、この契約者のリリア=ラリス=フォールンってのは君でいいのか?」
「如何にも我が現魔王の娘リリア=ラリス=フォールンだ」
ま、魔王の娘か…………見た目は人間と変わらないけど、魔法とか使えるのだろうか?
契約解除お願いしたら「ならば死ぬが良い」とか言われないだろうか……少し心配だ。
だが、迷っていても埒が開かない。ここは勇気を持って言葉を投げかけてみよう。
「あの、ごめん。実はお願いしたいことがあって――――」
ギィィィィ
僕が契約解除の話をしようとした時に、突如リリアの後ろの壁が扉のように開いた。
扉の奥には上りの階段が見える。
うおっ!?あれは人じゃないよな……そうすると……?
どうやらその壁は、他の黒い壁と同じ様に見えていたが隠し扉だったようだ。
そして扉の奥から出て来たのは人型の人外の者であった。
肌の色は緑色、背は2メートル近く有り筋肉質な体をしている。
顔はなんというか、例えるならば豚に似ていた。
黒い金属の鎧を身に着けており手には大斧を持っている――――あぁ、僕はこの人外に良く似た存在を見たことが有る。
もちろん、僕の居た世界の中で見たわけではなくゲームの中で見たのだ。
そう、RPGでお馴染みのオークだ。
豚っぽい顔に武装した人型モンスター、壁の向うから現れたその人物はよくオークに似ていた。
なるほど…………こいつがそうなのか。
夢の住人が言っていた、依頼主を追っている盗賊のような奴等というのはこいつではないだろうか?
だが、どうする?夢での話を信じるならば、こいつはリリアの命を狙っているはずだ。
もしかすると、一緒に居る僕も襲われてしまうかもしれない。
オークはその筋肉質な体格に加え武装している。
比べて僕は今素手であり、もやしではないけど筋力に自信は無い。
それに相手の力量は分らないがあの筋肉で振るわれる大斧に当たれば僕は恐らく即死するであろう。
まともに正面から戦うのは馬鹿らしい事くらいゲーム脳の僕でも分る。
ならば、逃げるか?それは流石に、リリアに悪い気がする。
どうする?自分の命を取るか?それとも男らしくリリアを守ってみるか?それとも……
「姫様お逃げください奴等、直ぐ上の部屋まで賊が迫っております」
おや?オークがリリアに逃げろと言っている?
あーそうか!リリアは魔王の娘だから、オークは味方なのか!
いやー無駄に色々考えて損した。
「むぅ、もうそんな所まで迫っているのか。だが心配無い。我が今古き魔神と契約し、強力な使徒を召喚した所だ」
強力って僕は絶対にそこのオークより弱い自身あるぞ。
「おお!流石姫様、で、どのような者を召喚を……行けません姫様!」
オークが僕を見た瞬間一瞬固まって、その後烈火の如く怒り始めた。
「人間なんぞ、平気で約束破りをする非道な種族です。我々の同胞が何人奴等の手に掛かり殺されたかお忘れですか!」
「忘れる事なんぞ出来ぬ!未だにあの光景は夢に出る」
「ならば何故です」
「コレは異世界人だ。我々との条約を一方的に破り去った人間共とは違う」
「人間なんぞ皆同じです。お考え直しください」
「お前の言う事はもっともだ。だがな我等にコレしかもう手が残されておらぬ」
リリアは悔しそうな顔で僕を一瞥した。
なんか、相当人間恨まれてるっぽいなこの世界……やっぱり此処に居ちゃまずくないか?
「しかし、姫様やは――」
リリアの言葉に納得できず、説得を継続しようとしたオークの言葉が突然途切れた。
オークの頭には矢が刺さっていた。
背後より飛来してきたらしい矢が、オークの後頭部から額にかけて貫いていたのである。
矢は余程の威力が有ったのかオークが被っていた黒い金属製の兜すら貫通して、その頭部を貫通していた。
そしてその矢が刺さったのを僕が確認した直後にヒュンッと何かの風切りの音が聞こえた。
まるで矢が風を切るような音だったが、刺さった後に聞こえたので第2射かと思ったがそれらしき矢は見当たらない。
どうなってるんだ?これ。いや今はそんな事よりも……
何が起こったのか分らないような顔をして、ドサッと音を立ててオークが倒れた。
倒れた後にピクピクと体を痙攣させて震えているが恐らく即死だろう。
床に赤い血が広がる。
駄目だあの血を見るな!血を見ると動機が止まらなくなる。
ああ……アレを思い出す。眼を逸らせなきゃいけないのに眼が逸らせない!
駄目だ見るな見るな見るな―――ん?何だ?これは一体……
見たくも無いのに、オークの死体と血の海に眼を釘付けにされていると、オークの死体に変化が起こった。
死体が青い光を発すると、なんと青い拳サイズの結晶になったのだ。
知っている……見た事がある……これをこの現象を僕は知っている。
あぁ、また腕輪が熱くなっている……
動悸は止まらない。頭もクラクラするのに頭の中で状況分析が勝手に進む。
射撃は扉のすぐ後ろの階段の上からだろう。射線は此処に通らないまだ安全だ。
リリアは顔面を蒼白にして固まっている。
使えないな……ならばどうする?射撃してきた者が階段を降りて来る前にリリアを抱えて逃げるか?それとも置いて逃げるか?
いやその両方とも下策かもしれない。
あの矢が気になる。刺さった後に風切り音が聞こえてきた。
音速より早いと言う事か?それを相手にリリアを抱えて部屋の後ろの通路に逃げるか?
否だ。抱えて逃げても通路までは距離がある。
抱えて逃げれば背後を撃たれて終わりだ。
じゃあボクだけで逃げるか?いやそれも同じ結果の可能性が有る。
ではどうする?ボクには何か出来る筈だ。
「お、レアぽいモンスターまだいるじゃん」
そんな声が聞こえた。
僕が声に反応し、階段の方をみると人間らしき者が五体ほど階段を降りてきていた。
五人のうち四人は普通の人間のように見え――――いや、普通に見えた四人の中にも一人、人間以外の特徴をもった者がいる。
耳が長く金髪だ。恐らくエルフだろう。オークも居るんだエルフが居たっておかしくない。
険しい表情のエルフの青年は何かの皮をなめした皮鎧を身につけていて、手にはボウガンを持っている。
あのボウガンが、オークの息の根を止めたのかもしれない。
だが、エルフなんかよりもっと特徴が有る奴がいる。全身を金属の体で作られたサイボーグのような奴だ。
身長は2メートル前後だと思う。
体は銀色の金属で作られていて、人型の胴体の上に丸型の顔が付いている。
そして目にはオレンジ色の光が灯っていて 丸太のような両手に1本ずつ僕の身長とそう大きさが変わらない巨大な斧を持っている。
どういう腕力してるんだこいつは……あんなものでなぎ払われたら一溜りも無いな。
後の人間達は前者二人と違い間違いなく人間だった。
二人が銅の鎧を着ていてそれぞれ、剣と槍を携えている。
最後の一人は青いとんがり帽子に青いローブを付けていて最後列でこちらの様子を伺っている。
「デーモンプリンセスとゴブリンか、あーゴブリンはどうでもいいな」
エルフが僕たちを見て何か言ってきた。
デーモンプリンセスは恐らくリリアの事だろう。
魔王の娘だからプリンセスで間違いない。魔王の娘だからデーモンでもあってるのかな?
まぁリリアに種族名を聞いたわけではないからそこの所は分らないがそんな事よりも…………ゴブリンてのはまさか僕か?
この部屋にリリアと僕以外はあいつらしか居ないのだ。消去法で僕になる。こいつら、僕がゴブリンに見えているのか?
ちなみに僕がゴブリンになってしまっているなんて事はない。
リリアも僕を見て人間だと言った、そしてさっき死んだオークも僕の事を見て人間だと言っていた。
ならば間違いなく僕は人間だ。
そうすると……うん、間違いなくあいつらは僕がゴブリンに見えているという結論になるな…………なんでだ!?
