序章 守護者と配下達
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序章を少し加筆しました
遠くで剣戟の音と魔獣達の咆哮が聞こえる……
ここは冒険者達に欲望の迷宮と呼ばれている広大な地下迷宮だ。
欲望なんて名前が付いている理由は単純だ。他の迷宮と比較して冒険者が経験値と呼ぶ物が多く得られるので冒険者達がつけた名前だ。
本来の名前は遠く昔に失われていると聞いている。だから名称は欲望の迷宮で良いだろう。
現在ボクは欲望の迷宮の最深部で魔物達に取り囲まれている。
亜人のオークやコボルト、悪魔のような姿をした魔族と言われる者達、それに不死者の上位種である吸血鬼やリッチ迄もいる。
普通の人間なら生きるのを諦めて自害するか、恐怖のあまり発狂している状況だ。だがボクは違う、こんな光景は日常だ。恐れる訳もない何故ならば――――
ボクを取り囲んでいた魔物の輪の中からリッチが一歩前にでる。
「守護者殿御指示ヲ、冒険者共ノ一部ハ第2層ノ終端迄侵入シテオリマス」
リッチは骨しかない膝を折り曲げボクに跪き、声帯の無い喉を魔力で震わせ問いかけてくる。
――――そう、彼らはボクの配下だ。
現在ボクは彼らに守護者と呼ばれこの迷宮の指揮を執っている。
そしてこの迷宮は今人間の王国の軍隊と冒険者達に襲われているのだ。
「冒険者共を一度この3層に引き込め。そしてこの階層に入ったら、奴等が入って来た扉を魔術で開けられない用に封じろ。退路を断つんだ。それで――」
ボクが指示を伝えていると、今度は吸血鬼が魔物の輪から一歩前に出てボクの言葉を遮ってボクの指示に否定的な意見を述べてくる。
「それはまずく無いかい?連中結構良い装備を持っている。しかも、そこそこ強いみたいだよ。恐らくギルドの最精鋭共だ」
「だから、なんだと言うんだ?」
「分らないかい?退路なんか断ったら死に物狂いで来るかもよ?被害が大きくなる可能性が有る」
「………まだ話には先が有る。黙って聞いていろ。まず、お前たちは奴等の居る部屋に繋がる通路の奥に弓を扱える低級のスケルトンを1個小隊召喚して部屋の中を射撃させろ」
「流石に彼ら相手にスケルトンじゃ、厳しくないか?」
吸血鬼は更に僕に否定的な意見を述べてきた。
こいつはいつもそうだ。
ボクの考えに難癖を付けなきゃ気が済まない性格なんだ。
そもそもにボクの目的はスケルトンで冒険者達を打倒する事ではない。
スケルトンはそう強い存在ではないが使い様は幾らでもある。
「容易に倒されるだろうがそれで問題ない。奴等をスケルトン迎撃の為に通路の奥まで進入させるんだ」
「んん?なんでそんな回りくどい事を……私達が出れば良い話だ。スケルトンを呼ぶ必要はないだろう?」
「お前達は戦うな。むしろ姿を見られるな!連中がお前達をみたら部屋から出てこない可能性があるだろう!」
リッチと吸血鬼はこの迷宮では不死者達の王として冒険者達にも知られ、恐れられてもいる存在だ。
迷宮の最深部とも言えるこの3層に入り込んで余裕が無い時にそんな連中と戦う気はしないだろう。
つまりこの2体の不死者の王を現地に出撃させても結果は見えているという事だ。
しかも相手は熟練の冒険者だ。
不死者の王2体の攻撃を受けながら、犠牲を払ってでも部屋の扉の封印を無理矢理開いて2層に逃げられる可能性があるのだ。それは避けたい。
この3層に入った敵が神だろうと悪魔だろうと生きては返さないのがボクが守護者になった時に決めた方針だ。例外は許されない。
敵は誰一人生きて返さない。その決意を改めて固めていると、僕の考えを理解しているのかどうかは分らないがリッチが作戦の追加指示を仰いできた。
「誘導サセル通路ハ、ドノ通路ニシマスカ」
「動く壁の部屋へ向かう通路に誘導するんだ。倒されるたびに順次通路の奥にスケルトン達を召喚して部屋へ誘導しろ」
「冒険者達が、通路を引き返したらどうするんだい?」
「ふむ……そうだな、奴等が部屋を出たら冒険者の背後に大量のゾンビを召喚して通路を引き返す気を無くさせろ」
「了解。どうせ死体は上層で大量に出ているから使い放題だ。あっ!味方の死体も使って良いんだよね」
最上級の笑顔を作り、上機嫌な声で吸血鬼はボクに問い掛けてくる。
ボクが否定できない事を分ってやっているんだこいつは……
上層――――この迷宮の1層2層では既に多くの魔物と人間が倒れて死体は豊富にある。
それらを再利用し、極力此処に残っている戦力を減らさないというのがボクがこの作戦を選んだ理由だ。死んだ味方すら使わなくてはいけない……それほどに今、ボク達は追い詰められている。
「――っ!構わない……出し惜しみする必要は無い!冒険者達が部屋の前に到着したら部屋に大量のスケルトンとゾンビを流し込んで部屋に押し込めろ」
「そういえば、あの部屋は行き止まりだったね。冒険者達をあの部屋に押し込んで逃げられなくする訳か」
「そうだ、その後は召喚を続けて通路を不死者で埋め尽くして部屋に釘付けにするんだ。絶対に逃がすな」
「なるほど、最後は壁でプチっとやるわけか」
吸血鬼は邪悪な笑みを顔に張り付かせて手の平合わせる。