「でも、あのゴブリンレアぽい装備つけてるよ。あんな感じの現代風衣装ってあんまり見ないよね?ちょっとアナライズしてみてよ。アクセル君」
青とんがり帽子の少年が僕を見た後にサイボーグに向かって何かをするように言っている様だ。
現代風衣装ね。服装は普通に見えているらしいな。
まぁあいつらが僕をゴブリンと錯覚している以上、このパーカとジャージがその通りに見えているかはちょっと怪しいけどね。
「アナライズ起動……ゴブリンLv不明 個体名:無し 状態:不明。不明ってなんだこりゃ」
「ん?アナライズのレベル足りねぇんじゃねぇの?」
「いや、このゴブリン個体名は無しだからボスというわけでもない。普通のゴブリンだと思うのだが……」
「まぁ、ゴブリンはどうでも良いって。おいアクセル、デーモンプリンセスの方アナライズしてみろよ。こいつレアボスかもしれねぇ」
「アナライズ……デーモンプリンセス Lv:30 個体名:リリア=ラリス=フォールン 状態:MP枯渇 お、固体名付きだボスっぽいな。しかもなんかMP切れてるみたいだぜ」
「ん?ちょっと待って!それこの間の大規模レイドの討伐対象じゃなかった?確か最後の最後で逃げた奴」
あれ?こいつらの会話はまるで……
「おお!マジでか?しかもけどMP切れてるみたいだし、今やるっきゃねぇよ」
「駄目だよラルフ、こういう大型のボスを見つけたらギルマスに連絡する約束だろ?それに今は初心者が二人も居る。無理しちゃいけないよ」
「ああん?アレックスてめぇ、そんなんだから未だに装備がノーマル装備なんだよ」
「それとこれは別じゃないか!僕の装備がショボいのは関係ないだろ!」
「いいや、関係有るね。上でチンタラやってる連中みたいにお行儀良くやってるから、雑魚装備しかねぇんだよ」
「だからってルールを破るのは……」
「そんな馬鹿正直にルールを守っても意味なんてねぇよ」
どうやらサイボーグがアクセル、口の悪い険しい顔したエルフの青年がラルフ、今ラルフを諌めているとんがり帽子の少年がアレックスというらしい。
そしてこいつ等、どうやら僕等を殺すのに仲間を呼んでから殺すか、今殺すかで言い争っているようだ。
三人で言い争っていて、今彼らはこちらを見ていない。
逃げるチャンスかもしれない。
ずっと様子を見ていたが、あの怪しい矢を放ったであろうラルフは今一番僕たちから注意を逸らしている。
ならば今逃げるしかない!ルートは……この階段の反対側に有る通路はすぐに曲がり角がある。あの通路に逃げ込んで直ぐに曲がれば、あの矢の一射目は回避できるかもしれない。
奴等が言い争いから発展した同士討ちでも始めない限り、逃げなければ彼らの仲間が来て殺されるか、今すぐ殺されるかの違いで僕らは確実に殺される。
逃げる以外の選択肢がないのは癪だけど、まだあの矢に対する対抗手段を思いつかないのでこれしかない。
「リリア、あいつ等が争っている間に少しずつ通路近くまで移動して……」
僕は今のうちに小声でリリアに話しかけて逃げる考えを伝えた。
だが、リリアは不満そうだ。その瞳と顔を不審気にして僕の顔を無言で覗き込んでくる。
何も言わないリリアに対して僕は再び声を掛ける。
「リリアあいつらが、言い争いをしている今がチャンスなんだよ。あいつら今こっちを見ていない」
「言い争い?汝はアレ等の言葉が分るのか?」
「え?リリアは解らないの?」
「分らぬ。翻訳用の魔術を使っても分らぬのだ」
僕は連中の言葉を分るのにどういうことだ?だけど、今はそんな事を考えている場合じゃない。
「言葉が通じないって話は後だ。とりあえず今は逃げよう」
「汝は名無しの魔神より権能を与えられておるのだろう?なんとかならんのか?」
権能?そんな物は知らない。
契約書に何か書いて有った気がするけど、僕はあの夢の住人から何も与えられていない――――いや、この腕輪があるか。
僕は先程から定期的に熱を帯びたりしている腕輪に眼を落とす。
あの夢の住人を名乗っていた名無しの魔神とやらは、僕に身を守る者を付けると言ってた。
正確にはあれは『者』ではなく『物』だったのだ。
その『物』とは恐らく契約書に書いてある『導きの腕輪・権能搭載型』だ。
多分今僕の左腕に付いている物だと思うんだけど……使い方が分らない。
対話型インターフェイス搭載とか書いて有るが、先程一瞬掠れた声が聞こえただけでその後は無反応だ。
「駄目だ。そもそも権能とやらの使い方を魔神から聞いていない」
「使えぬな!これでは呼び出した意味がない」
僕が権能を使えない事を伝えるとリリアは眼を見開いた後に激昂した!
あの夢の住人とリリアがどういう取引をしたのかしらないが、もしかすると彼女もあいつに騙されたのかもしれない。
「そんな事言われたっていきなりこんな所に突っ込まれたんだ対応できないよ!君は魔王の娘なんだろ?何か魔法とか使えないのか?」
「無理だ。汝を召喚するのに魔力を使い果たした。それに我は元々攻撃魔術は使えぬ」
「じゃあ、やっぱだめだ。一度逃げよう」
「それは許されん。あの者は我に危機を知らせようとして死んだ。せめてその死を報いてやらねばならん」
彼女は強い意思を持った眼差しで、オークの死体が変化した青い結晶を見つめている。
眼には涙が浮かび悔しそうに唇を噛んでいる。
「それなら、余計逃げるべきだ。あのオークさんの死が無駄になるぞ!」
「ぐッ……しかし」
「リリアがここで死んでもあの人は喜ばない!」
「…………確かに汝の言う事も、一理有る。分った逃げよう。だが、逃げた後はどうする?」
「分らない。でも、この腕輪がさっきから熱を発しているんだ。これが解決策になるかもしれない」
「ん?それは、やはり魔神に関係あるものなのか?」
ああ、そうかリリアはまだ契約書を覗き込んだだけで、しっかりとは見ていない。
つまりこれが魔神の権能とやらを搭載しているのを知らない訳だ。
「この腕輪には魔神の権能が搭載されている……らしい。ただ使い方は分らないけど」
「ぬ、ならばまだ望みはあるな。良いだろう汝の案で行こう」
怒りと悲しみで染めていたリリアの表情がほんの少し明るくなり、リリアは逃げる事に了承してくれた。
そして方針が決まった僕達はジリジリと言い争いを続ける連中から少しずつ距離を取る。
「だからよーアレックスてめぇが黙ってれば良い事なんだよ。俺含めて他の4人は同意してるんだからよ」
「だけど、決まりは決まりだし……」
「気にするなって、ギルマスに知らせたらドロップ品を全部ギルド資金にするとかいって持って行かれるだけだぞ?」
「でもそれはギルドの運営資金の為で……」
「それに、逃げられたらどうすんだよ?前回のレイドでもあのデモプリ逃げてるんだろ?」
「確かにそれは……」
あーまずいアレックス君の心がもうすぐ折れそうだ。
頑張れアレックス君!君は正義の人だ。ラルフの横暴な言い分に負けずもう少し時間を稼いでくれ。
「おい!あいつら少しずつ部屋の隅に寄って行ってるぞ!」
サイボーグのアクセルが叫んだ。
しまった!気づかれた!どうする通路まで走るか?
「チッ逃がすかよ!」
ラルフはボウガンをこちらに向ける。
狙いの先はどうやらリリアのようだ、僕は咄嗟にリリアを突き飛ばそうとした……だが、遅かった。
「――――あっ!」
そんな僕の声と同時にザクッと、矢が肉に刺さる音がしてリリアが倒れた。
その直後ヒュンッという音がした。先程オークが倒れる前にした音と同じものだ。
やはりこの音の発生源はあの矢の様だ。
しかし、まさか音速以上の速さで飛んできているのか?そうとしか考えられないが……
「リリア!」
「あぐっなんだあの矢は防御障壁を突破してきたぞ」
良かった生きているみたいだ。だが、リリアの太股には矢が刺さっている。
矢尻は太股を貫通して、羽の部分で止まり深々とリリアの太股に突き刺さっている。
これでは走って逃げるのは不可能だろう。
そしてリリアの血が床に広がり再び僕は動機が止まらなくなり頭がクラクラしてしまう。
こんな事では逃げられない……
「ああん?なんで頭狙ったのに足に当たってんだよ」
リリアの太股に矢を命中させたという結果に納得いかなかったのかラフルが毒づく。
「魔法障壁か、射撃防御の魔術で無理矢理曲げたんだ」
「MP無いんだろ?なんで使えるんだ」
「多分あのドレスだ。あれに防御効果でもあるんじゃないかな?」
「へーレア装備じゃねぇか」
「そうだね。音追いの矢の軌道を曲げれる自動防御付き装備は初めて見たかも」
音追いの矢……なるほど音より早く飛んできて音が追ってくるから音追いか、やはり音速以上の速度で飛んで来ていた訳か。
「じゃあ、あいつから引っぺがしちまおうぜ」
「だめだって、丁度足を撃って相手の移動速度が落ちてるんだ。やっぱりギルマスを待つべきだ」
「まだ、言ってんのかてめぇ!」
また言い争い始めた……馬鹿なのかこいつ等?だがチャンスだ。
でもどうやって逃げる?あの矢から逃げれる気がしないが……いや?待てよ。
リリアの防御障壁とやらは僕がリリアを抱えた場合僕にも効果が有るのだろうか?
もし効果が有るのなら矢の軌道を曲げてくれるかもしれない。
自慢ではないが、僕は姉ちゃんのせいでそれなりに痛みに耐性がある。
最悪頭と足に当たらなければリリアを抱えたまましばらく逃げる自身は有る……と思いたい。
足に当たったらもう諦めるしかないが、ただ殺されるよりはずっとマシだ。これしかない。
「リリア君のその障壁は僕が君を抱えたら、僕にも効果の範囲に入るか?」
「ん?ああ、効果範囲を伸ばすのは可能だが……キャッやめっどこ触っているの」
答えを待たず、リリアをお姫様だっこの形で抱え上げる。
強烈な抗議の視線が僕を貫く。どうやら抱え上げた時に彼女の慎ましやかな胸に触れてしまったらしい。
初めて彼女の女性らしい声を聞いた気がする。気のせいか語尾も可愛らしく聞こえた。
しかし今そんな事を気にしている訳にはいかない、後僕は年上好きなので少女の胸なんぞには興味はない!……まぁ、でも無事逃げれたらリリアに謝ろう。じゃないと後が恐そうだ。
よし逃げよう!そう決意して僕はリリアを抱えたまま走り出す。
こんな時は姉ちゃんとの稽古でつけた基礎体力に感謝してしまうな。
「あ、ゴブリンがデモプリを抱えて逃げますよ」
銅鎧の片割れに気づかれたらしい。
こんな派手な行動をすれば当たり前か……後はラルフの矢が障壁の効果で外れてくれるのを期待するしか無い。
「待てや、ゴラァ」
後ろを振り向く余裕がいないので分らないが、多分ラルフはまたボウガンを構えているはずだ。
リリアを放り出して横に避けたい衝動に駆られるが、駄目だ。そんな事をしても間に合わない。
それにこの状況でリリアを見捨てたら僕は男として人間として駄目になる。
その時だった。
『自動防御起動』
冷たい抑揚のない女の声が僕の脳内に響いた。
その声が聞こえた直後に背後で地面が崩壊するような音が響く。
そしてその音に続いてラルフ達の声が何かに遮られた様に小さく聞こえた。
「うおっなんだこれ?あのゴブリンの仕業か?呪文詠唱見えた奴いたか?」
「いや、まったく予備動作もなかったな」
今一状況が飲み込めない僕は通路の曲がり角に身を隠し今まで居た部屋をチラっと確認する。
そこには何故そうなったか分らないような物が現れていた。
なんだ?何が起こったんだ?―――――あーもう、本当に今日は良く分らない事だらけだ!
壁が――――何故か通路を覆い隠すように石の壁が出来ていたのだ。
僕が謎の壁を見ていると声がした。
その声は音声としてではなく、頭の中に直接響いた声だった。
頭の中に響いた声は突然聞こえた女の声だが、今度は感情のある柔らかさを感じる声になっていた。
『始めてまして、ご主人様。私、導きの腕輪の対話型インターフェイスです』
「え、あ、どうも始めまして」
『はい、良いお返事ですね。私の事は『導きの腕輪』ですので、気軽にミッチーとお呼びください』
うーん?うん。何か勝手に呼称迄押し付けられた。
「なんだ?汝は誰と話しておる?」
リリアは矢の刺さった痛みで歪めていた顔を怪訝な表情に変えて僕を見てくる。
まぁ、これは普通の反応だな。リリアが突然見えない誰かと話し始めたら僕だって不審者だと思う。
「いや、なんか頭の中に声が……」
「あーそのなんだ。極度の緊張状態に有るのは分るが、落ち着くのだ」
返答の仕方が悪かったのかリリアが僕を可哀想な者を見る眼で見てくる。
止めて欲しい僕は悪くない。
『よろしければ音声出力に切り替えましょうか?』
「あーそれができるなら最初から頼むよ」
「アーテストテスト、本日は晴天なり晴天なり、聞こえてますか?」
「うん聞こえる。リリアも聞こえるよな?」
「誰だ!何処から話している!」
リリアは突然正体不明の声が聞こえたので警戒しキョロキョロと周りを見回している。
うんこれも普通の反応だよな。命を狙われている状況でこんな事があれば普通は警戒する。
あーなんだろうな。不思議な事が起こり過ぎて感覚が急速に麻痺していってる気がする。
もう、何が起こっても僕驚かないよ……
「私はツルギ様のお仕事をサポートする為に作成された、導きの腕輪です。今ツルギ様の左手に付いている物です」
「おぉ!意思を持つ魔道具か。伝承で聞いた事は有ったが、本当に存在するのだな」
「はい。リリア様よろしくお願いします。私のことは気軽にミッチーとお呼びください」
あーその呼び名は決定なのね。
なんか、すっかり緊張感が抜けてしまった……どうしたもんかな……
「では、ミッチー殿あの壁は汝の所業が?」
「はい、私が緊急時対応として行ないました」
「ふむ。詠唱も無しに魔術を使ったと言う事か?」
「いえあれは魔術ではありません。迷宮の大気中の魔力を流用し、『創造』の権能で迷宮の石壁を作り出しました」
「ほうあれが権能か!」
すっかり僕は蚊帳の外でリリアと自称ミッチーの会話を聞いていた。
正直権能とやらについて僕も何か聞いてい置くべきなんだろうとおもうんだけど……ゆっくり話をしてる場合じゃなさそうなんだよなぁ。
ガンっガンッガンッと作り出した石壁に金属を叩き付けている音が聞こえる。
「だめだ。割れんな魔法でやった方が良い。アレックスファイアボール叩き込んでくれ」
「分った。皆どけて、詠唱を開始するよ」
アクセルとアレックスの声が聞こえてくる。
どうやら、壁を破壊してこちらへ来ようとしているらしい。
「早く逃げた方が良いな、リリアこの先はどうなっている?」
「ん、この先はまっすぐに進んだ所が……T時路になっていて……」
先程まで怪我はしていたが、元気に話していたリリアに変化が起こっていた
顔は蒼白で息も切れ切れになっている。まさか、矢に毒でも塗られていたか?
「おい、導きの腕輪お前の能力でリリアの治療はできないのか」
「私には治療機能はありません。後、ミッチーと呼んでください」
「クソ仕方ないとりあえず応急手当だ」
とりあえずの応急処置として、今着ている服を引き千切ってリリアの太股を止血する。
リリアのドレスのスカート部分をたくし上げ出血部分をきつく締め上げる。
背後で連続して爆発音がする。どうやらアレックス君が壁に魔法何かを連打しているらしい。
「何を……する。汝……後で覚えておれよ」
「後で文句は聞くから今は黙っていろ」
止血を終えてリリアを抱え上げると同時に背後の壁がガラガラと崩れた。
「導きの腕輪まだ壁は出せるか?」
「…………」
反応が無い……あの名前で呼ばなければ反応しないつもりか?この非常時に何考えてやがる。
でも、このまま反応が無くても困るのは僕だ。癪だけどこいつの思惑に乗ってやろう。
「ミッチーまだ壁は出せるか?」
「はい、可能です。周囲の迷宮残留魔力では後3枚が限度です」
ミッチーと呼ばれたのが嬉しかったのか嬉しそうな声で返答された。
なんだろう言い知れない敗北感を感じる。
「とりあえず、ここに一枚張ってくれ」
「かしこまりました」
腕輪に取り付けられた赤い宝石が紫の光を発した瞬間、轟音立てて床から石の壁が競りだしてきた。
「よしこれで時間稼ぎは出来るな。とりあえず逃げるぞ!」
「ご主人様、殺傷用の罠を創造して対象を排除することも可能ですが、如何なさいますか?」
殺傷用……駄目だ。僕は殺しはできない。
「殺傷用は駄目だ。とりあえず逃げるぞ」
「はい。では、ご主人様の記憶の中に有った。足止め用のクモの巣トラップを『創造』して配置できますが如何しますか?」
「クモの巣?まさかDGで有ったあれか?」
「はい。そうです」
クモの巣トラップはDGに有った基本的な足止めトラップだ。
敵の足を止めている間に防衛用のモンスターでタコ殴りにしたり、他の罠と併用して纏まった敵を倒すのに使われていた罠である。
「OK使ってくれ」
「併用する罠は如何しますか?」
「併用はとりあえずいらない。今は時間と距離を稼ぐのが優先だ」
「かしこまりました。では、配置します」
また、腕輪が紫の光を発すると通路を覆うようにクモの巣が張られた。
クモの巣はその後、腕輪と同じ紫の光を放つと透明になった。
「天上と通路にクモの巣を展開しました。透明化を行い敵対者が通路の巣に引っ掛かると同時に天井から降り注ぎ動きを封じれるようになっております」
「分った。僕はこのまま逃げるのに集中するから、ミッチーは同じ物を道中何個か張ってくれ。場所は任せる。出来るか?」
「お任せを」
逃げる逃げる逃げる。
背後から何か怒声のような物が聞こえるが振り向きはしない。
恐らく、連中がクモの巣に引っ掛かったのだろう。このまま引き返してくれないかなぁ……いや、無いな。あの怒り方だと間違いなく追いかけてくるよなぁ。
そうしながらなんとか逃げ続けていると、リリアが言っていたT字路に到着した。
「リリアどっちに逃げれば良い?」
「右は……駄目だ。非戦闘員が……避難所にしている」
「左は?」
「私が仮の私室に使っている部屋が……ある」
ん?我から私に一人称が変わっている?もしかして、こっちが素か?
余裕が無くなって素が出来てたんだろうか?
「じゃあ右が駄目なら左に逃げるぞ。いいな?」
「あぁ……それは構わない……だが、頼みが有る」
リリアは今にも泣きそうな顔して僕の顔を覗き込んでくる。
今のリリアは先程までの高圧的な印象は微塵も感じられない弱々しい年齢どおりの少女という感じだ。
これはちょっと無碍にはできないなぁ。
「なんだ?」
「ミッチー殿の力で……右の通路を、この遺跡と……同じ壁に偽装できないか?もし、奴等があちらに行った場合、皆間違いなく皆殺しにされてしまう……」
皆殺しか……流石にそれを聞いては放置できないな。
「行けるか?ミッチー」
「可能です。ただし、完璧に壁に偽装する場合余計に魔力を消費します。あまりこの選択はお勧めしません」
「勧めない?何でだ?」
「迷宮周囲の魔力残量的にこの1枚が限度になりますので、一時的に石壁は出せなくなります」
「…………うん、構わないやっていいよ」
少し迷ったが、皆殺しと聞いて見殺しにするのは気が引けた。
僕等はまだ逃げる余力があるが、その非戦闘員というのは逃げられるかも分らない状態だ。
ならば、この選択は間違っていない……と、自分を納得させる。
「かしこまりました。石壁設置及び起動します」
轟音を立てて再び石壁が出てくる。
通路にピッタリとあったサイズの石壁が床から競りあがりピッチリと通路にはめこまれる。
ここに元々通路が有ったとは思えない造りだ。
「いい仕事だミッチー。じゃあ、左の通路に逃げるぞ」
左の通路に走り続ける。
通路を直進していると曲がり角が一つ有り、そこを曲がり少し進むと前方に鉄製の扉らしきものが見えてきた。
恐らくあれがリリアの仮の私室とやらの入り口だろう。
何をするにしてもまずはリリアを部屋に運ぼう。
この不安定な状態で運び続けるのはリリアにも良くないし、僕の腕も限界が近い。
とりあえずはまず安全な場所に荷物を下ろすのが先だ。
その後はどうしようか……リリアの部屋にそのまま立て篭もるという手もあるが、あの壁を破砕してこちらに向かってきているあいつら相手にどれだけ持ち堪えれるだろうか?いや無理だな。それならばどうする?しまったなやっぱり無駄に壁を置いたのは――――
「だめだ開かない。引いても押しても動かないな……」
色々と対策考えながら鉄製らしき扉をあけようとしたが開かない。
押そうが引こうが扉は硬く閉ざされたまま、まったく動こうとしない。
鍵でも掛かっているのか?と扉を見てみても鍵穴らしき物すらが見当たらない。
そうして、もしかするとこの扉はリリアしか開けられない仕組みがあるのかもしれないと思い僕はリリアに声を掛ける。
「リリア扉の開け方を教えてくれ」
「…………」
返事がない……まさか!もう死んで……
「え、おいどうした?リリア返事しろよ!おい!」
「ご主人様、リリア様は出血に寄る体力消失で休眠状態に入っています。無理に起こさないで上げてください」
「休眠状態?生きてるのか?」
「はい。上位魔族は命の危機に瀕すると、代謝を落として休眠除状態なります。今リリア様はその状態です」
あれ?じゃあ息も切れ切れで意識もハッキリしなかったのは、毒では無くこの状態になる兆候だったのか?