ボクはその表現にある種の嫌悪感の様な物を覚えてしまうが、今はそんな事を咎める気も起きない。
「あぁ、その通りだ。最後は動く壁で不死者達と一緒に壁で押し潰す。ゆっくり押し潰して冒険者達に死の恐怖を味あわせてやれ」
動く壁は生物が設置されている室内に入ると数秒時間を置いて左右から部屋の中央に動いて行き最終的には、部屋の内部を押しつぶす罠だ。
あの壁の力を持ってすれば如何に冒険者が強力な防具をもっていようとも確実に殺せる。そして、この迷宮を攻めた愚かさを最後の瞬間まで感じさせる事が出来るであろう。
「ふーむ、確かに不死者であるゾンビやスケルトンは活動を停止してもそのうち再生するけれどね。普通味方ごと敵を一緒に潰すかい?相変わらず人間にしてはえげつない作戦考えるね君は」
僕の作戦を理解した吸血鬼が今度は呆れ顔でボクの顔を見て不死者らしくない苦言を呈してきた。
だが、態々そんな事は言われるまでも無い。
この迷宮の守護者になった時点で優しさだの、倫理だのは、切り捨てた。
そしてこの吸血鬼はそれが分っていてわざとこう言っているのだ。
遠まわしにお前は本当に人間か?と問い掛けている様なものだな、本当に嫌な奴だ。
「魔力と兵力の消耗が少ない効率的な手だ。それに、万が一お前たちが活動停止になってしまったら戦力が足りなくなる」
「まったく心配性すぎるね。私が人間に遅れを取ると思っているのかい?君は」
上位の魔族や不死者はいつもこうだ。
自らの力に慢心し、人間を取るに足らない存在と認識しているか食料としか認識していない。
だから見くびって最後は討ち取られる。そんな事を繰り返しているからボクが此処に呼ばれたのだ。
「上層には冒険者共の本隊が残っている。万が一でも失敗の可能性があるなら許されない」
「心配が過ぎるんじゃないか?たかだが3千やそこ等の人間だろ?その程度の数、私が本気を出せば一晩で飲み干せる数だよ?」
「敵の主力には聖域を展開できる高位僧兵の部隊が確認されているんだぞ?それでもお前は心配が過ぎると言うのか?」
「ふむ……それはちょっと直接対決は避けたいかもね。聖域の光に焼かれるのも、心臓に杭を打たれるのはゴメン被りたい」
「じゃあボクの作戦で問題ないな?」
「うん、まぁ仕方ないか……今回は大人しく君に従っておくよ」
「なら、さっさと行け!もうあまり時間が無い!」
「畏マリマシタ。守護者殿、必ズヤ冒険者共ヲ殲滅シテ参リマス」
「やれやれ、アンデッド扱いが荒い上司だ」
吸血鬼とリッチの両名はそれぞれの反応を示してボクが指示した作戦の配置に付くべく部屋から出ていった。
彼らが部屋から出て行った後、一人の魔族の少女が心配そうに語りかけてくる。
「大丈夫なのか?今回は敵の数が多すぎる」
今この迷宮には人間の王国の軍隊が3000前後と冒険者ギルドが呼びかけて集まった冒険者達が侵攻して来ている。
吸血鬼の奴は余裕綽々だったが、戦況は正直状況は芳しくない。
戦いが始まって丸1日、もう多くの血が流れてしまった。
昨日共に食事をした竜人も、親友とも言えたオークの友人も、ボクを慕ってくれていたコボルトの部下達も皆討ち死にしてしまった。
そしてそんな彼等彼女等の死体すら使ってボクは生き延びようとしている。
こんなのは地獄だ。救いも何も無い。
戦いの後に残るのはどちらが勝っても大量の死体の山であり、喜ぶのはあの不死者共だけだ――――だが、この娘の前だけではボクは弱い所を見せられない。
ボクはこの迷宮の守護者なのだから……
「なんの問題も無い。ボクがお前に召喚されたのは、この迷宮をお前に代わって守る為だ。そういう契約だ」
そう、ボクは彼女の召喚術でこの迷宮を守る為に召喚された別の世界から来た存在だ。
ある日普通に生活していたのに素質があるという理由だけで此処に呼ばれた。
ボクはかつて彼女に召喚された時、こんな事になるとは思っていなかった。
最初は突然の異世界への召喚に怒り帰るつもりだったのだが、それから紆余曲折有りこんな魔王紛いな仕事をしている。
「だが、お前はもう――――」
彼女が今言おうとしてる言葉をボクは聞くわけには行かない。聞いてしまったら引き返したくなる。
「亜人部隊とレイス部隊ボクに続け!1層に転移して敵本隊の背後をかく乱する!」
彼女の言葉をかき消して、配下の魔族部隊に命令を告げ部屋を出る。
恐らく、彼女はボクに元々居た世界に帰れと言いたかったのだ。
この状況では下手をすると皆殺にされてしまう、だから帰れと……だが帰るわけに行かない。
この迷宮は第2の故郷だ。長い年月を過ごし情が湧いてしまった。友も居た、慕ってくれる部下も居た。あいつらが守ろうとした物を捨てるなんて考えられない!
それにボク自身も変わってしまった。今更帰った所で元居た世界にボクの居場所は無いだろう。
ならば死に場所は此処だ、此処しかない!
だが、死地に赴きながら懐かしき世界の事を思い出してしまう――――消えてしまいかけた懐かしい記憶だ。
長期間この世界で過ごしていたせいで元居た世界の記憶がほとんど薄れてしまっているが、召喚された日の記憶だけはしっかりと有る。
そう確かあの世界の最後の記憶は姉と争っていた日の記憶だ……