「もしかして、あれか?熊の冬眠たいなもんか?」
「はい、おおよそ同じものです。尚、無理に起こす場合はリリア様の命の保障はしかねます」
良かったとりあえずは生きているのか……だが、どうする?リリアが起きなければ部屋の扉が開かない。
そうすると立て篭もる事すらも出来ない。
来た道を戻れば連中と鉢合わせ確定だ……進退窮まるなこれは…………駄目だ何も思いつかない。もしかして、もう駄目なのか?こんな訳が分らない状況で訳が分らないまま僕の人生は終るのか?
僕が絶望し、良い方策も思いつかず、諦めてしまいそうになったその時ミッチーが話しかけてきた。
「ご主人様、私より提案があります」
「なんだ?」
「ご主人様は殺傷用の『創造」をお好みではないという事ですが、使わなければリリア様共々ここで死亡する事になります」
「それは分っている。だが僕……」
「はい、ですから殺傷しない範囲で害してもよろしいでしょうか」
「害を与えるってどの程度だ」
「矢を使う個体には手首を切り落とします。魔法を使う個体には喉を潰してしまいしょう。残りの近接個体は足を切り落として動きを止める程度で宜しいかと」
「えぐい事言うなミッチー」
「他にご主人様達が助かる方法はありません」
「それも嫌だといったら?」
「私はご主人様の命を助けるのを最優先命令として作られていますので、一時的にご主人様の管理者権限を奪って対象を破壊します」
さらっと怖い事言い過ぎだろミッチー。
しかしながらミッチーの言う事はもっともだ。
ここで訳の分らないまま僕は死ぬわけにはいかないし僕の価値観にリリア迄巻き込むわけにもいかない。
相手は僕達を殺そうとしてるのだ。殺す事は出来ないが痛い目には有ってもらう位は良いはずだ。
「わかったやろう」
「はい、では現在使用可能な罠のリストを網膜に写しますので、設置場所と罠の選定をお願いします」
僕はリリアを扉の脇に寝かせて罠の準備に入った。
***
「クソが!使えねぇ初心者共だな、二人ともへばっちまった」
「しょうがないよ。彼らのレベルじゃあのクモの巣みたいのは抵抗できないよ」
「レベルもSTRも足りんからな。幸いこの階層は他にモンスター居ないようだ。帰りに回収すればいいだろう」
連中の声が聞こえる。どうやら曲がり角手前までが来たようだ。
話の内容的にあの銅鎧二人は途中で脱落したのだろう。好都合だ。
あのサイボーグのアクセルとかいったか?あれに三人分の罠を割り振れる。
「所でラルフ分っているだろうね?殺すのはゴブリンだけだよ?」
「あぁ分ってるよ。その代わり、デモプリが攻撃してきた場合は攻撃しちまうぞ」
「うん。その場合はしょうがない」
おお!アレックス君あの状況からラルフを説得したのか凄いな!
僕が連中の声をしっかりと聞いたその時、導きの腕輪が淡い熱を発した。
これは彼らが曲がり角を曲がり一定距離までこちらに近づいた時に反応するように天上に仕掛けた検知器の効果だ。
よし戦闘開始だ。どうせ黙っていても殺されるだけだ。
それならばやれるところまでやってみよう。
「お、居た居た。随分逃げてくれたじゃねぇか、このクソゴブリン」
「ふん、逃げたんじゃない。僕がお前達をここに誘い込んだんだよ」
「ああん?キーキー言っても何言ってんだかわかんねぇよ?命乞いか?」
ん?ああ、やはり言葉が通じないのか。
僕の事がゴブリンに見えてるみたいだしそんな気はしてた。
「お前らは手を出すなよ?あのゴブリンを俺一人で殺して良いって言ったから、デモプリの件は飲んだんだからな?」
「わかったわかった」
「服とかはあんまり壊さないでよ?レアかもしれないんだから」
あーなるほど。
そうやってラルフを納得させたのかアレックス君。中々策士だな。
「人間様をコケにしやがってこのクソザコが!楽には殺さねぇぞ。まずは手だ。その後は足で、目玉には直接手で矢を突っ込んでやる」
なんか残虐な事をぐだぐだ言いながらラルフは腕をあげてボウガンを構ようとする。
その時僕の頭の中にミッチーの抑揚の無い声のアナウンスが流れる。
『対象の敵対行動確認、並びに対象の現在地確認。有効射程に入りました。指定条件クリア剣の罠のオート起動を開始します』
ラルフが腕を上げた瞬間、左側の壁が一瞬紫の光を発する。
その後すぐに壁の中から光るものが飛び出て、高速でラルフの左手の手首を縦に薙ぐ。
ゴトリっという音共にボウガンとラルフの手首が床に落ちた。
とりあえずはこれで、一人は無力化成功だな。
「え?あれどうした?手がねぇぞ?なんだ?」
片方の手を確認の為に切り口に当てている。
どうやら、ラルフは何が起こったかまだ理解できていないようだ。
壁から飛び出たのは剣だ。名前はそのままで、剣の罠という。
僕が事前に設置していた罠で対象が一定範囲に入ると壁の中に剣が生成されて、狙った部位を切り落とす罠である。
今の場合はラルフが有効射程に入り、ボウガンを発射する態勢に入ると起動するようにしていた。
「ラルフ!」
「む!」
残りの二人も異変に気づいたようだ。そして事態に気づいたラルフが叫んで仲間に檄を飛ばす。
「クソが罠を仕掛けてやがった。俺はポーションで回復する。アクセル、アレックス手伝え!」
「えぇー一人でやるんじゃなかったの?」
「手が無くなっちまったんだから仕方ねぇだろうが!」
「あっそ、もう本当にラルフって勝手だよね」
「うるせぇよ。四の五の言わずさっさとやれよ!だが、そいつは殺すなよ。俺が殺す」
「はぁ……本当に注文だけ多いな……分ったとりあえず援護するよ。でも殺さないのは約束できない。このゴブリンやっぱりなにか変だ」
「うむ、手加減できそうにないな」
ラルフは下がって手首が有った場所に小瓶に入ったピンク色の液体をかけている。
あれがポーションか?まさか、腕でも生えてくるというのだろうか?
しかしポーションを腕に振りかけているラルフの様子が僕が想定していた様子とまったく違うのが気になる。
忌々しそうに僕のことを睨みつけてきているが、痛みを感じているようには見えない。
普通手首から先を失うような大怪我をした場合、痛みやショックであんな冷静ではいられないはずだ。
それになんだ?あの傷口、骨と肉は見えるが血が一滴も出ていないぞ?ってなんだ!?うわっ!こっちに来る!!
更に、僕を驚かせる事象が起こる。
ラルフの落ちた手首が、掴んでいたボウガンを残して青い粉になった。
蒼い粉は数秒すると、空気に溶け込むように青い光になり僕の腕輪に流れ込んできた。
『マナ結晶吸収開始。魔力へ変換を開始します』
流れ込むと同時にミッチーのアナウンスが脳内で響く。
「なんだこれどういうことだ?」
「後で説明します。ご主人様、他の二体も動くようです。近接個体への罠作動タイミングは私では対応できませんのでご主人様でお願いします」
「あーもう分った!深く考えるのは止めた!理解するより慣れろってことだよな!」
もう訳が分らない事だからけで、理解が追いつかなくて、半分投げ槍になりながら僕はミッチーに応える。
内心今起こった現象に驚きを隠せないが一々驚いていてはもう僕の心がもたない。
それに安堵している部分もあった。血を見なくて良いならあの記憶も蘇らない。それならば僕は正気を保てる。
そしてこの腕輪の力があれば……きっと僕はこいつらに負けない。
「熱よ大気よ!我が敵を――――」
そうこうしている内にアレックス君が魔術の詠唱を始めた。
だが僕は焦らない。その行動は予想済みだ。
「突っ込むぞ!アレックス合わせろ!」
サイボーグのアクセルも両手の斧を交差して構え、こちらに突っ込んでくる。
『対象の詠唱を確認。呪文封印起動』
床一面が紫の光を発する。
その後アレックスの喉に何かの文字が書かれた光の帯のような物が巻きつく。
「あ、?が!ああああ!?」
こちらは呪文封印文字通り呪文を封じる罠だ。
床に設置するタイプの罠で床に乗った敵を対象とし、その敵が詠唱を開始すると光の帯を喉に巻きつけて詠唱を封じる。
本来ならそのまま対象を窒息させるのだが、今回は殺傷設定を解除しているので喉を窒息しない程度に締め上げるだけの設定になっている。
「アレックスどうした!?」
アクセルが動きを止めてアレックスの方に振り返った。絶好のチャンスである。
戦闘中に余所見をするなよ。
相手が僕じゃなくてうちの姉ちゃんだったらもうアンタ死んでるぞ?
「ミッチー起動を」
「縛鎖3連起動!対象、最接近敵対象」
床、左右の壁、天井から鎖が伸びてアクセルの四肢と頭に巻きつく。
両腕を拘束した鎖はそのままアクセルを持ち上げ、張り付けの刑のような格好で通路の中空に持ち上げる。
この罠は縛鎖。天上や壁に仕掛けるタイプで対象を絡めとり動きを封じるタイプの罠だ。
罠1個辺り床天上両壁から2本ずつ鎖を発生させて対象に巻きつくが、今のは3連起動なので各所から伸びた合計24本の鎖がアクセルを締め上げている。
ミッチーが近接タイプは剣の罠で足を切り落とそうと僕に提案していたが、このアクセルの体は金属だ。
それに他の近接型の二人も足首を銅の具足をつけていたので剣の罠の剣が弾かれる可能性が有ったので縛鎖を使った。
「体が動かん!おのれやはり、こいつ何か変だ。罠を仕掛けるゴブリンなんぞ聞いたことがない」
「あが!あががが」
アレックス君は地面に転がって、のた打ち回って白い顔をして何か言っている。
あれ、本当に窒息しないんだよな?…………大丈夫だよね?
「お前等何やってやがる!」
「あがーーーあがががが」
「仕方ないだろう!こんな事予想できなかったのだから!」
ラルフが仲間二人が行動不能になった事により罵倒を飛ばすが、行動不能になった二人もラルフに抗議の言葉を返す(アレックス君は何を言っているか分らないが、多分ラルフに文句を言っているのだろう)
「クソがアレックスは駄目だな――――アクセル奥の手を使え」
「ラルフいつ俺に命令を出す立場になった」
「じゃあ、その鎖なんとかしてみろよ!できねぇんだろうがよ!」
「――――クッ確かにな。仕方あるまい」
その様子を見て仲間同士なんだからもうちょっと仲良くすればいいのにとか、僕は余裕タップリにそんな事を思っていた時だった。
迂闊だった。まだ連中は戦意を失っていなかったのだ。
アクセルは、両手にまだ持っていた斧を2本とも投げ捨て、鎖で固めれられていた左手首を無理矢理こちらに向けた。
そして右手で左手首を支えるようにし、左手で狙いを定めるようにして縛鎖の縛めに抗いながら何かをやっている。
なんだ?何をする気だ?んーあれ?これ何処かで……あ、これ知ってるぞ。何か古いアニメで見たことが有る……ってマズいよなこれ!
「消し飛べ!ロケットパンチ」
アクセルが叫ぶと金属の手首に火が付いた。
そして、手首から何か爆発音の様な轟音が聞こえる。
更にその直後ゴォン!!っと金属が強い力で弾ける音がした。
アクセルの手首から先が、飛んでいた。
凄まじい音を立ててアクセルの拳が僕に向かって飛んでくる。
早い!避けれない!ゆっくり相手の様子なんか見てるんじゃなかった!あれ流石に当たったら無事じゃあ済まな――――
「いけません!自動防御石壁緊急起動!」
ミッチーが叫ぶと同時に腕輪がまた激しい熱を発する。
そして体中に痛みが走る。
体の底から無理矢理何かを引き出されている様な感覚が突如として痛みとともに襲ってきたのだ。
「グッぁああ」
痛みで声が出るが、僕の声をかき消すかのように轟音を立てて高速で石壁が競りあがってくる。
なんだ!?消費が激しいから、もう石壁は出せないはずじゃなかったのか!?
その後すぐに硬いもの同士が当たる激しい音が通路に響き渡った。
石壁は粉々になっていった。
石壁の中央は崩れてはじけ飛び、破片が砂のようになり通路に粉塵が舞う。
壁に衝突したロケットパンチは拳が潰れて壁の残骸の横に落ちていた。
どんな威力だよアレ……
「馬鹿な俺の奥の手を止めるだと?有り得んドラゴンの鱗すら打ち抜くんだぞ!」
アクセルがその状況を見て驚愕の声を上げている。
ドラゴンの鱗がどんな硬さか知らないが、確かにとんでもない威力だった。
石の壁が砂になって舞い散るってヤバイだろ。
しかも、今のは片腕を放っただけだ。もう片方の手がまだ残っている。
もう1発来るか?と、念の為にいつでも回避できるように身構える。
手を一度こちらに向けなければ行けないので来ると分っていれば避けれる。
それに、避けてもリリアには射撃角度的に当たらないはずだ。
ロケットパンチの発射動作を見切るためにアクセルを見据える。
しかしアクセルはガックリと肩を落として何もしてくる気配が無い。
あれ?もしてして片腕だけなのか?ならもう、勝った様なものかな?。
ラルフは腕を切り落とした。
アレックス君はもう魔法が使えない。
アクセルも行動不能。
うん、もうこいつらの制圧は完了と言って良い状態だ。これで僕の危険は去ったという訳だな。
「ふぅ、これでなんとか脅威は去ったな」
緊張が途切れて思わずため息と独り言が出た。
「ご主人様申し訳ありませんでした。『石壁』作成の為に大気中の残留魔力だけでは足りなかったので、ご主人様が保有している魔力を勝手に使ってしまいました」
「え?僕魔力持ってるの?」
「はい、我が創造主から事前の報酬として支払われている物です」
あーそういや有ったな事前報酬の話。
あれって金じゃなくて魔力だったのか、通りで分り難い説明だったはずだ……
「じゃあさっきの痛みもそれに関係するものか?」
「はい、先程の石壁は高速に造らなければならなかったので、高速で体から魔力を抜かせていただきました。その結果、全身に浸透していた魔力を引っ張り上げた時に臓器とその他各部位に負担が掛かったのでしょう」
「臓器って……怖いな。そんなことして僕の体大丈夫なのか?」
「一度くらいならば問題ありません。それにいずれは体が成れて魔力引き出す際の痛みも減るはずです」
「つまり、度々やるのはまずいって事か」
「はい、そうなります」
早々頻繁にこういう事態にはならないだろうけど、自分を守る為に体を壊しては本末転倒だ。
今のは全員無力化したと思い、気を抜いていた故に油断していた。今度から気をつけよう。
うんそうだな。
とりあえず、脅威は去ったとしても念の為ラルフの動きもを封じておくか。油断は良くない。
そうして、他の二人の後ろに蹲るラルフを対象に縛鎖を追加作成しようとした時だった。
「クソがどいつもこいつも役にたたねぇなやっぱ俺が止めを刺すしかねぇよなぁ」
ラルフがにやけた顔で僕のほうを見ている。
そして、亡くしたはずの腕でボウガンを持ちこちらに向けている。
なるほどあの小瓶に入っていた液体は、やはり腕が直せるのか。
確かポーションとか言ってた…………RPGの回復薬の代名詞だな。
失った腕までも治せるのならば僕も一つ欲しいくらいだ。
「死ねや!このクソゴブリン」
「待て、ラルフ!」
ラルフがボウガンを再び構えようとした時、その動きをアクセルが静止した。
「なんだよ!てめぇがヘマしたんだから助けねぇぞ?」
「違う……お前だけでも逃げろ。今、後方待機していた初心者二人のHPが0になった。このダンジョンは何か変だ。戻ってギルマスにこのゴブリンの事を伝えろ」
「知るかよ。ここまでゴブリンなんかにコケにされたんだ。今更引けねぇよ」
ラルフは僕を見据えてボウガンを構え引き金を引こうとする……が、剣の罠はまだ活きている。
何度やっても結果は同じだ。シャッと金属が何かから飛び出る音がした。
「またか、くそがぁ」
そしてまたボトリと手首がまた落ちる。
うん、さっきと何も変わらない繰り返しだ。
「まだだぁあああ!」
叫びながら、残った方の手で自分の落ちた手首からボウガンをもぎ取りこちらに再度狙いをつけようとする。
だがそれも結果は同じだ。どちらの手に持とうと剣の罠は反応する。
剣が壁から飛び出しラルフの右手の手首を落とそうと刃を縦に落とした。
しかしながら、ラルフはそこからは僕の予想に反した動きをした。
刃が落ちてくる前に思いっきり後ろに飛んだのだ。
そして、手首を落とすべく振り下ろされた剣をギリギリの所で避けたのである。
だが、ラルフは後先考えず飛んだのか着地に失敗しゴロゴロと転がり、曲がり角寸前の所まで転がって行き僕から離れていく。
あそこまで飛ばれると剣の罠の効果範囲外だ。ラルフが射撃体勢に入る前に止めなければいけない。
僕は直ぐにミッチーに命令を出す。
「ミッチー縛鎖の緊急設置だ。設置後は僕から一番遠い対象の右手を封じろ」
「はい、腕輪残留魔力のみで補います」
ラルフが体制を立て直す。
そしてこちらを憎しみを篭めて睨みつけた後にボウガンを向けてくる――――が、突然動きを止めた。
ズガッと、何かが肉を貫き、骨を力づくで砕く音が聞こえた。
「あれ、なんで体がうごかねぇんだ?は?HP0?」
「ラルフ!?何があった?おい返事をしろおおおお!」
「むがーーーー」
ラルフは事態を理解してないようだ。背後で何が起こっているか見ることが出来ないアクセルは叫び、アレックス君は恐怖の視線をラルフへ向けている。そして僕も驚き固まっていた……何故かラルフの胸板から腕らしき物が生えていたからだ。
その手は5本の指がある人間の腕だったが緑の鱗に覆われていて明らかに人間の手とは違うものだった。
そしてその腕は鋭い爪が有り、ラルフの心臓が有る部分を綺麗に抉り貫いていた。
「え?手?」
ようやくラルフはアレックスの視線から、その事態に気づき胸を見下ろして一言呟いた。
それを最後の言葉にラルフは全身を蒼い粉に変えて崩れ去った。蒼い粉は先程と同じように空気に溶けて僕の腕輪に吸われて行く。
「あがー!」
「なんだ何があった!?ラルフが何故死んだ!何が居る!?」
アレックスはソレを見て叫んでいた。
アクセルは鎖に繋がれていて後ろを確認出来ない筈なのにどうやら仲間が死んだ事が分るらしく状況の確認をアレックスに求めている様だが、アレックスは当然喋れない。
虚しいアクセルの叫びだけが通路に反響する。
そして僕は言葉を無くしていた。
ラルフが立っていた場所のすぐ後ろには……腰に大剣の鞘を下げたメイド服の女が居た。
顔付きは東洋人に近いと思う。身長は僕と同じくらいで175cm前後という所か?
多分僕より歳上だと思うがそう歳は離れてはいないと思う。
依然テレビで見た中華系の美人モデルに似ていると思った。
いやあれよりもっと美人かもしれない。
髪の色は緑で腰まで伸ばしていて後ろでポニーテールのように纏めている。
身体付きは女性らしく細い体つきだが……なんというかリリアとは対照的に出る所は凄い出ている。
だがそんな女性らしい美しい印象を全て吹き飛ばす特徴を彼女は持っている。
右手と右足は人間と変わらないが、左手とスカートの裾から見える左足がまるで爬虫類のようだ。
それに眼だ。
彼女の眼は右目は黒い瞳の普通の眼だが、左目は金色に光る蛇眼だ。
アレは僕達人類とは違う次元の生き物だ、アレとは対峙しちゃいけない。と、僕の生物としての本能がそれを告げてくる。
そんな僕の怯える心を無視して、メイドが剣呑な声で言葉を吐いた。
「まったく少し離れているだけでこの様とは、やはり姫様の下を離れるべきではありませんでしたね」
姫様?……あぁ、リリアの事か。
良かったどうやら彼女はリリアの味方らしい……正直あんな完璧な人外の気配を持つ者とは戦いたくない……本当に良かった。
「4匹もこんな最深部に入り込まれて、親衛隊は何をやっているのやら……」
「あがー!あがー!あ、あぁあああああ」
「
メイドはツカツカとアレックスの元まで歩いていき倒れているアレックスの頭を左足でゆっくりと踏み砕いた。
頭を失った、アレックスはそのまま蒼い粉に僕の腕輪に吸収された。
「アレックス!?何故死んだ!?何が起こって――――カハッ!?」
そして、今度は貼り付けになっているアクセルの背後に近づき思いっきり左手で殴りつけた。
ドゴォンと凄まじい音がする。その音は少なくとも生物が何かを殴りつけたときに出して良い音ではなかった。
例えるならばそう、高所から金属の塊を大地に叩きつけたような音だった。
「なんだ!何に殴られた!?今のでHPが4割持っていかれたぞ!どうなっている!」
アクセルの金属の胸板が反対側から殴られた衝撃で膨れ上がっている。
どんだけ馬鹿力なんだあのメイド。敵ではないと思っていてもあの力には寒気を覚える。
そしてそれに殴られているアクセルには同情すら覚えてしまう――――どうやら彼らは痛みを感じないようなのでそれだけが救いだな。
でも、なんだろうちょっと嫌な予感がするんだよな……
「む、コレ硬いですね。仕方ない剣を使いましょう」
女が腰から下げた大剣の鞘から大剣を抜き放つ。
抜き放たれた大剣は黒い刀身の大剣で何か禍々しさを感じるものだ。
女はその剣を人間部分の右手に持ってアクセルの頭に振り下ろす。
「よいっしょっと」
「え?剣?うわああああああ」
アクセルは頭上を見上げて大剣を認識した後に、頭から割られた。
まるでケーキのように金属の体はすんなりと切られしまい、アクセルは真っ二つになり青い粉になって腕輪に吸収された。
「さて、後一匹」
メイドは僕のほうをゴミでも見る様な眼で見てそう言った。
やっぱりそうですよねーーそんな気はしてたんだよ……やばい漏らしそうだ……恐すぎる。
都合良くゴブリンに見えて見逃してもらえないかと思ったのだが、そうはいかないよなぁ。
「待って、僕はリリアの味方だ」
「ん?言葉が分るのですか?ということは普通の人間ですか」
普通の人間?まぁ死んでも僕は青い粉にはならないだろうし普通という区分で合っているだろう。
「あ、うん。今あなたが殺した奴等からリリアを連れて逃げてきたんだ」
「その証拠は?冒険者共には普通の人間の味方も多い」
冒険者共か……あいつらが言葉にしてきたゲーム要素みたいなものと彼女の今の言葉でおおよその奴等の正体に推測がついた。
だが、それについての最終的な答えを出すのは後だ。今はこの人に信じて貰わないと、5秒後にはミンチなっている未来が見える。
「証拠はリリアに聞いてよ。ほらすぐそこに寝かせている」
「なんですって?どうして姫様をこんな通路なんか……で……」
メイドの言葉が途中で途切れて目を丸くして、リリアの姿を見て固まっている。
まずいな、リリアの足から股にかけて真紅のドレスが血で更に紅く染まっている。
その怪我の結果休眠状態になった事を伝えた方が良いかこれは、僕が危害を与えたと思われても困る。
「すまない、リリアは僕の力が及ばなくて怪我をして今――――」
「お前、私の姫様に何をしたあぁあああああ!!」
メイド女がキレた。で、僕の言葉遮って急に叫んだ。
白かった肌は怒りで赤くなり激高している。
凄くマズイ流れな気がするんだけど、今回ばかりは気のせいであってほしい。
「へ?いやだからここまで運んできて――」
「お前、私の姫様を汚したな!!」
え?汚したって何カ凄イ勘違イサレテイルヨウダ?
「待て待て誤解だ!僕は怪我をしたリリアを運んできただけだ」
「五月蝿いこのゴミが!!お前は石になれ!永劫に石となって姫様に狼藉を働いた事を後悔し続けろ」
メイドの蛇目が不気味に金色に光り僕をその視線で刺し貫く。
そしてそのメイドの視線には何か特殊な効果が有るらしく、体の各部の先端から痺れが広がって行く……いや、違う!石だ!石になっている!僕の体が指先や、髪の毛の先端から石になっていく!痺れだと思ったのは石化の兆候だったんだ!!おいおいこれってアレだよな?RPGとかで良くある石化とかだよな!?
『魔族より攻撃判定有り、攻撃種別『石化の魔眼』現在の『創造』及び『自衛』のレベルでは防御不可能』
「え?ちょっと石化の魔眼?防御不能?なんとかならないの?ミッチー」
「少々お待ちください。今、魔族用安全装置を外します」
「女の声?他に仲間が居るのか?」
メイドがミッチーの声に反応し、驚愕の表情を示し周囲を見回す。
「あ、今のはこの腕輪の声だよ」
「どうも、導きの腕輪です。ミッチーと呼んでください」
「ふざけた事を言うな!喋る腕輪等聞いた事がない!もう良いお前を石にした後にもう一人も探して殺す!」
リリアはあっさりミッチーの事を納得してくれたけど、このメイドは納得してくれないらしい。まぁ、これが普通の反応だと思う。
「あーいや本当に誤解なんだって、リリアが目を覚ましたら分るからさ」
「ならば一度石になれ。その後、姫様の証言を頂けたら解除してやる」
駄目だ。聞く耳無しだなこりゃ何を言っても意味を成さないだろうな。ミッチーの対応を待とう。
1分経過――――――
体は着実に石化を進めて、手首と足首はもう完全に石になっている。
メイドは変わらず憤怒の形相で僕を睨み続けていたが、時折周囲を見回している。
恐らくもう一人仲間が居ると思って警戒しているのだろう。
彼女の憤怒の形相を見ていると一瞬姉の顔が思い出される。
やはり美人の怒りの形相というのは、とても怖い者だなと石になりながらぼんやりと考えていた。
2分経過――――――
思ったより石化の進行は遅い。
腕と足はほとんど石になり頭髪もそのほとんどが石になった。頭が重い。
石化はどうやら表面からジワジワとすすんでいるらしく、まだ石になったばかりのところは感覚がある。
逆にそこに恐怖を感じてしまう、案外あのメイドそれが分っていてやってるのかもしれない。
このまま、石になったらどうなるのかな?戻れるのかなぁと、恐怖しながらそう思う。だがその時ミッチーアナウンスが脳内に響く。
『所有者への生存を最優先し魔族用安全装置解除』
『現在所有者を攻撃中の魔族を敵対者として認定。自動反撃での反撃を決定』
『現状の『創造』レベルでは反撃不能、創造機能制限をレベル3迄解除』
『対魔眼用兵装を『創造』します。『魔眼返し』起動します』
立て続けにミッチーアナウンスが流れた後、僕の前に透明なガラス板のような物が現れた。
それと、同時に僕の石化が解ける。おぉ!ミッチーこんな物まで作れるのか、結構凄いなこの腕輪。
「ん?なんだそれは?」
メイドが気づいた時にはもう遅く、透明な板は魔眼の光を吸収し板が黄色く染まった。
そしてメイドの魔眼の光を倍にしてメイド自身に反射していた。
「な、魔眼の光が私に返ってくる?何をした人間!」
「そっちが僕の話を聞いてくれないのがいけないんだ。石になって一度大人しくしていろ」
「この女の敵め!石になった私に何をする気だ!」
あー駄目だ。
今の一言でこのメイドの中で僕のイメージは完全に酷い事になっている事が分った。泣きたい……
メイドは魔眼返しの自動追尾の光を、巧みに左右に避けながら後方に徐々に下がって行く。
そしてある程度メイドが僕から距離を取ると、魔眼返しの光が途絶えた。
どうやらメイドは魔眼を使うのをやめたらしく魔眼返しも機能を停止した様だ。
メイドは7メートル程、離れたところから僕を睨みつけてくる。
「ふん、それは私が魔眼を使わなければ唯の透明な板のようだな」
「かもな、でも僕にもまだ武器はあるぞ」
「面白い。通常の武器で竜人の私に勝てるつもりですか?」
どうやらメイドは竜人という種族らしい。
あの異常な腕の腕力は種族特有ものなのだろうか?先程の腕力を見る限り接近戦はマズい。
出来れば距離を詰められる前に止めたい。ならば……
「縛鎖起動、対象前方竜人」
これは先程ラルフに仕掛けようとしていた縛鎖だ。
ラルフに使う前に奴が死んでしまったので、設置だけされて起動はしていなかった。
そして、僕が罠に命令すると通路の四方から鎖がメイドに殺到する。
「チッまた小細工を!こんなもので私が止められるとでも思っているのですか!」
メイドは超反応で、器用に竜の腕で全ての鎖を巻き取りそのまま鎖を引っ張って壁から鎖を引き千切る。
そして、そのまま左の竜の足で踏み込み一気にこちらまで突っ込んでくる。
踏み込んだ衝撃で通路の石床が砕けて足が床に沈んでいるが、メイドはそんな事に驚きもせずに高速でこちらに突撃して来る。
床が砕けるってどんな脚力だ?あんなのと正面から戦ったらミンチにされて終わりだ。
「ミッチー僕の残りの魔力とやらで僕の目の前に石壁は作れるか?」
「はい。ですがご主人様の魔力を使わなくても、先程の三体の個体より吸収したマナ結晶分で石壁を出現させれます。それでもご主人様の魔力を使いますか?」
「じゃあ吸収したほうで良い。急いで」
「はい、石壁設置及び起動します」
ゴゴゴゴと音を立てて黒い石の壁が出現する
僕の前方3メートル程の位置で壁が出現し、メイドを足止めする。
「おのれ、訳の分らない魔術ばかり使って!」
壁の向こうからガスゴス音がする。
メイドが石の壁を殴りつけている音のようだが4,5発殴られた時点で壁に罅が走り始めた。
アクセルのロケットパンチ程ではないが凄まじい威力だ。
だが、そんなもの悠長に観察していては僕が殺される。
現に設置したばかりの壁は耐久の限界を超え始めている。
そしてそんな馬鹿力を持つあのメイドとは接近戦で勝てる気がしない。むしろ戦いにすらならず殺されるだろう。
ならばまずは足を止める必要がある。
「ミッチー僕が今頭の中で想像している素材って作れる?」
「はい。似たような物はこの世界には存在しますがこの素材は魔力消費が大きいです。腕輪の内部魔力では足りません。ご主人様の魔力を使用する事になりますがよろしいですか?」
「構わない。後はトラバサミって作れるか?」
「トラバサミ作成可能です」
「OK、それと床の素材の強度強化とかも出来るか?今から造る物は床を踏み抜かれたら意味がない」
「強度強化は不可能です。代替案として床の素材を丸ごと別の物に置き換えることにより同じ効果を期待できます。この場合、魔力を――」
もう石壁の一部が崩れて向こう側が見えている。
僅かに見える壁の崩れた隙間からは、鬼の形相のメイドから拳を叩きつけているのが見えた。
そして、恐ろしい事に壁を殴りつけているメイドの腕は傷一つ付いてない。あんなの普通にやって勝てるわけがない。
ならば少々の犠牲は已む無し、それに魔力云々の話を一々聞いてたら時間切れだ。
僕は叫ぶようにしてミッチーに命令を伝える。
「それも構わない!死ななきゃ何でも良い!後はさっき言った素材でトラバサミを作る準備を!まず足を止める。後トラバサミは床から絶対外れない様にしてくれ!」
「はい。全作業工程準備完了しました。設置場所の指定をお願いします」
「床の置き換えの設置場所は、あのメイドが壁を抜けて最初に踏む床だ。トラバサミは左足を狙え」
「はい。起動タイミングはどうしますか?」
「それは僕が伝える。僕が起動と言ったら即座に起動させてくれ!」
僕がミッチーに作業工程を伝え終ったと同時に、石壁の上半分が吹き飛ぶ。
メイドが石壁の向こうで肩で息をしながらこちらを睨んでくる。
どうやら、石壁は彼女でも破壊し難い強度だったらしい。
「まったく次から次へと小癪な手を使う。だが、もう終わりだ死ね!」
メイドは破壊し残した石壁の下部ジャンプし超えててこちらに向かって来る。
着地場所は恐らく僕の前方1メートル先といった所だろう。
着後メイドを放置した場合、僕は5秒以内に元人間の肉塊になってるのは間違いない。
だから僕は命の全てをこの一言に賭ける!
「今だ!ミッチー『起動』だ」
「はい、前方竜人着地地点に全工程展開します」
「アガァアアア、ア、、アアアアアアアアア」
体に激痛が走る!先程の痛みの比ではない、思わず床に膝を屈して倒れこむ。
痛過ぎる。全身の激しい激痛と共に体から内臓が剥離して口から飛び出しそうな感覚に襲われる。
『一部床材を再構成。材質アダマンタイトで展開、並びに『トラバサミ』を―――』
ギィィン!
ミッチーアナウンスが終る前に金属が噛み合う音がした。
「あぁあああああ!痛い痛い痛い!なんだこれはあぁ」
その後にメイドの絶叫が僕の耳に届いた。
うっさい、僕だってクソ痛いんだちょっと黙ってろ!!
メイドはジャンプの着地を左足から行なった。これが僕にとって幸いだった。
着地と同時に着地地点にトラバサミが現れ彼女の竜の足に噛み付いたのだ。
トラバサミはガッチリと食い込み、メイドの足から血が吹き出ている。
恐らくあの食い込み方は骨まで食い込んでいる。これでしばらくは動けない筈だ……というか動かないでくれ!
『竜殺金属製『トラバサミ』の起動を確認。対象捕獲完了しました』
僕がミッチーに素材作成をお願いした時に頭の中で思い描いてたのはゲームでよく有る竜殺しの武器だった。
僕の想像を介してミッチーがこの世界に有る似た素材でドラゴンキラートラバサミを作ってくれたのである。
そしてトラバサミを選んだ理由は単純なもので、足止めがしたかった僕が最初に思い浮かんだのがトラバサミだっただけだ。
僕の居た世界で際もポピュラーな獣捕獲用の罠であり、罠の代名詞と言っても良い物だ。
そしてDGにもトラバサミは安価な罠として存在し、罠を示すアイコンにも使われている罠だった。
それゆえに咄嗟に思いついたのがトラバサミだった訳だ――――ただ、あのメイドの竜の足に通常の金属が通るとは思えなかった。
何故そう思ったのかは、アクセルのロケットパンチを防いだ時に彼が叫んでいた『有り得んドラゴンの鱗すら打ち抜くんだぞ!』という言葉だ。
つまり、竜の鱗はそれなりの堅さを持っていると予想してそれを貫ける物を『創造』する必要があった。
竜の足を狙ったのも理由がある。
人間部位の右足ならば通常の金属で止める事も可能で有ったと思うが、あの竜の足で蹴り壊される心配があった。
なので、竜の足を封じる事を考えた。床も同じだ。メイドの脚力は尋常ではない脚力だ。
先程踏み抜いていた床のように床を踏み抜かれてトラバサミをつけたままこちらに突っ込んで来られたもう、その時点で僕の死は確定だ。
そう何処かが一つずれただけで僕は死んでいた。だが、綱渡りのような作業だったがなんとかなった。
後はメイドを縛鎖で拘束してリリアが起きるのを待つだけだ。
「外れない!これは一体なんだ!?お前何をしたあああ」
メイドはトラバサミに挟まれた部分が相当に痛いのか、しゃがみ込んで叫びながら手で無理矢理トラバサミを開いて外そうとしている。
だが、トラバサミはあのメイドの脅威の腕力を無視して外れるどころか余計に食い込み更にメイドの足から血が噴出す。
しかし、このメイドの叫び声は五月蝿いな。しかもボクの耳に障る声だ。
もう捕獲なんて、面倒だ。剣の罠で首を飛ばしてしま――なんだ今僕は何を考えた?メイドの血に当てられて変な事を考えたか?前から血を見ると変になることは有ったが、ここまで変な事を考えたことはなかった……うん、余計な事を考える前にさっさと縛鎖で拘束してしまおう。
「おのれ、おのれぇ!おのれぇええええええ!」
「無駄です。それは竜殺金属です。竜種の血を持つあなたでは絶対に外せません。無駄な抵抗は止めてください」
へぇーあの金属そんな効果が有るのか……でも、念の為縛鎖で拘束してしまった方が良いだろう。
このメイドは何が有っても僕を殺す気でいる。この状態で放っておいたら何をするかわからない。
「ミッチー縛鎖だ。あのメイドまだ何をするか分らない」
「駄目です。もう、ご主人様の体は限界です。縛鎖を『創造』した場合ご主人様の意識が保てる保障がありません」
「でも、あのメイド止めないと僕の命の方が危なくないか?」
「竜殺金属で傷つけられた竜種は金属に篭められた呪いで、その身を蝕まれ激痛で動けなくなり行動が不可能になります。ご主人様が心配しなくてもあのメイドはもう行動不能でしょう」
「呪い!?そんな物騒な金属なのか?」
「はい。太古の昔に竜を恨んだ者達の血液を大量に金属に染み込ませ鍛造したのが竜殺金属です。云わば呪物ですね。今回はその工程無視して「創造』したので魔力消費が激しかったのです」
の、呪いか……元々の作成過程物騒すぎだろ……どうやら、僕は知らずにとんでもない物の作成をミッチーにお願いしていた様だな。
「な、なるほど……どうやら相当物騒な金属のようだけど、効果はてき面だった訳か」
「はい。ご主人様の知力の勝利です」
僕の知力云々よりもミッチーのその罠作成能力のおかげだと思うけどね……まぁ勝ちは勝ちだ。素直に喜んでおこう。
さて、じゃあ今度こそこのメイドを説得しなければならないな。
どうやって声をかけたもんかな?と僕はメイドを見る。そしてメイドの変化に気付く。
メイドは大人しくなっていた、不気味なほどに……
「僕の勝ちだ。とりあえず剣を収めてくれ。これ以上危害を与えるつもりはない」
「ああ、そうですね。まだ、剣が有りました……」
ん?喋り方が最初に現れた時に戻っている。
少し冷静になってくれたか?だけど剣を見てブツブツ何か言っている。
これは何か危ない雰囲気じゃないか?まさか、剣を投げてくるのか!?
急いで僕は急激な痛みで倒れたままだった体を起こした。
だがメイドは剣を自分の足首に当てて何かしようとしている。
「姫様の為、足の一本位捨てれずに何が従者かああああ」
メイドが吼える。
こいつ足を切り落とす気だ!止めなければ!彼女はリリアの部下だ。
流石に体を欠損させるような怪我を負わせる訳にはいかない。
だけど、縛鎖ではもう間に合わない!どうする?
「待てメリー!落ち着け!」
僕の背後から強い意思を篭めた声が飛んできた。
どうやらリリアが目を覚ました様だ。
「姫様!今のうちにお逃げ……いえ、そこでお待ちください。私が直ぐにそこの下郎を片付けますので」
「だから、落ち着きなさいメリー!メリジューヌ!この者は味方です」
おや?また、リリアの喋り方が違う?やはりこちらが素なのだろうか?
「ですが、その血は?」
「冒険者共から、足に矢を貰っただけだ」
「えっ……」
メイド、名前はメリーさんというらしいがこちらを見て固まっている。
あ。なんか顔に大量の汗をかきはじめた。
おおう今度は人間部分の白い肌が赤くなったと思ったら直ぐに血の気が引いて青白くなったぞ。
「申し訳ありません!!」
大音量で謝られた。
***
10分後――――――リリア私室扉前
「大変申し訳ありませんでした……」
再度メイドに謝られた。
先程の騒動の後僕は直ぐにメイドの足に付いたトラバサミを外してあげた。
幸いメイドは応急手当の道具を持っていたらしく、まずリリアの応急手当てを行いその後に自分の手当てを行なった。
リリアを優先する辺りメイドの鏡だと思う。
そしてその後改めて謝られ現在に至る。
「お前は、我の事になると視野が狭くなっていかんな」
「申し訳ございません」
リリアの喋り方が元に戻っている。
どうやら余裕がある時は、あの女の子ぽい喋りは出ないらしい。少し残念だ。
「魔神の使徒よ。この娘は私付きの専属の従者でメリジューヌと言う。名前が長いのでメリーと私は呼んでいる」
「先程は大変ご迷惑おかけしました」
深々とメイドもといメリジューヌさんに頭を下げられる。
もうここ10分で何度目だろうか?こうやって謝罪されるのは……流石にここまで謝られるとこちらも申し訳なくなってくる。
「ああ、はい。死ぬほど怖かったですけどお互い誤解が解けて良かったです」
「まさか本当に姫様を守って頂いてたとは露知らず、真に申し訳――――」
「分りましたって、もう謝らなくていいです。こちらももう少し対話を試みるべきでした。お互い水に流しましょう」
「はい、本当に申し訳―――いえ、お許し頂きありがとうございます」
先程までと、打って変わったメリジューヌさんのしおらしい態度を見ていると何か胸がもやもやしたのでもう謝るのはやめてもらった。
このもやもやの正体は解らないがあまり見てて良い気持ちがしなかった。
「うむ、仲直りできたようで何より、メリーこの人間は異界から来た魔神の使徒だ。名は……そういえば聞いてなかったな」
「立花剣だ。あっちなみに名前が剣で、名字が立花ね」
「うむ、そうかツルギかこれからよろしく頼む。メリーも仲良くするように」
「はい。宜しくお願い致しますツルギ様」
『これからもよろしく頼む』か、さてどうしたもんか。
当初は契約の破棄をお願いするつもりだったけれど、今の彼女達の状況を見捨てるのはまずいと思う。
このまま僕がもと居た世界に帰れば冒険者達と言われている連中が、彼女達を害するのは間違いない。
名無しの魔神も言っていた『君が抜けたら恐らく彼女の命は遅かれ早かれ奪われる』という言葉も有る。
それに仕方なかった事とはいえメリジューヌさんを負傷させてしまった。恐らく彼女はここの主戦力なのだとおもう。
あの身のこなしと、冒険者達を簡単に屠る攻撃力を見れば明白だ。
ならばせめてメリジューヌさんの傷が治るまではここに居るのが僕がとるべき責任ではないだろうか?…………うん、まぁそれくらいならな良いよな。
メリジューヌさんの怪我が治るまでは此処にいよう。そう僕は決心しリリアに返答をする。
「ああ、よろしく頼む」
「うむ、では当座我々はまだ危機に瀕している。まずはこれに対処せねばならん」
「どういうことだ?」
「冒険者共が多数2層に残っている。それ等を駆逐しなければならない」
「まだ、あんなのが居るのか!?」
思わず声を荒げてしまった。僕の魔力は今、切れ掛かっている。
そこに連中と同程度の強さの奴等を相手にする力は今の僕には残っていない。
どうしたもんかなこれは……よろしく頼むなんて言った以上、なんとかしてみるしかないよなぁ。
僕は幾つかの作戦を考える。一人か二人冒険者とやらを倒せばきっと魔力は補給できて戦える。
だが、最初の一人を魔力が無い僕が倒すとなるどれも危険な作戦になってしまう。
ならばどうするべきか?――――と色々と考えるのだが、にっこりと笑ったメリジューヌさんが全てを解決していた。
「それならば問題ありません。2層の最終防衛線に10数体溜まっていたので7割私が処理して後は親衛隊に任せてきました。今頃は片付いて居る事かと」
「おぉ、流石はメリー。」
「いいえ、お褒め頂く事でもありません。取るに足らないゴミばかりでした」
にっこり笑ってとても怖い事を言うメリジューヌさん。
ついつい「私メリー今あなたの後ろに居るの」とか言いながら冒険者の胸板を素手でブチ抜く姿を想像してしまった。
「では、一度広間まで戻る。今後の事も話し合いたい」
「広間?そこのリリアの私室じゃ駄目なのか?メリジューヌさんも怪我をしているしリリアも――」
「馬鹿者、乙女の部屋にそう簡単に入れると思うな!恥を知れ」
リリアは顔を真っ赤にして怒り出した。
何をそんなに怒っているか分らないが、さっきまで怪我で休眠状態だったのに元気な奴だ。
「姫様、異界から来られたのですから文化が違うのだと思います。そう怒られないでください。ツルギ様、私はコレを杖代わりにして歩くから大丈夫ですよ」
そう言ってメリジューヌさんは、既に鞘に納めた大剣で床を軽く叩いてみせた。
「メリジューヌさんがそれでいいなら、良いけど……リリアはどうするんだ?」
リリアは一瞬、僕をチラッと見た後メリジューヌさんを見た。
「む、それは……メリー肩を貸してもらえるか?」
「駄目だろそれは、メリジューヌさんだって怪我人なんだ」
「しかし、そうすると……」
また、僕を見た後に今度は顔を赤くして俯いてしまった。
なんだろう?
「そのなんだ、我をここに運んだ方法で運ぶ事を許可してやってもよい」
赤かった顔を更に赤くしてそんな事を言って来た。
なるほど、恥ずかしかった訳か。
正直戦闘で疲れていたが、あのプライドの高そうなリリアにそんな事を言わせたのだ。
ここは大人しく彼女の要請を受けた方が良いな。
「しょうがないな、そうしよう。ほら、抱えるから膝と腰上げて」
「先程の様に変な所は触るでないぞ。次やったらメリーに首を刎ねさせる」
「分ったよ。あの時だって好きで触ったわけじゃない」
僕はリリアを床に座ってたリリアをお姫様抱っこの形で抱えて歩き出した。
「うむ、ならば移動するぞ。広間は先程汝が偽装した壁の先だ」
そうして、僕らは移動を開始した。
***
しばらくして、偽装した壁の前に付いた僕はミッチーに話しかけた
「ミッチー壁の解除ってどうやれば良いんだ?」
僕はしばらく沈黙していたミッチーに腕輪を見て話しかけた。
「壁に触って『解除』と言って頂ければ解除できます」
それを見たメリジューヌさんが驚きの声を上げる。
「本当に腕輪が喋っていたのですね!」
「はい。改めて自己紹介させて頂きます。『導きの腕輪』のミッチーと申します。以後お見知りおきを」
「メリジューヌです。先程は失礼な物言いをしてしまい。申し訳ありません」
「いえいえ、普通の反応だと思いますよ。私もメリジューヌ様に危害を与えてしまい申し訳ありません」
「いえ、あれは私が――――」
とまぁ、なんかこちらも和解したようだ。
何事も平和が一番である。
さて、じゃあ僕は石壁を解除してしまおう。
「『解除』」
石壁が轟音と共に崩れて行き、腕輪にわずかに熱が篭る。
「ん?これは?」
「設置した時の魔力ほどでは有りませんが、『解除』を行なった場合素材を魔力に変換して回収する事ができます」
「あ、じゃあ後でトラバサミも『解除』したほうが良いか」
「はい。あの罠の場合は設置の魔力よりも素材に用いたられた魔力が莫大でしたので、魔力は大分戻ると思います」
「こっちに来る前に言ってくれれば良かったのに」
「聞かれませんでしたのでお答えできませんでした」
「あ、そうか。そういうもの?」
「はい私はそういう物です」
なるほどね、戦闘面や僕の命が関わると自ら提案してくるのに他の事になると融通が効かないんだな。覚えておこう。
擬装用に設置していた壁がなくなったので僕達はその後広間まで歩き出した。
そうして広間への通路を少し歩いた時にリリアが話しかけてきた。
「ツルギよ。ここから広間迄、まだ結構な距離が有る。メリーもこの足だ、あまり速度は出せない。今のうちに我等に起こっている事を話しておこうと思う」
「ああ、名無しの魔神から分り難い説明は受けてたけど、詳細が分らないから僕も気になっていた」
「分り難い?まぁ良い、事の起こりは1ヶ月前だ」
リリアは自分達に起こった事を苦々しく語り始めた。